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アルマン伯爵と男装近侍  作者: 早瀬黒絵
# The second caso:Frutta proibite.―禁断の果実―
20/120

実、六口。

 



 その後、合流したシスターに叱られた。


 孤児院に来る子供の中には親元へ戻ってしまったり、共同生活に馴染めず逃げ出したりする子もおり、そういった子供は大抵二度と戻って来ないという。死んだのか、はたまた元の生活に戻ったのか。


 子供の安全を守るためにも外出は大人と一緒が原則で、ある程度の年齢なら昼間のみ一人でも外出は許される。わたしは年齢的に問題はないが孤児院に来たばかりなので暫く様子を見るつもりだったらしい。


 戻って来たわたしを見つけた時のシスターの安堵した表情に罪悪感を覚えつつ、勝手に出て行かないと約束をして、ついでに苺で何とか機嫌を直してもらい教会への道を帰った。


 苺が詰まった紙袋を持って帰ると予想通り神父が驚きの声を上げた。




「そんなに沢山の苺をどうしたのですか?」




 それを聞きつけて数人の子供が部屋の入り口から室内を覗いている。


 輝く複数の目は紙袋に釘付けだ。子供だし果物が好きなのだろう。


 季節のもので多少安くなっていても金銭的に余裕のない生活では贅沢品だ。


 子供達の痛いくらいの視線を感じながら口を開いた。




「市場で会った友達からもらった」


「まあ、そうなの? でもそんなに沢山いただいて大丈夫かしら?」


「ご迷惑をおかけしませんでしたか?」


「売りモンが余ったんだってさ。腐らせるくらいなら孤児院の皆で食べてくれって」




 シスター達は頬に手を当てて困ったような、けれど嬉しそうな様子を見せる。


 神父も両手を組んで信仰する神と苺をくれた相手へ感謝の言葉を捧げる。




「慈悲深き心に感謝し、その方の幸福と安寧を祈りましょう」


「ええ、ええ、そう致しましょう」


「セナはその苺を厨房へ運んでちょうだい」




 紙袋を手に上機嫌のシスターの言葉に頷き、部屋を後にする。


 背後に続く小さな足音達に振り返れば案の定、廊下の角で頭を積み上げるようにして子供達がわたしの様子を窺っていた。正確に言うならば、わたしの持っている苺の詰まった紙袋を見ていた。


 吹き出しそうになるのを堪えて、そっと手招く。




「洗ってヘタ取るから手伝え。多分、夕食で出してもらえるぞ」


「やったー!」


「いちご、いちごーっ!!」


「他の奴らにも教えてやれよ」


「はーい!」




 角から飛び出してキャアキャアと両手を上げて大喜びする子供達。中には勢いよく抱き着いてくる子もいて、危うく紙袋を落としそうになった。


 腰にくっつく子供の低い頭をポンポンと軽く撫でて歩き出す。


 子供はどちらかと言えば好きだ。素直だし、分かりやすいし、我儘をに振り回されたり生意気な態度を取られたりしても可愛い。何より小さな体いっぱいで感情を表現する姿は癒される。


