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 翌朝、啓介が俊に言った。

「昨日のミスコン、見に行ったよ」

「え? 親父、来てたの?」

「ああ、おまえが珍しく熱心にやってたからな。惜しかったな、準ミスで」

「いいのさ、最初から準ミス狙いだったから」

 啓介はしばらく俊を見ていたが、ぽつりと言った。

「何故だ?」

 俊は怪訝そうに父親を見上げた。

「何故って、相沢さんはとびきり美人じゃないし、背も低いだろ。同じ準ミスになった加藤紀子。彼女が本命だったんだよ。だから、最初から準ミス狙いだったんだ」

「何を言っている。あの子なら十分、ミスキャンパスを狙えただろうに……」

「むりむり、絶対、無理」

 啓介はため息をついた。

「お前の欠点だな。先まで見え過ぎる。たまにはがむしゃらになってみろ。今回もミスを目指そうと思ったら目指せたろうに。最初から準ミス狙いなら、それ以上の結果はだせんぞ」

 俊は口をとがらせた。

「無理な事を目指したって無駄じゃないか」

「無駄な事はしないのか? 人生に無駄はつきものだぞ」

「じゃあ、親父だったら、ミスに出来たのかよ」

「そうだな……」

 啓介は朝食を食べるのをやめ、しばらく考えた。

「ミスコンというのは審査基準が曖昧なコンテストだな」

「……まあ、そうかな……」

「そういう場合は、ミスキャンパスにどんな美女が選ばれるべきか、基準をはっきりさせるんだ。現代はスポーツの得意な健康美人がふさわしいとキャンペーンをうって審査員になるだろう学生達を洗脳すれば良かったのさ」

「ふーん、つまり、うちの会社の服を着てないと流行遅れでみっともないってのと同じ?」

「まあ、そういう事だな。大学みたいな閉鎖社会では、噂が左右するんだ。健康でスポーツの好きな女性がミスキャンパスに相応しいと噂を流せばよかったんだ」

「さすがだ」

「年の功だよ」

 啓介は、ほかほかの白いご飯を口に頬張る息子を見て言った。

「ところで、おまえ、ミスに選ばれた神田鈴子さんだったか……、気になるんだろう」

 俊は密かに秘めていた神田鈴子への恋心を父親に指摘されたように思って驚いた。俊は漬物に伸ばしていた箸をとめた。

「なんで、そんなふうに思うんだよ。関係ないだろう」

 俊は慌てて朝食を食べ終えた。父親に自分の恋を追求されるのは何とも居心地が悪かった。

「おまえ好みの顔立ちをしていたじゃないか。まあ、あたって砕けるんだな、たまには失恋もいいだろう」

 俊は心外だという顔をした。

「そんなの、わからないじゃないか」

 これまで落とそうと思って落とせなかった女はいなかったと俊は心の中で思った。

 啓介は、頭の良い俊が、常に先を考える俊が勝算の無い恋をしているのがおかしかった。どう考えても神田鈴子の美しさを演出したのは並みの男ではないだろうし、その男が鈴子を深く愛しているから出来た演出なのに、頭の良い息子がまるでその事実に気が付かないでいるのが、啓介にはおかしかった。

(この子も本物の恋をしたのかもしれないな)

 啓介は心の中で、息子の成長を喜んだ。


 或る日、俊は神田鈴子にボイストレーニングを勧めようと獣医学部を訪ねた。俊は彼女の声を惜しいと思っていた。ボイストレーニングで改善出来ると思った俊は、パンフレットを取り寄せ神田鈴子に渡そうと彼女の所属する研究室へ向かった。

 研究室に向かう道すがら、俊は京子と交わした会話を思い出していた。京子は友人に頼まれ、俊にラブレターを渡していた。

 京子は言い憎そうに俊に尋ねた。

「あの、あれ読んでもらえました?」

「君の友達がくれたラブレター?」

 京子がこっくりとうなづく。

「うーん、悪いけど、俺、今は女の子とつきあうつもりないんだ。レポートで忙しいから」

「でも、すごくいい子なんですよ。会ってみるだけでも……」

 京子は友人の為に食い下がった。

「会って断ったら、もっと相手に悪いだろ。気持ちは嬉しいし、せっかくのラブレターだから受け取っておくけど、そういうわけだから」

「高杉さん、好きな人がいるんですか?」

「そんな事聞いてどうするつもり」

「好きな人がいるって分ったら、私の友達、諦めやすいかと思って……」

「そんなに言うんだったら、こっちもはっきり言うよ。遊びでいいなら付き合うけど、君の友人のラブレター読む限り、かなり思い詰めてる。こういう子とつきあうと後が大変なんだ。大体、ラブレターをくれる子ってほとんど俺の事を知らない。一方的な思い込みでくれるんだ。で、実際に付き合ってみて自分の妄想と違うと俺を逆恨みする。こんな筈じゃなかったって。君の友人も恐らくそのタイプだ」

「でも、そんなの知らなくてあたりまえだと思います。つきあってないんですから」

「ああ、そうだ。付き合わないと知り合えない。だから、知り合ってから好きになっても遅くないだろ。でも、まったく知り合ってないのに、人の容姿を見ただけで、好きだとか愛しているとか言い出すんだ。いい迷惑なんだよ。俺は白馬の王子様じゃないんだ。生身の人間なんだ。君の友人には勉強で忙しいからって言っといてくれる。頼むよ」


 俊は、京子にああ言った物の自分も同じだと思った。相手をよく知りもしないで恋心を募らせる。彼女達の気持ちが少しわかった俊だった。

 俊は神田鈴子の肩先からこぼれ落ちた輝く黒髪を思った。あの髪を指で梳く事が出来るなら百万通のラブレターを書いてもいいと思った。愛していると言う一言であの美しい手に触れる事が出来るなら百万回言ってもいいと思った。あの真夏の夜の月明りに輝いた白い手に口付けが出来るなら……。

(一から始めよう。知り合って、友人になって、俺の事を知って貰って、もし、彼女が『イエス』と言ってくれたら……)

 俊は小さな期待を胸に神田鈴子の研究室のドアを叩こうとしていた。

 ドアの向うに鈴子がいる。そう思っただけで体が緊張した。そんなことは初めてだった。

 だが、俊は知らない。

 鈴子を深く愛している男が、鈴子に寄り添って立っていることを。

 高杉俊、生涯初めての失恋まで、後三分。








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