『非』日常への階段
これはスプラッターホラーです。
心霊ホラーではありません。
壱 事の始まり
遊鳥村―ゆとりむら―。
そんな名前の小さな村に、俺、桜里 澄秋―おうり すみあき―は住んでいた。村はかなりの田舎で、自慢できるようなものは何一つない。でも俺は、この村が好きだ。冬には雪が降り、夏には太陽が降り注ぐ。今、遊鳥村は初夏という一年の中で一番過ごしやすい時期を迎えていた。
「何ぼおっとしてんの?」
不意に肩をたたかれ、俺は首を後ろに回した。
「安良里―あらり―!」
立っていたのは影無 安良里―かげなし あらり―。俺のクラスメイトだ。性格は少しキツめ。美人だから、その性格がもったいなく思える。男みたいな奴で、俺ともよく話が合うんだ。
「あっ、もしかして今から部活か?だったら行くよ」
ウチの学校は勉強より部活を押してるみたいで、六時間目が部活になることもあるんだ。勉強の遅れを取り戻すために、土曜日にいきなり授業が入ることもしばしば。
でも俺達がやってるのは、熱血野球部でもなければ、女子まみれの吹奏楽部でもない、『遊部』という、かなーりふざけた部。この遊部、『遊ぶ』と『遊鳥村』の名前からとった部名で、やっている活動といえば川での魚釣り大会や遊鳥村一周マラソン競争。村の自然を思う存分体験しよう、ということらしい。
「今日は何やるんだ?またマラソンでもするか」
俺が言うと、安良里はいたずらっぽく笑った。
「へへっ、今日の遊部はお休み。その代わり…オーリに付き合ってほしいことがあるんだ」
「お…俺?」
「家の倉庫の片付けぇ?」
俺が聞き返すと、安良里は、うん、と元気良くうなずいてくれた。それはもう、嫌なくらいはっきりと。
「アタシのばっちゃんがね、倉庫の中に探し物があるってうるさいの。それで、見つけてやってくれって言われたんだけど、アタシ一人じゃ日が暮れちゃうじゃない?だから、手伝ってほしいなー、なんて」
安良里がずいぶんと古い倉庫を指差す。まるで妖怪でも出てきそうな怪しい倉庫だ。
「でも…二人でやったからって、今日中に終わるのか?」
「あっ、そのヘンは大丈夫。オーリはあくまで助っ人。もともと手伝いを頼んでた人達がいるんだ」
もともと手伝いを…安良里が仕事を頼みそうな人…と言えば?
「もしかして、それって」
そう言いかけた時だった。
「あっ、オーリ君だ〜」
「本当なのです」
その、『もしかして』の人達が現われた。
まず一人目は萩羽 緋唯―しゅうわ ひゆい―。部活メンバーの一人。茶髪のセミロングが可愛い顔に合っている。おっとり系美少女って言葉がぴったりな一年生。俺の一つ下の後輩に当たる。
次にもう一人の方。名前は結城 繭清―ゆうき まゆせ―で、皆から『繭ちゃん』って呼ばれて可愛がられてるんだ。それからこの繭ちゃん、家が占家で、繭ちゃんの占いは百発百中って言われてる。
「緋唯にはいちご大福、繭ちゃんには饅頭をあげるっていう約束で、手伝ってもらってるんだよ」
「いちご大福のためなら頑張るよぉ〜」
「私もお饅頭のために頑張るです」
二人とも、ご褒美につられて、すっかりやる気を出してるみたいだ。この場で男の俺が頑張らないのは反則みたいなモノだろうな。
「じゃあ…やるか!」
安良里に貸してもらった軍手と手ぬぐいを身に付け、俺は立ち上がった。が、思ったよりも倉庫の中は大変なことになっていた。
「ゲッホゲホ!うぇ〜、何だこのホコリ…ッ」
一体どのくらいの間、この倉庫に人が入っていないんだろう。天井にはくもの巣が張り、床はホコリで色が変わっていた。
「これは換気しないと…緋唯、窓開けてくれ」
「はぁ〜い」
「繭ちゃんは倉庫の戸を最大まで開放して」
「了解なのです」
「で…俺は荷物を運び出すか」
倉庫の中にはガラクタとしか思えない代物がたくさんあった。子供の玩具のような太鼓や錆びたハーモニカ。折れたすきなんかもあった。何で捨てないのか…。
