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アルマン伯爵と男装近侍  作者: 早瀬黒絵
#The eleventh case:Banquet of the insectivore.―食虫植物の宴―
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蔦、十葉。

 



「『小鳥の止まり木』より紹介を受けてこちらで働く方で、辞めたり、住んでいた場所から出て行ったりといった方はいるのでしょうか? そういった方がまた別の場所を紹介してもらった、どこへ行った、という話をお聞きしたいのです」


「『小鳥の止まり木』の人に聞かなかったのかい?」


「以前、別の団体を見学した時に活動内容を本来のものよりも大げさに説明されたことがありまして、こういうのは働いていらっしゃる方に直に聞きたくて」


「ああ、それじゃあ仕方ないね」




 うんうん、と頷いた女性がそのまま首を少し傾げる。


 それは人間が何かを思い出そうとする時にする仕草で、他の女性達も宙へ視線を向けたり、腕を組んだりと少し考えてから教えてくれた。




「うーん、あたしらが知る限りはいないと思うよ」


「そもそも浮浪者の女ってのが少ないからねえ」


「だよねぇ。言っちゃあアレだけど、食うに困ったら身売りするってのが多いからさ、そのまんま娼婦になるのも珍しくないのよ」


「だから、せっかく真っ当な仕事に就いたのに辞めてくってのはいないね」


「若い子なら子供が出来て一時的に辞めることもあるけどね」




 洗濯屋は逆に辞める人がいないのか。それはそれで凄い。


 言われてみれば浮浪者の女性というのは数が少ない。


 女性達が言う通り、自力で身売りして食べていくことも出来るし、娼婦になれば娼館という住む場所が手に入るのだ。仕事さえ選ばなければ物乞いや盗みよりかは多少なり良い暮らしが出来る。




「あとはもう、歳とって足腰が弱くなってきたら辞めるくらいかね」


「辞める方がいないのは素晴らしいですね」


「そうだよ、ここは本当にいいとこさ!」




 辞める人がいないということはここはシロかな。


 女性が安定して働ける場所も少ないから早々辞めないのだろう。


 その後も少しだけ女性達とお喋りに興じてから別れを告げた。


 馬車に戻り、最後の目的地を御者に伝えて乗り込む。


 これまでバイロンさん宅、ディアドラさん宅、粉挽屋、洗濯屋と話を聞いて来たけれど、どこも似たような話ばかりであった。洗濯屋は、まあ、違ったが。他は一様出て行ったり辞めたりする人がいて、その人達は新しい場所を紹介してもらえた人もいたが、どこかへ行ってしまったという人も多い。


 問題はその人達がどこへ行ったかということなのだが誰もそれについて口にしない。


 本当に知らないのか、知っていても黙っているのか。


 (いず)れにせよ情報が得られないのは痛い。


 三つ目鴉でも行方が分からないのは何故なのか。


 それは逃げるのに誰かが手引きしているとか、人目のない闇夜に紛れて出たからとか、考えられるものは幾つかあるが、あの裏社会でそれなりに人脈がありそうな組織が人を探し出せないなんてことがあるのだろうか?


 全員が王都を出ているにしても、そこまでの足取りを一人くらい掴められない方がおかしい。


 そもそも伯爵にこの話を持って来たのも奇妙な話だ。


 人探し程度でわざわざ伯爵の手を煩わせる、いや、貸しを作るようなことを彼らはしないと思う。


 それに、全員が行方不明などまるで――……。


 ゴトリと小さく揺れて停まった馬車に意識を引き戻される。


 開けられた扉から外へ出ると、目的地の広場であった。


 時間は前回と違うので会えないかもしれないと予想はしていたが、見回してしてもそれらしい影は見当たらず、とりあえず近辺を歩いてみたものの、やはり結果は同じである。


 夕方までここで待ち続ける訳にもいかない。


 諦めて馬車へ戻ろうと踵を返した時、視界の端に何かが映った。


 何だろうと改めて顔を向けて見れば脇の道の少し入ったところに茶色の塊が落ちている。


 数は少ないが道行く人々はその塊を見て嫌そうに避けて通り過ぎて行く。


 馬糞かとも思ったが、それにしては小さく、好奇心に導かれるまま近寄った。




「……猫?」




 それは仔猫の死骸だった。位置的に馬車にでも轢かれたのか。


 死んでから大分時間が経っているようで、元の金茶色の毛は殆どが固まって変色した血に染まり、腐り始めたらしい体には数匹の虫がたかって僅かに腐敗臭が漂う。


 放っておいてもそのうち誰かが片付けるだろう。


 それでも見つけてしまったものを無視するには、少し忍びなかった。


 仕方なくいつも持っているやや質の悪い白いハンカチを取り出し、虫を追い払って、それで包んでやる。固まった血で道路にくっついてしまっており、そっと剥がすと中が見えないように端を畳んで丸めた。


