人魚の結末
鏡を見る。
うつるのは皺が増えた私。
「年老いたねえ……私も」
隣には老けもしないチリルが眠っている。
羨ましくも思う。嫉妬もした。八つ当たりもした。
けれどもそれはお門違いなことくらい分かっていた。
擦り切れた写真をどうにかしたくてフィリッフお爺さんを満月の日に尋ねたけれど、
寿命がきて亡くなったと聞いた。
それもそうだ、私は既に80歳を超えた。
ルンダさんもローサさんも既に寿命で亡くなったとサルンサから連絡がきた。
スナーシャさんだけは相変わらず元気だと聞いた。
あの人は一体幾つまで生きるんだか……そう思って笑ったことを覚えている。
「時間だけが過ぎていくね」
しわがれた声、たるんだ頬、輝きを失っていく髪。
私は何も変わっていないのに。
体だけが軋む。
腕を一つ上げるたびに関節がぎぃぎぃと悲鳴を上げる。
ずっと思っていた。
楽しい時も悲しい時も苦しい時も寂しい時も。
後何回この感情を抱けばいいのだろうかと。
いつもどこか他人事のように感じていた人生だった。
自分を一歩引いてみているような。
ずっと自分の後姿だけを見て生きてきたような。
そんな生き方だったように思う。
私は私なのに。
いつしかチリルが起きていてじっと鏡越しに私を見ていることに気付いた。
「あぁ……起きたんだね。よく眠れた?」
「ええ、お陰さまで」
そうっと起こさないようにヴィーダを撫でる。
「もう少ししたらお店を開く準備をしよう。チリル、カンテラに灯りを付けておいておくれ」
「ええ」
いつもならすぐに付けにいくのに、今日はぴったりと横に付いて離れない。
何時の間にかヴィーダも起きて私の膝に顎を乗っけている。
ゆっくりと、本当にゆっくりとヴィーダの頭を撫でてチリルを肩に置く。
「なんだか昔のようね」
チリルが懐かしげに呟く。
初めてチリルが肩に乗ったのはトンダさんと対戦するときだっけ。
波に髪がゆれて顔にあたって擽ったかったな。
「ええ、本当に。最近では肩に乗ることもなくなったものね」
年を重ねてからは店から出ることも減った。
人間になる日は空気の部屋でゆっくりと温かい紅茶を飲んで過ごしていた。
「本当、懐かしいわ」
少しずつ瞼が落ちてくる。
眠くて仕方がない。
ヴィーダを撫でる手も止まる。
「ルーサ?」
チリルが話しかけてくる。
「ああ、ちょっと眠たくなったみたいだよ。
少しだけ一眠りするから、準備が出来たら起こしておくれ」
「……ええ、分かったわ……ゆっくりおやすみなさい」
「泣いているのかい?」
「いいえ、泣いてなんかいないわ」
「うぃ」
なんだか2人の声が悲しく聞こえる。
けれどもどうしても眠いの。
眠くて眠くて仕方がない。
抗えない睡魔に襲われたのはいつぶりだろう。
ああ、あの時に似ているね……。
卵の中で起きた時。
あの時も眠くて眠くて……。
殻のなかに差し込んだ光がとても綺麗で、鱗の反射が眩しかった。
波も立っていない卵の中で髪の毛がゆらりゆらりと動いて夢の中にいるようだった。
自分が出す気泡さえも小さな宝石のように煌めいていて宝物のように見えた。
ああ、眠い。
何も考えられない。
おやすみなさい。




