赤眼のレリク外伝2(第3話)
「で?それが私に関係しているという理由がほしいわ。」
俺は少々困ったことになっていた。
ナルミはアクアに比べて明らかに理性的に動くような人だと思っていたがどうやら違っていたらしい。
それともアクアが関係しているのだろうか?
「どちらにしても、今はギルドさえも混乱している状態。俺がギルドにいかないといけないだろう。ギルドマスターなのだから。」
俺はつい声を荒げてしまった。
「そんなの関係あると思う?」
「?」
「あなたはイクト国出身というわけではないでしょ。少なくともメジス国出身。もしかしたら、今の状況がより悪化するかもしれない。」
「だからこそ、説明が…。」
俺の声を遮って言った。
「説明?それが信用につながると思っているの?確かにあなたは今までギルドに素直に従ってきた。でも、それはあくまで幹部に対してだけ。それが一匹狼に身を置いたツケよ。」
俺は頭の混乱してきた。
「それを今テディーさんや幹部が説明して回っている。あなたの言葉はあまり信用ならない状況であるでしょう。だから、今はじっとしていろということよ。」
確かにナルミの言う通りなのかもしれない。
俺は何もかも1人でやりろうとしていたのかもしれない。
ただ、それはこの戦争では無理だろう。俺自身は指揮官になる。副隊長は経験が豊富なテディーに任せるとしても、全体的な指揮はとらなくてはならない。
たとえ、その相手が親父だとしても…。
「理解できたようね。それに決闘は明後日。それまでは大人しくしていないととんでもないことになるでしょ。いかにシトーが弱いとしても、戦うまでは一応訓練ぐらいはしておいたほうがいいくらい。」
「ただ、それは俺の体に相談だな。今の状態では無理なことは出来ないさ。だいたい、退院出来たのが奇跡みたいだったしな。」
「まあ、詳しいことは聞かないけど相当重症だったわよ。何より輸血が必要で何針も縫うけがが数10か所。それに骨まで行っている部分もあったぐらい。ギルドの幹部の人も連絡の人を常時付けてあなたの状況を報告していたわ。今考えてみればおかしくはないことだけどね。」
そこまでしていたのか。
ということは今回の戦争にはアクアが参戦する可能性が極めて高いというのも事実だろう。
だが、彼女に勝てるかどうかは別問題だろう。
彼女が参戦すれば形勢なんてすぐにひっくりかえるかもしれない。
「そうか、それならば俺はかえって邪魔になるかもしれないな。さて、じゃあ身を隠すとしよう。」
「そうだね。」
そう言って、俺は外に出ようとしたが、
「どこに行くの?レリク。」
俺はナルミの声に一瞬戸惑ったが、
「いや、この家にいるのは不味いだろう。」
「何が?」
「いや、何って言われても…。」
「昔はよく風呂にも入っていたじゃない。」
それは昔の話だろうと思ったが、もしかしたら人間関係が少し薄れていたのかもしれない。
「まあ、ここでも悪くはないな。だが、食事の準備は頼むぞ。旅先ではろくなものを食ってないからな。」
「うん。」
~夜~
「どうだった?」
「おいしかったよ。」
なんか調子が狂う。
「まあ、旅先では肉類がメインだよね。基本、あなたの場合。」
そう言ってナルミは俺をみる。
「相手が喧嘩を売ってくるだけだ。俺は特に挑発はしないさ。それにモンスターの特徴はある程度頭に入っている。無駄なことはしない。」
ダンジョンに入る時に重要なのは何よりも食料の確保。次に水の確保になるわけだが、俺の場合、水系統は得意ではないので水が一番大事になる。モンスターは大抵、リーダーがいるわけで、そのリーダーよりも強い奴がいたらリーダーは気に食わない。モンスターは気配に敏感なため、特に強い気配は感じることが出来るらしい。というわけで、俺はダンジョンに入れば喧嘩を売られることとなる。
「強すぎるっていうのも災難ね。でも、それで食料には困らないわね。」
「まあな。それで任務が簡単に終わることも幾度かあったからな。」
