第1話
クレオール第2章
現在、ここ“ギルド本部 アウス帝国の首都 ボーグラム 第1本部”にいるのは4人。
クレオール、ソフィー、そして今回、随伴をするテディー。もう1人がギルドマスター・第1級主管のエムス。ギルドマスターは常に12人構成となっており、その中でも常任と呼ばれる第5級以上のギルドマスターには権限が存在している。それはギルドマスターを決める権限、そしてもう1つが下級のギルドマスターを指揮する権限がある。これは権限が強く人格者でなくてはならない。そうでなくてはギルドマスターに命令をすることなどできないからである。
そのギルドマスターでも第8級であるテディーが話し始める。この部屋は第1級主管室。つまり、エムスの部屋ということになる。
「さて、ここからは3人での任務を行うことになる。通常は4人でパーティーを組みその後ろに我々ギルドが同伴する可能性が“たまに”発生することもある。その意味は2人とも分かるな。」
クレオール、ソフィーの2人は頷いた。この可能性というのは2つ。新人が術を使用したことで犯罪をすることを抑止すること。もう一つが危険な状態になった場合、精神状態によっては術の行使によっての暴走が起こることがある。もし、暴走が始まった場合にはその暴走を止めるためにその暴走を起こしている者を殺さなくてはならない。その時には新人では暴走を止めることが出来ない。だからこそ、ギルドの特別なランク・0が存在する。これは存在してはいけないという意味だそうだ。別に特殊班として認められているから、情報規制とかは特に設けられていない。いっそのこと名前を何か普通の名前にしてほしいという陳情も来ている。
「今回、クレオールの術において暴走は見られなかったが、数値では測りきれない能力があると我々は見ている。“木”の術を行使するはギルドにはいなかった。唯一、木の術を行使していたとされているのは、この世界を創造者とされている“ショウ”という人物が起源となっているように伝わっている。だが、正確なことも分かっていないうえ文献で確認される程度でしかないが、それだけ稀な能力には間違いはないだろう。確かレリクも使っていたように記憶しているが、クレオールのような発展的な使い方はしていない…と思う。あくまで、思い出話として聞いてほしい。俺もレリクは例外としてあまり監視はしていなかったんだ。」
テディーは頭を掻きながら言った。その頭には白い髪がたくさん見えていた。このように話しながらも俺も年を取ったとテディーは思った。
その内面の思いなどは分からないままクレオールは頷く。だが、使っている本人にはそんな自覚はなかった。それに今、行方が分かっていない“レリク”という人と比較されても困るとは思う。
「分からないだろうが、術には様々な応用がされているのはすぐにわかる。しかし、術の行使した後の発動物体を成長させることは今まで見たことがない。家を作っている職人たちをすぐに思い描くだろうが、実際には彼らは成長をさせているのではない。術を発動し、それを“調整”しているのだ。実際には発動したものを小さくまたは、大きくするだけで、今回のクレオールが発動している“木”の術のように成長を促しているわけではない。」
その言葉にソフィーは頷く。ギルドについては母親から少し教育を受けている。彼女の母親もギルドに所属をしていた。本人はそれほどでもないといっていたが、ここの審査がすぐに終わるほどには有名だったらしいので“かなり”有名だったのかもしれない。ソフィーは母親には頭が上がらないため、そんな事実は確認しないが。
~10年前のある日~
クレオールが術の力を掴み、発動仕掛けているのを私は確認した。木製のおもちゃを買っていないはずなのにクレオールの手には木製のおもちゃが握られていたのだ。母親が土属性の術を得意としているため、家具などは石でできたものが多い。もちろん、引き出しなどは木製で作られているし、おもちゃも土のような粘土のものが多い。
私はすぐに母親に報告した。あの“レリク”の子供であることは私にもわかっていた。
「ソフィー、ありがとう。本来ならあなたぐらいの年齢になって教えることだけど“彼”の子供となれば少し話は別よ。」
「お母さんは“彼”のことを知っているの?」
「まあ、紹介されただけよ。そんなに詳しいことは聞いていないわ。ただ、ギルドに所属していた以上は“彼”の噂はよく耳にしていたわ。」
私たちは階段を下りながら話す。クレオールに聞かれてはよくない話だ。
「どの程度?」
