黒幕はお前
頭が……痛い。
二日酔いのような、風邪のようなだるさ。
体が動かない、声が出せない……。
「目が……覚めましたかな?」
真暗闇の中、声がする方へ顔を向けようとする。
が、動かないのを思い出し、仕方なく視線だけをそちらの方に向ける。
「ほほほ、動けないでしょうな、喋れないでしょうな。」
何が楽しいのか分からないが、嬉しそうに笑う。
しわがれた声、鼻につく笑い方、時折ぬらりと光る体。
こいつ、ドブガエルの商人か。
レシピを一番欲してしつこかったやつ。
赤紫色に丸い斑点が幾つも体にある。長くぬめった舌は黒く照っている。
唾液は石の毒が含まれている厄介な奴。
こいつが一舐めすれば足元から徐々に石化していく。
ぎょろぎょろと飛び出した目がいつも私を見ていた。
「ほほほ、お気づきになられましたか?ドブガエル族のギンソと申します。
何時ぞやはお世話になりまして」
そう、こいつが余りにもしつこいから一度はっきり断ったんだっけ。
ぐうの音も言えないほどコテンパンに。
やっぱり根にもっていたのか。
「ほほほほ、嬉しいですな、人魚様が我が元においでくださるとは」
そう言ってランタンに明かりをつける。
良く言う、無理やり連れてきたくせに。
まさか魔法が使えるなんて……。
忌々しげに睨むと
「おー怖い。商人ですからな、自分の身は自分で守れるようにしなければ。
眠る呪文で皆さまぐっすりお休みですよ」
空気のない水で埋め尽くされた中でついた明かりは幻想的でとても綺麗だ。
ぼんやりとついた光を見つめる。
「さあて、折角きて頂いたのだからおもてなしをしたいところなのだが……。
そうは行きませんなあ。
ルーサさんのお店が何者かに壊されてしまったので私、無事かどうかを調べたのですよ。
ですが、あなたはとても用心深い。ちょーっと眠ってもらってからしーっかり調べましたよ、ほほ。
それなのに紙一枚どころか、材料すらほとんどなく、あっても解読不明なへにゃへにゃな絵のような線ばかり。貴女の頭の中に全てあるのかねえ?
おーっと、誤解しないで頂きたい、私はただ無事を確認しに入り、たまたまそれが目に入っただけですので」
にやりと笑い黒く舌なめずりをする。
こいつらか。
こいつらが壊したんだな。
解読不明な線はきっと日本語のことだろう。
こちらの文字とは違うからな、漢字やカタカナ、ひらがなや英語、たまにローマ字といろいろ文字が混ざっているのはこちらの世界読めないだろう。
覚えきれないレシピを日本語でメモしていたのだが、良かった。
こんな奴に分かったんじゃたまったもんじゃない。
「で、とりあえずここから解放しさしあげたいんですけど~」
パチンと指を鳴らすと首から上だけが動かせるようになった。
「交換条件として、レシピ、教えてもらえませんかねえ?」
いやらしく目を細めて私をみる。
「頷くだけでいいんですよ、頷くだけで」
嫌だ。
レシピも大事、だけどこんな奴に屈するのが嫌だ。
どうにかして声さえ出せれば、こんなもの。
大体、蛙は淡水で生きるんだろ。なんで海水の中生きていられるんだ。
これもファンタジーか。くそ。
苛々が募っていき思考回路が暴走しだす。
くそくそくそ、なんなんだ。一体。
「そんな怖い顔で見ないでください。ほほ、お友達がいらっしゃるのですよ」
そういって後ろから小さな箱の檻を出す。
――!チリル!!
ぐったりと横たわるチリル。
「ほほほ、生きてますよ」
妖精を手にかけるなんてもってのほかだ!
海の報復を受ける。
「ほほほほ、お友達。放っておくと死んでしまいますなあ」
生かされている。
今の状況にピッタリな言葉。
何かこの状況を打破する方法がないか……って考えても無駄か……。
私は全てを諦めて首を縦に振った。
「ほほほほほ」
声高々に笑う下衆な奴。
高笑いを収めた後にギンソが呟く。
「余りにも素直すぎてつまりませんなあ」
は……?何を言っているんだこいつは。
「噂では情に流されず、自分が楽しむ為には無理難題を押し付ける悪魔のような魔女だと聞いていたのですが……。
ねえ?七色の魔女さん」
ほほほほほほほ――
「もっと抵抗してくださると思いましたのに」
「こんなちっぽけな妖精など見放すと思いましたのに」
「こうもあっさりだなんて――つまりませんなあ」
「大体、マヨネーズのレシピなんてもう聞かなくてもいいんじゃないですか」
「だって、金のなる木、人魚様がここにいらっしゃるんだから」
「ちょーっと手を貸してもらえば億万長者じゃあーりませんか、ほほほほ」
「さすればあのわけのわからない絵のような線の意味だってわかるじゃないですか」
ぶつぶつと小声で話しているが丸聞こえだ。
それよりも話がやばい方向へ向かっている気がする。
「そうですな、そうですな。小娘一匹消えた所で誰も気にしません。
ましてや身付き。やむにやまれぬ事情で一人あの街にやってきた」
ぶつぶつと首をくりくり捻りながら独り言。
「では、どうしましょうか。言うことを聞かせましょうか。彼女は人魚、類まれなる能力の持ち主。
声を出させれば私が殺されてしまうかもしれない。ほっほほほ」
忙しなく動く首がぴたりと止まる。
真正面に向き合いにたぁと笑い口端から涎が垂れていく。
「ほほほほ、奴隷……なります?」
そう言ってまた、にたぁと口を歪ませて私に笑いかけた。




