赤眼のレリク外伝2(第1話)
「俺は生きているのか?」
自分の手を確認する。
感触を見る限り、変わったところはないらしい。
だが、
「右眼は見えなくなった。」
ドラゴンのやつ。
扉を開ける音が聞こえた。
扉を開けて入ってきたのはテディーだった。
「ようやく目が覚めたか。2週間ぶりだな。」
「ようやく?」
長く眠っていた気もするが、然して時間が経っていないようにも感じられる。
「お前は全く無茶をするな。」
「あんたも人のこと言えないだろう。」
実際、俺をギルドで指導したのはテディーだった。
昔は本当にいろんな仕事をやった。
そこで教えられたものは普通には習わないことだったが。
「ギルドに報告を、」
それを遮るようにテディーが言った。
「大丈夫。俺が済ましておいた。まあ、今回のは貸しだな。」
「あんたに貸しを作るとろくなことがない。ところで、ここはどこだ。」
「病院さ。お前、覚えていないのか?」
あれは現実だったか。
だから左眼が。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない。」
俺はそういってマラリスを握った。
彼らの思いを無駄にはできない。
その様子を見てか、テディーが言った。
「あんまり深くは考えないようにな。」
ここは公共の病院ではないだろう。
少なくとも公共の病院はこんなにゆったりした環境は提供できない。
モンスターの被害や疫病、それでなくても急病の患者が後をたたない。
普通の怪我は民間の病院が治療する。
もちろん、術を用いてがほとんどで移植は先天性のものに限られている。
間取りはかなり広い。机も着いてあるし、それなりの設備が整っている。ギルドが特別に用意したものだろう。
「ギルドのほうはどうだ。」
テディーは顔をしかめた。
「芳しくない。お前を失わなかったことで安堵しているみたいだな。さすがにギルドマスターが何人も死んだら不味いからな。」
それはそうだろう。依頼の半分ぐらいは滞るに違いない。
「そうか。じゃあ、ここに来たのは?流石に見舞いと言う名目だけでは来れるような状況ではないだろう。」
テディーは頭を掻いた。彼には話しにくい話題の時は頭を掻く癖がある。
「そのなんだ。戦争が始まる可能性がある。」
俺は体を乗り出した。
「落ち着け。まだ、先の話だ。」
「今はどういう状況だ?」
「賠償の話さ。当然、形だけだろうが、しかし、イクトもメジスも直ぐに準備
出来るわけではないさ。互いが時間稼ぎしていると言うことだ。」
「じゃあ、俺たちはイクトにつくのか。」
「まあ、決まってはいないが、ギルドとしてはイクトにつくことになる。」
「しかし、戦争となると、イクトの方が不利だな。」
それは戦い方に影響がある。
イクトの戦いは術に重きを置く。
そして、メジスは騎士が主流だ。その機動力、突破力を武器とする。
現代の戦争は歩兵が自陣を固めるのではなく、術師が術を行使するために時間を稼ぐ。そして、一気に決着をつけるようになった。
その間にどのくらいの術師を倒したかで勝敗の行方が左右される。
反対に考えてしまえば、術師が多数死亡した場合、戦争は泥沼化する。
「どちらにしてもだ。今回は大規模な戦争になるだろう。それで、おれたちにも予め召集をかけているらしい。」
「準備もできてないのにな。」
「お前もわかっていないな。大きな依頼は国がすることが多い。それにギルドは信用が一番大事だから。一度受けた依頼を反故にすることはないと思って、依頼をしていると思う。」
「まあ、そんなものか、しかし…。」
あの国には親父がいる。
俺も強くなったとはいえ、親父に勝てるかどうか。
「あそこの騎士は有名だからな。苦戦はするだろう。だが、俺たちには戦争の勝敗は関係ない。」
だからといって手は抜けないし、相手にとっては敵には変わりない。
「それでこれからは…」
コンコン
「時間ですよ。テディーさん。」
ばつ悪そうに頭を掻いた。
