彼女の過去
そのまま気を失うように眠ってしまった女性を担ぎ、宿屋へと戻る。
女将さんがぎょっとした顔でこちらを見たけれど表情で詫びを入れて部屋へと連れていった。
ベッドの上で眠る女性は時折眉間を寄せて苦しそうにする。
ぶつぶつと聞こえないくらいの声で寝言を言い、涙を流している。
「はぁぁ……どうすべきだろう」
よくよく考えれば名前を知らない女性。
「でも、このまま記憶を消しても元の高飛車な人に戻るだけだよね?」
そうっと女性の涙を拭いながらチリルが言う。
「そうだね……」
なにがベストなのだろうか。
「う……ん……」
苦しげにしていた女性が目を覚ました。
「あ!」
状況が分かっていないのかどうなのかぼうっとしている女性にヴィーダが近づく。
一瞬ビクリと体を震わせたけれど、すぐに落ち着きを取り戻した。
「可愛い……猫ね」
どうも猫に見えているようだ。
「うぃー」
ヴィーダはぐりぐり女性の体にすり寄る。
その体を撫でながら女性は自身の体を確かめる。
「あぁ……戻してくれたんですね……ありがとうございます」
嬉しい様な悲しい様な、複雑な顔をしながら笑顔をつくる。
「私の名前はミアルダ・フェルジ……遠い……遠い街の貴族だったの」
「ミアルダ・フェルジ……?」
どこかで聞いたような。
「私の話、聞いてくれないかしら。いかに自己中心的な生き方をしてきたか。」
どうして貴族が夜のお店で働くことになったのか。
「私、好きな人がいたの。小さな頃から。」
「ずっとずっと、小さな頃からよ。近くに住む家の年下の男の子。」
遠い目で思い出を語る。
「でもね、私にも妹が生まれたの。可愛らしい子だったわ。
本当に。
それでね、私の好きだった男の子の事を妹も好きになっちゃったの」
「年も近いし……で男の子も妹の事が好きになっちゃってね。
当たり前よね。昔から素直になれなくって高飛車でプライドばかりの私が彼のことを思いやるなんてことできなかったんですもの。
妹は、健気だった。気の強いところはそっくりだったけど」
「私、告白したの、駄目だと分かっていたけれど。そしたら彼ね……妹が好きだって。
分かっていたけどどうにもならなかったわ。」
あの子の綺麗なブロンドの髪が好きなんですって。
幼いわよね。
そういって自虐的に笑う。
「もしかして、妹の名前ってマーミリア?男の子はクックって言いませんか?」
ブロンドの髪でぴんときた。
「え、ええ。知っているの?」
驚いた顔をして私を見る。
「ええ、クックの病気を治したいから真珠と鱗をくれと言いにきたの」
「そう……それで?」
「それで、まあちょっとごたごたはしたんだけど……結果的にはあげたわ」
それを聞くと彼女は深く息を吐く。
「そう……なの、よかったわ」
世界は狭い。
思わぬところで思わぬ人物と繋がるのだから。
「私ね、彼……クックが病気だって知ってどうにか薬を買いたかったの。
恩を売って、私のものにしようとしたの。最低ね。
でも、助けたい気持ちも本当だったわ。
人魚の涙も鱗もそのほかの薬も莫大なお金がかかる……だから私、家出したの。」
後先も考えずに……。
「だって、私の家はクックを助けるためとはいえそこまでのお金を出すこともない。
クック・ガジルダの家は、今までの治療費やなんだでそこまでの余裕がない。
クックはただ……死を大人しく迎えるしかなかったの」
「手っ取り早くお金を稼ぐなら、娼婦、奴隷なんかがあったけれど……。
私は家に戻るつもりだったから、クックと一緒にいるつもりだったから……だから――」
「だから、夜の店にいたのね」
「ええ、妥協できるぎりぎりだったわ。
そこでちやほやしてもらえて、自分の容姿に胡坐をかき、有頂天になって……もともと歪んでいた性格が更に歪んだのね」
ふふっ と笑う彼女の顔はとても綺麗だった。
「でも、まあ、いいわ。クックが助かったと分かったのだもの。」
「ねえ、どうして家に帰らなかったの?」
「ふふ。驕りだったのよ。今までちやほやされていたのだから、まだ大丈夫だと言う。
まあ、結果これだけどね」
そう言って肩を竦める。
「と、まあそんなところです」
「そう……貴女の髪も赤くて綺麗よ」
彼女の髪はマーミリアとは違う燃えるような赤い髪。
「ありがとう」
「私、妾の子なの。」
話が終わったと思ったらふいに呟く。
「そう……。」
「だからといってお父様は私を差別しなかったし、お母様も私を可愛がってくれた」
なにも不満はなかったのに。そう呟いた彼女の顔は今までで一番悲しそうだった。
「そう……あなたの願いはなあに?」
約束を守ろう。
「全てを叶えてあげましょう」
「うぇっ」
せっかくうまく締めれたと思ったのに、ヴィーダの鳴き声のお陰で間が抜ける。
「もうっ……ヴィーダったら……」
「ふふふ、可愛い子ね。私の願い……か。」
「ええ、約束したでしょう?」
「そうね、じゃあ一つだけ、お願いできるかしら」
「悪いことだったら天罰がくだっちゃいますよ」
そういって意地悪そうに笑うと
「地獄なら見たわ」
そう言って笑う。
「私の願いは―― 。」
「え……」