 心が(すさ)む事件に浸っていると、ふとした瞬間にこういう癒し欲しくなる。


 ……伯爵もペットを飼わないのだろうか? 犬とか猫と鳥とか。


 厨房に着くと子供達に包丁など危険な物には触らないよう注意して、水で軽く苺を洗う。艶のある赤が水を弾いて、より綺麗な色になるのを子供たちが覗き込む。


 数人の子供の中で年長らしい男の子に水を切った苺を渡す。




「ヘタ取ってくれ。えっと……」


「アルディオ、アルでいいよ」


「じゃあアルはヘタを取ったらこっちの籠へ入れておいて」


「わかった!」




 アルディオと自己紹介した男の子は苺のヘタを丁寧に取って、空いた籠の中へ入れる。周りの子供達は籠を囲んでいるが苺には触らない。


 背伸びしてアルの肩越しに苺を覗き込む男の子もいて、思わず苦笑してしまった。


 アルと同じ年齢だろう背格好の似たその子供のために水の入った桶を床へ下ろす。




「ほら、この種の……ツブツブした部分にも土がついてるかもしれないから、水に浸しながら指で優しく撫でて洗うんだ。強く握るなよ」


「うん」




 嬉しげに返事をした男の子が顔を上げる。


 アルにソックリの顔立ちに驚いた。




「そいつ、オレの双子の弟なんだ。名前はイルフェスだからイルって呼べばいいよ」




 苺のヘタを取りながらアルが言った。




「イルだな。今更だけどよろしく」


「う、うん、よろしく……」




 頷いたイルは落ち着かない様子で視線を彷徨わせる。人見知りをする子なのだろう。


 まだ洗っていない苺を渡してやれば笑顔に戻り、ぎこちない手付きで苺を水に浸す。


 潰さないか心配したが杞憂だった。ヘタを取っている子と同じく、丁寧に汚れを落としていく小さな手の動きは苺を慎重に扱っているのがよく分かる。


 見ていた子供達が「たべたーい」「いっこ、ちょうだい」と強請(ねだ)ってくるので、男の子は口をヘの字にして「だめ!」と伸びてくる手を(かわ)す。




「こら、夕食の時にもらえる数が減るぞ」




 そう注意すると不満そうに子供達は頬を膨らませる。




「こんなにいっぱいあるから、だいじょうぶ!」


「まえがり!」


「今食べてもいいけど、皆が三つ食べてるのに自分だけ二つでも我慢出来るか?」


「……みんなよりへるの?」


「……やだ」




 まあ、そうだろう。正直な反応に苦笑が漏れる。


 人という生き物は先に摘まみ食いした自分が悪いと分かっていても、目に見える数が周りの子供より少ないと自分だけ損をしている風に感じてしまう。子供は尚更そう感じるかもしれない。


 それで喧嘩されても困るのでしっかり理解させる必要があるのだ。




「じゃあ夕食まで我慢な」




 渋々とだが「はあい」と声が返ってくる。良いお返事だ。


 思えばこの世界に来て、使用人以外で子供と接したのは初めてだった。


 伯爵の屋敷にはわたしよりも年下のボーイ達がいるものの、男女で棟の階は分かれているし、ボーイ達は仕事をしながら礼儀作法を覚えるために様々な雑用を任せられる。単純だけど時間もかかる仕事を根気よくこなす姿を屋敷の目立たない場所で見かけるが仕事中に話しかけるのは躊躇われた。




「……よし、この水を捨てて来たら中庭で遊ぶか」


「あそぶー!」


「はやくいこう!」




 苺の入った籠を高い棚へ移し、廊下へ駆け出して行く子供達の背を追いながら、使い終わった水の入った桶を片手にわたしも厨房を出る。


 夕食で出た苺は子供達に大好評で「またたべたい」と強請られたのは後の話である。






* * * * *






 翌日、シスターにお使いを頼まれて別の孤児院へ手紙を届けた帰り道。


 わたしを引き取った教会よりやや離れた薄暗い裏路地で伯爵に問い返した。




「また、ですか」




 幾分質の良さそうな一般の労働階級の服に身を包み、腕を組んで壁にもたれかかりながら、伯爵は眉を顰めて先ほどと同じ言葉を一言一句違えずに繰り返す。




「行方不明の子供が出た。名は明かせないが、とある子爵家の十歳の次男だ」


「それは何時頃の話でしょうか? まさか、昨日なんて言いませんよね?」


「姿が見えないと気付いたのは三日程前のようだ。放蕩癖があり友人の家に遊びに出掛けてなかなか帰らないことも多かったそうで気付くのが遅れてしまったと言っていたが。流石に幼い子息令嬢のいる他の貴族達も不安を感じ始めている。女王陛下から解決を催促する手紙までとうとう来た」




 まだ十歳の子供が三日も家に戻らないことを不審に思わないだなんて気分の悪い話だ。


 ここ暫く事件が起きなかったため、もう犯人は別の街に逃げたのかもしれないと噂が出始めていたところに、この件で収まりかけていた人々の恐怖心は膨らむ。恐らくまだ公表されていないだろうけれど、それも時間の問題だ。


