赤眼のレリク外伝2(第2話)
俺は眼を瞑っていた。
どうして、あの二人は俺を選んだ?
確かに高次元に揃った人間はそうはいない。
自分を過剰評価にしているわけではない。
むしろ、過小評価していなければ今のように強くはなれないだろう。
だが、彼らは何百年も生きてきた。その間には俺のような人材がいてもいいはず。
俺に託す動機は何だったのか?
俺は空を見上げた。
空はうっすらと朱色に染まってきていた。
ここに誰かが来るのを感じる。
これもマラリスの能力なのか…。
もちろん、それは感じ慣れたものだ。
「こんな時間にどうした?テディー。」
彼はぼさぼさになっている髪を掻いた。
「レリク、そういうな。今はちょっとギルドに居づらい。それぐらいはわかってくれ。」
俺もそれは容易に想像することができた。
一匹狼とギルドの闇を牛耳る者。
この2人が決闘するというのであれば殺伐とした雰囲気になるのも無理はない。
「ああ。悪かった。しかし、あんたもよくここが分かったな。」
彼は俺の横にきて座った。
ここはナルミの家の前。
一応見張りとして、昨日の夜からここにいる。
本当はナルミと一緒にいると何かもやもやとしたものがわき出てくるだけだが。
「お前が病院から出て行ったあと、あの姉ちゃんからいろいろと聞かれてよ。今回の原因は俺のせいかも知れんと思ってな。」
ナルミの性格を考えれば、嫌な感じがする。ずけずけと聞いたのだろう。テディーも気が長いほうとはいえない。そのため、いろいろと喋ってしまったのだろう。
「いずれは戦うことになったかもしれん。気にしなくてもいいさ。」
シトーも俺にはギルドに入った当初から目をつけていた。俺は群れるのが嫌いでもあるし、奴の人柄や行っている仕事の内容が嫌で何回か断った。
そこから、何度か闇討ちに遭うようになった。もちろん、すべてが彼のせいとはいえないだろうが何回かは彼の仕業だろう。
ギルドマスターになるのに時間がかかったのも彼の所為だ。ギルドマスターになるためにはギルドマスターの過半数の賛成が必要になっている。
「だが、ギルドマスター同士の決闘なんて異例中の異例だろう。お前が負けるというのは考えにくいが、奴はそう簡単に決闘には持ち込まないかもしれんぞ。」
「分かっているさ。だから、こうしてナルミの家にいる。狙うとしたら、俺ではなくナルミだろう。」
テディーはしかめっ面で頷いた。
「そうだな。俺でもそう考える。しかし、今回はそこまで大きな動きは出来ない。シトーには敵も多い。お前は少なくともいちゃもんをつけて任務を放棄するタイプではない。むしろ、ギルドに忠実に働く狼や虎のように考えている奴もいる。」
そんないい話は俺の所には届いていない。しかし、俺には重要な仕事が年間にいくつかは舞い込んでくる。そう考えるとあながち間違いでもないうわさなのかもしれない。
「しかし、シトーに弱みを握られているマスターもいる。だが、エムスはそこらへんも配慮して牽制しているから、シトーに味方するマスターはいない。」
どこでシトーが引くかが今回の焦点になりそうだな。
だが、あのテオドラとかいう男、シトーもまとめて消して、金を盗むとも考えられるな。
「で、そこで何しているの?2人とも。」
俺は後ろに立っているナルミに話しかけた。
「別にナルミの警護と今のギルドの状況を聞いていただけだ。」
少し優しい顔になった。こういった顔は本当にきれいなのだが。
彼女は少し腰をかがめ、俺たちに聞こえるように話をした。
男とは違う独特の甘いにおいが鼻につく。
「そう。私自身に関わる話ならここでするのもおかしいし、家の中で話したほうが良いのではないかしら、レリク。あと、あなたも中に入ります?テディーさん。」
どうやら、随分と信用を得たらしい。この親父は…。
「う~ん…、そうはいってもな…。」
俺のほうをちらりと見る。
気を使っているのか?
