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アルマン伯爵と男装近侍  作者: 早瀬黒絵
# The second caso:Frutta proibite.―禁断の果実―
18/120

実、四口。

* * * * *

 





 翌日、伯爵のティータイムの少し前頃に数人の警官が屋敷を訪れた。


 その手には大きめの分厚い封筒が幾つも抱えられ、やや緊張した面持ちの目元には薄っすら隈が出来ていた。エドウィンさんが昨夜のうちに動いたらしい。素晴らしい行動力である。


 資料を運んできた警官達の話によると警察へ届出が出ている中で今回の事件に該当しそうな子供の分だけらしい。実際、行方不明者というのは老若男女問わず毎年それなりにいるそうだ。


 運んで来た書類をせっせと従僕(フットマン)小姓(ボーイ)達に渡す彼らは妙に緊張していた。


 小姓は伯爵の寝室の前まで書類を運び、従僕は書斎まで運び入れる。わたしも寝室の前へ置かれる書類を書斎へ運ぶために何度も寝室の廊下側の扉と書斎とを往復した。




「何度も馬車とを往復してお疲れでしょう。旦那様より皆様を労うよう仰せつかっております。心ばかりのお礼ですが軽食や菓子もご用意しておりますので、よろしければお帰りになられる前に暫し此方でお休みください」




 運搬を終えた警官達にそう声をかけたら蛇に睨まれた蛙みたいに硬直された。貴族の屋敷に来て緊張している最中に予想外のことを言われて戸惑っているのが手に取るように分かって少し可笑しかった。


 しかし用意された物に全く口を付けないのも失礼だと思ったのか、応接用のサロンへ通すと居心地悪そうにしながらも律儀に紅茶を一杯飲んで茶菓子を少し摘まんでから帰って行ったので結構良い人達である。


 書類を整理しながら思い出し笑いをするわたしに伯爵が眉を片方上げた。




「意地の悪い奴め」




 何がとは言われなかったが、言いたいことは分かる。




「感謝の意を示しただけですよ」


「それなら私も言ったぞ」


「ぞんざいな上に言付けでしたけど……」




 たった一言「御苦労、それなりに労っておいてくれ」とわたしへ言っただけじゃないか。


 あんなもの、わたしだったら全然感謝された気がしない。


 纏めた書類を机の端に重ね、空になった封筒を纏める。




「馴れ合う必要も無い」


「そうかもしれませんが、せめて笑顔で言うなり優しく声をかけるなりしても良いのでは?」


「……そんな私が想像出来るか?」


「……いえ、やはり今のままで結構です」




 笑顔で優しく「御苦労だった。心ばかりの礼だが茶の用意をさせてあるので少し休んで行くと良い」と警官達を労う伯爵を想像して、思わず自分を抱きしめるように両腕を擦った。駄目だ。全くの別人になってしまい鳥肌が立った。自分で言ったことなのに、これはないなと内心で首を振る。


 呆れ混じりのブルーグレーが書類を見る。


 愛想を良くすればもっと人付き合いも楽そうなのに勿体ないと思う。


 とりあえず無意味な思考を頭から追いやり、机の上に山積みになっている書類を元からあったものと運び入れたものとに仕分けながら新しく届いた書類の中身へ目を通す。


 現在行方不明の貴族の子どもは五人。添付された絵姿を見ると確かに全員整った顔立ちの美少年だ。若いながらも精悍な顔だったり儚げな顔だったり、造作は美しいが、美の類似性は見られない。


 平民の子には絵姿はないものの経歴と共に書類には容姿が細かく記載されていた。


 それらも想像するしかないが、なかなかに見目の良い子供達であった。


 ……見目が良ければそれでいいのだろうか?


 人にはそれぞれ好みがある。精悍な顔立ちが好きな人もいれば、儚げな美しい顔立ちが好きな人もいて、女の子みたいな可愛い顔立ちが好きな人もいる。でも、並べた絵姿や外見の記載を比べてみても犯人の好みは読み取れそうもなかった。




「本当に容姿の良い子供ばかりですね」


「そうだな。こうも見目の良い者だけとなれば、犯人側とて人目を避けて被害者へ危害を加えるのも容易ではないだろうに。それほどまでに見目の良さに拘りを持っているのかもしれん」




 面倒臭げに伯爵が同意していると、書斎の扉が叩かれた。


 書類を置いて扉を開ければ執事のアランさんが立っていた。




「リディングストン侯爵家のキース様がいらしておりますが、一階のサロンへお通ししてもよろしいでしょうか?」




 ……キースが? 確か今日は来客の予定はないはずだが。


 振り返ると伯爵が一つ頷く。




「ああ、私もすぐに行く」


「畏まりました」




 アランさんは恭しく礼をすると足早に廊下を去って行く。


 席を立った伯爵に合わせて書斎の扉を開け、わたしも書斎を出て扉を閉めると伯爵が鍵を閉めた。次に廊下に繋がる寝室の扉を開けて伯爵を通して最後にわたしが寝室を後にする。


