満月の日は近い
何も解決策が出てこずにただただ時間がたっていく。
その間体の自由は聞かず、たまにやってくる別の蛙が口の中に固形の食べ物をいれては強制的に食事をさせる。
涙を出せと言われても決して泣かなかったから、思いっきり鱗を何枚も持っていった。
同じ所からの方が取りやすいのか、鱗が取られ過ぎて一部がはげてしまった。
それを見るたびにチリルが泣く。
いいえ、悪いのは私。
全て自分の思い通りになると思っていた私。
*
「ほほ、今日も泣かないのですね、魔女さん。」
たまにやってくるギンソは舌なめずりをしながら私に近づく。
「5日後は満月ですよ」
!
狭い部屋に暫く隔離されていたせいか時間の感覚がなかったが……。
「ほほほ、驚いた顔、してますね。人間になったあなたはどうなるのかねえ。
溺死?ほほほ、それは困りますなあ」
そうだ、ここは水の中。
海の中にいるなら、死んでしまう。酸素タンクがあるわけでもないし、ここは空気の部屋でもない。
こいつがどうにかしてくれるのも期待できない。
「ほうれ、泣けば空気を入れてあげますよ」
目的は真珠か。
もう別に死んでもいいかもしれない。一度は死んだ私だから。
「死んでしまったらお友達も死んでしまいますなあ」
見透かされたようにギンソが話す。
「ほれほうれ」
手で私の顔を撫でまわしてくるギンソ。反吐が出そうだ。
悔しい。
何故。
「出ましたぞう」
ハッと気付き顔をあげるとギンソの手には数粒の真珠。
燃えるように真っ赤な真珠。憤怒の真珠。
「ほっほぉ、珍しい珍しい。赤い真珠。んん?もう出さないのですか?
まあ、よろしいでしょ。約束しましょう。満月の日は空気を持ってきてあげましょう。
私は約束を守るんです、ほほほ。
奴隷にする日が楽しみですな」
にやにやと嬉しそうに真珠を握り、部屋を出ていった。
とたんに静かになる部屋。
*
そうしてやってきた満月の日、前々日の夜。
「ほほほ、これ、お持ちしましたよ。」
そう言って透明のボールのようなものを取りだす。
見た目は宇宙飛行士の頭部分のようだ。
「これ、をこうやって、こうして……」
私の頭にはめる。
「これは、空気が入っているものですよ。ほほ。人魚は空気でも生きられるんですな。
さっさと取りつけておきましょ。3日半は持つはずですからね。十分でしょ。」
ほっほっほっほっほ、と満足そうに頷き鱗を剥いで出ていった。
鱗一枚は5ミリ程と小さい
首だけを動かして覗きこんで確認する。はげてきたなあ……。
毎度毎度数枚持っていかれれば地肌が目立ってくる。
「ね、ねえ、ルーサ」
チリルが声をかけてくる。
「なんか、部屋の中心……沈んでない?」
そう言って目線を中心に向けると、確かに少し窪んできている。
ズズ……ズズズ……ズズズズズ……。
ゆっくり、ゆっくりと沈んでいき最後にはぽっかりと穴があいた。
「これは……」
そこから顔を出したのは――――ローサさん!?
素早く中に入り尾にあった紐を取ると、チリルのはいった檻を掴む。
その間にルンダさんが私を担ぎ、穴へと飛び込む。
続いてローサさんも穴へ飛び込む。
何が起こってる!?
とりあえず体が動かないのでされるが儘にしているけれど……。
疑問は尽きない。
何故ここにいるの?どうして分かったの?何故?
事態が急展開過ぎてついてけない。
ルンダさんに担がれて、そのまま気を失ってしまった。
*
目が覚めると空気のある部屋だった。
体を起こそうとすると鈍い痛みが走る。
「あれ……動ける……?……声も出せる!」
ここは……?ときょろきょろすると足がある。
「人間……?」
私が横たわっていたベッドのすぐそばにはローサさんとルンダさん。
枕元ではチリルが眠っている。
ぼーっと辺りを見回す。
どうやら宿屋のようだ。四季の街から一番近い人間の街にきているみたいだ。
外からは活気づいた声が聞こえる。お昼なのかな。
「ルーサ……起きた?」
ローサさんが駆け寄ってきてくれる。
「あ、ああ……ローサ……さん?」
「そうよ、ローサ。ルンダもいるわ」
「どうして……」
深呼吸をして状況を把握する。
確か、いきなり床に穴があいて、そこからローサさんとルンダさんが来て、私を担いで出ていって……。
「なんで、分かったんですか……?私、居場所もなにも」
そう、教えていないはずだ。
「あー……それは……」
言いにくそうにもにょもにょとローサさんが口ごもる。
「それは僕が言うよ」
そう言ってルンダさんが横に来てくれた。
「アイラって覚えているかい?」
アイラ……アイラ……突然出された名前をすぐに思い出すことは出来なかった。
「ほら、黒い髪がとても神秘的で綺麗な子よ」
ローサさんが助け船を出してくれる。
ああ、そう言えば真実の飴を探しているときにトキエラさんに聞いた気がする。
「ああ、居ましたね」
少し思い出した。
「そう、あの子の能力知ってる?」
それもトキエラさんに聞いた気がするんだけど……。
「千里眼よ」
ルーサさんが答えてくれる。
「君にとっては気分が悪いかもしれないが、僕たちはたまにアイラにお願いして君の様子をうかがっていたんだ」
そう言ってすまない、と頭を下げた。
「あんなことがあってから、私たちから連絡を取ることは憚られたし。ルーサが自由に楽しく生きてくれていたなら私たちを忘れてくれてもかまわないと思ったの。
けれど、やっぱり私の子供だもの、あなたが旅立ってからは心配で仕方がなかった。」
「だから、たまにアイラにお願いして状況をみてもらっていたんだ。
料理の対決をしたのも知っている、お店を手に入れていつもにこにこしてくれていたね。僕たちではさせてあげられなかった表情だった。
寂しくもあり、嬉しくもあったよ。勝手だがね」
そう言って2人は寂しそうに笑う。
ここで勝手だ、といって突き放してしまうことは簡単だった。
けれど、そんなことは出来なかった……。
「それから君がしつこい商人に付きまとわれているのも知っていた。
けれど、こんな手を取るとは思わず……アイラが僕たちの家に飛び込んできて教えてくれたんだよ。」
そこからはすぐにこの場所を特定して向かったそうだ。
ただでさえオホリクス海は遠い、四季の街を超えたまだ先だったそうだ。
だから迎えに来るのが時間かかったと、ただもうすぐ満月の日。アイラはいないしどういう風に過ごすか心配でたまらなかったと。
だから急いで来たのだそうだ、
「あ……ありがとうございます」
2人の気持ちを考えると、ただただお礼を言うしかなかった。
こんなにも愛されていたのに、自分がただ卑屈になって捻くれて
本当に子供のようで情けなかった。
それでも私に優しく微笑んでくれる2人に今は甘えることにしよう。




