第5話
一先に竜のもとに向かったのはテディーだった。彼はダガーを両手に持っており、直接攻撃をするらしい。普通のダガーでは竜に傷すら負わせることはできないが、雷の属性を付与することで殺傷力が増している。ラスはショートソードを片手に持ち、雷属性での術の行使を行うようだ。
なぜ、彼らが短い武器を使うかというと、ダンジョンであることが大きい。このフロアは大きく問題はないが、普通のダンジョンでは通路が狭く、長い武器が使いにくい場面がある。そのために冒険者は短剣などの訓練を欠かすことはない。しかし俺はまだ槍すらまともに使うことができないため、槍の訓練を行っている。今の課題は武器よりも術のことなので、短剣を準備する必要がなかったのだ。本当の強い人間で
ソフィーは短剣を片手にとり、竜とはかなり距離をとっている。水属性が得意な彼女はメンバーの中で傷の回復に長けている。
テディーが攻撃を仕掛けてはいるが、固い鱗に阻まれている。雷属性も付与しているので、多少属性竜には効いている。それは霧雨のおかげだろう。尾を振るタイミングを見越して、いったん距離を置き、その間でラスが雷属性の術を放つ。ラスの攻撃が聞いている間にテディーをソフィーが回復させる。こういった攻撃連携で進めているが、これではじり貧だろう。竜もさすがに2人を相手にするのは難しいらしい。俺はかえって足手まといになるため、攻撃には参加していない。
「クレオール、今のうちにエネルギーを溜めておきなさい。あの状態もいつまでも持つものではないわよ。」
「分かっているが、あんな大きなモンスターどうにかできるものなのか?」
「そういう問題ではないでしょう?すぐにでも始めなさい。私のことはいいからすぐに始めなさい。」
俺は距離を置き術エネルギーを溜める。うまくいくかどうかは分からないだが、自分の最大限のエネルギーを込める。
「溜まった。」
その掛け声をかける。ソフィーはその声を聞きテディーとラスに合図を送る。それに合わせてテディーとラスが行動を開始する。
「ソフィー、一旦、回復をとめてくれ。竜に水をかける用意を。ラスは俺と一緒に突っ込む。クレオールは俺たちから距離をおいてついてこい。合図を間違えるなよ。」
そういうとすぐにラスとテディーは走り出す。俺は少し間をおいて走り出す。テディーはすぐに俺の方を見返した。
「クレオール、気を付けて。」
ソフィーの声が聞こえた。俺は額に汗を浮かべながら竜に近づいていく。テディーとラスが身体強化を使っているのか普通のスピードではない。しかし、術のエネルギーをためておくのもかなり難しく集中力が必要だった。二人が縦横無尽にかける中、俺はモンスターのプレッシャーに圧倒されていた。2人が引いたら俺はあっと言う間に殺されるだろう。ラスは傭兵の経験があるからか俺なんかよりも場慣れしている。
「クレオール、分かっているだろうが、このままではじり貧だ。幼竜であっても相性によっては死ぬこともある。お前だけじゃない。ラスも怖いはずだ。」
テディーは汗をかきながら俺に話しかけていた。彼が必死に俺に話をしているときでも全く足を止めることなく竜と戦っていた。ラスも俺には話かけないが、大量の汗をかき竜と対峙している。
「クレオールさん、申し訳ありませんが、このままでは私たちはすぐに倒れてしまいます。ギルドからあなたの話を聞いています。少しでも抑えることができたなら、テディーさんが竜を倒すことができるでしょう。」
ラスの言葉を聞き、俺は震える足を拳でたたき、震えを抑えた。少し傷むが、全く動くことができないよりはいい。クレオールに道を開けるように2人は攻撃を仕掛けている。いくら動くが鈍くなっているとはいえ陽動は必要だ。クレオールに目が向いた瞬間に作戦を変えなくてはいけないからだ。
テディーが叫ぶ。
「クレオール、覚悟を決めろ。」
テディーは俺の隣に移動する。
「ソフィーが攻撃を仕掛ける。その時に俺とラスが雷の攻撃を当てる。そうすれば、一瞬だけ時間ができる。その間に術を仕掛けろ。」
俺はその言葉に気づく。俺が動きを封じない限り終わることはないのだ。その瞬間に属性竜に水弾が当たる。大きさは直径50センチほどだが、量は30を超える。これで属性竜は全身が水で濡れる。属性竜は水が目に入ったらしく、目を翼でこすっている。その間に素早くラスとテディーが雷の術を放つ。
属性竜は咆哮をあげたが、目を開けることはできす、そして全身を動かすことはできない。
「やれ、クレオール。」
俺は術を放った。その瞬間に俺の意識が途切れた。
クレオールの放った術は効果がないように思えたが、続々と属性竜の周りから木が生えてくる。それは瞬く間に大きくなり、2つの木が翼を巻き込みダンジョンを突き抜ける。両足には根が絡まり幾重にも重なっている。俺とラスは落ちてくる石を避けながら、ソフィーの場所に駆け寄った。
