第1章第5話
「ありえない。これはどういうことだ?」
ダンジョンが明るい。今までは松明を炊かなければ歩くことさえできなかったはずだ。いや、術の行使が感じられる。もしくは、何か考えているのか。
彼は洞窟の前に立っていた。
ドラゴンが言っていたことは間違いではなかったようだ。
しかし、此処まで来るのにモンスターさえも一匹もいなかった。
やばいかもしれない。
もし、ここら辺のモンスターをすべて使役しているとなると大変だ。
それにドラゴンが何も言ってこないことも気になる。
「しかし、行かなくてはいかないだろう。」
そういって、前に進んでいった。
洞窟は薄暗く、しかし、何か強い光がある。
そして、ところどころに苔が生えている。
人が余り行き来してはいないだろう。
まぁ、こんなところに来る奴なんかいないだろうし。
ダンジョン内が見える、それは確かにいいことだが今回ばかりは余り喜べない。
なぜなら探査も効果がないからだ。ゆえに何かがいるのかも分からない。それを加味したうえでもここでの戦いは探査を極める前の段階の戦い方になってくる。その戦いであれば、不意打ちに合う可能性が高い。
「俺も結構、修行を積んだんだが、それがいかに大したことないか…。」
それが分かってしまった。しかし、死ぬ前でよかったと肯定的にとらえなければ…。
レリクは少し足を滑らした。表面にはこけがついているようで、それが原因で滑っているらしい。だが、それが正しいというわけではないようだ。術の行使が制限されている以上、足が滑る原因となっているとも考えられる。
しかし、彼が足を滑らした要因は血ではなかったらしい。
モンスターの血は時によってウイルス感染が起こる可能性があるとの指摘がある。その症例があまりないので仕方ないのかもしれないが。ほとんどの冒険者はダンジョンから帰還する前に命がきえてしまうからだ。
その血を彼は躊躇なく燃やそうとした。
レリクが放った炎は簡単にそれを蒸発させた。
燃え尽きるまで彼はそれを慎重に見ていた。血ではなく、レリク自身が放った術の威力について確かめているようだ。
「少し火系統に片寄っている。」
レリクはそうつぶやいた。
普通は此処まで簡単には燃えないはず。レリクは今までの経験からそう結論付けた。しかし、彼はこのときには気づいてはいなかった。同化したドラゴンの影響に…。
彼は得たいの知れない物、いや、液体を避けながら、前へと進んでいく。光があるものの奥に進むにつれて光が少なくなっていると感じた。それがどのような理由かもわからないし、そもそも光っているところさえもわからないのだ。
その少なくなった光を頼りに登っていく。
「山登りかよ…。」
レリクは山のようなダンジョンには入ったことがなく、体力が無くなっているのを感じていた。モンスターの位置が把握できないため、モンスターを食べようと思っても接近するまでは分からない。
彼は近くにある石に腰かけた。
山登りというよりも崖を上っている感じがしてならない。
その崖に休憩所のように休めるスペースがあり、そこに腰を掛けている。
「そろそろ休まないと…。かれこれ3日も歩いた。」
此処の洞窟は思っていた通り、長い行程になりそうだ。
その瞬間、虫が彼の前を横切る。
そういったところをみると彼も安心ができるだった。
彼はその虫を掴み瞬時に掴み首を持ってねじた。
虫は動かなくなる。
この世界でいう虫は小さなもので人の腕ぐらいはある。体長は1メートルぐらいだろうか。この虫はお尻の先についている針から分泌される毒の部分を除けば、食べられることもできる。
レリクは腰から小さなサバイバルナイフを取りだし、そこの部分を器用に取り始めた。
本来ならこのような針や毒もギルドに売ることができるのだが、此処から持って帰るのが、面倒だと考えたのか彼はそれを向こうに放り投げた。それにレリクはギルドに好かれているのではないのだ。あくまで、能力があるからという理由でギルドに重用されているのだ。
頭を千切り、体液を口に流し込む。
ダンジョンでは重要なタンパク質だ。
彼の頭の中から声が聞こえた。
「君もそんなものを食べることができるんだ?」
「急になんですか?魔法の使いすぎといって休んでいたはずですが。」
少し怒った口調でいった。
さすがにここまで一人で案内もなしに来させるのはむしが良すぎるだろう。