そのガラクタをある程度運び出すと、今度はそこそこ大切にされていたらしい本が顔を出した。シリーズものの本で、最初から最後まで全部巻がそろっている。何回も読み返したらしく、ぼろぼろになっている本もあった。俺は何気なく本のページをめくった。そのページに、一筋の髪の毛がはさまっていた。何となく不気味に思えて、俺は内容も読まずに本と閉じてしまった。
さて、最後に残ったのは面倒くさそうな大荷物。祭りの道具のような鈴や飾りが入っている。でもこれで最後だ。俺は暑さと疲れを抱えながらも、荷物を持ち上げた。
どさ、と荷物を降ろした瞬間、気が抜けて、俺はその場に座り込んでしまった。それを見て、安良里が駆け寄ってくる。
「オーリ、お疲れ様」
「おう!倉庫の中のモンは全部出したぜ」
「ホント?…あっ、これこれ!ばっちゃんの探し物」
安良里が、俺が最後に運び出した祭りの道具をいじり回している。
「それ、祭りに使うんだよな?祭りなんてあったっけ」
「んーと…ばっちゃんは信仰心が強いからさ。神様にお祈りしたいとか言ってたよ」
「ふーん…」
俺は気付けなかった。
安良里がその祭り道具の中から一つの札を引き抜いていたことを。
そして、安良里が何のためにその札を使おうとしているのかに。
「じゃあ俺、関係無い物戻してくるよ」
「うん、お願い」
笑った安良里の顔が、いつもよりもぎこちなくて、少し寂しそうなことに。
弐 神への祈り
境内で必死に祈る、少女の姿があった。少女はまばたきもせずに、『時乃神』と書かれた札を見つめている。
「時乃神よ、どうか我が失われし、古き願いを聞きいれよ―」
過ごしやすかった初夏は過ぎ、暑〜い夏がやって来た。暑さに弱い俺は、もうすでにバテ気味だ。心配した緋唯がうちわで扇いでくれているが、生ぬるい風しか感じない。
「ありゃりゃ、オーリったらもう夏バテ?」
「安良里…どうしてお前はそんなに元気なんだ…」
安良里が当然当然、と笑ってくる。
「そんなんじゃ、今年の夏は乗り切れないよ。例年よりかなぁり暑いらしいからね、今年は」
「うぇ〜、それホントかよ」
これ以上暑くなったらとける、と付け加えて、俺は机に突っ伏した。
「そんな暑がりなオーリのために…今日の部活は、題して『暑さもふっ飛ぶ真夏の怪談!皆で語れば怖くない〜』をやることに決定!」
安良里のウマいのだかウマクないのだかよく分からない提案で、今日の部活の内容は『百物語』に決まってしまった。そりゃあ寒気がするかもしれないが、俺にとって怪談というものは暑さの次に苦手なもの。それこそ怖さでとける。
「遊部というからには、やはり村にまつわる怪談をする義務があると思うの!この村で暮らせなくなるほど怖い、村の伝承を百まで語っていくよ」
「はぁ〜い」
「頑張ってお話するのです」
いつの間に集まったのか、緋唯と繭清ちゃんも、ろうそくやら本格的なお札まで持ってきていて、もうノリノリだ。出来ることなら逃げ出したい。けど、俺のために、ってやってくれてることから逃げ出すことは…無理だ。
おろおろしているうちに、
「じゃあ緋唯から」
という出だしで、部活は始まってしまった。
「緋唯からなんだねぇ〜、じゃあ、『あの』お話しようかなぁ。
緋唯ね、村の古本屋さんに行ったんだ。そしたらね、題名が書かれてない、変な本を見つけたの。表紙には、女の子が後姿をこっちに見せてる絵が入ってたの。面白そうだったから、緋唯、その本買ったんだ…ただその日からね、変な夢を見始めたんだよ。
一日目は、あの本の女の子が後姿を見せてるところだった。それが二日目になると、少し振り向きかけてた。三日目には、横を向いてて横顔が見えるくらいになってた。その夢にあわせてね…本の女の子も、少しずつ振り向こうとしてたの。それからね、最初は書かれてなかった本のタイトルが浮き出てきたの。『未来』って…おかしく思えて、緋唯ページをめくったの。そしたら、なんて書いてあったと思う?