 そういえば広場には街路樹やちょっとした花壇があった。


 ずっと持ち運ぶことは出来ないので、せめてそこに埋めてやろう。


 包みを持ったまま早足で元の広場へと戻る。


 思った通り、広場には何本か街路樹があり、花壇もある。


 ちょっと考えて花壇の奥にある街路樹の根元に埋めることに決めた。そこならば踏み荒らされることもなく、花壇の手入れをしても精々雑草を抜くくらいで掘り返しはしないだろう。


 どうせ手袋は仔猫に触れた時点で汚れてしまったので、構わずに地面を掘った。


 正午を過ぎて一番日差しが強く、暑い時間帯ということもあり、掘っているとじんわり汗が滲む。


 何とか小さな穴を一つ掘ってそこへ包みを納める。


 掘り返した後の土をかけて戻したら、最後に両手を合わせて短く黙祷を捧げた。




「これで良し。……っと?」




 立ち上がり、手袋についた土を払ってあることに気付く。


 ――――……もしかして……。


 汚れた両手を見下ろし、そして手袋を外して新しいものと取り換える。


 古いものは汚れを内側に裏返して纏めて片手に持ち、馬車へと戻った。


 『小鳥の止まり木』に行って確かめたいことが出来た。






* * * * *






 警察署で必要な情報を得たクロードは屋敷へ戻っていた。


 書類を書き写すことに時間を費やしてしまい、午後のティータイムよりも僅かに早いが常よりかは随分と遅い昼食を済ませ、書斎にて食後の紅茶を嗜んでいる。


 その横では今日の従者を務めたアルフが持ち帰った書類を封筒から取り出しては内容ごとに確認して仕分け、時折主人の了解を得て元あったものを移動させたり不要になったものを足元に纏めたりと静かに机の上を整理する。


 紙の擦れ合う音しか書斎の中には存在しない。


 クロードはその音に耳を傾けながら手に入れたばかりの情報を頭の中で反芻していた。


 ()が気にする(ノース)を主に調べたが、()の言う通り他の地区に比べてそこは浮浪者の数が少なく、それは書類上でも疑いようのないものだった。


 そもそも何故、()はクロードに頼んできたのか。


 人探しに関しては恐らく警察よりも長けている。


 だと言うのにクロードへ寄越したということは何かしら良からぬことが起きているのだろう。


 本来、尋ね人が王都内にいれば()は自力で見付けられるし、そうでなかったとしても王都を出るまでの足取りを追うことは然程難しくない。


 それが出来ない――――……つまりは探したい相手が王都内にいないか、その存在を誰も確認出来ない場所にいるということでもある。そして協力者がいるとしてもとても口の堅い者だ。


 人海戦術と場合によっては金品を使用して()は逃げた者を探したはずだ。


 例え慈善団体を通じて得た人間であっても契約を違えた以上、許しはしない。


 王都から逃げ出しても追っ手をつける。


 だが、そうしないのは相手が王都を出ていないからか?


 しかし犯罪者の一人や二人を匿うならいざ知らず、元は浮浪者であったという共通点のみの人間達を大勢どこかへ匿う理由も想像がつかず、実行するにしても現実的ではない。


 奴隷商に攫われたのであれば()はすぐさま見つけ出しただろう。


 別の働き口や住居も同じだ。権力を前に金を握らされた者の口はよく滑るものだ。


 かと言って、それだけの数の人間を拉致監禁するにも無理がある。


 ()が己で見付けられず、それを隠さずにクロードへ依頼するという、まるで謎かけのような案件だと考えて不意にクロードは何かに気付いた様子で眉を顰めた。


 ような、ではなく、本当にそうであったとしたら?


 クロードが扱う事件は全て殺人事件だ。


 だから()もクロードにこの件を渡したのだと考える方が自然だ。


 行方の知れない者達がどこにいるか探して欲しいとは言われたが、その者達が生きているとは一言も聞いていない。


 もしもそうであるならば()が真に望んでいるのは行方不明者の所在ではなく、この件を公にし、何かしらの利益を得るか、何か不利益になるものを切り捨てたいか、はたまたもっと別のものを狙っている可能性もある。