「入れよ。どうせ、ギルドから要請を受けたんだろう。俺の監視の。」
気まずそうに彼は顔をそむけた。
「そういうこと。じゃあ、なおさら入ったほうがいいわね。」
ナルミは笑顔で応じている。このくらいは彼女も知っているだろう。
いくら、ギルドマスターになったとはいえすぐに信用されるとは思っていない。
それに…。
「それとも遠くで監視しているあいつに報告したほうがいいのか?」
俺は少し遠くを見た。
林の中にかすかだが、力を感じる。
まあ、ここは狭い村だ。
若い男が入ってくれば村もちょっとした騒ぎになる。
どこかのおばさんにからまれているな。
「さすがだな。」
「別にたいしたことはない。この村にあんな芸当が出来るような奴はいない。」
「確かに。あいつにも言っておかないとな。」
俺たちは4人がけのテーブルに腰かけていた。
どうして4人なのかはナルミの家族への執着が見える。
「さて、どうしてこんなにも過敏になっている?ギルドはそこまで人員を割く余裕はないだろう。」
テディーが来ることは想定できた。
実際に事件現場に居たこともあるが、俺をよく知る人間ということが大きい。
しかし、テディーはギルドの中でも有力者の一人だ。
今の国際情勢の中でギルドが俺に時間を割くわけにはいかない。
もちろん、どちらの国が負けたとしてもギルドは一切責任を負うことはないが、その戦果があまりよくなかったのであればギルドにとっては結果的に負の方向に向かってしまう。それにその場合には多くの死者が出て、普通の業務を全うできるかどうかの話にもなってくる。だからこそ、傭兵たちと連携を密にしつつギルドが戦後も円滑に起動出来るようにしておかなくてはいけない。今回の戦争は大国同士の争いのためギルドの命令に背き、母国へ帰る人も出てくる。それは規定によって例外とされているが、それらをどこまで把握できるかがギルドにとっては重要となってくる。
「疑問はもっともだがな。だが、この姉ちゃんの前で話すわけにはいかない。ともかく、今、情勢が微妙に揺れているんだ。どちらかと言えば俺たちが今は劣勢だ。」
「なるほど、少なくとも俺がドラゴンを退治に行かされてた時からすでにどちらにつくかはもう決まっていたのだな。しかし、どうして情勢が安定しない?もう、お互いに大まかの戦力は把握しているだろう。」
声を落としてテディーは言う。
「いや、あのその…。なんていうか…。そうだ。姉ちゃん、タバコ買ってきてくれないか。」
ありえないだろう。
ナルミが困惑した表情で言う。
「あの~さすがにおかしいでしょ。この状況で。一応、私は命を狙われているのよ。それを1人でタバコを買いに行けってどうかしているとしか考えられないわ。」
俺も頷く。
「ナルミの意見に賛成だ。少なくとも彼女と一緒にならともかく、1人というのは警護の意味もないだろう。彼女を無防備にさせるだけだ。」
ガジガジとテディーが頭をかく。
「じゃあ、まあ言うか。お前が探している奴が相手側の国にいや、メジス国側に傭兵として参加するようだ。」
「アクアが!?」
答えたのは俺ではなくナルミだ。
答えられたほうのテディーは困惑の表情でナルミを見ていた。
「姉ちゃん、どこでその名を?いや、」
俺がテディーの言葉を遮った。
「ナルミはアクアの実の姉だ。」
テディーは驚きの表情を隠せなかった。
「いるとは聞いてはいたが、まさかこんな近くに…。そうか、それならあのシトーの攻撃を防げたのにも納得がいく。しかし、どうしてレリク話さなかった?お前もギルドに長くいるだろう。情報の徹底はお前がよく知っているはずだ。アクアがお前と幼馴染だと分かった時もギルドの皆は少し距離を置いたかもしれんが、少なくともお前に非があるような情報は流していなかった。そして、今も幹部しかこのことは知らない。もしくはアクアに何かされたものは別だが。」
そういってテディーはナルミを見た。
彼も彼女がどういう風な境遇でここまで来たのかおぼろげなくわかったのかもしれない。
「すまんな。少しきつい言葉だったかもしれん。」
ナルミは首を横に振った。
「アクアは唯一の身内です。彼女のことは今でも心配です。ただ、強い。それはレリクからも聞いています。しかし、今の彼女は世界に混乱と悪意を植え付けています。それを止めてくれるのはきっとレリクしかいないから。私にはレリクにしか託せないから。」