どちらにしてもガス欠だったようなやつが直ぐに回復するとはとても思えない。それに媒体としているのは結局のところ、レリクでしかない。ドラゴン自身が休んだからと言って回復するわけでないのだ。
「そういう怒り方はモテないと思うよ。どちらにしても君に同化しているのだから、回復するのは当たり前だと思わない?」
ということは、俺から術エネルギーが奪われているということか…。それに俺が回復できなくてはドラゴンもすぐには回復することができないということだ。その転換してはこっちの事情も加味してほしい。
「俺の私生活には問題ないのか?」
「問題があったら困る。君とは今のところ運命共同体だから。少なくとも、君が弱くなるまではエネルギーはとらない。」
それもそうだ。俺が死んでしまってはドラゴンも死ぬことになる。それでは本末転倒だろう。
「しかし、一体何処に向かっているんだ?」
レリクはこのダンジョンがある目的について測り兼ねていた。もう少し、宝石なり武器の類が見つかればダンジョンの体裁があるのだが。それも今回は特に見つかっていない。ダンジョンにはこういった場合もあるのだが。
レリクは無造作に虫の死骸を投げ捨てた。
数回、死骸が砕ける音が聞こえ、その音は小さくなり、聞こえなくなった。
「まあ、この音が聴こえた通り、俺はかなり高くまで登った。しかし、あんたは俺に何も言ってこない。案内もない。索敵しても全く気配がない。少なくとも索敵の能力は普通の術師には負けないぐらいうまくできるはずだ。ギルドにはこの能力で入ることが出来た。」
そうだ。俺はギルドには入った年は12歳だった。
ギルドも流石にどこまでも自由であるとはいえない。
紛いなりにも組織なのだ。
一定の規則はある。それの一つが年齢であるというのも事実だ。
本当はこの能力ではなかったはずだが。
「そもそもギルドなんかの存在も知らない。君は私を倒したぐらいだから、強いというのはわかる。でも、ここでは浦島太郎状態に近い。まぁ、私も現代の事に関しては全く知らないからね。私も同じか。」
「浦島太郎?そんな人がいたのか?」
レリクはドラゴンの言っていることが半分も理解できなかった。
「こりゃあ、かなり年月に差が在りすぎる。もしかしたら、君にはこの壊れた世界をどうかできるかもと思っていたけど、現段階では情報不足。今の段階ではどうこできるレベルでないのかもしれないな。でも、彼に直接訊く意味はあるはず。」
レリクはこの言葉も理解ができなかった。壊れたというのは世界の何が壊れてしまったのだろう。もし、この世界が壊れているとするなら、以前は正常であったということになる。今の世界は異常なのか。
「壊れた世界というのがまた分からない。俺は辺境の地で育ったから、そのせいかもしれない。」
レリクは素直に可能性があることを言った。彼はあくまで辺境の地で生まれ、育ったのだ。そう考えると世間に疎くなってしまうのも仕方ないように思える。
「それにしても程度が悪すぎる。」
ドラゴンはそう言って、レリクを否定した。
このままだと話が拗れそうなので、俺は本来の目標に会話を戻した。
「まあ、いい。とにかく、あんたには命を助けてもらった。あんたの倒して欲しいと言った人間は此処の上にいるのか?」
「そう。いる。上って言うか、その近くにある階段を登るといるよ。」
レリクは驚いて言葉が出なかった。
彼はすぐに後ろを振り返る。
確かに人が登れるような階段が用意されていた。
彼処には何もなかったはずだ。あくまで、休息がとれる場所であったはず。その先には壁があり何もなかった。
彼は通路の壁を触った。まるで術を使った形跡がない。術を使った形跡はどこかに残っている。
どうして、ここまでの事ができるのだろうか。
短時間、いや、人に気がつかれないようにやれるようなことではない。しかも、レリクは一人で物音一つしなかった。
「君はめでたいとしかいいようがないね。仮にも私のようなものを使役する人だ。この程度はできると考えてもおかしくないのでは。」
ドラゴンは嫌みのように言ってくる。確かにその通りではあるのだが。
ということは俺がこのダンジョンに足を踏み入れたときから、相手はレリクを殺そうとしたら、簡単に出来たことになる。
彼は背中に嫌な汗が出ているのを感じた。