主人公 萩羽緋唯、彼女を取り巻く全ての人達の残酷な未来
怖くなっちゃって、緋唯、その本売り払っちゃった…今どこにあるのかなぁ?その本…?」
「うわぁ〜、怖いよソレー」
「一気に冷えてしまったのです…」
なんて安良里達は言ってるけど、俺はもうここにいるだけで精一杯…残酷な未来って、なんなんだよ…俺まで呪われたらどうするんだ。
「じゃあ次はアタシね!アタシの話は村の児魂伝説―こだまでんせつ―だよ。
満月の夜に、子供の魂が脱け出して遊ぶっていう話があるんだけど、皆知ってるかな?その遊んでる子供の中には、死んだ子供もいることがあるんだって…。
アタシが六歳の時、夜にふっと目を覚ましたの。誰かに名前を呼ばれてね。その声は、一緒に行こう、一緒に遊ぼうって言ってた。だからアタシは、その声の方に手を伸ばした。
そこに見えたのは真っ黒な目と十本もの手
アタシの手を、その冷たい手がつかんで…朝もう一度目を覚まし時には、窓にたくさんの手形が付いていたの」
「きゃぁ〜、怖いよぉ」
「眠れなくなってしまうのです」
ねっ、眠れなくなりそうなのは俺の方だ…。
ふふっ、と安良里が笑う。
「じゃぁ最後は…やっぱり繭清ちゃんだね」
繭清ちゃんはきょとんとして
「私なのですか?」
「うんっ、やっぱりトリは繭ちゃんって決まってるもん」
「そうなのですか?…では、お話させていただくのです。
これは全て、本当のことなのですよ…。『時乃神伝説―ときのかみでんせつ―』」
「え?トキ…なんとかって?」
俺が言ったとたん、三人がいっせいにこっちを見た。
「オーリ、知らないの?」
「う、うん…」
繭清ちゃんがにこっと笑って俺に近寄ってきた。
「でも、聞いたことくらいはあるですよね?村の神様、『時乃転願帰社神―ときのころびねがいかえりやしろのかみ―』通称『時乃神』」
そう言えば、そんな神様の神棚があったっけ。
「名前だけは…」
「時乃神は、『昔叶わなかった願い』だけを叶えてくれる、願いの神様なのですよ。ただし、願いを叶えるにはそれなりの犠牲が必要なのです。これは、時乃神へ願掛けした、一人の少女の話なのです。
その少女は、ずっと昔から一人の少年が好きでした。でも、少女は素直に告白できずに、昔に一度恋をあきらめていました。そして、自分のふがいなさが嫌になり、時乃神にお願いしたのです。
もう一度、あの人と一緒にいたい…。
でもその恋は叶わなかったのです。少年は、少女が何を犠牲にして願いをかなえようとしたか知ってしまったから。その犠牲にしたものは…村中の動物達。犬から牧畜のための牛まで、すべてさらってきていたのです。
恋が叶わなかった彼女は、まだ犠牲が足りないのだと勘違いして…友人を殺して時乃神にささげました。でも、友人を殺し終わってから気付いたのです。
私は、なんということをしてしまったんだろう。
今度は自分が怖くなってしまって、少女は逃げ出し―…ソレを見た彼女の親しい友人は、その死体が彼女を苦しめているのだろうと考えました。そしてその死体をバラバラにするという奇行に走ったのです。そして…」
繭清ちゃんはそこで言葉を切った。
「そして…何?」
「……秘密なのです」
ええーっ、と声が上がる。
「オチ無し?」
「言えないのです」
「でも、途中まででも怖かったよぉぉ〜」
緋唯が泣きそうな顔をする。俺はこの話に恐怖…っていうより、変な違和感を感じた。なんだか…初めて聞いたのに、もう知ってるような…そんな変な感じ。
「ねぇ、繭ちゃん」
俺は帰りがけに、繭清ちゃんに声をかけた。
「さっきの話なんだけどさ、あれ、本当にあったこと?俺、あの話知ってる気がするんだけど…そんな事件、ないよな」
繭清ちゃんはにこやかに応じてくれた。
「確かに、村でそんな事件は起こってないですよ」
「やっぱり…じゃあ、思い過ごしだな」
「そうじゃないのです。事件は、『まだ』起こっていないだけ なのですから」
繭清ちゃんの占いは、一度も外れたことがない。
もしこれも―…繭清ちゃんの占いで見たものなら?