 どこの子爵家か知らないが、子供が行方不明になったのに気付かないだなんて。


 こちらの世界では十六で成人。それまで子供は親の‘所有物’で、子供が犯した罪などは親の責任となる。親は子供の動向をある程把握しておくのが当たり前だ。


 一般人ならまだしも、貴族となれば殊更己の子供の安全には気を配るべきだった。




「普通、親は子供の心配をするものでしょう? 嫌な話です」


「そう言うな。貴族は貴族で色々と面倒なんだ」


「分かっておりますよ。……それで、どう動きますか?」




 まだ犯人がこの街にいるのなら、一刻も早く掴まえなければならない。


 女王陛下から早期解決の催促もされた以上は急がないと。


 伯爵は顎に手を添えて考えていたけれど、不意に顔を上げて何時も通り感情の読み難い表情で口を開いた。




「目立ってみるか」


「しかし目立つと言っても一体どんな意味が?」


「犯人は顔立ちの綺麗な少年を狙っている。人々の噂に上がるくらい目立てば、一度くらいは犯人の耳に届くだろう。それで興味を引いて近付いて来たら重畳なんだがな」


「……また何かなさるのですね?」




 胡乱な眼差しで見るわたしを気にした風もなく伯爵は見返し、もたれていた壁から背を離した。どこか楽しげな色を滲むブルーグレーの瞳が薄暗い路地の中で微かな光を反射して輝く。


 作戦は至ってシンプル。犯人が狙う子供の特徴にピッタリのわたしと、見目が良く目立つ男性が街の人々の目のある場所を回る。同性愛は否定していないが堂々と男同士でデートをすれば、人々は少なからず話のネタに噂を広める。悪事千里を走るとはよく言うけれど、そんな噂が犯人の下まで届くのだろうか。


 というか、わたしが何かするのは決定事項なんだ。


 溜め息を零しかけると伯爵は更なる爆弾を投下した。




「相手役は私がやる」


「はああっ?!」


「セナ」


「……あ、申し訳ありません。あんまり突拍子もないことをおっしゃるので、つい……」




 慌てて口を手で覆い、辺りの様子を確かめる。


 幸い、外の大通りまで声は届かなかったようだ。


 だが何故そんな考えに思い至るんだか。


 確かに見ず知らずの人間を巻き込むわけにはいかないが、それならエドウィンさんでも良いじゃないか。そう進言してみたら「あれは妻子持ちだから無理だ」と言われてしまった。


 ……えっ、あの若さで結婚して子供もいるの?!


 思わぬ所で衝撃を受けたわたしに呆れた顔をして伯爵は話を進めた。


 流石に銀灰色の髪では別の意味で目立つし、噂になってしまうので髪はこの間と同じ薄い茶色に染めるらしい。短期間のうちに何度も染めていたら髪が傷みそうだ。


 ……まあ、本人が言っているんだし良いか。




「分かりました。では早速明日にでも?」


「ああ。とりあえず明日の朝、迎えに行く。二人で街を徘徊していれば噂もすぐ流れるだろう」


「徘徊って……。きちんとグロリア様とキース様、エドウィン様には話をしておいてくださいね。特にキース様には細かく説明していただかないと、妙な誤解で友情に(ひび)が入っては困ります」




 わたしの言葉に伯爵が声もなく肩を軽く震わせて笑った。


 笑い事ではないんですがね。


 最初の頃に仕事で何度も同じ娼館へ向かう様を目撃され、そこに熱心に通う娼婦がいるのだと勘違いされて大変だったのだ。金を注ぎ込み過ぎるなよと色々心配された。


 何せキースはわたしを()だと思っているから、何も言わなければ偶然見かけられて仕事の合間に男性と逢引してると勘違いして大騒ぎするだろう。グロリア様にそれが伝われば、絶対にからかわれる。


 兎も角、伯爵は明日どんな姿で伯爵は現れるのだろう。


 少しの期待と面倒臭さを抱えながら路地裏を出て、わたしは教会への道をゆっくりと歩き出した。





 

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