01
ビアンコが目を覚ましたのは囮作戦が決行された三日後のことだった。
「あの、私……ごめんなさ」
「良かった!」
起きて第一声に謝ろうとするビアンコの言葉を遮って、ロレーナはビアンコを抱き締めた。この三日間、ずっと不安だったのだ。死んだように眠るビアンコが、本当にこのまま目を覚まさないのではないかと考えてしまっていたのだ。そんなロレーナを襲うことは見て、ビアンコはさらに申し訳なさそうな顔をした。
「いいですか、ビアンコちゃん」眉を下げたビアンコから離れるとロレーナはやや厳しい声で言った。「謝るのは許しません」
謎の理不尽さにビアンコは思わず黙った。それから少しして、きっと正当な理由があると考え、信じることにして、ロレーナの言葉の続きを待った。
「私がビアンコちゃんを巻き込んだんです。そうでもしなければ、ビアンコちゃんが襲われるなんてことわなかったんです。謝るべきなのは私のほうなんですから、それを奪わないでください。いいですね?」
「……はい」
異論は認めないと言わんばかりの笑顔で言われてしまえば素直に頷くしかない。ビアンコは謝ろうとするのをやめた。代わりに、気になったことを訊いてみる。
「あの、……その『ちゃん』って……」
「はっ! うっかりしてましたー……! 無意識なんですぅ……ごめんなさい……」
今までさん付けで呼ばれていたのに、ある日突然ちゃん付けに変わっていたら誰だって戸惑うだろう。だからビアンコは訊いたのだが、まだその呼び方が嫌とも何とも言っていなかった。それなのにロレーナは言い訳を並べ始める。
「そのぉ、この三日間ずっとビアンコちゃ……さんの寝顔を見ていたらぁ、なんだか長い付き合いみたいな気分になっちゃってー……。ね、ネロ君が悪いんですぅ! あ、ネロ君っていうのはぁ、ビアンコちゃん……さんに似てる人なんですけどぉ、何度も無茶してその度に倒れるからぁ、よく寝顔を見ていてー……って、何笑ってるんですかー!」
必死に言い訳をしているのに何度もビアンコをちゃん付けしてしまい、その度に直すロレーナをみてビアンコは段々可笑しくなってきてしまったのだ。それをついつい隠せず漏らしてしまったため、ロレーナが顔を赤くした。
「いえ、なんでもありません。……いいですよ、その呼び方で。もう、定着しちゃってるみたいですから」
そんなロレーナに、ビアンコはふわりと笑うのだった。それにつられてロレーナも笑っていた。
「それじゃあー、ビアンコちゃんが目を覚ましたってことを報告しがてらー、ロドルフォさんのところに行きましょうかー?」
ロレーナは立ち上がると軽く伸びをした。それから窓の外を見る。まだようやく日が傾いてきたころで、開店時間には早いが、きっとロドルフォは許してくれるだろう。
ビアンコがワンテンポ遅れてからロドルフォ? と首をかしげたのを見ると、ロレーナは「頭が寂しくなってしまったぁ、引きこもりの酒場のマスターですー」とかなり雑な説明をした。雑というか、かなり酷い。本人が潔くハゲを認めているとはいえ、その言い方はあんまりだろう。
ロレーナの説明の仕方が面白かったのか、それともロレーナの説明から想像したロドルフォが可笑しかったのか、ビアンコはクスリと笑った。もし後者だったのだとしたら、こちらも相当失礼な奴である。