 一階のサロンへ向かう伯爵の一歩後ろに付き従い廊下を進む。


 サロンへ着き伯爵が扉をノックしてから開ける。先に室内へ通されていたキースが立ち上がって伯爵を出迎えた。続いて部屋に入れば少し嬉しそうな視線を向けられたのでわたしも挨拶を込めた笑みで返す。


 ソファーの傍へ来た伯爵にキースが一礼した。




「お久しぶりです、クロード様。突然押しかけてしまい申し訳ありません」


「気にするな。グロリアに比べれば大したことではない」


「あはは、姉上は嵐みたいな人ですからね」




 苦笑混じりに顔を上げたキースが肩を竦めてみせる。


 伯爵が手でソファーを示し、キースが頷いてソファーへ腰掛けた。


 同時にサロンの扉が叩かれたため、わたしが対応すれば、サービスワゴンを押して静々とパーラーメイドの一人が入室する。


 テーブルの上に茶菓子や軽食の載ったケーキスタンドと取り分け用の皿などの食器類、紅茶を注いだカップとソーサーをキースと伯爵の前に置くとメイドは礼をとって入って来た時と同様に静々と退室した。




「タルト」


「はい」




 さっそく紅茶を飲み始めた伯爵の言葉に従い果物を使ったタルトを取り皿へ移し、伯爵の前へ置く。




「キース様はどれになさいますか?」


「……じゃあスコーンを二つ」


「畏まりました」




 美味しそうなスコーンを二つ皿へ取り、ジャムとクリームの小さな器も添えてキースの前へ置く。


 伯爵がティーカップとソーサーをテーブルへ戻す。


 そうしてやっとキースは手に持っていた封筒を差し出したので、それを受け取り、テーブルを迂回してキースと対面してソファーに座る伯爵へ渡す。まだ封をしたばかりなのか微かに(ろう)の匂いがした。




「これは?」


「中身は見ていないので分かりませんが、姉さん曰く()()()()()()だそうです」




 キースの言葉に伯爵はすぐさま封を切って中身を読む。


 キースは待つ間にスコーンを食べる。家政婦長お手製のスコーンはクリームもジャムも絶品で、キースもそれが好きなのか目元を和ませてゆっくりと味わっている風だった。


 封筒に入っていた書類は数枚程度のものだったが秀麗な顔が眉を顰めた。読み終えたそれを渡され、わたしもザッと目を通す。被害に遭った子供が増えたようだという旨と、その子供についてだった。


 わたし達の様子で何となく内容が分かったらしくキースも悲しげに手元へ目を落とした。


 被害に遭った子どもは孤児。年齢は十一歳。大人に黙ってよく教会を抜け出してはこっそり働いていたらしく、シスターが気付いた時には既に姿が見えなかったそうだ。働いて得た金で自分よりも年下の子供達へ衣類や食べ物などを隠れて買い与えていたと書かれていた。




「わざわざすまんな」




 書類を封筒に戻して伯爵が言う。キースが首を振った。


 せっかく会えたけれど、こんな雰囲気ではお喋りは無理そうだ。


 スコーンを食べ終えたキースが苦笑する。




「今日は帰ります。セナ、事件がない時にでもまた来るよ」


「はい、楽しみにしています」




 わたしの言葉に少し気分が浮上したのか、苦笑が微笑に変わる。


 玄関まで送って来いと言う伯爵に甘えてキースと二人で部屋を出た。


 本館内は相変らず物静かで、本当に自分達以外にも人がいるのか疑問に思ってしまうほど静寂に包まれている。廊下に二人分の足音だけが響く。


 玄関まで送ると停まったままになっていたリディングストン侯爵家の馬車にキースは乗り、一言二言別れの言葉を交わして帰って行った。


 サロンへ戻ると伯爵の姿はなく、恐らく書斎に移動したのだろう。


 そのまま伯爵の書斎へ行き、重厚な扉を開けた先の光景に溜め息が零れてしまう。


 整理したはずの書類が散乱し、大量のそれらは机に乗り切らずに床にまで落ちている始末である。


 しかもそれをやった本人は思考の海に沈んでは、突然机に広げた書類に何やら羽根ペンであれこれと書き込んで、また思考の海に沈んでいた。わたしが戻って来たことにも気付いていなさそうだ。