「テディーさん、大丈夫?」
「大丈夫だ。なんとかな。」
テディーはすぐに回りをみた。以前のダンジョンとは思えないほど木が生い茂り、マラリスの石もボロボロになっているようだ。前にみたときとは大幅に違う。明らかに意志を持った攻撃だが、かなり広範囲に広げすぎだ。味方を攻撃しては意味がない。
竜は木を押しのけようとする。頑丈に作った術ではあるが耐久性は高いものの素材が木なために火には弱い。それを見越してか、竜は炎を口から放とうとしている。竜というのは特別な生き物で属性竜にかかわらず炎を吐くことはできるようだ。
枝は意志を持ったように枝を伸ばし竜の首に巻きつくようにする。それにその枝を合わせて各関節にも巻き付けるようにした。
テディーが感心したように言う。
「ここまで固定すればすぐに動きだすことはあるまい。しかし、枝が個体となって相手を阻害すると言うのは聞いたことがないな。」
「ええ、そうですね。」
呼吸が荒いラスはなんとか答える。後ろからソフィーが手を添える。
「ひどい傷ね。さすがに時間がかかるよ。」
ソフィーは傷を治しながら言った。ラスは傷が癒えるのを感じながらテディーに向かって言う。
「しかし、これを倒すとなると僕らだけではさすがに…。」
ラスが悔しそうに言う。ここまで確実に善戦してきたが決定的なダメージを与えることができないために動きを封じる方法を取ったのだ。
ソフィーも悔しそうに言う。
「私なら決定力を持つべきなんでしょうけど、技術も術エネルギーも不足しているから何もできないわ。」
ソフィーは水系統が得意なため、有効打を与えることができるはずだが、属性竜が相手だと防御力が高すぎ、ダメージを与えるのは難しい。
「それよりもクレオールはどうした?」
テディーが回りを見渡す。竜のそばにはクレオールが横たわっている。
「くそ!」
テディーが走り出す。それと同時に竜が動き出すが、木に絡めとられ動くことができない。その間にテディーが身体強化を使い、クレオールを運び出す。
「ソフィー、すまないがクレオールを治療してくれ。」
「はい。」
「ラスはどれくらい力を残している?」
「正直、苦しいです。さすがに竜を倒すとなると難しいかと…。」
テディーはすぐに指示を出したが、現状、有効な手段はない。
「そうか。クレオールの術がどの程度持つものかによるな。術が長時間続くようなら撤退も視野に入れれる。竜も負ける可能性のある人間に勝負を挑むことはない。」
ソフィーはクレオールに傷の治療をしていたが、それ以上に術の使いすぎによる倦怠感が強いように思う。やがて、クレオールが目を覚ます。
「大丈夫?」
「ああ大丈夫だ。」
クレオールは強気でいっているだけだろう。疲労が顔に出ている。起き上がりもしたが、動きは鈍い。
テディーはクレオールがこれ以上戦うのは無理だと判断した。
「ここは撤退することにしよう。」
ラスは悩ましげに竜を見ていた。竜が動く度に枝が太く、そしてさらに絡まっていく。
テディーはずっと竜を見ていたがそれ以上に暴れることはなかった。
「クレオールが目を覚ましたわ。」
クレオールがゆっくりと体を起こす。瞼も少し開けているだけそのまま寝てしまいそうな感じも受ける。術エネルギーの枯渇状態特有の状態だ。
「これではさすがに竜を倒すのは難しいですね。」
「ああ、そうだな。ラスはクレオールを背負ってくれ。ここから撤退をしよう。」
「格好をつけても逃げることに間違いないですけどね。」
ソフィーは黙ってクレオールの治療を続けていた。竜は現在も抵抗を続けている。テディーは目を細めて竜をみた。
「体内にエネルギーを溜めている。派手な動きばかりに気をとられていたが、このままでは…。不味いぞ。伏せろ。」
竜の回りの木々が吹き飛び、回りの石も破壊していく。4人は爆風で壁に叩きつけられる。
テディーはなんとか意識を保ち、竜を見ていた。しかし、2人は立ち上がる気配はない。クレオールが少し顔を持ち上げただけだった。しかし、クレオールの動きにさっきのような緩慢な動きではなく、しっかりした足取りで立ち上がった。
「クレオール、お前大丈夫なのか?」
テディーの言葉にも一切反応を見せない。クレオールは散歩にいく足取りで竜に歩いていく。その現象をテディーは一度だけみたことがあった。テディーは背中の傷がうずくの感じた。それに違和感を感じたテディーはすぐにソフィーとラスに弱い電流を流す。
2人は同時に目を開ける。
「2人とも早くを目を覚ませ。クレオールに暴走の兆候が見える。」
2人は苦痛の顔をしながらも立ち上がった。テディーは2人のそばに駆け寄った。ソフィーは肋骨を負傷している。ラスは足の骨に皹でも入ったのか足がおかしい。
「いてて、どうしてその兆候だとわかるのですか?」
