勝負の強さは?
「トンダさん!何故ここに」
ククアドールさんが話しかけている声が聞こえる。
「だああああああらっしゃああああああああ!!」
一際大きな声が店内をびりびりと走る。
「あの件はお断りしたはずですよ!ルーサちゃんに御迷惑をおかけする必要はありません。
後ほどお伺いさせて頂きますから、どうぞ、この場はお引き取り下さい。」
「じゃああああああかぁっしゃああああああああああ」
いつまでも大声を出させているわけにはいかない。
ここは私のお店だ。誰だか知らないけれど、勝手にされるわけにはいかない。
「お呼びですか?店主のルーサと申します。大変申し訳ありませんが本日はプレオープンでして、招待させて頂いた方のみとなっております。
グランドオープンは明日からとなりますので、明日以降おいで頂いてもよろしいですか?」
「お前か?お前がこの店もろたんか?」
ずんずんと足音を立てて近付いてくる。
お互いの顔が残り10センチまでに近づく。
半魚人。
体の所々が鱗で出来ていが、人間とそう変わりはない。しかし、顔は見事に魚だ。
エラもあればヒレもある。
ヒレは髪のようなものらしく、本来の役割として使われていない。
半魚人と人魚、似て非なる生き物。海の生き物たちは半魚人を嘲笑うものも少なくはない。
「同じ魚と人を合わせた生き物なのに、ああも見た目が違うとはね。美しい人魚に醜い半魚人」と……。
それ故に、半魚人の中で人魚へ敵対心をもつものは少なくない。
「はい、いただきましたよ」
ふんっ、たかが人魚風情が、と鼻で笑うと踵を返しククアドールさんまで向かうので慌てて止める。
「なんなんですか一体」
後ろから声をかけると足を止めてこちらを向く。
大きな口を開けてまた叫ぼうとしたときだ。
「トンダさん!おやめになって!」
シルルさんだ。
「シルルさん、大丈夫ですから……」
「いいえ、私たちの責任です。この方は北の街に住むトンダさん。
お店を辞めるとどなたからか聞いて、譲ってほしいと言われていたんです。
それは、主人からも聞いているとは思います。」
確かに聞いていた。
「けれど、あれはなんとかすると……」
「ええ、そうです。申し訳ないです。私たちも終わったはずなんです……」
「はんっ、あんなはした金で満足すると思っとるんか。俺はこの店でそれ以上の銭を稼ぐんじゃ」
「ちょっと!お金をもらったの?それで諦めるって言ったの?え?じゃあ、もらっただけ?嘘ついたのね?」
思わず口調が荒くなる。
「嘘なんて人聞きが悪い、あんな金じゃ満足しねえって話だ」
「そんな……」
シルルさんが泣きだしてしまった。
ククアドールさんがそれを支える。
「幾らもらったんですか」
「あ?」
「ククアドールさんとシルルさんからいくらもらったんですか!?」
「200万だよ」
200万……。私がこの店をもらうためにあげたお金。
いや、前は50万で良いと言っていた、だからもしそれで私が納得すれば150万を自腹で渡すつもりだったんだ……。
これからの人生を少しでも良くしてほしくて渡したお金。
こんな奴が……。
「返しなさい」
自分でも驚くほど冷たい声が出る。
「ああ?俺は金を返しにきたんじゃねえっつってんの、店をもらいに来たのよ。
こんだけ待たせやがって。まあ、中の家具やらなんやらは利子としてもらってやるからよ。
ほら、さっさと出てけ」
手でしっしと追い払う動作をする。
「失礼な方。」
「澄ましてねーで早くでんかい!」
また大声で威嚇する。
「嫌よ。そんな脅されたって誰も従わないし第一お客だってこないわよ」
「はんっ、客なんざ飯がうまけりゃくるんだよ」
「いいえ、来ない。店主も店の雰囲気も含めてお金を頂くの。
第一、あなた……トンマさん?でしたっけ?にまともな料理なんて出来そうにないわ」
「トンダだ!」
「まあ、あなたの経営方針なんてどうでもいいけれど。ここは私のお店だから。」
「そんなこと気にすんなって、俺がもらってやるから」
「だからあげないって言ってるでしょ?」
「いいからいいから、なんならウエイトレスで雇ってやろうか?」
「話きいてますか!?」
「だからほら、早く権利書よこせ」
……通じない。最初は怒鳴ったかと思えば今度はにやにやしながら話す。
ころころと態度が変化して気持ち悪い。
大体おかしい、断ってるのに200万も貰うなんて。
納得いかない。
「……分かりました」
「おっ、やっとか。ほら、出せよ」
手を前に突き出してくる。指の間には大きな水かき。
爪は藻や鱗が挟まって不衛生。
「このお店をかけて勝負しましょう!」
本来なら不本意極まりないが、実力で叩きだすしかない。
「ルールは2人料理を作って美味しい方が勝ち。簡単でしょ?
