第4話
ダンジョンに入る前にテディーを中心に座り話をすることにした。さすがに連携もなく戦闘になることだけは避けたい。それでも今回は不測の事態が考えられる。テディーは少し考えながら言葉を選んでいるようだ。
「ちょっと、暗い話が多かったな。さて、では注意事項を説明しよう。あそこのベンチが空いているな。少し話をするにはちょうどいい。移動しよう。さすがにダンジョンの前で話をしていてさっさと引き上げてしまったら不味いからな。」
それもそうだとクレオールは思った。みんなでベンチに移動をする。しかし、ラスだけは俺を見ているように思う。いや、目を見ているのか。彼はいったい何を見ているのだろうか。
座った瞬間にソフィーがテディーに話しかける。
「ギルドに入ってからどれくらい危ない目にあった?」
「それは数え切れないほどあるが、レリクと一緒にいたころは結構危ない目にあっていたような気がする。あいつにはいろいろ惹きつける力もあったが、同時に厄介ごとが舞い込んでくることもあった。あいつの気性も関係しているとは思うがな。年をとってから奴は丸くなったが、昔はひどく愛想がなくてな。しかし、それ以上に口より行動で示した。あいつが解決した事件は100はくだらない。」
ソフィーはそれを聞いて神妙な顔つきになる。今の話のどこかで気になる点があったのだろうか。それにしても100もの事件を解決するということになるとかなり強引なものもあるだろう。それを坦々とこなしていくのは正直怖い。
ラスも今の話を聞いて顔をしかめる。
「ラスには快い話ではなかったな。だがな、あいつはみんなが言うほどには悪くなかったということだけは伝えておく。ギルドの意向で彼は重荷になるような仕事もやってのけたが、あいつは基本的には事前に断っていた。自分にうまく解決できるかどうかわからないとな。だがその時にはギルドの政情が不安だったこともあり、彼は苦しい道を歩くことになった。今日のギルドがあるのもレリクの存在が大きい。頭の上がらない政治家も多いからな。」
クレオールはその話を聞いていた。強いものが生き、弱きものが死ぬ。それがこの世界の理だからだ。レリクは強きものの中でも異質に光るほど強かったのだろう。ラスはどうしてレリクを嫌悪しているのだろうか。過去になにかあったのだろうか。テディーが表情を引き締める。
「余談が過ぎたな。これからは説明に入るぞ。分かっているとは思うが、必要最低限の食料は持っているな。」
全員がテディーの言葉に頷く。
「はい。」
表情を変えないまま、テディーは話を続ける。俺たちが思っているよりも危険なモンスターがいるということだろうか。
「すべてダンジョンで調達できればと思うが、そういうわけにもいかない。アンデットなどは特にやばいのさ。食べる箇所なんてないし。そもそも食べることもおかしな話だがな。特に飲料水は気を付けておかなくてはならない。ダンジョンではよく脱水症状で死ぬことがよくあるからな。ダンジョンに湧き水があって、飲めることが確認できたらすぐに補充をしておいて、印をつけておく。そうすれば最低でも帰還できる生存率が高くなる。基本的に無茶はしないことだ。今回は俺がついてはいるが何が起こるかわからないからな。基本的な説明は以上だ。では、いくぞ。」
俺たちはダンジョンに向かう。しかし、その足取りは重たい。
「どうにも妙なダンジョンだな。入り口からここまで一直線なダンジョンなんてない。」
このダンジョンは作りが変形しているらしい。普通のダンジョンでは通路が今のように地面が歩きやすいということはないらしい。そもそも入り口がしっかりしているようになっている時点でおかしい。
「このダンジョンは異常だな。今までもこういうダンジョンは入ったことがあったが、その時には碌なことがなかった。その上、俺たちを誘導しているようにしか見えない通路だ。分岐点すらない。しかし、靄がかかっているのか100メートル先が見えないな。その上、石は紫か…。アメジストのようだな。こんな豪華な通路はないだろう。」
テディーは石の感触を確かめながら言う。テディーが触る度にその箇所が光る。まるで石が生きているようだ。壁が動き出すようなことはないだろうが…。
「ラスは今回がはじめてだとは思うが、このように石が反応することがあることを知っているか。」
ラスは横に首を振る。
「いや知らないです。そのような石があるのですか?」
「もちろんあるにはあるさ。しかし、それはとても高価なものだ。マラリスというものだけどな…。」