事件が、始まろうとしていた。
参 祈りか祟りか
今日は学校の都合で休校。平日の昼間に、扇風機の利いた部屋で雑魚寝…こんなに幸せなことはない。
「今日は一日中ごろごろするぜーっ!」
決意を固めた瞬間、
「澄秋、電話よ」
「何っ!」
俺に安息はないのか〜…。
「はい、澄秋です」
「オーリ?アタシだよ」
この声は…。
「…安良里か」
「そうだよ。ところで、今オーリ何してた?」
寝ていた、とはさすがに言えず、
「別に、何にも」
「じゃあ、暇なんだ」
暇だけど…ごろごろしたい。言える訳ないけど!
「だったら、会えるよね?」
「会え…もしかして、また倉庫の片付け?それか、休日の部活とか」
「ちっ、違うよ」
電話の向こうの声が、少し恥ずかしそうに裏返った。
「今日は、緋唯とか繭ちゃんはいないの!だから―その―」
俺、と、安良里、の二人…で?
「二人で遊びに行こうって話!」
それって…二人っきりのデート?
「ダメならいいよ!別に大したところにも行けないし…」
「いやっ、全然ダメじゃない!俺、行くよ」
安良里が嬉しそうに息を呑む音が、受話器を通して俺にも聞こえた。
待ち合わせ場所はバス停。女を待たせちゃかっこ悪いと思い、俺は三十分早くバス停に向かった。なのに―ずいぶん前から待っていたらしき安良里が、バス停で待っていた。
「安良里、早いんだな」
俺が声をかけると、安良里は俯いてしまった。
「さっ、誘ったのに遅れたらダメだと思って…それに…オーリなら、早く来てくれると思ったから―」
「遅れるより全然いいんだからさ、気にすんなよ」
「あ…うんっ」
それにしても、と俺は思った。安良里ってこうして見ると、すっごく可愛いんだなぁ。普段は見ない私服姿だからかもしれないけれど、女の子らしいし…。
「ところで、どこ行くんだ?行きたいところとか、あったりする?」
「んと…商店街の方なら、もう少し栄えてるから…そっちに行きたいと思ってるんだけど、いいかな」
安良里が上目使いで俺を見る。顔が少し赤くなっている。恥ずかしがっているんだろうか。今までは皆で普通にわいわいやって…お互い意識したことなんてなかったのに。
安良里もそう思ったようで、
「なんか、いつもは皆でいるから気にならないけど…こうやって二人になると、変な感じ。やっぱりオーリって男なんだよね」
「そうだな…」
それから少しの間、俺と安良里は黙っていた。妙な照れくささが、会話の邪魔をする。
「あのねっ」
「ん?」
「商店街の方で、行きたいお店があって…なんていうか、オーリみたいな人は入りにくいお店なんだけど、付き合ってくれるかな」
「当たり前当たり前。で、どんな店なんだ?」
「その…」
『ドールショップ』
そう書かれた看板の前に、俺達は立った。
「…ここ?」
「うん。やっぱり、男の人って入りにくいかな」
「いや、それはいいんだけど」
こういう店に安良里が来るっていうのが、ちょっと意外だった。本当は安良里って、すごく女の子らしいじゃないか。
「安良里、人形とか好きだったんだ」
「実はそうなんだ。けっこう家にもあるんだよ」
こんなに可愛いなら、もっと前から、こういうことしておけばよかった。
少しして、俺は安良里が一つの人形をじっと見つめているのに気が付いた。それはドールショップのショーウィンドゥ…その中でも真ん中に置いてあるものだった。店を飾るだけの事はあって、よく出来た人形だった。
昨日までなら、あんなウェディングドレスを着た人形を安良里が欲しがるなんて、思いもしなかっただろうな。