「そう固いこと言うなよ。姉ちゃん。」
「そうはいきません。彼は6日も意識不明の重体だったのですから。医療に携わるものとして、検査などしなくてはいけませんから。」
俺はこの人を知っていた。
「テディー、今のところ依頼はないか?」
「もちろんだ。さすがにこんな状態のお前に頼む奴はいないさ。」
「じゃあ、もう大丈夫だ。完治したら報告に行く。」
「分かった。じゃあな。」
テディーは出ていった。
「検査するよ。レリク。」
「ああ。」
血が抜かれる。
沈黙が続いた。
「ギルドマスターになったのね。」
「どうしてわかる?」
「ふふ。あなたも何でも知っているわけではないようね。ここはギルド専用よ。」
「なるほど…。それで、ナルミはここで働いているのは知らなかった。公務員だったと聞いたが。」
彼女が少し屈む。
大きな谷間が見えた。
「ここではバイト。というよりも情報収集かな。」
「?」
「妹が指名手配されているのよ。少なくとも情報ぐらい集めておかないと。」
「それは違うと思うが。」
「それはあなたにも言えることよ。どうして、こんなになるまで彼女を追うの?わたしだったら…。」
「なに?」
「いや、なんでもない。じゃあ、なにかあったら呼んで。そこに押しボタンがあるから。」
彼女はそういって出ていった。
俺は彼女に何かした覚えはないが…。
それにしても、体が重い。動くのがやっとだ。
さて、これからどう動くかな?
「レリクさんはどうでしたか?」
「監視のつもりか?」
「まあ、そこまでではないと思いますけどね。」
「ギルドもあいつにはなかなか苦戦しているな。」
彼は歩き出す。
「だが、強ければ強いほど簡単には動かない。それだけの力がある。」
その後をついてきた。
「ロイ、お前には分かるか。」
「何がです?」
「あいつがなぜギルドに入ってきたか?」
~1週間後~
「驚異的な回復ですね。さすが、ギルドマスターとなれば少し構造も違うようですな。」
「普通の人間だよ。」
医者は言葉を改めた。
「これなら明日にでも退院できるでしょう。しかし、まだ、完治には時間がかかります。特に疲労というものは術に頼ることもできません。こちらでは半年は通ってもらうことになります。」
「診断書は?」
「こちらからギルドに送っておきます。」
医者は退出した。
いかに民間とはいえ、やることはたくさんあるのだろう。
「はやく治ったわね。」
そういって彼女は俺の包帯を外す。
「それだけが取り柄だ。」
彼女は俺の体を見た。
「どうかしたのか?」
「凄い傷ね。」
「たいしたことないさ。」
あの頃とは違う。
「あんなに綺麗だったのにね…。」
「何の話だ?」
彼女は俺の髪を撫でるようにさわった。
俺は彼女の腕を握った。
「あのころとは違うんだ。アクア、そして、俺も。」
俺は立ち上がった。
「今日で退院させてもらう。少なくとも、医者は大丈夫というだろうが。」
彼の足音がやけに響いた。
ガチャ
「さて、何のようだ?」
「気がついていたのかね。我ながら結構いけてたと思うが。」
「今時、聴診器をつけない医者がどこにいる?」
「最近は外している人も多いけども。本題に入ろうか。」
彼は歩き出した。それに俺も従う。
回りには多くの患者が居た。しかし、それは重いものではなく、緊急性の低い病気だろう。
もちろん、俺たちに気を止める人は一人しかいない。
「彼奴は?」
彼も感じ取ったのだろう。
「ギルドの監視さ。まあ、3流だな。」
「そうか。」
この男はどちら側の人間だろう。
「私はテオドラといいます。」
「俺の名前は知っているのだろう?」
「ええ。私は帝国の者です。」
帝国か。そうだとすれば、第3者か。面倒なことになりそうだ。
「それで?」
「話はお分かりのはず。今回の戦いは私たちに利はありません。しかし、それより大きな物が手に入ります。」
「大きな物?」