マラリスがここに全部あるというのもおかしい。その言葉にソフィーが反応する。
「マラリスがこれ全部?さすがにあり得ないと思うけど…。」
テディーがその反応に吃驚したがソフィーの顔を見て安心した。
「そうか、お前はマーサの子供だったな。それなら知っていてもおかしくはないな。普通ならあり得ないことがダンジョンでは起こりうる。その証拠ならすぐにわかる。」
テディーはナイフを腰から出し、壁に打ち付ける。壁に反応はあり、壁についた傷が消えていった。しかも壁の破片も飛び散っていない。
「このように壁の方の石はびくともしない。そもそもマラリスというのはモンスターを倒し、体の中から採れることが多い。昔は自然発生していた例もあるらしいが、今ではほとんど聞かないな。今使われているマラリスのほとんどが昔とられたものだ。それぐらいはわかっているだろう。」
3人は頷いていたが、引っ掛かることがある。
「ならどうしてマラリスが常に出回るのですか?普通に考えれば数が少なくなっているはずだけど、どうして数が減らない?」
「そこが全くわからないんだよな。ギルドで調査をしたことはあったが原因はわからずじまいだったらしい。俺も調べたことはあったけど結局わからなかった。」
本当に分からないのか?もしかして違うなにかからくりがあるのではないだろうか?いや、それは考えすぎか。その調査を続けるべきだろうな。
「今回のダンジョンにはかなり強いモンスターがいるな。ここまでダンジョンに影響させるモンスターはそういない。ラス、探査でなにか引っ掛かったか。」
ラスは首を横に振る。
「電波探査でも何もひっかからないです。そう考えるとこのダンジョンは異常なのですが。生体探査よりも精度が高いと思っていますが、どうにも妙ですね。」
テディーは足元を確かめながら歩いている。俺たちが地面を踏む度に石が光っている。それにしても、このようなダンジョンではなぜ、光がともるのだろうか。何か術があるわけでもないし、その上街灯よりも明るい。
「さて、今回は緊急事態だ。ラスに確認をしたのは分かっているな。生体探査は生き物を探す術、もう1つの電波探査というのは障害物を探す術。電波探査の方が上に位置する。これに引っ掛からないということはどういうことか?」
ソフィーが答える。
「探査に引っ掛からないほど遠くにいるか、もしくは探査を阻害しないように隠れるのがうまいモンスターということ。」
「半分正解で半分不正解だ。モンスターがいないということはない。隠れるのがうまいモンスターというの実際にいる。特に動きを止めていたら電波探査にはひっかからないからな。そこの部分では正解である。しかし、隠れるのがうまいだけではなく強いモンスターはそもそも術に引っ掛からないこともある。」
遠くのほうから何か音が聞こえる。
「気が付いたか。これは普通の魔物ではない。これは翼竜のようなものとも違う。おそらく、幼竜がいるな。そうなってくると、お前たちは少々じゃまだ。」
ソフィーはすぐに首を横に振る。
「それではいけないはずよ。今はパーティーで動いているのよ。例え、あなたが強くても見捨てることなんてできない。」
テディーは般若のような顔になっている。
「まだ、分からないのか。普通の冒険者でさえ一瞬で倒される。災害クラスの魔物だ。お前らが増えたところで俺の負担が増えるだけだ。黙っていろ、小娘。」
テディーのあまりの剣幕にソフィーは黙ってしまう。
確かに彼が言っていることは正しい。だが、俺には彼が扱うことのできない術がある。ラスは雷系を扱うのに長けている上、俺たちの中で一番度胸がある。ソフィーは水系が得意ということもあり、回復には役に立つはずだ。テディーは厳しい目で俺を見る。
「クレオール、お前が考えていることはわかる。だが、お前たちにこんな…。」
俺たちに砂塵が舞い込む。俺は思わず目を塞ぐ。砂塵が収まる前に嫌な予感がする。モンスターの正体は分からないが、なにかしてきそうだ。
「伏せろ!」
テディーの言葉よりも早く俺は本能に従って伏せた。俺の上に熱気を感じる。おそらく火系の術だったのだろう。砂塵も収まり俺が起き上がり、目を開けるととそこには体長が8メートルもある竜がいた。
テディーが牽制しながら、俺たちに話しかける。ラスは何か小言を言っている。詠唱に入っているようだ。ソフィーはテディーの背中に手を当て、傷をいやしていた。テディーは腰のナイフを出しながら言う。
