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結局この日も特に情報は集まらず、何事も起こらず一日が終わろうとしていた。
夕飯も食べ終わり、風呂も入ったし後は寝るだけ……なんてロレーナが考えていると、誰かが玄関をノックした。こんな時間に来客だろうか。訝しく思いながらも、ロレーナはドアを開けた。するとそこには息を切らせたルーナがいた。
「あれ? ルーナさん……こんな時間に、一体」
「ねえ、ジェラルドに会ってない!?」
息が整わないままルーナは言う。この時間では近所迷惑になりかねない程の声の大きさだった。ルーナは気を使えないような人間ではない。それなのに周りを気にしていられないような行動をとるということは、余程のことがあったのだろう。ロレーナは事情を訊くことにする。
「ジェラルドが帰ってきてないのよ……! あの人、大工だから残業なんて無いしいつもこの時間には帰ってくるのに! 私と結婚するとき、浮気はしないって言ってたし……なのに……」
ルーナの声は段々小さく、不安が混ざったものになっていく。
四日前にジェラルドに会ったきり、見かけてすらいないロレーナにはルーナに有益な情報を与えることはできない。ならばやれることはただ一つ。ジェラルドを探すしかない。
ロレーナはルーナに少し待っているように言うと、両親に出掛ける旨を伝えカーディガンを羽織ると外に出た。風呂に入ってしまったため、髪の毛が下ろしたままで多少邪魔になってしまうが、そんなことを気にしているくらいなら、さっさとジェラルドを見つけてしまった方がいいだろうと考え、気にしないことにした。金色の髪の毛が背中いっぱいに広がる。風があるわけではないので、凄く大変な思いをすることはないだろう。
そしてロレーナはルーナと共に、ルーナが思いつくジェラルドがいそうな場所を中心に、ジェラルドを探し始めた。
魔法というのは、魔法が使えない人間が思っているほど便利なものではない。ロレーナは走るルーナの背を見ながらそう痛感した。自分に探索系の能力があればジェラルドを直ぐに見つけることができるのに。そんなことを考えてしまう。
ルーナの足の速さは流石元騎士と言おうか、とてもロレーナが走ってついていけるようなものではなかった。そのためロレーナは飛んでルーナを追いかけることにし、飛んだことで広がった視界からジェラルドを探そうとしていた。ちなみに今は背中が大きく出るようなデザインの服を着、カーディガンを上手く翼の部分を避けて羽織ったため、服が破れるようなことはない。その代わり、少々背中が寒かったのだが。
ロレーナは特別夜目がきくというわけではない。光属性の魔術を得意としているのだから、そうである必要がないのだ。だから、こんな時間に空を飛んで上から町を眺めても、人影など見えるはずがない。そこでロレーナは、周囲の迷惑にならないよう最小の音で最小の光の塊を作っては地面に向かって放出させ、辺りを照らしていた。人がいればそれが影になって照らされる部分が変な形になるため、それで分かるという方法だ。
しかし残念ながら、もうなん十回も光を放出しているというのにジェラルドらしき人物を見つけることができないでいた。チェルヴィ家から随分離れたところまで来てしまっている。このまま探し続けても、永遠に見つからないような気がしてきた。そして、どこかに見落としがあるのではないかと考える。
「ルーナさん」
ふわりとルーナの前に降り立ちながら呼び掛ける。ルーナは直ぐに速度を落として「何?」と聞き返した。話を聞くだけの冷静さは持っていたらしい。そんなルーナにロレーナは恐る恐る提案した。
「もう一度ぉ、チェルヴィ家の周辺からぁ、探してみませんかー? もしかしたらぁ、見落としがあるかもしれませんしー」
「……そうね。このままがむしゃらに走っても見つかりそうにないものね」
意外と言うべきか、ルーナはロレーナの言葉に素直に応じた。ロレーナはてっきりルーナは感情的になってしまっていて、口を出そうものなら逆上してしまうと考えていたため、拍子抜けしてしまった。しかし、簡単に話が進むことに関しては幸運だったと言うべきだろう。騎士時代がルーナの冷静さを育てたのかもしれない。ロレーナはそっと騎士時代のルーナに感謝した。
また走って元に戻るのは大変だしなかなか距離があるため、途中までロレーナが飛んでルーナを運んだ。ロレーナにとって人を運ぶのは初めてのことで、ヨロヨロと随分と危なっかしい飛び方になってしまっていたが、建物などの障害物を気にしなくていい分、走るよりも速い時間で戻ることができた。そしてまた、ジェラルド探しが始まる。
ジェラルドが見つかったのはそれから間もなくだった。
「ジェラルド!!」
ジェラルドは人通りの少ない細い道にぐったりと倒れていた。ルーナが呼び掛けても応じる気配はない。
「すみません。ちょっと、いいですかー?」
ロレーナはそう断りを入れてからジェラルドの首を確認した。そして「やっぱり……」と呟く。眉が自然と寄っていた。
「ルーナさん、ジェラルド君はぁ、多分貧血ですー。チェルヴィ医師に一応見てもらった方がいいとは思いますがー……寝れば治ると思いますよー」
貧血? とルーナは訝しげな表情をしたが、一先ずはロレーナの言葉を信じることにした。そして家の中にジェラルドを連れていくため、二人で持ち上げて運ぶ。ジェラルドの二メートル少しある巨体は中々運ぶのに手こずらせたが、なんとかベッドまで連れていくことができた。
明かりがついているため、先程はあまりよく見えなかったジェラルドの姿がよく見える。ジェラルドの寝顔は安らかなものだった。ナディアと同じだ。
ジェラルドの首には、はっきりとコウモリ型の痣がついている。外で見たのは見間違いではなかった。吸血コウモリに襲われたことは確実だろう。
ただ一つだけ、ジェラルドは他の襲われた人とは違う部分があった。
「……これも、同じ、ですよね……」
ジェラルドの首には、どういうわけかコウモリ型の痣が二つついていた。ひとつはくっきりとついていて、もうひとつは大分消えかかっている。一体どういうことだろうか。考えてもやはり答えは出そうになかった。