帝国は鎖国を敷いていて、貿易をしていない。国交も開いていない。それはあくまで、国としてだが。もちろん、民間の商船は行き来していると聞いたことがある。だが、帝国は自国で賄えるだけの国力を有している。新たに必要な物があるとは思えない。
「港です。」
あの島国を攻めようと言うのか。
犯罪が絶えない彼処を自治するのは苦労することだろう。
ただでさえ、帝国から離れている。軍を派遣するだけで金銭的には相当の物になる。
「何のためにそんなことをする?」
「三角貿易ですよ。
その昔、お金に困った国がやった対策です。ある国から嗜好品を取り寄せるために多額の金が掛かった。そこで、植民地で作った麻薬を密輸させることで貿易上は赤字でもそれを相殺するぐらいの貿易額を記録したとか。」
「それをやろうと?」
「この世の中、頭がおかしい奴なんて山のようにいる。それを利用するだけです。それがこの国ですがね。」
「まあ、それは否定はしない。だが、それはおれとどう関係してくる?」
彼は前を向いた。
「我々の国ではこの国よりも遥かに多くの貴族が蔓延っている。彼らが有能なら言うことはないのですが、家柄だけで登用することも多くない。有能な人間はギルドなどや他の国に行ってしまう。前にいる彼のような人間だって、数えるくらいしかいない。」
「だから、俺たちに助力を期待すると?」
「それだけならあなたに頼まず、自国のギルドにまずは頼みます。」
「?」
「先程、お話しましたね。あの貿易方法はおそらくはすぐに破綻してしまうでしょう。2つの国は我々と匹敵する国力を有している。」
「ああ。なるほど。」
「そういうことです。その責任を無能な馬鹿どもにとってもらう。そして、財産を没収し、国家体制を独裁し、そして、有能なものを高い地位に就いてもらう。あなたはその候補に真っ先に選ばれました。役職は決まっていませんが、国境警備隊連帯隊長が適任だと思いますが、いかがですか。」
確か、その役職は軍の2番目に高い。
「どうして、俺なんかが?」
「まあ、なんというか風土に合いそうだと言うのが一つ。そして、この国には未練があるようにはみえない。出身も異なる。3つ目は、」
彼が挑戦的な態度を取った。
「アクアを倒せそうと言うことですね。」
俺は彼の間合いに入った。首を掴み、持ち上げる。
「その名前を何処で聞いた?」
流石に周りが騒ぎ出す。
おそらく、尋常じゃない雰囲気を感じたのだろう。
「その眼。ふふ、あなたもその域を越えたようだ。」
…。
「ここの人にはわからないでしょうね。自分が変わっていく、あの冷たさ。」
俺は腰の剣を抜いた。
キイィィィイン
誰だ。この俺の邪魔をするのは。
「レリク。何している。」
「テディー。邪魔だ。退け。」
俺は力一杯、剣に力を込めた。
ギギギ
彼は筋肉を隆起させながら力を込めている。
「そうはいかん。」
俺は体に力を込めた。
「やめなさい。レリク。」
そこにはナルミが立っていた。
そういえば、彼奴はどこに行った。
確かに俺が首を閉めていた筈だったが。
俺は辺りを見回した。
しかし、彼の姿はなかった。
「どういうつもり。レリク。」
俺は彼女を無視し、出口へ歩き始めた。
「ちょっと。」
そう言って彼女は俺の肩を掴んだ。
「なんだ?」
「その言い方はないでしょう。」
「いや、姉ちゃんも少し落ち着こうや。」
テディーが割って入ったが、無視した。
「今、人を殺そうとしたでしょ。」
「そいつは死ななかった。」
ナミネはおそらく、テディーのことを言っているのだろう。
しかし、彼を殺そうとしたのではなかった。
「レリクは俺を殺そうとしたのではないぞ。」
「そういう問題ではないでしょ。」
彼女の言うことは分かっているつもりだ。しかし、そんな弱い正義なんて貫くに値しない。守りたい者を守れない正義なんて語るに堕ちる。
「答えなさい。レリク。」
俺はナルミの手を振り払った。
「お前は見てきたのか。」
「何を?」
「世界を回ったのか?お前がいる世界がどういうふうに回りに影響を与えているのか、分かっているのか。お前は自分を守れるほど強くなったのか。」