あなたのその間抜けな頭でも理解できるでしょ?」
「はあ?」
「そうね、あなたが勝てばこのお店をあげる。
代わりに負けたら一切手を引くこと、あと200万も返してね」
「なんでお前だけ条件が2個なんだよ」
「じゃあ、もう一つ、つけてあげる。なにがいい?」
「お前、俺の奴隷になれ。口約束じゃなくしっかり奴隷紋もつけれよ」
……この世界に奴隷があったのか。
見たことがない、いや気付かなかっただけなのか……知らなかった。
面喰っていると
「それはあんまりだわ!横暴すぎます!」とシルルさんが間に入ってきた。
「ふん、なら勝負は受けねえよ。別に力づくで奪ったっていいんだ」
それ脅迫……。
「それでいいわ、負けないし。」
あの人たちの大事な店を守る。
「審査員は公平に各街と中央区5名の役所人にしましょう。不正なんか許さない人たちに」
「いいぜ」
「試合放棄すればその場で負け決定。もちろん卑怯な手を使えば即失格。
純粋に腕で勝負よ」
「ふん、そんなことするわけねえだろ」
しそうだからあらかじめ言ってるんじゃないか。
「とにかく細かいことは後ほど役所の人と取り決めましょう。」
だから早く出ていって。
ずっと他のお客さんが見ているんだから。
料理も一からしなおさなければいけない。
「負けてから許してくれなんて言っても無駄だからな」
そう言ってガハガハと笑いながら店を出ていった。
「ふぅ……」
思わずため息が出る。
すぐにシルルさんとククアドールさんが駈けつけてくる。
「ルーサちゃんっ……ごめんなさい……」
「いいんですよ、勝負は自分から持ち出したことなんですから」
「でも、奴隷だなんてっ……あんまりだ」
「勝てばいいんですよ、勝てば」
とりあえず今の空気を変えなければ。
パンパンッと手をたたきお客さんの注目を集める。……もう十分集まっていたけど。
「皆様大変失礼いたしました。お詫びと言ってはなんですが、今日のお代は結構です。
どうぞ好きなものを食べてくださいませ。」
そう言ってお辞儀をして厨房に戻っていく。すると、誰からともなくぽつりと「頑張れ……」と呟くとそれを皮切りにいろいろなところから
「そうだ、負けるな」
「頑張れ」
「応援してるぞ」
「ルーサちゃんが頑張ってるのは知ってるんだ」
「やっちまえ」
多くの声援が聞こえる。
思わず泣きそうになってしまう。
後ろを向いたまま大きな声で「はい!」そう返事をすると厨房にはいり各オーダーに取り掛かり始めた。
「はあ……オープンの日が延びちゃったな……」
誰よりも楽しみにしていた明日にけちがつけられたようで、少し悲しい。
けれども頑張るしかないよね!