ナルミの目に水がたまってきた。
「……。」
「悪かった。少し横暴だったかもしれん。だが、俺たち、ギルドも少しは役に立つはずだ。そこはしっかりと考えてほしい。まあ、俺たちは席をはずすとしよう。」
俺はその提案に異議を唱えたかったが、テディーの目は俺を制止させた。
俺たちはナルミの家から少し離れた。
「テディー、どうしてここまで迂遠なことをする?ナルミのこともあそこまで責めなくてもいずれは分かったはずだ。」
彼は遠く見て言った。
「そうだな。」
俺も前に向いた。
2人の間に風が通る。
幾度となく見た景色だ。田舎ならではかもしれない。人懐っこい人が多い。俺にはそれが少し気持ち良かったりする。
そんな気持ちにならないほど命を削っても前へ前へと進んだ。
それがこの人生だ。
彼女を救う。
それすらも遠のいて行く。
俺はこうなることも予想していた。それなのに俺の歩いてきた人生には後悔しかない。
テディーは少し間を置いて言った。
「お前がギルドに入るとき言った言葉、それが今、わかった気がする。」
「……。」
「「越えなくてはならない人がいる。」だったかな。」
彼には分かったのだろうか。
「このことだったのだな。アクアとナルミを助ける。それがお前の出した答え。そうだな。」
「もういいだろう。本当はお前の監視で来たのではない。お前に注意と忠告を持ってきた。すまないが、質問はなしだ。」
俺は首を縦に振った。
「シトーはアクアに殺された。それは今回の決闘とは関係ないとギルドはみている。シトーは裏の指名手配となっていた。アクアはそれを知っていて、メジス国に加わる手土産にでもしたのだろう。しかし、これでアクアは完全に相手の国に加わった。ギルドは彼女に敵うほどの戦力を集めるためには全員が出動すべきと考えている。あいつは裏切り者かもしれないが、実力は確か。俺が言いたいことが分かるか?」
俺はすぐに答えを出した。
「俺が倒せということだろう。それは分かっているさ。」
テディーは首を振った。
「違う。お前もギルドマスターとなった身だ。立場というものがある。」
俺は毛嫌いしたように言った。
「そんなものは誰にでもくれてやるさ。」
「そうはいかないだろう。」
テディーは言った。
「ギルドマスターは6人だ。普通は10人のはずなのに。」
俺はテディーを見た。間違いなく怒っているように見える。
「例のドラゴン退治を終結させたお前がアクアに負けみろ。ギルドにはいい人材がいないということになってしまう。それだけではない、今回連隊の指揮を執るのはお前に間違いない。あそこには有名な騎士団がいる。そして、お前はあの国の過酷な任務をこなしてきた。騎士についてはよく知っていると幹部はみているだろう。その中でも精鋭である百騎兵を止められるのは今のギルドにはお前しかいない。」
「ああ。そうだな。」
親父は元気かな。
「ともかく、シトーのことはアクアではなくお前が戦ったということに表向きはしておかなくてはならない。この状況ではこちらの士気が下がってしまう。」
「ともかく、お前は動くな。ただでさえ異常な事態だ。お前が出てくれば混乱が付きまとう。3日後には俺が迎えに来る。その1週間後に戦が始まるだろう。お前も体が本調子ではないはずだ。マラリスに頼むのもいいが、今回ばかりは真面目に任務を遂行しろ。お前の希望も我慢しなくては叶わないぞ。」
そういって、彼は歩いて行った。
テディーは俺がギルドに入った時から世話になっている。
今回のことはある程度知らされていたのかもしれないが、戦争のことは言わないようにと口止めされていたはずだ。アクアはギルドにとっては裏切り者で、俺にとっては拘束すべき者。
このことをテディーは知らないだろう。
俺がアクアの情報を聞けば、「拘束」に流れていくのも無理はない。
その結果、戦争に負けたらギルドにとっては痛い話だ。
だが、今までのアクアの行動からみて、メジス国に有利に動くような感じではない。
彼女は一体何を狙っているのかは分からないが、よくないことが続きそうな予感はある。
いや、今回のことはよかったのかもしれない。
人間は万全な状態で戦うことすら難しいのだから。
しかし、このままではアクアどころの問題ではないだろう。
俺はナルミに事情を説明すべく、テディーとは反対の道を歩いた。