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ナディアはブランテの記憶も奪われていたという事実が発覚すると、ロレーナはリヴェラと話をするためにリヴェラを探した。もう一々怒っている場合ではない。ビアンコとナディアには何も説明しないままリヴェラを探し始めてしまったため、二人はロレーナについていけずおいてけぼりをくらった。
「リヴェラ君!」
特徴的な髪の毛を見つけたロレーナはその名を叫んだ。すぐに目的の人物が振り返り、ロレーナに近寄ってきた。
「そんなに慌ててどうしたのさ。俺に何か用? 新作の菓子パン……ってわけじゃなさそうだけど」
ロレーナの雰囲気から察しても良さそうなのに、リヴェラはあえてヘラヘラとふざけたことを言う。
リヴェラのそんな態度にロレーナは動じない。スメールチという似たような種類の人間で大分慣れている。だからそんなことは気にもとめず、すぐ本題に入った。
「囮作戦、やります。囮も、私が」
はっきりとした口調で宣言するようにロレーナは言う。リヴェラの顔つきが真面目なものになったのを見て「だから」と続けた。
「作戦を一緒に考えてください」
「いいよ」
即答だった。拍子抜けするくらいあっさりとリヴェラは答える。それから少し口元を歪ませてこんなことを言うのだった。
「というか、もう考えてある。ロレーナさんが囮になるって言ってくれて助かったよ。俺が考えたのはロレーナさんじゃないと実行不可能だからさ」
そしてリヴェラは、ロレーナの反応も待たずに作戦の説明を始めるのだった。「簡単だよ」と前置きをしてから。
リヴェラの考えた作戦は、確かに簡単なものだった。シンプルでとても分かりやすい。誰にだって思い付きそうなものだった。しかしロレーナに大きな責任がかかる。リスクはロレーナの記憶。リターンは相手の居場所だった。
「それじゃあー、私はこれを出来るようになればいいんですねー?」
「そうなるね。俺はルーナをつかって、町中に夜一人で外を出歩かないよう呼び掛けてもらうことにするよ。確実に相手がロレーナさんのところへいくようにね」
「分かりましたー。三日ください。それまでにはぁ、出来るようになりますからー」
「そのぐらいの余裕があると俺も嬉しいね。それに三日もすればあの性悪商人が帰ってくるんじゃない?」
スメールチのことを性悪商人と呼ぶリヴェラがなんだかおかしかった。端から見れば似た者同士だというのに。それとも、似ているからこそそう思うのだろうか。
「へぇ、性悪商人ねえ」
「う、ぇッ!?」
突然耳元で聞こえた声に、リヴェラはこれでもかというほど飛び上がった。ロレーナも現れた人物を見て目を丸くする。
「どうして……一昨日の夜出たばっかりじゃないですか。どうして、こんなに早く」
「山越えを断念してきたんだよ。天候が不安すぎてね。あれじゃ荷物がダメになるから」
商人にとって荷物は命だよ。と性悪商人ことスメールチは言った。
「それで」動揺を隠しきれないリヴェラにスメールチは言う。「性悪商人が帰ってくる三日後に何をするつもりかな?」
わざと性悪商人を強調して問うスメールチを見て、ロレーナは正に性悪だ、と思った。リヴェラが蛇に睨まれた蛙状態だ。二人の間には十程の歳の差があると思ったのだが(スメールチの正確な年齢は分かっていない)。
ロレーナはそんな大人気ないスメールチに呆れつつ、今までリヴェラと交わしていた会話の内容をスメールチに話すことにした。
「三日後にぃ、囮作戦を結構するってぇ、話だったんですー」
「へぇ、囮ね。その作戦は誰が主役になるんだい?」
「私ですよー」
「へぇ……」
最初は聞き流すように相槌を打ったスメールチだったが、少ししてからロレーナの言っていることを理解したらしく「はぁ!?」と珍しく大きな声をあげた。
「ロチェスさんが? なんでワザワザ危険な役回りを? ロチェスさんがやるんだったら僕がやるよ。女の子にそんな役回りさせたらブランテ君に祟られるだろうしね」
最後のはどう考えても照れ隠しだった。それを悟ったロレーナは微笑ましくなってしまい思わず笑みをこぼす。「何笑ってるのさ」とスメールチに突っ込まれてしまった。
「やる気のあるところ悪いけど、俺としてはロレーナさんにやってもらいたいさ。スメールチさんじゃ条件に合わないかもしれないから」
身長の高いスメールチを見上げるようにしてリヴェラが口を挟んだ。「どうして」とスメールチが言う前に、ピッと指でスメールチを指して言う。
「だって、スメールチさんはこの町の人じゃないら?」
リヴェラの言葉にスメールチは首をかしげそうになる。決して、リヴェラの口から出た言葉が聞き慣れない語尾(方言)だったからではないが。
「被害に遭ったっぽい人っちを見てみると、全員この町の人なんだよね。この町の外じゃ噂すら流れてないって話だし、条件の一つだと思ったんだよ」
「なるほどね」
リヴェラの説明にスメールチはあまり納得していなさそうな声色で言った。相変わらず表情が動かないため、判別が難しいのだが。
「そういうわけだから諦めてよ。確かにリスクは大きいけど、もしロレーナさんが忘れちゃったらスメールチさんが教えてあげれば解決でしょ」
異論は認めないとでも言わんばかりの態度でリヴェラは言い、二人に背を向けて歩き出した。が、数歩進んだところでスメールチのリュックを見て「うわぁッ!?」と情けない声をあげて再び飛び上がった。
「何一人コントやってるんだい? そんなに僕たちに笑ってほしいのかい?」
「ち、ちが……っ。そもそも、なんてものくっつけてるんだよ!」
「何が?」
「後ろ!」
スメールチが一歩近付く度に一歩後ずさるリヴェラ。何に対してリヴェラが怒っているのか気になったスメールチは背負っていたリュックを下ろして自分の前に置いた。
するとそこには、にゅるりと動いて細い舌を出す小さな蛇がいた。
「ああ、なんだ。ついてきちゃったんだ」
その蛇をひょいと持ち上げて手のひらに乗せるスメールチ。リヴェラが更に後ろへ下がった。
「何? 蛇、苦手なの?」
「近、付け、る、な!」
半ば叫ぶようにリヴェラは言う。どうやら相当苦手なようだ。それを悟ったスメールチの顔が一瞬黒い笑みを浮かべたのをロレーナは見逃さなかった。