04
それから場が落ち着くまで、実に十分という時間がかかった。これだけの人数がいて、それぞれにそれぞれの過去や関係がありその上久しぶりの再会となるとこうなってしまうものなのだろう。
「それじゃあ、真面目な話になるけど」
何故か場を仕切るのは最年少のリヴェラだった。あまり自分は関係ないと思っているロドルフォはリヴェラの声を適当に聞き流しつつ、カクテルや料理を作る。同じく関係ないと思っているアドルフォとジェラルドは、アドルフォの提案で飲み比べが始まり、ルーナが参戦したくてウズウズしていた。
一方で、関係者であるスメールチも料理やカクテル、またそれらの空いた食器を運ぶので忙しくてあまり話を聞いていない。ナディアもロドルフォの料理に夢中になっていた。ロレーナはそんなナディアを微笑ましく見守り、ビアンコはカクテルに興味津々といった風だ。つまり、誰もリヴェラの話を聴こうとしていなかったということである。
「聞けーッ!」
それに気付いたリヴェラが叫ぶのは当然のことだった。微妙に張り切っていたのだから尚更だ。しかし自由気ままな大人たちは一瞬リヴェラに顔を向けたものの、すぐに自分たちの世界に戻ってしまった。なんということだ。
「……もういいし」
結果、何を言っても無駄だと悟ったリヴェラはいじけてしまったのだった。
「……ん? おいジェラルド、お前首でもぶつけたのか?」
リヴェラを無視した大人の一人であるロドルフォがジェラルドの首を見て言った。ジェラルドはカクテルを片手に「あァ?」と聞き返す。かなりガラの悪い態度だったが、ロドルフォは気にせず続けた。
「ほら、ここだよ。見せてみろ、黒くなって…………」
そこまで言って、ロドルフォはその痣がコウモリの形をしていることに気が付いた。甦る二十年前の苦い記憶。傷口を抉られる感覚。呼吸が苦しくなるような感覚がロドルフォを襲った。
「大丈夫か?」
ロドルフォの異変を悟ったアドルフォが、カクテルを置いて立ち上がった。そのままロドルフォに寄ろうとするが、ロドルフォはそれを手だけで制止する。
「……大丈夫、だ。俺は、平気だ」
まるで自分に言い聞かせるように言うロドルフォにアドルフォはなにも言えなかった。
「……なァ」そんな二人に対し、ジェラルドは言いづらそうに口を開いた。「言えないなら、答えなくてもいい。けど質問はさせてくれ。俺は昔、同じことを訊かれてねェか?」
「……ある」
ロドルフォはそれに苦しそうに答えた。ロドルフォの表情を見たジェラルドは、これ以上なにも訊いてはいけないと察し、「そうか」とだけ言った。しかし、そんなジェラルドの気遣いを無視して、ロドルフォは続けるのだった。
「……二十年前。いや、二十二年前か。……お前が五歳の時、お前はその痣をくっつけてたんだ。その痣をつくった奴は、多分お前の為を思ったんだろうな」
そこでロドルフォはため息をつく。アドルフォは目を閉じ眉を寄せた。もう聞いてられない、見てられないと思ったのだろう。事情を知らない者から見ても、ロドルフォはとても痛々しく今にも崩壊してしまいそうだった。
「ねえ、その痣って記憶が関係してた?」
誰もがこの話題をやめようとした。そんな空気をぶち壊したのはリヴェラだった。
「……詳しいことは知らん。だが、ジェラルドの記憶が一部なかったってのは確かだな」
「それって、誰が」
「リヴェラ!」
身を乗りだしさらに質問を続けようとするリヴェラを制止したのはルーナだった。ルーナは当時の事件を経験したわけではないが、情報として騎士団が経験したことを知っていた。更に、フィーニスに気に入られていたためその裏話も知っていた。知っているから、これ以上話を続けてほしくなかったのだ。
「……いいんだ、ルーナ。スメールチがわざわざ呼んでまで集まったんだ。この話は、今のお前らと何か関係してるんだろ?」
ロドルフォはそう言って困ったように笑った。その自虐的とも言える行為に、誰も口を挟むことはできなかった。
「……それをやったのはネージュ・アフィニティーっていうヴァンパイアで、息子を残して死にやがったアホだ。ネロの母親だよ」
「……ヴァンパイア」
引っ掛かることでもあるのかリヴェラはヴァンパイアという単語を小さな声で繰り返した。
「……その人は、他人のために死んでいったんですね」
ビアンコが言った。その表情はとても悲しそうだった。自分に注目が集まったことを知ると、ビアンコは慌てたように「知り合いにも、そういうのがいたんです」と何故か言い訳を始めた。
「私たちの知り合いにもぉ、いましたよー」
ロレーナはそう言いながらブランテのことを思い出していた。どうもこの話題はしんみりとしてしまう。嫌だな、とロレーナは苦笑を漏らした。




