人間の懇願
「行くよ、マーミリア」
すでに馬車の方に歩きだしているクック。だが、マーミリアはそこから動こうとしなかった。
「マーミリア?」
こちらに戻りながら呼びかけるも返事はない。
「マーミリアってば!!」
肩に手をかけて振り向かせようとするが、それもマーミリアの手で弾かれる。
困ったような、焦ったような苦笑いをしながら、クックは頬をかく。
「マー……ミリア……?」
「……さぃ。うるさい!うるさいわ!どうしてそんなに普通なのよ!目の前にいるのよ!潜って捕まえるわよ!それで助かるのよ!!」
ああ、やっぱり誰かが病気なのかな、怪我かな。
「無理よ、海なら私たちの方が有利に決まってるでしょう?大体、潜ってきた途端に他の人魚に捕まって終わりよ」
この子、賢いと思ったけどクックより感情的になるのね。
「ねえ、ルーサさん?貴女は生まれて少ししかたってないだろうから分かんないでしょうけど人の命って言うのは本当に大事で……」
イラッとくるね。なんだか。
生に対して貪欲なのはいいよ、死にたくないもん。私も死にたくなかったし。
けれど、本人が納得していることを情で語りかけるなんてお節介も甚だしい。
大体あんなに挑発的な態度で今更そんな話し方されてもね。
「私、人魚に生まれたのは1ヶ月だけど、中身は20歳よ」
言ってみて意味が分からないけれど……理解したかな。
「え?」
ぽかんとしているマーミリアをよそにクックが叫ぶ。
「まさか……身付き?」
知ってるんだ。
「そう、知ってるんだ」
「もちろん、有名な話だからね。前世の記憶を持って生まれてくる人魚だって。ああ……なるほど……年齢に対して落ち着き過ぎだと思った……。まさか実際に会えるだなんて」
「クック……まさか、身付きって、嘘よね?」
「いや、きっとそうだろう。今の今まで気付かなかったけど彼女の耳は僕たちと同じだ」
通常の人魚は耳の位置にヒレのようなものが付いている。その後ろのエラのようなものがあるのだ。
すっごくどうでもいい情報だが、耳は前後に動かせる。後方の音を良く聞くためには後ろへ動かすし、前の音を聞きたければ前へと動かす。
そういえば前世が猫とか動物だったら耳ってどうなってるんだろう……。
「そういうこと、私は身付き。そして命の大事さは誰よりも分かっているわ」
「分かってくれるからこそ、助けるべきじゃないの!!?」
「さっきも言ったでしょ。『可愛そう』としか思えないって。そこまで善い人じゃないの、私は」
「でも!!」
「でも?」
先ほどの話を思い出したのか、『でも』の先を促すが俯いて黙ってしまった。
暫くの沈黙後マーミリアは決意したように口を開く。
「でも……助けたいの!」
ふうむ……どうしたものかね?




