男の理由
「すまねえ……人魚のじょーちゃんも、マスターも、みんな、すまねぇ……」
何が原因で泣いているのか分からないけれど、私の目の前で泣き続けられると困るなあ……。
『あいつってあれでしょ?細工職人なのに誤って自分の手首を切りつけちゃったって人』
ひそひそとお姉さんの方から聞こえてくる。
あの人は……良い男が欲しいって言ってた人たち。
『え?あの人なの?』
『そうそう、見た目は綺麗に治ってるけど細かい作業は震えるんだって』
へえ、日常生活に支障はないレベルです、ってやつだね。
『細工職人が細工できなかったら何ができるんだっつーの』
『ほんとね~、こんなところで酒を飲むお金があるなら私にくれればいいのに。
少しくらいなら胸を触らせてあげてもいいけど~?』
『やめなさいよ~汚れちゃうわ~』
『あら~全財産と引き換えに棒でちょっと突かせてあげるくらいよ』
そう言ってけらけらと笑う。不愉快。
『泣いたってどうにもならないのにね~みっともないわ』
『仕事もない、顔もよくない、男のくせに人前で泣く、良いとこなしね』
くすくすと笑い続ける。
『私、この間、道を歩いてたらふらふらで歩いてたから邪魔!とか言って押しちゃった!
あいつよろよろと歩いて倒れちゃった!その時に頭も打ったみたいで暫く入院してたみたいよ。
何もできないくせに道にいるからいけないのよね~』
馬鹿な武勇伝みたいなものを喋る馬鹿っているよね。
すっと立ち上がってお姉さんたちの耳元に口を近づける。
そうっと……一言。
「聞こえてますよ」
みるみる内に青ざめていくのは豊満なバストを持った艶やかな女性。
「なっ……なんのことかしら?」
扇子で引き攣る口元を隠しながら話しかける。
その女性を無視していまだに泣き続けている男へと歩を進める。
「こんにちは、細工職人さん」
「やめれえ、俺はもう職人じゃねえ……」
「いいえいいえ、貴方はまだ職人です。貴方の願いを叶えましょう。」
「俺には払えるもんがねえ……手がこんなんじゃ満足のいくものも作れねえ。
毎日酒を飲んでは暴れる毎日、ツテもなにもねえ」
「お代は結構ですよ。だってここはBar-クリスタル。カールのお店。
人のお店で商売するほど落ちぶれてはいませんよ」
そう言って手を握る。
カールは意図が分かったみたいだ。そして、嬉しそうに頷く。
そう、ボランティアだ。だってあのお姉さんの発言にイラっときちゃうんだもの。
いつもは貰う対価だって、カールのお店と言う建前があるから今は無効。
神様に願う、彼の手を以前のように戻してほしいと。
男の手首が僅かに光る。
「出来ましたよ。」
手を握ったり開いたり、男が手を動かして確認をする。
「痺れねえ……」
成功だ。ありがとう神様。
「姉ちゃん……俺……」
「もういいから、泣かないでよ」
また泣きそうになる男を慌てて止める。また泣かれちゃ困るもの。
周りのお客は途中から事態を飲み込んだのか、温かい目で見てくれていた。
凍りついたような顔で見ているのはお姉さん。
「マスター、ご馳走様。」
「また、いらしてください。」
「ええ、機会があれば……」
「皆様、ごきげんよう」
一礼して店を出る。あんまりゆっくり出来なかったけれど、久しぶりにBarなんて行ったなあ。ちょっとおしゃれな大人見たい。




