私の居場所
「ラクレット?ってあのチーズの?」
「そう、チーズの名前が料理の名前になってるんです」
大きな丸いチーズ、ラクレット。
「食べ方はチーズフォンデュに近いんですけど……見ていると食欲を誘うような食べ物ですよ」
半分に切ったラクレットの切り口を温めて、熱で表面が溶けてきた所をナイフで削げ落としジャガイモやパンなんかに付けてあつあつの内に食べる。
寒い冬の街にもってこいの食べ物。
「本来は、ラクレットを串に刺して火に直接炙って食べるって方法が正しいんですけど……」
さすがにお店で出すのならちゃんとしたものの方がいい。
ラクレットストーブのようなものがあればいいけど、何かないかなあ。
「問題はこの表面をどうやってチーズを溶かすくらいに温めるかってことだけど……」
「?あら、そんなこと?」
そう言って表面に口腕を翳すとチーズが温まりとろけてぼこぼことしてきた。
「ええ?」
「私はピンクのクラゲ、火や温めるなんてお手の物よ」
「じゃあ、とにかく、これを傾けて……」
「任せなさい」
そう言って余っていた口腕でラクレットを傾けるとさらに、ナイフでとろけたチーズが落とし……ほくほくのジャガイモの上にとろりと落ちる。
ふわりと濃厚なチーズの匂いが広がる。
「これは……パフォーマンスもいいし、チーズフォンデュよりも香りがあって食欲をそそるわね」
トトトさんが満足そうに頷く。
いや、一人で温めて傾けて削げ落とすなんて、トトトさんにピッタリの料理だ。
「さあ、試食会よ!」
分厚く切ってアツアツに焼いたベーコン。
茹でて半分に切ったほくほくのジャガイモ。
甘味の強い人参に、輪切りにした玉ねぎ。
カリカリのバケットにとろりとしたチーズ。
「う~ん、美味しい」
鼻から抜けるチーズの香りがさらに食欲を掻き立てる。
「これ、止まらないね。」
先ほどの食事でお腹いっぱいになったにも関わらず、手が止まらない。
サクサクのクラッカーにトマトを乗せてチーズを垂らし……。
ふわふわのパンにハムとチーズを乗せて胡椒を合わせ一口。
「これ、いろいろな食べ方が出来るわね。」
トトトさんが試行錯誤して料理を出してくれる。
*
「ふぅ~もう食べられないわ」
あの後マヨネーズを合わせて食べたり、お酒と合わせてみたりといろいろな食べ方をしている内についつい食べ過ぎてしまった。
「そうね、私もお腹いっぱい」
チリルがパンパンになったお腹をさすりながら話す。
「トトトさん、お役に立てましたか?」
「ええ、もちろんよ!ありがとう」
満足してもらえたようでよかった。
貸し切り分と料理のお金を払い、店を出る。
余りの寒さだったのか、尾行者もおらず久しぶりに人目を気にせず歩く。
「美味しかったね」
チリルが満足そうに声をかけてくる。
「ええ、体の芯から温まって外の温度が丁度良いくらい」
気泡さえも凍りついてしまいそうな寒さの中、さくさくと自分の家に向かう。
途中で道草を食いながらゆっくりと家につくと……。
「な……にこれ……」
思わず買い物袋を手放す。
「ルーサ……これ……って?」
店が壊されていた。
私の店、いのちが。
余りのことに買い物袋から中身が水流に乗ってぶわりと上にあがり遠くへ行くことさえ気付かなかった。
「誰が、こんな……」
必死になって図案を描いてくれた人。
一生懸命柱の水晶を探し出してくれた人。
光の見せ方や角度を指示してくれた人。
座り心地を確かめながら購入した家具。
いつも笑顔ね、と声をかけてくれたお客さん。
「……無くなった……」
「酷い……」
チリルが掠れた声を出す。
店に駆けよって状態を確認する。
水中にきらきらと粉砕した水晶が舞っていく。
扉も看板壊されて壁もなくなって、食材も、何もかも壊されて。
半壊した私のお店。
「誰が……誰が……」
「どうして」
ククアドールさん……
「なんで……」
泣きそうになる。
私が手に入れた物は全て無くなっていってしまう。
「どうしっ――」
言い終わらない内に後ろから呪文を唱えられて眠らされる。
意識が戻ったとき私は薄暗い檻の中に縛られていた。




