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その後、リヴェラはとてつもない速度でスメールチから走って逃げたのだがそれは関係のない話だろう。精々、スメールチがリヴェラをからかうネタが増えたぐらいだ。
それから三日後、リヴェラの指示通りの魔術を仕上げたロレーナは最終確認のためリヴェラのもとを訪れていた。ちなみにスメールチやナディア、ビアンコも一緒だ。リヴェラはスメールチだけに対してあからさまな警戒心を見せる。その仕草はとても子供っぽく、今までずっと年下として扱われ続けたナディアの心をくすぐることになるのだがこれもまた別の話。
出来映えを確認してもらうため、ロレーナがリヴェラに差し出したのは水が入った一本の瓶だった。
「何、これ」
「その中の水をー、桶とかに移して手を入れてみてくださいー」
それ以上ロレーナが何も言おうとしないため、リヴェラは大人しくロレーナの言葉に従うことにした。リヴェラ以上にロレーナが何をしようとしているのか分からない三人は、口を挟まずただじっとその様子を見守る。
とぽとぽと瓶の中身が桶に移される。見た限りでは、どこからどう見てもただの綺麗な水だ。水面がゆらゆらと揺れ、太陽の光を反射している。そこにリヴェラはなんの躊躇いもなく右手を突っ込んだ。
瞬間、水が青や赤、緑、黄色、紫など色とりどりの光を放つ。光は水から飛び出すと、一気に空高く上りそこで弾けた。まるで花火のようだ。よく晴れた空の下ではあまり見えないが、夜など暗い場所ではきっと綺麗に見えたことだろう。これがロレーナの仕上げたものだった。
「なんかすごく手がピリピリするんだけど……」
右手を見ながらリヴェラが文句を垂れる。濡れた右手には、何やら光のようなものがまとわりついているように見えた。
「はいー。そういう仕組みにしてみましたー。多分ー、飲んだら体が痺れるんじゃないですかねー」
周りを和ませるような空気を発しながら恐ろしいことを言うロレーナ。「これで犯人を足止めできます!」と嬉しそうに言うが、周りは微妙な反応しか返すことができなかった。
「でも、まあ」右手を結んだり開いたりしながらリヴェラは言う。「上出来なんじゃない? これをロレーナさんの血で出来たら、の話だけど」
「ロチェスさんの血で?」
「はいー。私のぉ、血にこの魔術をたっぷり混ぜておくんですー。それでぇ、わざと犯人に私の血をとらせてー、犯人の所へついたら今みたいになるんですー」
「普通の人間だったら血に魔術を仕組むなんて芸当出来ないからね。だからロレーナさんにやってほしかったってのもあるよ」
魔術は慣れていない人間にとって毒になる。例えそれが治癒の意味を持つものだとしても。スメールチはそれを身をもって知っていた。二年前、モンスターが償いとして行った解毒作業により、スメールチの意識が数日間戻らなかったことがある。苦い思い出だ。
「なるほどね。それじゃ僕の出る幕は無さそうだ」
スメールチはやや拗ね気味に言った。苦い思い出を掘り返された挙げ句、何も反論することができず更に自分に出来ることがないのが嫌だったのだろう。
「囮としてはね」
そんなスメールチにリヴェラは言うのだった。
「俺としては、引き受けてくれるのならスメールチさんは犯人の居場所がわかった時点でそこに向かって、あわよくば犯人を捕まえてきて欲しいんだよね。ほら、襲われた人って意識がなくなる可能性もあるんでしょ? それに、この中で一番機動力があるのはスメールチさんでしょ?」
「…………」
スメールチは黙ってここにいる面々を改めて見た。まず男がスメールチとリヴェラしかいない。女の子に犯人の場所までいって捕まえてこいなんて言えるわけがなかった。それに、下手したら犯人とは格闘になる。そう考えると余計に女の子に任せるわけにはいかなかった。そして、もう一人の男であるリヴェラ。偉そうな口を叩くが、こいつはまだ十四歳ほどの子どもだ。それに蛇だけであれだけ騒ぐのだ。任せられるわけがない。
「……分かったよ」
この件に関わった時点でスメールチの拒否権はとっくに無くなっているような、そんな気がした。
「あたしとビアンコさんは?」
「待機かな」
「えー……」
リヴェラに即答されて、ナディアはあからさまに不満そうな顔をする。
「待機して、襲われたあとのロレーナさんを保護すればいいんですよね?」
「え、ああ、うん」
ビアンコの言葉に、リヴェラは明らかにそこまで考えていなかったような反応をしたが、ビアンコは律儀に「わかりました」と答えるのだった。
「いいかい」話がまとまったところで、リヴェラが作戦の内容を話し始める。「作戦開始は今日の夜。十二時まではルーナの家にいて、十二時になったらロレーナさんは一人でランタンを持って家に帰って。帰りながら、魔術の準備をよろしく。あとの三人は三人で影からロレーナさんを見守って。ランタンは持っちゃダメだ。影ができるところで襲われるみたいだからね。ナディアちゃんはもう襲われてるし、ビアンコさんとスメールチさんはこの町の人じゃないから、襲われる可能性は低いと思うけど用心して」
「君は?」
スメールチが問うと、リヴェラはキメ顔でこう答えた。
「ボスは待機して連絡を待つものだよ」
「…………」
つまり、なにもしないということだった。そもそもいつからお前はボスになったんだ、と四人は思ったが、指摘するのも面倒なので黙っていることにした。何せ、相手は子どもでこちらは大人なのだから。