 書類を見比べてはあちこちへ分け、時には邪魔そうに床へ放ったり退けたりしている。


 仕事熱心なのは良いが後で片付けるわたしや従僕達の身にもなって欲しい。


 仕方なく机に歩み寄って落ちている書類を拾い上げてみれば、グロリア様とキースから渡されたものが混じり合っていた。もう一度溜め息が出そうになった時に伯爵の声がした。




「……やはりアレか」




 床へ伸ばしかけていた手を止めて振り返る。


 傍に行き、その手元を覗き込むと数枚の羊皮紙に文字の羅列が広がっていた。


 まだ硬い文章を読めないわたしには半分近く解読出来ない代物だったが、所々に見て取れる単語はツェーダの通りの名前や番地名で、更に名前の横には数字が書かれている。


 別の紙には見覚えのないどこかの番地名があり、やはり隣には数字があった。


 机に散らばる書類に改めて視線を移すと通りや番地ごとに正しく振り分けられていた。


 やっとわたしの存在に気付いたのかブルーグレーが見上げてくる。




「何か分かったんですか?」




 くすんだ色合いの鋭い瞳が瞬いた。




「確信は持てんがな」




 引き出しから取り出された地図が机の真ん中へ広げられ置、その脇へ書き込みのされた書類が並ぶ。机の上に分けられていた書類は王都の地図に描かれた方向と地名通りに配置されている。


 ただ散らかしてただけじゃなかったのか。


 伯爵は羽根ペンを掴むとインク壺に浸しそれで地図の各所に×印を描いていく。


 その作業が終わるまで黙って地図と羽根ペンの動きを目で追う。




「これは被害者が最後に目撃された場所だ」




 ×印がある場所は一見すると規則性がないように思えた。


 しかし、次に丸印が付けられると状況が一変する。


 それまで無作為に散っていた×印が、いくつかの丸印を描いただけで単純ながらも規則性を持つ。丸印の範囲内に×印が集まっており、地図に不気味な群れが複数生まれる。




「犯人が襲っているのは恐らく孤児だけだ」




 その言葉に疑問を投げかけた。




「貴族の子供も混ざっていますよ?」




 何故か伯爵に呆れた顔をされる。




「きちんと読み直してみろ。失踪している子供は皆、養子だ」


「!」




 分けられている書類の一枚を掴んで食い入るように読むと言われた通りどの貴族の子供も養子縁組で引き取られた者だった。妾や愛人との間に生まれた所謂(いわゆる)庶子というやつだ。


 グロリア様から渡された他の書類に書かれている子供達も、よくよく読み進めていくと全員が全員、元孤児の庶子ばかりである。




「これを見る限り貴族の家には既に家督を継ぐ子供がいらっしゃるようですが、それなのに、どうして養子を取るんです?」


「養子はあくまで養子。継がせる気など(はな)からあるまい。ただ見目の良い子供はそれだけで注目されやすいからな、他の貴族との繋がりを得るために政略結婚の道具として使うために引き取るのはよくあることだ。むしろ貴族の子が庶子と言えど五人も失踪しているのに今まで騒ぎにならなかった方が不思議なほどだが――……実子ではないから放っていたんだろう」


「そんな……」


「全ての貴族がそうではないが、そういった考えの者も少なくはない」




 手から書類を抜き取られても、わたしは動けずにいた。


 地図上に描かれた印に冗談交じりで言った『ハーメルンの笛吹き男』を思い出す。誘う笛吹きと誘い出される子供達の姿が印に重なり、そうして、庶子ながらも己の子が行方知れずになっても気に留めないお貴族様の常識とやらにぞっとする。


 その貴族達には子供を引き取った責任や育てる義務という観念がないのか。


 事件に巻き込まれた子供達が憐れでならなかった。


 散らかした書類を大雑把に掻き集める伯爵は動かないわたしに見兼ねたのか言う。




「それでも養子は引き取る側と引き取られる側とが了承しない限り成立しない。家を継げなくとも、実子同様に可愛がられなくとも、それでも教会で暮らすより待遇はずっと良い。子供達もある程度は納得した上で引き取られるんだ。お前がその子供達の心情を慮る必要はない」




 その言葉は、つい昨日わたしが伯爵へ投げかけた慰めにどこか似ていた。


 わたしとは何の関係もない子供達。紙面上でしか知らない彼らに心を痛めていては、この仕事は続けられないだろう。頭で理解しても感情はついていかないのだ。


 伯爵は絶妙なバランスを保って積み上げられた書類を机の端に押し退け、地図を仕舞い、残っていた書類を数枚手元に引き寄せる。




「それでも納得がいかないなら、お前に仕事をやろう」




 意図が分からず小首を傾げてしまう。


 ……仕事?


 ズイと差し出された書類を受け取り、文字を見る。多くの単語が丸で囲まれ、その中の一つは他の単語よりも大きい数字が横に書かれている。


 この丸がついている単語は何なのか。


 問おうと口を開くより先に、形の良い唇が答えを紡ぐ。




(しばら)く教会に行って来い」




 平然とした表情でのたまう伯爵に、今度こそわたしは驚きで声も出なかった。





 

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