「言っている意味がわか」
「やめろ、レリク。」
俺はテディーを無視して言った。
「俺は孤独だったよ。どの世界でも、ここでもな。」
俺は歩いていった。
少し体が重い。あいつが言ったことはともかく、体が本調子でないのは事実だ。しかし、仕事は続けなくてはならない。俺はギルドの方へ歩いていった。
ガチャ
重厚な扉を開けるといかにも悪そうな連中が屯していた。
あいつらは裏の連中だろう。
「あなたはレリクさんですか?」
回りには居酒屋のようになっていた。
もちろん、カウンターには受付がいるが、別のところには店長がいる。
ギルドは情報の交換の場である。
しかし、その喧騒も受付の一言で静まり返った。
いつもそうだ。
俺の寝首を掻こうとするような奴ばかりだ。
「ああ。間違いない。用件は分かっていると思うが、」
受付の男は額に汗を浮かべながら言った。
「は、はい。すぐに準備します。」
彼は走っていった。
「お前がレリクか。ふん。ガキだな。」
いるな。こういうやつが…。
「それがギルドマスターに対する態度か、三下が。」
俺は吐き捨てるように言った。
それが気にくわなかったらしい。
「ガキが。」
彼は拳を顔面に向けて、撃ってきた。
それは俺にとっては止まって見える。
俺は彼の腕を掴み、その腕が延びきったところに肘に向けて、蹴りを入れた。
彼の腕があり得ない方向に曲がりきる。
「ぐわああああ。」
はじめから自分の能力ぐらい把握しておけ。
彼の顔を掴み、カウンターに叩きつけた。
骨が砕けた感触が手に残る。
ドサ
彼は倒れた。
まだ、息はあるだろう。しかし、彼が剣を握れるかどうかは一生涯わからないだろう。
「ここではこういったことは止めていただきたいね。レリクくん。」
「あんたか。」
彼の名前はシトー。10人しかギルドには存在していないギルドマスターの一人。彼は35歳だが、まだ現役で頑張っている。
「喧嘩を売ったのはこいつだ。」
俺は下の奴を見ていった。
「そうかもしれないが、ギルドマスターとして品格を問われるよ。」
「あんたがやっている商売がそんなに品格があるとは思えないけどな。」
俺たちは睨みあった。
彼は風俗や麻薬の元締めでは有名な話だ。ギルドマスターとして傭兵をやっている傍ら、それらを反対に牛耳る立場になった。
それらの収益はギルドをやっているのが嫌になるほど儲かっている。
それがこの国を腐敗させていく。
病院であった奴はこいつと裏取引をしているにちがいない。
「さて、どうしたのかね。君達はもう少し歩み寄ろうとしたらどうだい。」
「ふん。」
シトーは取り巻きを連れて、ギルドから出ていった。俺が打ちのめしたやつもその一人だったらしい。
「あの人とは関わらないほうがいい。」
「わかってるよ。エムス。」
彼もギルドマスターの一人。
彼は人望もあり、クリーンなイメージがある。
だから、大事な金庫番も任されている。
「はい。」
「これだけか。」
「いや、他の金は貯金と言うことにしたよ。額がすこしばかり大きいものでね。それよりも体は大丈夫なのか。髪の色が変わると言うのは聞いたことがないけどね。」
「そうか。体はまだだな。完治までは少し時間がかかる。」
「そうかい。最近はギルドも賑わってきた。よくない傾向だね。」
ギルドの大半は傭兵が主になっている。
その傭兵が儲かると言うのは大抵が戦争が起きたときしかない。
「まあ、まだ時間はあるのだろう。」
「正直なところ、わからないさ。突発的に起きることもあるからね。今の情報ではないと聞いてはいるが。」
「じゃあ、また連絡をくれ。」
「ああ。頼むから揉め事は起こさないでくれよ。」
「揉め事が俺に関わってくるんだ。あ、あと、テオドラという名前を聞いたことはないか。」
「いや、ないが。また、変なことにはなっていないだろうね。」
「大丈夫さ。」
俺はギルドを後にした。
さて、外が騒がしいな。
ギルドの近くで騒ぎを起こすとはなかなか度胸が…、うん?