「これで俺たちは逃げることもできな区なった。。理由は単純だ。ランクの高い魔物は知性を持っている。おそらくお前たちのことはもう覚えているはずだ。ということで俺たちがここで逃げたらおそらく追ってくるはずだ。できればこのダンジョンの外に出すことは避けたい。回りの村は対処できないだろう。最悪、ギルドで任務になるがこのレベルであれば今対応できる奴はいない。お前たちは低ランクだが、能力は高い。今のメンバーがベストと考えるしかないな。これが初の魔物退治で申し訳ないが倒すぞ。」
俺たちは竜を見上げた。竜は俺たちを認識、咆哮をあげる。その瞬間に口から炎を出すしぐさをしている。
「属性の幼竜か。まだ救いはあるな。」
テディーはそうつぶやく。クレオールは必死に頭の中を整理していた。属性竜とはその土地に合わせた属性を持つ竜のことである。今回はダンジョンの中にいたから土の属性を感じる。火山の近くに住んでいたのなら、火の属性を持つ。いわゆる環境型竜と考えられている。反対に環境に関係なく属性を持ち続ける竜がいる。これが固定種であり、環境に支配されることない分、上位の力を持っていることが多い。
「属性竜とは言っても、普通であれば天災クラスですよ。それに雷属性にはかなり相性が悪い。しかも僕とテディーさんはかなり不利だ。」
ラスが叫ぶように言う。叫ばなければ聞こえないのだ。再度、俺たちの回りを砂塵が囲む。口から吐く炎は竜であればどの竜でもできる。しかし、この砂塵は竜によって引き起こされたものだ。ソフィーはテディーの治療を終えたようだ。ラスがその間に雷属性の術を放つのがうっすらと見えたが、あまり効いていないようだ。テディーが俺たちに指示を出す。
「全員で背中を合わせるぞ。ダンジョンの高さから考えて、上空から来ることはまずない。それを考えれば、対処はしやすい。だが、有効なのは水のみだ。火は効かん。炎まで上位させなくてはいけない。雷は論外だな。あとは同じ土属性であれば少しは効くかもしれん。しかし、術を直接与える技はダメだ。外傷を与えるものでなくてはならない。」
属性というのはモンスターによって違うのは当たり前だが、術によっては同じ属性場合には術自体を吸収してしまうモンスターもいる。
それを言った瞬間、テディーは反応する。テディーの手からトラを象った雷が収縮していく。そして、真っ正面に向かって飛び出していく。
竜の叫び声が聞こえる。
「俺の正面にいるぞ。ソフィー、全力で周りに水を撒け。そうすればすぐに砂塵は収まる。」
こういった瞬間にもテディーは土属性で壁を作る。次の瞬間には火の玉によって、それは破壊される。ソフィーが術を唱えているが、テディーが竜の攻撃を防いでいる。ラスは時おり術を放ってはいるが、牽制にすらなっていない。俺はそもそも放つほどの術を持っていない。
俺はこの戦いについていけていない。知識、技量、対応能力すべてにおいて不足している。このままでは足手まといになるのは目に見えているが、どうしようもない。歯を食いしばる。奥から鉄の味がする。
「ラス、クレオール、しっかりしろ。ラスは常に探知をするんだ。例え、砂塵で前が見えなくとも電波による探査は有効だ。クレオールは木の属性を使えるな。勝機を見いだすことができるのはクレオールだ。お前が属性竜の動きを止めるかどうかにかかっている。今回は撤退することができるが、今の状態ではそれがどのようになるのか想像ができない。お前達には悪いが、ここは倒すしかない。ソフィーは準備ができたか。俺もそうは持たないぞ。」
テディーは雷の合成術だろうか。術で多少、傷を負わせているようだ。あくまで、目視できないのでそう感じるというのが正しい。しかし、ほぼ効かない属性のモンスターに傷を負わせることができるのはすごい。同時に何とか竜の攻撃を土の壁で防いではいるが、それにも限界が来るだろう。
「お前達、覚悟を決めろ。ソフィーが術を放った瞬間に距離を詰める。このままでは封殺されて終わる。一度は竜の姿を見るぞ。」
ソフィーの体が水色に光る。
「行くわよ。ラス、クレオール、気を付けて。」
俺たちはソフィーに頷いた。
「いくぞ。」
天井より霧雨が降ってくる。本来であれば、もう少し強いものが良かったのだろうが、ダンジョンのフロア一体ということになると術エネルギーがかなり必要になってくる。あまり使いすぎると今後の戦闘に影響が出てしまう。
俺たちは術が放たれたのと同時に竜に向かっていった。