俺はお茶を少し飲んだ。それにしても、このお茶を飲むとなぜか体が温かくなる。
「どうかした?」
「いや、何でもない。」
別段、変わった感じはないし味もおかしくない。お茶が温かいだけだろう。
「ナルミ、お前はこれからどうする?少なくとも、アクアはこれからよくないほうへさらに進んでいく。ここには居づらくないか?」
ナルミは少し考えて窓のほうを見た。
「確かにね。私はレリクみたいに世界を見て回ったわけでもないし、アクアみたいに能力があるわけでもないの。」
俺はナルミの顔を見つめた。彼女の目には何かしらの決意が見て取れる。
「ここにきてね。少しいろんな経験をしたの。少し離れてはいるけど、隣の家とも交流があるの。それにここはギルドから近いせいか、私みたいに犯罪者の家族を持った人もちらほらいる。だからかここにきてようやく心が安らいだ気がした。いつも、アクア、そしてレリクのことばかり思って、情報を集めて自分も強くなろうと努力した。強くなって…強くなって、レリクとともにアクアを救うんだって。でも、努力するにつれ、世界をみるにつれて、あなた達にはどうやっても追いつくことが出来ないと分かった。きっとなるようにしかならないんだろうって。ここの人は私が思っていたことを何一つ考えていなかった。いない人よりも一緒にいる人を大切にしようと思っていたの。」
普通の人間である以上はいずれ、越えられない壁に出会うことがある。俺はそれを乗り越えることができたが、ギルドに所属していた人たちもそれに破れて死んでいった。能力があるこしたことはない。それは俺にはよくわかっている。だが、ナルミにそれを言うことは出来ない。俺はその能力があったのだから。
「だから、ここに住もうって思った。稼ぎに行くには遠いかもしれないけど、近くには川もあるし、森に行けばモンスターもいる。食べるのには苦労しないのよ。でも、世間からは少し距離が開いてしまうかな…。」
「お前の気持ちは分かった。ナルミ、お前の好きなようにするといい。俺もここは居心地がいい。たまには帰ってくるさ。いずれはアクアと一緒にな。」
「うん。」
そう言ってナルミは笑った。
さて、これをどうしたものか…。
俺は自分の下半身を見た。
くそ、まさか媚薬を入れるとは思っていなかった。
さすがに強壮剤までの体にほとんど…いや、見方によっては体にいいものを解毒できはしない。
「どうしたの?レリク…。」
そう言ってくるだけで艶めかしく見えてしまうのはなぜだ。
「な、なんでもない。」
俺は震える声を押さえることはできなかった。
「ふふっ。効いてきたようね。」
「卑怯だぞ。こんな方法を使うなんて見損なった。」
ナルミが耳元で語りかける。
「その割に体は反応しているけどね。」
彼女が語りかけてくる度に反応してしまう。
「まあ、いいじゃない。減るものじゃないし…。」
彼女の顔が近付いてきた。
~2日目・朝~
結局、やってしまった…。
後悔はしていないが、鍛錬が足りない。
もっと集中力をつけなくては…。
「あら、もう起きたの?レリク。」
ナルミが薄いタオルを巻いた状態で起き上がってくる。
起こしてしまったか…。
「ああ、いつもよりは早くはないが…。どっちにしても鍛錬の時間だ。」
「昨日は…。」
「いいさ。気にするな。それに…。」
「?」
「なんでもない。じゃあ、外に言ってくる。」
「行ってらっしゃい。」
ナルミが手を振った。
俺は照れながらも手を振り返した。
言えるわけがなかった。俺も本当は家族がほしかったと…。
ナルミの家は広くない。しかし、庭はかなり広い。
俺は手に持っている槍の布を取った。
今では珍しい鉄を使ったものだ。過去には豊富な金属があったらしいが今では数もすくなくなっている。あるのは金が多い。
槍を掴み、試しに振ってみる。
前と全く変わりないスピードだ。
今は体が万全ではない。
それを考えると以前よりも格段に強くなったと感じることができる。
しかし、まだアクアには及ばない。
ふと何かを感じた。動物か何かか?