「そんなに難しく考えなくても良くない?結局のところ、君は後悔というものばかりに囚われて生きているのだから…。」
レリクは黙って階段を登ることにした。
「全く君も頑固だね。」
彼は階段を登っている。この階段はレリクの歩幅に合わせているのだろう、恐ろしいぐらいに登りやすい。今までの雰囲気とは変わり、ダンジョンというよりはどこか別荘の印象を受ける。壁は岩が凸凹した自然的なものではなく、階段の幅に合わせてきれいに削りとられている。
明かりも先程に比べて、幾分か明るくなってきているようだ。それは術師との距離が縮まってきている証拠だろう。術の行使が近ければ近いほどその能力は現れる。
本当ならあり得ない。そう考えるのが普通だろう。
いや、普通じゃない彼が言ったとしてもバカにされるのが落ちだ。しかし、この状況を見る限り疑う余地はない。むしろ認めるべきなのだろう。
レリクがふと顔を上げると、階段の終わりが見え、部屋みたいにドアがあった。それはもちろん、石扉だったが…。
「さて、悪魔かそれとも神か…。」
彼はそう呟いた。
深呼吸をした。
「だから、人間だって。」
ドラゴンのお前が言えた口か。
彼は思わずそう思って、重すぎる石扉を開けた。
「やあ、歓迎するよ。900年ぶりぐらいのお客さんかな。」
部屋の間取りは1部屋があるだけのようだ。そもそも人が来れるような場所ではないのだが、それにしても…
家具や台所、寝袋やベッドの類いのものもない。
彼だろう、男が座っている木製の椅子と、建物の窓と同じような物質の黒い机、そして本棚だった。要するに生活感がまるでない。
彼の後ろには沢山の本が綺麗に置かれている。
研究家、冒険家だろうか。推測をしてみるが容易に答えが出るものでもない。しかもその本のタイトルに見覚えのあるタイトルがないことも気になる。
しかし、彼の隣に置かれている槍がそれを裏切っていた。
レリクは剣を扱って日が浅くはないが、特別に長いというわけではない。騎士の家系ではあったが、レリクの父親は強制してまでレリクに剣を教えようとはしなかった。それに騎士では槍が使われる。
彼の持っている剣の質は鋭利なものというよりは頑丈な剣、大剣という部類に入る。
「まあ、いろいろ思うこともあるかもしれないが、こちらにきてくれないか?」
正直、それは困る。
あの槍は2メートルはあるだろう…。迂闊に彼の間合いに入りたくはない。
槍の鉱物はなんだろうか。レリクは見たことがないものだった。
「それはできないな。あんたは只者じゃない。」
「一応、私も君と同じ人の筈だがね。さて、本題に入ろう。」
そういうと彼は槍の前に歩いていった。
天井は思ったよりも高いらしい。部屋が無駄に横に長いのは槍が使いやすくするためだろう。
「君の世界は過ごしやすいかな?」
ドラゴンとのやり取りに似ている部分があるとレリクは感じた。
この会話の趣旨が見えないのだ。
「それはどういう意味か分からない。」
「いや、単純に生活の話をしているだけだけど…。どう言えば、伝わるかね。う~ん…。」
随分と深く考え込んでいるようだ。頭に手を当て、首を捻っている。
彼は900年生きているとは考えにくいほど、若々しい。
皺はあるが、せいぜい外見上では40代後半だ。
本当に900年も生きていたのだろうか。
「では質問を変えるとしよう。世界情勢はどうかな。もうそろそろひとつになったろう。」
「なるわけがないだろう。実際にあんたたちも見てきたんじゃないか?人間の大多数はそのときの欲望を求めるものだ。政治なんてそれが顕著に現れている。最近では緊張状態が続いている。国の国境近くで金山が発見された。勿論はじめは戦争する来なんてなかったと思いたい。しかし、その金山を調べるにあたって、問題が生じた。それは山の麓にも国境がある。当然、研究家たちは普通に調べているだけだった。国境なんてものよりも金山がどの程度のものか、そして金を採取するにはどのような方法が効率か。彼らはそのようなことを調べていると知らず知らずのうちに国境を越えてしまった。普通は国境警備隊が常駐しているが、麓は樹海となっていたために常駐するのが難しい。だから、彼らは近くの町から時々、警備をして回った。もう後は分かるよな。」
彼は肩を下げ、困った顔をしていた。
