13
「騎士団に聞いてみたけどそんな被害が出てるなんて話聞いたことがないって言われちゃったよ。あ、このパネトーネってどんなやつ?」
「ビアンコさんがぁ、この町の外じゃ噂すらないってぇ、言ってましたねー。はい、試食どうぞー」
ロレーナはそう言ってリヴェラに一口大に切ったパネトーネが盛られたかごを差し出す。リヴェラはそれを一つつまんで口に放り込み、しばらくすると口元を緩ませた。
「この国は魔術に疎いから、記憶を消す魔術とかも特定できそうにないよ……ねえ、このカルツォーネって、種類がいくつかあるけど何が違うの?」
「忘却術って言ってもぉ、何種類かあるみたいですしねー……。こっちのカルツォーネはピザ風とかぁ、食事向けの中身ですー。こっちのカルツォーネはぁ、クリームとかチョコとかが入ってるぅ、菓子パンタイプですよー」
「へぇ……」
ロレーナの説明を聞いて、リヴェラはトレーにクリーム入りとチョコ入りのカルツォーネをそれぞれ一つずつ乗せる。それから、さっき試食したパネトーネを二つトレーに乗せた。どうやら気に入ったらしい。
「ねえ、こっちのやつは全部菓子パンなの?」
「一応、そういう区分になりますねー」
「そっか」
短く言うとリヴェラは既に四つパンが乗ったトレーに更にパンを乗せていく。スフォリアテッレ、アップルパイ、プレッツェル……重ねなければトレーに乗せきれないほどになっている。
「ところでこのロゼッタって、中身空洞なんだよね? そこにジャムとか入れないの?」
「どうでしょう……入れてみても、美味しいかもしれませんねー。ジャムも買っていきますかー? 何種類かありますけどー……」
「苺ジャム」
「これでいいですねー? じゃあ、あっちでお会計しましょうかー」
こくりと頷くと、リヴェラはロレーナについていき、会計を始めた。リヴェラが購入したパンはどれも甘い菓子パンタイプのものだ。どうやら甘党らしい。リヴェラは袋詰めされていくパンを見つめて恍惚の表情を見せた。相当である。
「さて、次は俺はどの辺を攻めたらいいのかな。ロレーナさんたちが調べられないところを行こうとは思ってるんだけど」
「この町だけに限定されちゃってますしー、騎士団もダメとなるとぉ、あとは地道に聞いていくしかないんですよねぇ……。どうしましょうかー」
困ったな。とリヴェラは軽く頭を掻く。それから左耳の後ろの辺りを手で押さえながら暫く黙った。
二人の間を沈黙が流れる。やがて口を開いたのはリヴェラの方だった。
「もう、いっそのこと自分たちが情報になってみたらどうかな。ナディアちゃんはもう使えないけど……いわゆる囮ってやつ。噂で、どういうときに襲われるっていうのはあるんでしょ? その条件がそろう状態にわざとしてさ。他の人が襲われないように騎士団を使って呼び掛けてみたら完璧じゃないかな」
「囮、ですか……」
リヴェラの提案にロレーナは気乗りしないようだった。当たり前だ。リスクが大きい上に、リターンがあるかどうかすら不確定なのだから。それに、襲われるということはイコール記憶を奪われるということになるかもしれない。ロレーナとしては、クリムに関する記憶は意地でも消されたくなかった。ロレーナのだけではない。ロレーナはこれ以上クリムが皆の記憶から消えるのをなんとかして食い止めたかった。
「まあ、最終手段くらいに考えとけばいいと思うけどね。やる前に大きい情報が入ったら囮なんてする必要無いんだし」
「……頭に置いておきますー」
そこで会話は途切れた。パンの袋詰めは終わっている。リヴェラはグッドタイミングだとでも言いたげな表情を浮かべながら、パンがは入った袋を持って店を出た。その足取りは、なかなか軽やかなもののように見えた。