俺は少し大きな木を見た。
う~ん…。隠し切れていない…。
体つきからしておそらく子供だろう。しかし、必死に隠れている子供を指摘していいものか…。
「きゃ」
子供が落下していく。
俺は走った。
間に合えばいいが…。
~アクアの家にて~
「あれほど注意したでしょう。あの木には上らないようにって。」
ぶすっとした顔で少女が答える。
「だって、ナルミ姉ちゃんと遊ぼうとしたのに、知らない男の人がいたんだもん。」
まったく悪気がなさそうだ。
おそらく、また登るだろう。
「レリクじゃなかったら、死んでいたわよ。少しは反省しなさい。」
俺は味噌汁をすすっていた。
やっぱり普通のご飯はいいものだ。携帯食はすぐに飽きてしまう。
「レリクも何か言いなさい。」
こっちに話を振ってきたか。
「ああ、この味噌汁はうまいな。辛くなくて、俺にはちょうどいい。」
「そうでしょ。今日はうまく出来たって…違うでしょ!」
それは知ってるよ。
「まあ、少しは落ちることを考えろ。怪我しない自信があるなら登れ。ところで君は?」
「ソフィー。」
「そうか、俺はレリクだ。よろしくな。」
「レリク兄ちゃん、さっきはカッコよかったよ。」
そう言って、俺に抱きついてくる。
よほど抱っこが気にいったのか?
「ありがと。」
ソフィーが俺の体に鼻をつける。
「なんかナルミ姉ちゃんの匂いがする。」
ドキッ。
2人が固まる。子供も匂いには敏感だ。
「ソフィー、お母さんが待っているわよ。早く家へ帰りなさい。」
「そうだった。」
俺の腕から降り、とてとてと歩いて行く。
「レリク兄ちゃん、またね。」
女の子は走っていった。
2人そろってため息をついた。
「さすがに女の子ね。気にいった人に何か匂いがついていたらわかるみたい。」
「ふむ。」
「どうしたの?」
あの子供、気のせいか落下する時に何かした記憶があるが…。
「あの子は?」
ナルミは少し呆気にとられていたが、意味を理解できたらしい。
「ここから歩いて5キロぐらいのところに住む女の子よ。住み始めて、知り合ってね。そのときには木に登っていたわ。」
そう考えると2~3歳ぐらいか。
「あの子は…。」
俺が言おうとしてナルミは止めた。
「分かってる。彼女には才能があるでしょう。それは私でもわかる。でも、彼女にはそんな道を歩んでほしくないのよ。」
ナルミの言っていることも分かるが。
「じゃあ、とやかくは言わないさ。」
俺は鍛錬を再び始めることにした。
~出発の前日~
「また登っているのか?」
俺はソフィーに声をかけた。
彼女はびっくりして俺のほうを見た。
「驚かさないでよ。木から落ちちゃう。」
「だから、脅かした。ナルミの言うことが間違っていると思うか?」
彼女は下を向く。
足元にあった石を蹴った。
「お兄ちゃん。遠くに行くって、昨日聞いた。少し怖いおじちゃんから。」
テディーのことか。
「お兄ちゃんってきっとここにいる人たちよりもずっと強いよね。」
彼女の目は輝いている。
俺は答えなかった。戦うまで勝ち負けは分からない。
「お姉ちゃんが心配しているよ。お兄ちゃんが帰ってこなかったらどうしようって…。」
傭兵にはありがちなことではあるが、ギルドに出入りしていない者には遠い出来事だ。身内に不幸が訪れて初めて分かることも少なくない。ギルドにも常駐している医師はいる。その人たちは必ずカウンセリングなどの講義を受けている。
「心配するなっていうのは無理な話だな。でもな、ソフィー。」
俺は腰をかがめた。
「俺は帰ってくる。ここにな。」
ソフィーは笑顔で頷いた。
~夜~
「あした、出るのね?」
「ああ。そろそろ自分の陣営や作戦が決まるはず。遅いぐらいだがな…。しかし、仕方ないのかもしれないがな。」
ナルミは少し心配しているようにも見える。
「そうね。私から言えることはないわ。あなたが選んだ道だから。でも…。」
俺はナルミと目を合わせた。
「ここに帰ってきてね。」
俺は頷いた。