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吸血コウモリの正体を捜すことになり、ロレーナたちがまず最初にしたのは聞き込みによる情報収集だった。まるで探偵だ、とロレーナは苦笑した。子どもの頃、本を読んで憧れて、よくやっていた探偵ごっこを、ごっこではなく本気でやることになるなんて。しかも、二十歳を過ぎてから。
リヴェラとルーナは騎士団を使って情報を集めると言い、別行動になった。騎士団に特別な関わりがないロレーナたちにとってはありがたい話である。一応、ロドルフォという引退した騎士がいるが、引退した人間に騎士団云々の話を持ちかけるのはなんだか気が引けた。ロドルフォは騎士団をやめた辺りの過去を非常に嫌がっているようだし。
町の人たちやその他から情報を集めることになったロレーナたちは、それぞれ別々に行動することにした。ロレーナはパン屋で、ナディアは花屋で、スメールチは取引先を、そして巻き込まれる形となったビアンコはその他を担当した。情報交換は三日後。それまではひたすら情報を集める。そういう話だった。
「焼きたてパンはいかがですかー? あ、こんにちはー。今ぁ、丁度スフォリアテッレが焼けたんですよー」
焼き上がったスフォリアテッレを並べつつロレーナは入ってきた客に話しかける。客は最初、スフォリアテッレを買うつもりは無かったようだったが、焼きたての誘惑に負けて結局買うことにしていた。そんな様子を見て「ありがとうございますー」とロレーナは微笑んだ。
客が会計に来ると、ロレーナは金額の計算やパンの袋詰めをしながら客に話しかける。
「最近、変なコウモリに襲われたとかぁ、突然貧血になったなんてことぉ、ありませんかー?」
ロレーナの唐突とも言える質問に客は大抵首をかしげる。そんな客に、ロレーナはそのあと決まってこう続けるのだった。
「魔術が関わってるならぁ、危ないと思ったんですぅ。浄化とか、私にも出来ることが無いかなって思いましてー」
嘘ではなかった。回復魔法ですら魔術に耐性のない人間には毒となってしまうため、最近魔術を使うようになったロレーナにそれが出来るのかという部分は別だが。
ロレーナの話を聞くと、客は安心したような顔をした。そして「ありがとう。毎日ここのパンを食べてるお陰で元気だよ」なんて言ってくれる。パン屋としてはとても嬉しい言葉だが、情報がほしいロレーナにとっては複雑だった。どうやら今日も収穫はなさそうだ。
「あのぉ、ここの売れ残りは持っていっても大丈夫ですかー?」
店仕舞いをすると、ロレーナはネロのところに行くために準備を始めた。今日は失敗作が少なかったため、持っていける量が少なくなりそうだった。だから売れ残りについて訊ねたのだった。
「ああ、持っていっておくれ。最近どうしてかスフォリアテッレの売れ行きが悪くなっちゃったねぇ……」
「大量に買っていってくれた女の子が来なくなっちまったからなぁ」
フォルトゥナーテ夫妻がそんな会話を始める。確かに、クリムがいなくなってから、スフォリアテッレの売れ行きはガタッと落ちてしまった。クリムの消費量が異常だっただけで、本来ならこんな売れ具合なのだが、経営をするものとしては売り上げが減るので痛手である。
と、ここで夫妻の会話におかしなことが起きた。夫のぼやきに妻が不思議そうな顔をする。
「スフォリアテッレを大量に買っていく女の子? そんな子いたかい?」
「なーに言ってんだお前は。あの銀髪の可愛い子だよ。店のスフォリアテッレほとんど買ってくれたじゃねぇか」
「そうだったかねぇ……?」
夫の言葉に妻は首をかしげるばかりだった。そんな様子にロレーナははっとする。
「お母さん! 最近、突然貧血になったなんてことはありませんか!?」
「どうしたんだい、ロレーナ。突然大声なんて出しちまってさ。あんたらしくないねぇ……まあ、そうだね。一週間くらい前に、ちょっとそれっぽかったことはあったけど……それがどうかしたのかい?」
ロレーナは質問に答えず、「すみません、首を見せてもらえませんか?」と要求する。突然の要求に戸惑ったが、可愛い娘の要求だったので、彼女は「あたしの首なんか見てどうするんだい?」なんて言って笑いながら、首をロレーナの方につき出した。
「…………やっぱり」
ポツリと呟いた声は、夫妻には届かなかった。ロレーナはお礼を言うと、「それじゃあ行ってきます」と、何かを言われる前に、誤魔化すように店を出たのだった。
店を出ると、ロレーナは翼を広げて上へ上がる。また服をダメにしてしまったが、飛びたい気分だったので仕方がないと片付けることにした。
「……手遅れだった……!」
誰もいない空でロレーナは苦しそうに、犯人を心の底から憎むように言う。
母親の首にはあのコウモリ型の痣があった。そう、既に襲われたあとだったのだ。血を奪われ、クリムに関する記憶も奪われている。このことで、倒れる人が少なかっただけで、実際の被害者はかなりいるであろうことがよく分かった。
襲われた人から消されるクリムの記憶。まだ二人だから確信が持てないが、クリムが雪のように消えて無くなってしまうような錯覚をロレーナは感じ始めていた。