「ちょっと放してよ。謝ったでしょ。」
「そういう言い方はないんじゃないかな。お嬢さん。」
俺は頭を抱えた。
これは見て見ぬふりはできまい。
「これは上玉だな。結構稼げるかもしれん。お前ら、好きにしろ。」
「シトーさん、ありがてえ。」
取り巻きの一人が言ったようだ。
「テディー。」
「どうした。ていうか、気配は消していたが。」
「事後承諾で頼む。エムスに宜しく。」
「分かった。」
俺は飛び蹴りを入れた。
盛大に吹き飛ぶ。人間が…。
「シトー、少しやり過ぎだな。」
俺はシトーを睨んだ。
端から取り巻きには強い奴なんていない。
所詮は一線から退いたギルドマスターだし、こいつは元々金銭的な問題を解決していただけだ。俺たちとは違う。
「俺は女を口説いていただけだ。レリク。」
「そうは見えなかったがな。それにこいつは知り合いでね。さすがに見逃せないよ。こういうやり方は。」
「俺は正当な主張をしていたがな。」
「見ていた限り、そうはいえないだろう。」
彼は手を振りかざした。
所詮は火だろう。
俺に敵うわけもない。
その火がこちらに向かってくる。
その時、俺の前に水が現れた。
それは、水の壁を作り、俺を守った。
「ナルミ、腕をあげたな。」
「これ以上はできないけどね。」
彼女はもしかしたら、自分でアクアを倒そうと考えていたのかもしれない。
だが、それが無理だと感じたのだろう。
情報収集に回り、常にアクアを監視し、そして、倒せる人間を探している。
「小賢しい。この女はなかなかやるようだな。」
「お前がギルドマスターとしての実力がないだけだ。戯け。営業はおとなしく営業だけをやればよかったんだ。それなのに変な商売にまで手を染めやがって、ギルドの面を汚すんじゃねえよ。」
「ふん。何をするにも金は必要だ。それを俺が担当している。やろうと思えば、お前には金がいかないようにもできる。」
「それは少し不味いな。シトー。」
「エムス。お前…。」
やはり、人望を得ている彼には勝てないか。
「レリク君。覚えているかね。ギルドマスターの3番目の公約を。」
なるほど。正攻法で攻めるか。
「誰に対しても公平でなくてはならない。」
「そうだ。君の今の態度はそれに違反している。」
「エムス。それは無理だろう。誰しも好意を持ったりすることもあるだろう。」
「それは承知だ。しかし、努めてそうしなくてはならないということだ。君は権力を盾にして様々な人を脅している。それはある程度は許されるかもしれないが、その時は異常事態のときだけだ。さて、君には分からないだろうが、ここには3人のギルドマスターがいる。」
「エムス、待てよ。冷静になれよ。」
「俺は冷静だ。戦争がいつ起きるかわからないこの状況で、金で動くような獣は必要ない。ここに我がギルドマスターのエムスの名において、シトーとレリクの決闘を承認する。場所は3日後、ギルドの広場にて行う。棄権場合はギルドマスターの権限を剥奪する。」
俺はナルミを抱いて、その場を後にした。
「勝てるの?」
「あんな小物に負けているようではアクアには勝てないさ。」
「そうだけど…。」
「お前の家はどこだ?」
「はあ?なんでレリクが来るわけ?」
「おそらく、シトーは俺とお前が知り合いだと分かって、わざと勝負を吹っ掛けた。」
俺たちは寂れた路地を歩いていた。
そこには大きな腹をしている子供や、必死に男を誘っている娼婦がいた。
後ろから誰かがついてくるのも分かる。
3日は彼女に護衛としてついておかなくてはならないだろう。
「あなたも大変ね。」
「組織で牙を剥き続けるのも楽じゃないさ。」
俺はそういったが、思考は違うところに向かっていた。
シトーも馬鹿ではない。あいつは少なくとも俺に真正面から向かってくるような猪ではない。
それにこのタイミングで決闘ということになるのが何か不自然だ。
どうやら、もうすでに駆け引きは始まっているらしい。
「どうしたの?」
「なんでもない。」