「研究家たちと警備隊が運が悪く出くわしてしまった。本来なら条約が締結されていたが、それを伝えられていなかった。そして、研究家たちを殺害してしまった。それに拍車をかけるように同じような事件が反対側にも起きてしまった。それから、そこには常に争いが絶えなくなってしまった。問題だったのはその金山が価値があったということだな。紛争は結局、憎しみや復讐心を煽ってしまい、気がついたら戦争になった。」
俺は正直に言った。
「あんたが過去になにがあったか知らないが、人間というのはそういう生き物だと思う。それは歴史が証明している。」
彼は少し考え事をしながら、槍をとった。その動作に隙はない。
頭を横に数回振った。表情からして残念に思っているのだろうか。
「結局、変わることはなかったようだな。これから一つにならなくてはいけないときに…。すまないな。少し話を聞かせてもらった。それで、こちらの用件は以上だが、君はなにかあるかい?」
「あんたは何者だ?」
「簡潔だね。私はこれでも王だ。」
王…。どういうことだろうか。彼が言っていることが本当であれば、ここにとどまっているようでは国が成り立たないだろうし、そもそも国を通った記憶はないが。
「困惑しているのはよく分かる。しかし、事実なんだから仕方ない。だがね、これは不味いことになりそうだ。君はここに来ている意味はなんとなくわかる。ドラゴンを倒したようだね。」
「なぜだ。俺はまだ何も言っていない。」
「まあ、殺気がすごいからね。もう少し押さえる練習をした方がいい。それに人間とは思えない力が宿っているのが分かる。少し私は特殊なのだよ。」
そう言うと彼は槍を手に取り、構えた。
見た感じからその動きには無駄がなく、経験が豊富なのがうかがえる。この場で戦いたくはない。彼のほうが有利になる可能性がある。もし、彼がこのダンジョンを動かしているのであれば。
「君は勘違いしているよ。」
その言葉に合わせて俺は腰の剣を取った。それを両手で持ち正眼で構える。
「何をだ?」
彼は笑顔を浮かべて、言った。
「君の方が天才の域に入っている。」
俺は彼のいっていることが分からない。しかし、最近分からないことが多いのが気のせいだろうか。ドラゴンの影響からか。
「さて、試させてもらうよ。君が本当に僕らが思っているような人だろうか。これは君に対する希望かもしれないな。いや、君も事情があるか。」
そういって彼は俺の目の前に入っていた。はずだが、すでに目の前に彼の姿があった。
とっさに、俺は剣の鞘で槍を受けた。
鞘が軋むのが分かった。
しかも、尋常ではない圧力が鞘に掛かった。速度による負荷もかかっているのだろう。
レリクはその瞬間に後ろに飛んで、その衝撃を減らした。
思ったよりも扉に近かったらしく、背中がぶつかったようだ。
その衝撃で体が一瞬硬直した。
「ッ」
言葉にならないほどの衝撃がきた。
彼は咄嗟に鞘を見た。
軽く横に線が入っている。
折れてはおらず、ヒビだけで済んだようだ。
「油断は禁物だよ。」
彼は笑いながらそう言った。
笑いながら走ってくるので悪寒を感じた。
レリクはすぐに応戦できるような体勢をとった。
さっきの攻撃は彼にとっては軽い挨拶のつもりだったのかもしれない。
すると、目の前が急にぼやけてきた。
幻術の類いの術かとも思ったが、効果が来るのが遅い。
それに彼の力は感じられない。
そう考えると…。
「済まないが、邪魔をさせてもらう。」
それはドラゴンの声だった。
レリクは白い空間に立っていた。さっきの部屋はきえていはいないだろう。
彼がどこか、いや、幻術か何かに掛けられていると思った方がいい。
しかし、その場合、彼の現実の身体は無防備な状態になる。
早く此処から脱出しなくては…。
レリクは体にエネルギーを溜めた。
幻術は大抵、木系統の術で臭いを嗅がせて、嵌めるというのが常套手段だ。
系統にも優劣があり、火は木に強い。
「待て。」
そう言ったのは先程の王と名乗った男だった。
「私もここに呼ばれている。君の生命の危険はない。」
それは彼の言う通りだ。
だが、レリクが此処から先に出てしまえば、
「そんなに簡単にはいかないよ。レリク君。」
彼は振り返った。
名前を言ったつもりはない。
「あんたは?」
少し上ずった声になってしまう。
「そこら辺は年齢と然程変わりないね。」
そこには長身の男が立っていた。
頬は少し痩けており、あまり武術が得意そうには見えない。
