12
その夜。ロレーナはネロの家に向かった足でそのままナディアの家に向かった。情報交換のためだ。本当ならば、ロドルフォの店でやりたかったのだが、ロドルフォが今日は無理だと断ってしまったため急遽変更することになってしまった。
「あ、ロレーナ! いらっしゃーい」
ノックをしようとドアの前に立つと、ドアが内側から開かれた。そこからナディアがひょっこりと顔を出す。
「ロレーナが最後だよ。もうスメさんもビアンコさんも来てるんだから」
「ビアンコさんも、ですかー……」
彼女には悪いことをしてしまいましたね。と、ロレーナは苦笑した。それと同時に、よく引き受けてくれたものだと思う。彼女は赤の他人なのだ。クリムの記憶がなくなろうと、フィネティアとシャンテシャルムの関係が悪くなろうと、誰が襲われようと関係ない。引き受ける理由がないのだ。それなのに引き受けるとは、とんだお人好しである。
「やあ、ロチェスさん。待ってたよ」
「……? ロチェスさん? あの、ロレーナさんでは無いのですか?」
「一応はぁ、どっちも正解ですよー」
どちらが本名なのかと聞かれたら困るが、名前としてはどちらも正しい。産みの親がつけた名前はロチェスで、育ての親がつけた名前がロレーナ。それだけの違いだ。そしてロレーナは、親を産みだとか育てだとかで区別するつもりはなかった。どちらもロレーナにとって大切な親だ。どちらにも優劣はない。ただ、呼ばれなれているし、今はフォルトゥナーテ家の娘として生きているからロレーナと名乗っている。それだけのことなのだ。
そんなことはどうでもいいと言うようにロレーナは「それじゃあ」と話を変えた。本題に持っていく。
「この三日間でぇ、集まった情報をまとめましょうかー」
集まった情報は、決して多いとは言えなかった。そもそも被害者が少なかったのだ。それに、被害にあっても自覚できる症状が貧血だけなので、特に女性は襲われたかどうか、判別することすら難しい。
「でも、やっぱり襲われた人にはコウモリ型の痣があったよ。目印のつもりなのかな」
「無理矢理かもしれないけど、襲われた人はみんなネロ君のお店の常連さんだったりしたかなー。あたしとネロ君が仲良いって知ってるし、ロレーナとあたしが今もよくネロ君の家に行ってるって知ってるから、ネロ君への伝言頼まれちゃった」
スメールチとナディアは口々に言う。ちなみにナディアが頼まれた伝言はほとんど、店の営業を再開してほしいというものだった。かなり親しまれたものだ。
「この町の外には襲われた人は居ないようです」
そう言ったのはビアンコ。一拍おくと続けて言った。「そもそも、この町の外では吸血コウモリの噂すら流れていませんでした」
「被害に遭うのはこの町だけってことなのかな?」
「そういうことになりますね」
ビアンコの言葉に、スメールチは考えるような素振りを見せる。ロレーナも考えることにした。
襲われた人はネロの店の常連。この町だけが対象。コウモリ型の痣。そして消されるクリムの記憶。血だけを抜き出し、記憶の一部だけを消すことができる者。
「……考えられる種族は……ヴァンパイア、魔女、あとは……」
ぶつぶつと呟きながら考える。ヴァンパイアと魔女。嫌でもネロとクリムを想像してしまう。そういえばネロはこの件に関してどう思っているのだろうか。いや、もしかしたら知らないかもしれない。その可能性の方が高い。この話をネロにしてみたら、彼はなんと言うだろうか。ロレーナのように、あるいはロレーナよりも激しく怒るのだろうか。
そこまで考えてロレーナは首を振り、余計な思考を振り払う。今はそんなことを考えるときではない。それに、まだ傷心中のネロを刺激するようなことはしてはいけない。
「お姉さんに関する記憶が消えるってところが気になるよね。二人だからまだ仮説だけど、三人目が出てきたら確定でいいよね」
今度はその辺を聞いてくるよ。スメールチはそう言って帰る支度を始めてしまった。「もう帰っちゃうの?」とナディアが訊ねる。
「悪いね。何日もとどまってられないんだ。仕入れにもいかないといけないからね」
仕事が理由となれば引き留めるわけにはいかない。ロレーナは「気を付けてくださいねー」とだけ言ってスメールチを見送った。