「そう。私の家はあの丘を越えたところ。」
「随分と遠くに住んでいるな。」
「病院にいたのはたまたまよ。近所のおじいさんが彼処に入院したから私が呼ばれたの。」
「近くにギルドがあるだろうに。」
「ギルドに頼むには金が必要でしょう?」
正直、そこは返答に困る。
本当に困っている人のために動くときもあるが、結局はシトーの言ったように金がなくては組織を運営することができない。
だから、必然的に富裕層にギルドの比重が大きくなってしまう。
「まあな。それにそのおじいさんは…。」
「ええ。亡くなったわ。老衰だからたいしたこともできなかったけどね。」
ギルドは成功の確率が極端に低かったり、無駄なこと等はしない。
「そうか。で、そこで少しの間、看病も兼ねてバイトしていたのか。」
「そう。何しろ歴史的犯罪者だから。住むところもないのよ。各地を転々としてきたわ。」
やはり、犯罪者の姉と言うだけでいろいろと問題があるのだろう。
都会ならともかく田舎であればあるほど、人間関係も密になってくる。
普通の人間ならまだしも普通ではない人は住みにくい。
「だから、恩は返しておかないとね。」
「ふむ。」
俺にはその苦しみは理解してやれない。
そもそも、ギルドはあまり国境は気にしないことが多い。
「もう大丈夫よ。下ろして。」
「ああ。」
「ついてきているのはあの男の手下?」
「だな。しつこい野郎だ。」
「だから、あなたも私の家にくるのね。」
「そういうことだ。あんなことがあった後だし、少しでも知った人間が行った方がいいだろう。」
「そう。」
俺たちは黙って歩き続けた。
「ここで少し待とうか?」
少し心配げに俺を見た。
「待ち伏せでもするの?」
「するわけがないだろう。第一、ここで殺しておけば早い話だ。」
「レリク…」
「お邪魔だったかな?」
「少し待ってろ。」
その男はやはり、朝、医者の格好をしていた男だった。
今は薄手の服を纏っている。
何かしら術がかかっているらしい。
俺は彼のほうに歩いて行った。
「やはりつながっていたのか?」
「それは君の創造に任せるよ、レリク君。」
彼は服の中から短剣を出した。
「珍しいな、今時に短剣とは…。」
「君みたいな鉄の槍も珍しいとは思うけどね。君は私のほうにつくような男ではなかったな。まあ、情報通りか。」
「じゃあ、なんで声をかけた?」
「それは前に話したはずだ。」
俺の前にすでに彼の姿があった。
俺は素早く、右へ避けた。
「これが病人の速度とは思えん。」
「ふん。」
俺は槍を手に持った。
「俺に戦いを挑んできた奴で俺に勝てた奴は1人もいない。」
俺は彼に向って、槍を突き出した。
「それぐらいの…」
彼の頬から血が出た。
「避けたと思っていたが、どうも変わった術を使うようだな。」
彼は透明になっていく。
この術は…。
反応から見て水系統には違いないが…。
「ここは引かせていただく。」
「そう簡単に逃がすかよ。」
俺は炎を出した。
それを手の上に凝縮させていく。
「フフ」
彼は笑っていた。
「くらえ!」
それは彼に当たると思った瞬間、
ボオオオオオオ
光が辺りを照らした。
「水蒸気爆発か…。逃がしてしまったようだ。」
どうも厄介な…。
そこにナルミが走ってきた。
「今、凄い爆発があったけど大丈夫?」
「ああ。お前、足は…。そうか、術で治したのか。」
俺はそういう感覚が抜けているので分からない。
「外傷はなさそうね。でも、その様子を見ていると楽観できる感じはしない。」
「そうだな。しかし、奴はもう襲いはしないだろう。」
あいつはシトーは捨て駒だと思っているだろう。
あんな奴ぐらいは帝国側にもいるはず。
「それにしてもお前も随分と成長したようだな。外傷をなおせるなんて。」
「それぐらいしかできないよ。あなたは違う意味で特別だから…。だから、アクアもあなたに気を許していたのよ。」
「まあ、いいさ。」
俺はナルミに連れられて家に入った。
家の中は最低限の物しか置いていないようだ。