しかも、髪が以上に長く、後ろで結んでいる。
怠け者と言われる類いの人間に見えなくもない。
「私は一応、彼の補佐をしていたよ。」
「補佐?」
そういうと彼は王と名乗った男の方に歩いていった。
「さて、君が見込んだと思っていたレリクだっけ。」
「そうね。あってるよ。」
レリクのことはそっちのけで話が進んでいく。
「やれるとは到底思えないのだが…。」
「いや、状況が変わった。おそらく、あの宝石が動き出した。」
自称 王は顔が険悪になっていた。
「本当か、全く気配が感じられなかったが…。」
「かなりの魔法使いか何かだろうね。今は全く感じられない。私たちで魔法をかけたはずだったが、うまくいかなかったらしい。」
「それはしょうがない。もう900年以上前のことだ。発動しなかったとしても…、それよりも誰が何の目的で持ち出したかが気になる。」
「それを握っているのが彼なんだ。」
二人は一斉にレリクを見た。
「彼は健全そうに見える。何より、兆候も何もない。」
「まあ、落ち着けよ。彼ではなくて、おそらく知り合い…、幼馴染みといったほうがいいと思う。彼はそのためにおかしいぐらいの技術を身に付けている。」
「そうか。そういうことなら。しかしな…、彼の能力だと心許ないのだが。」
「もう彼以上の逸材はいないだろうよ。900年も待ったし、今さらこんな辺境の地に足を踏み入れるような馬鹿はいないはずだ。」
レリクは既に彼らに向かっていった。
しかし、彼らは冷静だった。
「少々頭に血が登りやすいな。」
「多目に見ろよ。そこぐらい。」
レリクは拳をドラゴンに放った。
これ以上、過去の話をされては困る。
しかし、彼の拳は空を切った。
背中からレリクの心臓に向かって振動があった。
普通なら逃げる筈だが、彼は前にいる、王によって牽制された。
「此処は俺が使っている幻術だ。君の能力がいかに高かろうとそれは無意味だ。」
王も前に出て言う。
「別に君を殺そうと言う訳ではない。話がしたいだけだ。それとも、私たちと一戦交えるか。まあ、どっちが勝つかは明白だが。」
彼は挑戦的な目線を向けてきた。
相手が絶対に勝てることはない筈。しかし、レリクはそれよりも彼らが言っている事が気になっていた。
「まあ、座れ。ドラゴンもやめろ。無駄に体力を使うな。」
そういうなり彼は座っていた。
ドラゴンも手を引いた。
「ふむ。」
ドラゴンは一瞬で王のもとに移った。そして、横に座る。
レリクも彼らに続いて、腰を下ろした。
彼の声は落ち着いたものだった。
「さて、自己紹介から始めよう。私はヒスイ・ショウという。そして、彼はドラゴン。」
「俺はレリク。」
「まずはどこからかな?そうか、君のお友達を聞きたいな。名前は?」
もう隠しても無駄なようだ。
「アクアだ。」
「ふむ、此の件に関してはある宝石が関係している。」
「宝石?」
隣に居たドラゴンが口を開いた。
「そうだ。アクアはその宝石によって操られていると考えた方がいい。」
「操る?それは一体どういうことだ。」
ショウが割って入った。
「少し長くなるが、聞いてくれるかい?」
彼の話は酷く惨い物語だった。
「結局はあんたらが巻いた種か。」
「そういうことだ。私たちではもう壊すことができない。そう確信して、この時を待っていた。」
俺は少し考えていた。
「じゃあ、その宝石を壊してしまえば…。」
「世界はもう変わりつつある。それを取りあえずは止めてほしい。」
世界、何が変わっているのか。
「持ちすぎたのだよ。人間は力を…。」
「君みたいな純粋なものは少ない。だからこそ、私たちのように暴走をしてしまう。」
二人が言っていることの半分も理解することはできない。
「君には力を授けよう。」
俺の廻りは急に暗くなった。
~テディー視点~
まだ帰ってこないのか。
あいつはそんなに柔ではなかったと思うが。
「どうしたんですか?そんなに心配したところで結果は見えています。」
ロイがアイスクリームを口に運ぶ。こいつみたいな御守りをどうして俺がしなくてはならないのだと思う。俺は確かにベテランだが、こんな任務に新人を連れていくのは気が引ける。
「結果か、それはどっちだ。」
驚いた顔でこっちを見る。
「レリクさんが死んだということですよ。」
さも、当たり前のように言ってくる。
