人間の気持ち
洋服を見ながらもう会えない家族や友達、彼氏を思い出した。
あれはあの子に似合うんじゃないか、あの子はこれが絶対好きだ、母さんはこれなんかが良い。父さんは服に無頓着でよく怒られていたっけ。
彼氏は……オレンジの似合う太陽のような人だったな。
記憶なんて……いらないよ。
こんなにも人がいるのに、周りには笑顔が溢れているのに……私はもう泣きそうだ。
あんなにも楽しかったのに、些細なことで思い出す。
『願います……皆に会わせてください』
小さく小さく呟く。
これは、押しつぶされそうな孤独の中で、たった一つの希望でたった一つの願いだった。
ポンッ
『無理』
『願います……前世の記憶を無くしてください』
ポンッ
『無理』
だよね……。なにが無限の願いだ……全然叶わない。
感情の浮き沈みが激しくて困る。
会いたい会いたい。無意識にピアスを手で触る。
私は確かにいた。そこにいた。今はここにいる。
「大丈夫?」
俯きながら漂っていると声をかけられた。
パッと顔を上げると目の前にはクラゲ。
ふわふわとした傘に触手が付いていて、中から柳のように口腕が長く揺らめいている。
そんな半透明のミズクラゲ。時折中心部分が赤くとくとくと鼓動している。
多分心臓。弱点丸見えだな。
クラゲに心臓あるのかな、でも多分、あれが心臓。
異世界だからどんな違いがあっても不思議じゃないね。
「大丈夫です、すみません。」
全然大丈夫じゃないくせに、初対面の人には迷惑なんてかけられないと思い断る。
「顔が真っ青よ、私の店においでなさい。私はアズキ村に住むスナーシャ。
食の村で喫茶店をしてるのよ。
ここからならお店が近いから休んで行きなさい。
今日は定休日で誰もいないから大丈夫よ、そんな不安そうな顔しないで」
そんな顔をしていたのか……ポーカーフェイスには程遠い私。
いいのかな……。
「ほら、行くわよ?」
口腕で手を引っ張られる。
ビリビリきたらどうしようかと思ったけど、何事もなく引きずられていった。
全然話が進まなくて申し訳ありません。
けれど、心情をゆっくり書いていきたいんです。
実際、自分がいきなり異世界に行ったら楽しむ余裕なんてない気がします。
家族や友達、仕事仲間、全てを失うくらいなら記憶なんて無くしてほしい。
苦しくて苦しくてそれこそどうにもならない気持ちにイライラするんでしょう。