木の物が多く、ある意味統一されている。
俺には少し物足りない気もするが…。
「まあ、座って。」
「ああ。」
俺は目の前にあったテーブルの椅子に腰を下ろした。
部屋の広さは10畳ぐらいか…。
「今まで、何があったの?」
「答えは分かっていると思うけどな…。」
すると、彼女は少し顔を顰めた。
「分かっていたけど…。その髪といい、その眼もおかしいね。」
眼のことは話していないはずだが、
「見えていないでしょ。その右目。」
「そうだが、よくわかったな。」
「昔、あなたは戦う相手の左側に回る癖があったからね。あなたのことだから、きっと確実に倒す方法を考えていたのだろうけど…。」
相変わらず、よく観察している。
「話は変わるが、アクアの情報は入ったか?」
彼女は少し思案顔になった。
「一応、情報は入ってきているのだけど…。」
「なんだ?」
彼女は渋るように言った。
「レリクは戦争に参加することになるでしょ。」
「それはギルドの返答によると思うが、十中八九参加することになりそうだ。」
「それでアクアがその戦争に加担するみたいなの。」
加担?あいつはそもそも単独行動しているはずだが…。
しかし、あのテオドラとかいった男…どうも気になる。
「どうしたの?」
ナルミが顔を近づけてくる。
「な、なんでもない。」
「ふ~ん…。何かに関わってないといいけどね。」
いや、関わることは少ないと思っているが…。
「さて、じゃあ、俺は行くよ。」
「ハア、どこに?」
スッゲ顰めったら…。
昔から怖いったらありゃしない。
「も、もう、シトーの奴らも来ないだろうし…。」
「来たらどうするの?」
「お、俺を呼んでさあ、」
「その間に何かあったとしても?」
正直、こういった修羅場にはあまり経験がないので何とも言い難い。
「分かったよ。おそらくは何もないと思うが、3日は君と一緒にいることにする。」
ナルミは顔を綻ばせた。
「ふふ、そんな困った顔をするところは昔と変わっていないわね。」
俺は顔をしかめて、そっぽを向いた。
しかし、それとは打って変わって、ナルミの表情は真剣になった。
「これはあくまで推測にしか過ぎないけど、私にしか知りえないこと。」
「アクアのことか?」
「ええ、少し前に分かったことなんだけど、彼女が何らかの力を得たとき、私にもそれが感知できるようになっているの。」
「感知?それは心と心のつながりではなくて?」
実際に兄弟や姉妹など、血縁に対してのみ使える術もあるというのは聞いている。
それはあくまでお互いが十分な能力を持っているからこそできることだと言える。
「それとはまた違うものだと思うの。彼女が何か変わったということを感じられるだけで私にはまったく変化はない。こちらから何かできるわけではないし…。」
ということは心変化に応じて彼女らの何かが通じている、もしくはアクアに対しての警告をナミネの体が感じ取っているということだろうか?
「しかし、どちらにしてもそれが正しいならば教えてもらうにはいいが、」
ナミネが遮るように言う。
「もしくはこっちからもということね。」
「ああ。」
ナミネの体が感じ取っているということはアクアもまた、同じように感じ取っていると考えておかしくはない。
「そうだとしても細部まで分からない以上、彼女もまたこっちの状況を把握できていないということになるでしょ。」
「まあ、そうなるな。」
そこまで深く考える必要もないか。
「でも、気をつけてね。彼女は前よりも強くなっていることは確か。」
「言われなくても分かっているさ。」
そのけた外れの強さは彼らが言っていた“宝石”なのだろうか。もし、そうだとしたら、アクアの体が無事なわけがない。
術の行使にはある程度のエネルギーが必要。
自分自身のエネルギー量を超えてしまったら、確実に死が訪れる。
「何か知っていそうだけど、聞かないわ。どうせ教えてくれないでしょうし。さてと、今日の夕飯は何にする?」
俺は少し頭が痛くなった。