05
「ねえ、ネロって人は今この町にいるの?」
ずっと何かを考え込んでいた様子だったリヴェラが顔をあげて言った。その質問にはスメールチが「いるよ。二年ぐらい引きこもりしてるけどね」とありのままの事実を伝えた。
リヴェラは短く「そっか」と答えると、また少し考えるような仕草を見せた。次に口を開くとき、リヴェラは率直な感想から生まれた仮説を述べたのだった。
「ヴァンパイアの息子でこの町にいるってことはさ、そのネロって人が怪しいんじゃないの? ずっと引きこもってるってスメールチさんは言うけど、要はここ二年外に出たところを見たことがないってだけで、一歩も外に出てないなんて確証はないよね。ああ、でも、この事件って家から出なくても出来そうだね。魔術が絡んでるから」
「それはぁ、違うと思いますよー」
「あたしと違うと思う。ネロ君はそんな人じゃないよ」
リヴェラの意見に真っ先に反論したのはロレーナとナディアだった。その表情にいつもの和やかさはない。
「なんで? 根拠は? 知り合いだからってだけじゃ根拠にはならないからね」
「根拠ならぁ、ありますよー」ナディアは黙ってしまったが、ロレーナは続けた。「こんな高度な魔術を使えるのならー、ネロ君は二年前、回復魔法に苦しめられることはありませんでしたからー」
スメールチと同じく、ネロも回復魔法の反動を受けたことがあるのをロレーナは知っていた。何せ、その時看病したのはロレーナだったのだから。回復魔法の反動を受けるということは、魔術に慣れていないという何よりの証拠である。
「私も違うと思うわ。だってあの子、鉄パイプで騎士に殴りかかったのよ? 魔術が使えるのなら、もっとあのときいい方法があったわよ。私がスメールチを斬るなんてことも無かったはずだわ」
「そもそもネロちゃんにヴァンパイアの力なんてねえよ。ヴァンパイアの特性も、な。ロドルフォがあいつをバーテンダーにするまで、あいつは昼型だったんだしな」
「そもそもネロ君の標準装備って空き瓶じゃなかったっけ? ほら、毎日喧嘩してたとき」
「だな。あいつは俺にケンカで勝てねェンだ。そんな奴に襲われたとは思いたくねェな。あいつなら返り討ちに出来る」
ルーナ、アドルフォ、ナディア、そしてジェラルドまでもが、ロレーナの言葉に続きリヴェラに反論した。どれもネロにとっては苦い失敗談だが、皮肉なことにそれがネロを犯人ではないと裏付ける根拠になっていた。
だがリヴェラはネロが犯人ではないかという説を諦めなかった。
「それじゃ根拠としては弱い気がするんだけど。全部二年前の話でしょ? もしかしたら、この二年の間でヴァンパイアに目覚めたかもしれないじゃないか」
「それは強引すぎますー。それこそぉ、根拠としては弱いですー」
「じゃあ、みんなが知らないだけで実はずっとヴァンパイアで、隠してただけっていうのは? ロレーナさんだってずっとそうしてたんでしょ? 別にあり得ない話じゃないよね」
自分のことを例に出されてロレーナは一瞬言葉に詰まった。が、直ぐに反論する。
「私はそうでしたけど、ネロ君はそうだとは思えません。ルーナさんが言っていたように、そんな力があるのならもっと違う今があったと思います」
いつもの口調を保っていられるほどの余裕は無かったらしく、ハッキリとした口調でロレーナは言った。当然、リヴェラはそこをつつく。
「口調が崩れたってことは後ろめたいことでもあるんじゃないの? 余裕が無い証拠だよ、それ。心のどこかで実はネロって人が犯人だと思ってるんじゃないの? それで、その否定材料を探すのに必死なんだ」
「……私は」リヴェラの挑発的な態度にロレーナはのせられてしまった。自分でも驚くほど冷たい声が出る。「逆にリヴェラ君が必死なように見えます。どうしてそんなにネロ君を犯人にしたがるんですか?」
「俺としてはどうして、そうまでして庇うのか分からないけどね。普通に考えたら怪しいじゃないか。犯人は血と記憶を奪って回っていて、そのネロって人の母親はヴァンパイアで、理由はどうであれ昔人の記憶を奪ってる。繋げるなって言う方が無理だよ」
「そう思えるのはネロ君を知らないからです」
「知ってるからこそ庇うんじゃないの? 仲間意識ってやつだよ。今はそんなの必要ないと思うけど?」
ロレーナとリヴェラの意見はいつまでも平行線だった。お互いに一歩も譲らない。否、譲れない。
「ごめん、今更な話なんだけど」
そんな二人に割って入ったのはルーナだった。ルーナはリヴェラの方を向いてかなり今更な質問をする。しかし、今更でありながらそれは今まで誰も訊こうとしなかったものだった。
「なんでリヴェラはそんなに犯人を見つけたがっているのかしら? 別にあなたが被害にあった訳じゃないし……一番、関係ないわよね?」
ルーナに真っ直ぐな目で見つめられると、リヴェラは言葉に詰まった。そして、言おうかどうしようか視線を泳がせて悩む。一つ、小さなため息をつくと、リヴェラは覚悟したように言うのだった。
「……魔物が。魔術が、嫌いだから」




