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 学園祭最終日。ミスコンは時間通りに始まった。

 六人の参加者が舞台袖に集まっていた。第一次審査、学生らしい服装の審査がまもなく始まる。参加者はそれぞれ思い思いの格好をして司会者に紹介されるのを待っている。

 俊は、京子の友人、前川静江や洋一達と京子を舞台袖に送り出した後、客席に回ろうとして、ふと気になった。獣医学部から立候補した女性がどんな服装をしているのか確かめる。女性は、普段通り、牛乳瓶底眼鏡にマスク、髪をひっつめ、服の上から白衣を着ていた。靴を見るとさすがに長靴ではなくパンプスだった。

 司会者による紹介が始まった。

 最初に社会学部の女の子が呼ばれた。紹介と同時に学生らしい服装が評価される。俊は京子に、名前を呼ばれたら観客席に手を振りながら元気よくステージに出るようにアドバイスしていた。会場には、俊や洋一の同期、京子の友人、親衛隊が大勢詰めかけている。彼らが盛大な拍手や声援を送る手筈になっていた。京子は写真を取った時の服装、明るいカナリアンイエローのセーターにブラウン系のツィードのミニスカート、スカートと共布のベレー帽、白いマフラーを首に巻いている。京子の名前が呼ばれた。元気よく飛び出す京子。打ち合わせ通り、声援や拍手がひときわ大きくなる。拍手が収まった所で司会者が京子に幾つか質問をした。京子は、はきはきと返事をしている。客の反応も良い。京子のきれいなよく通る声が観客を魅了している。俊や洋一と一緒に何度も練習した成果が現れていた。

 本命の加藤紀子は4番目、京子の次だった。優勝する自信があるのだろう、落ち着いた雰囲気だ。司会者との受け答えもいい。理工学部の百合野美枝子は、理工学部らしく綿製のつなぎを着ている。はんだごてが似合いそうだ。最後に呼ばれたのは獣医学部から立候補した女性、神田鈴子だった。掲示板に写真も貼らず、プロフィールだけだった女。司会者が質問する。

「学生らしい服装という事なんですが……、今、着ている白衣が学生らしいという事でしょうか?」

 神田は首を振ると、突然、観客席に背を向け、一、二歩舞台奥へと下がった。

 眼鏡とマスクを取り、髪をほどいた。豊かな黒髪が滝のように背中を流れ落ちる。

 バッ!!

 白衣が脱ぎ捨てられると同時に神田鈴子がくるりと振りむいた。


 美女出現!


 グレーのスーツ。白のワイシャツ。レンガ色のネクタイ。ワイシャツのスタンドカラーのボタンを外し、ネクタイを緩めて着崩したその姿は、ホール全体に見事なオーラを放った。

「おお!」

 観客席からどよめきが上がった。

「やられた!」

 俊は叫んでいた。洋一も唖然としている。掲示板に写真を出していなかった理由。この変身を舞台で行い観客の心を掴む為だったのだ。そして、俊は、この女をどこで見たか思い出した。あの海に泳ぎに行った日。オレンジ色のビキニの女と一緒にいた、黒の水着を着た女。

「あの女、洋一、覚えてないか、海に泳ぎに行った時、居たじゃないか! オレンジ色のビキニを着た女と一緒に居た、あの女だ」

「……ああ、おまえを誘った女と一緒にいた!」

「そうだ、あの時の黒の水着を着た女だ! くそぉ、獣医学部の連中! やつらに出し抜かれた。牛乳瓶底眼鏡と白衣をとって美女に変身する。それを、まさか、舞台の上でやるとは!」

 俊は、準ミスを取ろうと思っていたが、むづかしいかもしれないと思った。獣医学部の神田鈴子は、背が高い。向うの方が舞台映えするだろう。

「素晴らしい! いやー、驚きました。素晴らしい変身ぶりですね。これはあなたが考えたのですか?」

「いいえ、獣医学部のみんなが」

 途端に会場がシーンとなった。皆、唖然として口が聞けない。

 俊もその一人だった。神田鈴子の声。緊張しているのか、ものすごいキンキン声なのだ。あのルックス、あのボディで、あの声?!

 シーンとしていた客席から微かに失笑が聞こえ始めた。

 鳩が豆鉄砲くらったような風情の司会者が咳払いをして、

「いやあ、参ったなあ。素晴らしいアイデアでした。スタッフのアイデアに拍手!」

 と客席の拍手を誘って神田鈴子へのインタビューは終わった。

 俊は、これはわからなくなったと思った。ルックスを審査するのだから、ミスコンに声の魅力は必要ないかもしれない。だが、しかし、この声は……。

 俊が唖然としている間にも、プログラムは進む。学生らしい服装の審査が終わり、特技を披露するコーナーになった。

 一人目の社会学部代表は歌を披露した。医学部はピアノを演奏して見せた。京子の特技は、チアガールだった。ポンポンをもって踊って見せる。観客席から手拍子が入った。衣装は、白のトレーナー、白のテニススコートだ。トレーナーの胸元には大きな太陽のアップリケ。ポンポンの色は派手な赤。健康で元気なイメージを強調。音楽にのって踊る京子は生き生きとしていた。まさに、太陽の娘。本命の加藤紀子は、お琴の演奏だった。豪華な振り袖に着替えている。さすが、着物美人だ。工学部の百合野美枝子は、自身で組み立てたシンセサイザーで演奏して見せた。獣医学部の神田鈴子の特技は、猿回しだった。神田鈴子の服装はいつものジャージ姿、目には牛乳瓶底眼鏡、髪はひっつめに戻っていた。あの美女と同じ人間とはとても思えなかった。俊は敵ながら、この変身の演出を面白いと思った。これで声がきれいだったら、さぞ世間を騒がしただろう。俊は惜しいなあと思った。

 神田鈴子の猿回しの演技が始まった。太鼓を叩く神田鈴子。猿がトンボを切る。


 トン、くるり、トン、くるり、トン、くるり


 神田鈴子の太鼓の音にあわせて次々に芸をする猿。猿の可愛い演技が客席を魅了する。


 キキ、キーキー、キッ


 最後に猿がミエを切ると会場から盛大な拍手がわき起こった。

 俊は、満月の下でミエを切る猿を思い出していた。猿に差し伸べられた白い腕の美しさも。



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