 見学先に関して当初のうちに指定してきたのも、そこに何かあるからと考えるべきだろう。


 眉間に皺を寄せたままクロードは冷めてしまった紅茶を飲み干した。






* * * * *






 馬車を走らせて『小鳥の止まり木』へ来たわたしは、その扉を叩いた。




「こんにちは、どなたかいらっしゃいますか?」




 逸る気持ちを抑え、出来る限り普段通りに振舞うことを心掛ける。


 声をかけてからややあって扉が開かれた。


 中から出て来たのは眠そうな顔をした中年の男性だった。




「はい、どちら様……?」




 明らかに寝不足な様子の男性に会釈をする。




「先日見学をさせていただいたアルマン伯爵家のセナと申します。突然の訪問で失礼かとは思いましたが、少し見せていただきたいものがあり、参りました」


「え? あ、す、すみません! どうぞ、中に!!」




 建物の前に停まる馬車の家紋とわたしとを交互に見た男性が慌てて中へ招き入れてくれた。


 貴族の使用人が突然来て眠気も吹き飛んでしまったらしい。


 自分たちの活動拠点だろうに酷く肩身の狭そうな態度で、始終わたしへ頭を下げるので、こちらの方が非常に申し訳ない気持ちになってくる。


 前回と同じ応接室へ通され、ソファーを勧められる。




「すぐに紅茶を淹れてきます!」


「あ、いえ、そこまでお気遣いいただかなくとも大丈夫です」




 今にも部屋を飛び出していきそうな男性を何とか呼び止める。


 ガチリと止まった男性が少し可哀想だった。




(ノース)方面の支援者がどの程度この団体から人を受け入れているか知りたいのです。ここ数年、出来ればこの『小鳥の止まり木』が設立して以降のそういった書類を見せていただけますか?」


「いや、でも、それは個人の……」


「ああ、支援協力している方や利用されている方々の情報までとは言いません。支援者の数と活動場所、そして各所でどのくらい人が受け入れられ、どれだけ移動したり辞めたりしたか、その後どうなったかが分かれば良いのです」




 男性は暫し悩んでいたが、やがて「……それくらいなら」と折れてくれた。


 書類を探して持って来るからと部屋を出て行く男性を見送り、小さく息を吐く。


 わたしが考えた可能性が外れていてくれたらいい。


 けれども現状を鑑みて他の可能性の方が低いだろう。


 時間にして三十分ほどか、大きな封筒を持った男性が「お待たせしました」と戻って来る。


 それを受け取り、紐で括られた封を解いて中身を確認する。


 書類自体は多くない。活動の進歩状況を分かりやすくするために纏められた資料らしい。


 毎年の浮浪者の利用者数と幾つかの活動にどれだけの人数が分かれたか、住居支援者の数とその所在地、支援の内容、そして各支援者が受け入れた人数、移動した数、団体を離れた利用者の数。


 次に職業支援者の数と所在地、それぞれの職業傾向、利用者を受け入れた数、移動した数、紹介先を辞めた数。


 最後に利用者へ住居や就職先を仲介した件数、利用者の移動する平均回数、自立するまでの平均月数が書かれていた。




「この書類をお借りすることは可能ですか?」




 書類を流し読みして男性へ問う。


 すると何故か驚いた顔をし、すぐに頷きが返される。




「ええ、まあ、これには個人の情報は殆どありませんので。でも、後できちんと返してもらえますよね……?」


「勿論、必ずお返し致します。必要でしたら後ほど伯爵家よりこちらへ書類の借り受けと返却に関する手紙を送らせていただきますが、いかがでしょうか?」




 目に見える形で書類を貸した事実が分かる方がいいだろう。




「是非お願いします。そうしてもらえるのであれば、どうぞお持ちください」




 男性がホッと肩の力を抜いたので、これが正解だったようだ。


 応接室の机に備え付けてあったペンとインク、メッセージカードを借りて、そこへ手早く伯爵家の名前と住所、わたしの名前を書いて男性へ名刺代わりに渡す。


 最初にアルマン伯爵家の名は出しているが、これでわたし本人が来た証明にもなる。




「何か他に気になる点がございましたら、こちらへ御連絡ください」


「分かりました」


「本日は急な訪問と願いを聞き入れてくださり、ありがとうございました。資料があり、とても助かりました。……それでは失礼させていただきます」


「あ、は、はい!」




 封筒を抱え男性に一礼すると、慌てたように返される。


 『小鳥の止まり木』を出るまで男性はやはり何度も頭を下げていた。


 馬車に乗り込み、男性に見送られて帰路につく。


 そろそろ伯爵の方も帰って来ているだろう。


 書類の入った封筒を片手に車窓へ目を向ける。


 渡されたこれを素早く確認したが、わたしの予想を裏付けるものだった。


 そうだとしたら何故そのようなことになったのか疑問も浮かぶ。


 ……そんなもの本人に聞くのが一番だと分かっている。


 晴れた空の眩しさに目を細める。憎いくらい気持ちの良い天気とは裏腹に、わたしの心は何とも表現し難い感情でモヤモヤとした、けれど憂鬱さとは異なる微妙な気分だった。


 兎に角、今は伯爵の顔を見て話がしたい。


 これについて伯爵の意見が欲しい。


 ガラガラと走る馬車の音が少しだけわたしの心を慰めてくれた。



 

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