「以前のメンバーで同様の暴走を見ている。あのときも誰の話にも反応することもなく、肉体だけが生きているようにも思えた。今のクレオールにも同じだろうな。俺の話にも見向きもしない。しかし、あのときとは違う。クレオールはかなり能力値の高い人間だ。今後の予想がつかない。俺の手に負えないようだったら、お前たちはすぐに逃げるんだ。」
ソフィーが言う。
「クレオールは私の家族よ。そのままにしておけるわけがないでしょう?」
「そんな生易しいことじゃないぞ、ソフィー。あいつはただ破壊本能にしたがって動いているだけだ。お前のことなんか認識できちゃいない。竜をどうするのか分からないが、とりあえずあの竜も危険だな。普通の術で身動きすらできなくなったんだ。暴走しているあいつに勝てるわけがない。」
ラスはクレオールを観察していた。
「テディーさん、なにかやるみだいですね。」
クレオールは竜に向けて手のひらをかざしている。竜はその間も咆哮をあげているがクレオールが気にすることはない。クレオールには聞こえないように小声でテディーが話す。
「ソフィーは訓練場での出来事を知っているかもしれないが、クレオールの術は異質だ。ラスは知らないだろうが、あの訓練場よりも危ないことがあるかもしれん。少し距離を取るぞ。少なくとも、あいつは雷に通じていないから時間稼ぎはできる。しかし、竜よりも自分達の仲間の方が危険と言うのは滑稽な話だ。」
ラスはおそらくわかっていないが、危険な状態になりつつあるのは肌で感じるらしい。ソフィーは神妙に頷く。
「無事にかえって来てほしいけど、今の様子じゃ難しそうね。」
ソフィーもクレオールの顔を見てわかったらしい。クレオールの性格は慎重のはずで竜に軽々しく近づくような感じではなかった。ソフィーはすぐに反応しようと身構えていた。テディーは反対に腕組みをしながら観察している。ラスはすでに地面に腰を下ろしていた。
「2人とも何をしているの?クレオールを止めるために術を練らないと。」
テディーは落ち着いていた。クレオールが何をするのか見守る義務もあるが、そもそも竜も倒さなくてはいけない状況でもあるのだから、例え暴走状態とはいえ攻撃対象の2つが戦って勝手に体力を減らしてくれるのであれば楽だ。
「できればクレオールさんには勝ってもらいたいですけどね。しかし、こうも竜のエネルギーが減るとは思いませんでしたが、いてて。」
「ラス、動かないでよ。私も怪我していて動きにくいのだから、それよりも2人ともクレオールのことをよく見ておいてね。さすがに私は治療に集中しないといけないから。」
ソフィーはすでに治療を始めていた。それを見たテディーは感心していた。戦場では柔軟に対応することが求められる。素養ではテディーを上回るほどの才能を持っているかもしれない。
クレオールの手からはゼリー状の液体が飛び出し、竜の体に飛び散っていた。竜はそれをものともせずクレオールに飛びかかるが木を振りほどくために使った術の影響か動きは先程よりも遅い。
「それにしてもあの液体はなにでしょうかね?」
「分からないな。ただ、徐々に液体が大きくなっているのも気になるが、それ以上に時々、クレオールに向かって彼自身に吸収されているのも気になる。」
クレオールには動いているわりに疲労が表情に浮かんでいない。クレオールに吸収されているのか。もし、そうだとしたら、この場所にいるのは少々危険か…、いや、あの液体に触れなければ大丈夫か。
「文献に載っているような術ですね。速効性はないようですが、こちらが危険な時、もしくは相手をじわじわと追い込むのに適しています。」
「そうだな。しかし、あの術を見るには竜に勝つ見込みがなさそうだ。万全な状態で俺たちは暴走するクレオールと戦わなくてはいけないようだ。かなり、厄介だな。人間と言うところがまだ救いだが…。」
ソフィーは俺たちに向けて言った。
「傷の治療は終えた。けど、さすがに骨折までは直せないわ。さてクレオールは止まりそうもないわね。」
ソフィーは首元からなにかを取り出す。テディーはそのマラリスに覚えはなかった。
「どうしたんだ?そのマラリスは。マーサにでももらったか?」
「ええ、クレオールが暴走する際に備えて…。」
テディーはその言葉を聞いて驚いた。
「おいおい、じゃあ、マーサはクレオールが暴走する可能性も含めてそのマラリスを渡していたのか?あり得ないな。あいつがそこまで予想をしていたのにギルドには報告がなかったぞ。」
ソフィーはテディーの言葉に驚いていた。テディーが強いことは知っていたがマーサがそこまで強いとは思ってもいなかったのだ。
「まあ、そんなことはどうでもいいでしょう。ともかく、クレオールを何とかするのが俺たちの役目でしょう。」
ラスは竜と戦っているクレオールを見ていた。