「あの人形、気に入ったのか?」
「あ、オーリ。でも、あの人形とっても高くて…手が届かないよ」
『ウェディングドール 二万六千円』
「ホントだー、高いな…人形って、こんなにするのか」
「そうなんだよね。でもやっぱり可愛いから、女の子は買っちゃうんだよ」
そっか…安良里、本当はあれ、すごく欲しいんだろうな…。
「でも今日はお金ないし。後にしようかな」
安良里がそう言って店を出る。外から、まだ人形を眺めていた。
「あの、すみません」
俺は店員さんに声をかけ、安良里の顔を思い浮かべながらこう言った。
「ショーウィンドゥの、ウェディングドールください」
財布ははっきり言って空っぽになったけど、
「安良里」
「え…っ、これって、アタシの欲しがってた…」
「おう!ウェディングドールだ」
「……有り難うオーリ!」
安良里が笑ってくれたから、いっか。
「じゃあ、帰るか」
「あ、アタシはちょっとやることあるから。オーリ、先に帰ってて」
「そうか。じゃーな」
それにしても、今日の安良里は可愛かった。なんか、いつも元気な安良里がおしとやかだとどきどきするな…。俺、安良里のこと好きになるんじゃないか?…まだどきどきしてる。
きゃんきゃん!みぃみぃ…ヴヴヴヴヴヴヴッ!チューチューがさがさがさ…。
神社の前を通ると、そんな音が聞こえてきた。野良犬たちが集まっているのだろうか。そんなことを思っていると、奥のほうで安良里の後姿が見えた。
「何してんだ?」
俺はただその気持ちから、境内の方へと足を進めた。
「きゃんきゃんきゃんきゃん!」
続いていた犬の鳴き声が
「きゃんきゃんきゃっ…」
暴れる音とともに途絶えた。
「静かにしてよ…気付かれたら、元も子もないんだから」
安良里の声。
俺は脳内の整理がつかなかった。
安良里があの仔犬の首を…しめて?何をする気だ?その手に持った―包丁?
ふっと理解できた。安良里は、ここにいる全ての動物達を殺すつもりなんだ。あの持ち出してきた、包丁で。
「安良里!」
びくりとして安良里が動きを止める。
「なにやって…」
「…泣き声がうるさいから、気を失わせてから」
「そんなことじゃない。なにをしようとしてるんだよ!」
「…別に悪いことしようっていうんじゃないよ。ただ…この子達の命がアタシに必要なの」
脳裏に、繭清ちゃんの言葉がよみがえった。
『これは全て、本当のことなのですよ』
『事件は、まだ起きていないだけなのですから』
安良里が…願掛けをした少女。そして、それを見てしまった少年の―俺。
叶わなかった恋のため、少女は狂い、更なる犠牲を必要とするようになる。
「オーリは、なにを犠牲にすれば好きになってくれる?」
気付かなかった。
もう手遅れになっていたなんて。
最 想いは呪いへと
「もっと犠牲が…必要なんだ」
安良里が笑う。
情けないと思いつつも、俺は逃げ出してしまった…。
その日の、深夜二時。
電話が鳴った。誰も起きてこない。…俺が取らないと。
「はい、もしも―」
「オーリ」
…安良里!
「さっきはごめんね。謝りたいから、神社に来てくれる?」
嫌な予感がした。
神社には安良里がいて、俺に笑いかけいた。でも…デートの時みたいな笑い方じゃない。欲望にまみれた目―…。
「アタシのこと、おかしい女だって思ったでしょ」
安良里は、一人でしゃべり続けた。
「でもね、オーリに好きになってほしかった」
安良里は今いるところから少し離れて、そこにあるものを俺に見せた。
「これで好きになってくれるかな」
一瞬…脳がフリーズした。
繭清ちゃんの―死体?