流石に期待のルーキーが二人も入ったことでギルドも浮かれていたが、今回のモンスター討伐で多数の犠牲者を出したことでそれも静まっている。
しかし、こいつがその一人だとはどうしても思えない。
レリクの存在が大きいからなんかもしれない。
あいつは史上最年少でギルドマスターになった。
歳があまりにも若いことでギルドの上層部も揉めたが、彼の数々の経歴から無視することはできなかった。
それが、彼にとっては足枷になっている。
今回の任務は一人でやれるような任務ではなかったが、彼に対しての任務はギャングの討伐任務。それなら、一人で出来るだろうし、彼が愛想を尽かすか、もしくは死ぬことを前提としていたのかもしれない。彼の態度は確かに好まれたものではないが、ギルドは任務の遂行が何よりの重要事項だ。
それを無視し、排除しようとする上層部はおかしい。
「ロイ、お前も弁えろ。あいつは先輩であり、ギルドマスターだ。俺らとは違い、ある程度の権限も与えられている。」
「まあ、そうなんでしょうが、あまりいい噂を聞きませんね。レリクさんについては…。」
実際にそうなのかもしれないが…。
「まあ、いい。いずれお前にもわかる。」
「はい?」
「あいつは天才だ。」
少しずつ物が動いているのが分かった。
次第に、こっちにも振動が伝わってくる。
「地震か…。」
ロイにも経験があるのか慌てていない。
「此の地域ではあまり地震は起きないはずですが…。」
「おい、見ろ。」
客の一人が外を指差している。
大量の隕石が落ちていくのが分かった。肉眼で見えるぐらいに大きな隕石ならば、このぐらいの振動は当たり前だ。
それに合わせて土が盛り上がっていくのが分かった。
これは術なのだろうか。
「あんなところに山があったのか?」
「ここに住んでいて一回も見たことがないぞ。」
これは異常事態だ。
レリクの言いつけ通りここで待っていたが、これでは俺たちもいかなくてはならない。
それに住民たちの言っていることも気になる。
早急に調べた方が良さそうだ。
「いくぞ。ロイ。」
彼は顔を引き締め、頷いた。
この状況は流石に理解できるか。
俺たちは直ぐに準備を進めることにした。
先程の地震は何だったのか?
「済まないが、砂漠に行くことにした。準備をお願いしたい。」
名前はテディーといったはず。しかし、彼はここで待つようにあの少年から手紙で指示されたと聞いていた。
「ここで待つのでは?」
「状況は常に変わる。」
彼のとなりにいるのは新人だろうか?
かなり幼く見える。
「しかし、少し待ってみては?今は夜ですし、値段も高くつきますよ。」
営業時間外に準備をすることもあるが、その分高くなってしまう。
「それでも構わない。だが、馬を2頭ではなく3頭にしてもらいたい。」
彼にもなにか理由があるのだろう。私は直ぐに電話をかけた。
「それにしても暑いですね。」
「ああ、そうだな。」
この砂漠に来てもう3日もたつ。
この行程をあいつは一人で行ったのか。
「テディーさん、あまり言いたくはありませんが、レリクさんの生存率は低いですよ。」
確かに二人でも苦戦している砂漠に一人で行くのには無理がある。
それにモンスターの数が思ったよりも多い。
「そう言うな。ギルドの任務遂行のために確認はしなくてはならない。」
「それは当然ですが、しかし、ギルドマスターが3人も殉職なんて前代未聞ですよ。ギルドの信頼が失墜しかねません。」
「まだ、二人かもしれん。」
俺はそう言い聞かせた。
そう、初めてあいつに会ったときのことを思い出しながら。
すると、目の前に何かが見えてきた。
「テディーさん。」
「生きてはいないようだ。しかし、油断はできん。」
俺は馬を走らせた。
「これはまた凄いですね。」
「ああ。大きさがな。」
その蛇は少し体が腐敗し、砂漠特有の蝿が集っている。
頭を切り落としたのか。
相変わらず凄い力だ。
「レリクさん、生きてそうですね。」
「そうだな。しかし…。」
「気になりますね。」
「ああ。」
どうして、山が崩れ、その前の何かが無くなったのか。それが不可解だ。
もし、土砂に埋まったりしていたら、助かりはしないだろう。
「先を急ぎましょうか。」
そうだ。彼の言う通り。
やれることは一つだけだ。
だが、何かが前から来ているのがわかる。
「あれはまさか…。」
「生きていたな。」
俺たちは走った。