安良里が殺した―…
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺の悲鳴に、安良里はとまどいを隠せず、辺りを見回した。
「どうして?犠牲は充分だったはずなのに…好きになってはくれないの!?」
「安良里…自分がなにをしたのか、分かって言ってるのか!」
俺は繭清ちゃんを抱き起こして叫んだ。腹部に深い傷跡…安良里が付けたのだろう。まだ血がにじんでいた…。
安良里の目が見開かれる。
「ま…繭ちゃん!」
安良里がいきなり動揺しはじめる。
「え…なんで?どうして繭ちゃんが―」
「これが、安良里がやったことなんだよ!」
安良里は激しく首を振り、後ずさった。
「違う…そんな…アタシ……繭ちゃんを殺してしまった…」
いやぁぁぁぁ!安良里は悲鳴を残し、神社から走り去ってしまった。もう、どうしていいか分からない。こときれた繭清ちゃんを抱きしめ、ぼおっと座っていた。
「繭ちゃん…犠牲になるのは自分だって…分かってたのか……」
だからって…繭清ちゃんが死ぬ理由なんて…分かっていて、どうして逃げてくれなかったんだ。
「オーリ」
俺の前に立ったのは、緋唯だった。
「緋唯…繭ちゃんは…」
「そんなことじゃないよ」
俺は緋唯の言葉に呆然としてしまった。
「なに言ってんだよ…友達だろ?」
「…安良里ちゃん、泣いてたんだよ」
俺ははっと、繭清ちゃんの言葉を思い出した。もう一人の友人は、勘違いから奇行に走るって―…
じゃあこれは…緋唯が…繭清ちゃんを…
「繭ちゃんが安良里ちゃんを泣かせたんだ」
ぎら、と、緋唯の手のノコギリが光った。
「安良里ちゃんを泣かせたんだよ?オシオキしなきゃ」
ざくっ、どすっ、めきぃ…。
たくさんの音が交錯した。
ノコギリが繭清ちゃんの身体に振り下ろされるたび、血が飛び散って緋唯の服は血だらけだ。
こんな非日常…でも、今目の前で起こっていることは全て現実なんだ…。
「ねぇ。オーリもオシオキしてよ」
緋唯が俺にノコギリを押し付ける。
「やめてくれ…もう…嫌だ」
言いながら、涙が頬を伝った。この現実に対する恐怖からくるものだった。
「オーリも安良里ちゃんが泣くところなんて、見たくないでしょぉ?見たくないよねぇ」
緋唯が俺にノコギリをにぎらせる。うでが震えて、ノコギリが持てない。
「ねぇ。早くやってよ」
俺はそこで初めて、繭清ちゃんの姿をまともに見た。そして、吐き気がこみ上げ、俺は手を口に当ててうずくまった。
手も足もない、だるまのような姿にされた繭清ちゃん。キレイだった髪は首を斬られた時の血でべったりだ。愛らしい顔には血が飛び、白い顔をいっそうめだたせている。
「けっこう上手く出来たんだ。オシオキ」
皆狂ってる。
安良里も。
緋唯も。
繭清ちゃんも。
俺も―…。
その後のことは覚えていない。
ただ、考えた。どうすれば、こんなことにならなかったかを。
俺は昔に、安良里の可愛さに気付いてやれればよかった。
安良里は…もうちょっと素直だったら。
緋唯は、安良里に依存し過ぎていなかったら。
繭ちゃんは、占いの力なんてなくてもよかったんだ。
そうしたら…いつまでも日常のままで…。
『ニュース速報です。
猟奇的殺人が起こった遊鳥村からお伝えします。番組側では、この村に伝わる古い言い伝え―その中にある、信仰的な部分からこの事件が起こったのではないかと推測し―…。
容疑者である少女二名は、「このくらい犠牲を払えば好きになってくれると思った」「オシオキしなければいけなかった」と、食い違いの見られる証言を続け―…
被害者の少年は、意識は取り戻したものの、ショック状態でまだ口も利けない状態だということで―…』
「なんだか、聞いたことある事件だなぁ…どうしてだろ?」
その少年は、病院のベットの上でつぶやいた。
「きっと、怖い思い出の部分で引き合うものを感じるんだよ」
医師からの言葉で少年は納得し、またテレビ画面を見つめた。
あの『非』日常。
少年はいつか必ず思い出す。
あの惨劇、自分になにがあったのかを。
非日常の扉が開かれたとき、彼はまた村へ戻るだろう。
彼もまた、惨劇に憑かれ、その狂気に魅せられたものなのだから。
小説を読んでくださった方々、感謝の一言です。
有り難うございました。