「そうね。要人の暗殺計画に加わったとか人質を皆殺しにしたとかね。正直、ギルド内では自分たちがいかに死なないように稼ぐかが目的になってくるから物騒な話が多かったのよ。だけど、彼の周りにはそんな話がいくつもあってね。あまり言いたくはないけど、信憑性は高いものが多かったわ。おそらくギルドが流した噂もあるでしょうし。」
「でも、どうしてギルドがそんな噂を流すの?自分たちにはあまり良い噂が流れにくくなるよ。」
母は少し疲れた顔をした。もちろん、そう見えるのは私かもしれないけど。
「確かにそうね。ソフィーは正しいと思うわ。でも、その考え方が悪人に通じるとは限らない。いろいろな人がいるのよ。ソフィー。ギルドも慈善団体じゃないの。ある程度の利益は必要だし、単純に考えてギルドの主要な仕事先と言われれば国が中心となる。その国が良い人材がいて、その人を指名すれば?」
「指名して、金がたくさん手に入る。」
「そうよ。そうやって、色々な人たちから金を儲ける。それがギルドよ。そんなにいつもやっている訳ではないけどね。その筆頭として噂になったのが“レリク”よ。それでも彼は何でもやり遂げたということで有名だった。それがどんな過酷な任務だったとしてもね。」
「そうだったの。」
小さい頃、“彼”とはよく話していたはずだけど、そんなイメージはなかった。それほどまでに過酷な任務を受けてきたようには見えなかった…。
「あなたは不思議と思うかもね。ここでの“彼”の表情を見て驚いたぐらいだからね。“彼”と戦ったときと…。いや、これは忘れてね。」
この時、初めて分かった。私の母親が“レリク”に畏怖を覚えているのか。彼と戦ったことがあったのか。
その母親がクレオールの術を始めてみた時には驚いていた。
クレオールは木の術を発動させて、“成長”させていた。小さな芽から始まり、木は徐々に大きくなっていき、その木は今では家に匹敵するぐらいに成長していた。それはまるでどこか可憐で術というよりも手品でも見ているような感覚だった。
しかし、母親はすぐにこの術を見て、驚く同時に何かを感じとったらしい。
「クレオール、その術はどうやって発動しているの?」
「どうやって…?いつもこんな感じ…。こう…ポンと出してブワアアみたいな?」
ニュアンス的にはこっち伝わってくるのだが、いまいち母親にも理解はされなかった。
「確かに想像力は術にとても大きな要素としてあるのはわかる。でも、想像してもできることとできないことがあるはず。」
母親はそう言うなり家に帰ってしまう。クレオールはその行動がよく分かっておらず呆然としていたが、すぐに目に涙が浮かぶ。おそらく、何か悪いことをしたと思っているに違いない。
「クレオール。大丈夫よ。別にお母さんがあなたに腹を立てて怒っている訳ではないわ。」
「?」
クレオールは私を見ながら首を傾げる。その動作は非常にかわいい。ただ、彼の眼は赤色をしている。普通の人の目の色は黒か灰色、黄色ぐらいだろうか。何かの病気なっていない限りは目が赤いというのは聞いたことがない。それも白い部分ではなく角膜から瞳孔にかけて徐々に赤い色が濃くなっている。瞳孔は黒く見えるが、実際にはワインレッドというぐらいだろう。
「これも宿命なのかしらね。クレオール、あなた“も”強くなりなさい。誰しもがあなたを尊敬するような人になるために。そして、あなた自身の為にも。」
クレオールは私の目を見ながら頷く。彼は言葉が少ないが、敏感に人の感情を読み取ることが出来る。それは気配にも通じるものがあるようだ。クレオールがすぐに家のほうを見ると本を抱えた母親が出てくる。
「二人とも早く来なさい。これから、クレオールに術の制御を教える。ソフィーも一緒に練習しなさい。彼が大きくなったとき、今のままでは頼りがいがないわ。少なくとも、私が納得するくらいの実力はつけてほしいわ。」
クレオールが私の袖を引っ張る。この子が小さい時から世話をしているからか私によく甘えてくる。本来なら本当の母親に甘えるべきなのだろうけど。それはもう叶わないことだ。
私はクレオールに引っ張られるようにして母親の元に向かった。
~現在(ギルド本部 アウス帝国の首都 ボーグラム 第1本部)~
「そのことに関して異論はないわ。テディーさん。でも、4人のところをあえて2人にする必要があるの?むしろ、普通に4人でパーティーを作ったほうが変に見られないと思うけど。」
ソフィーがテディーの言葉に答える。確かに今回の“措置”は必要なものかもしれないが、あえて3人でパーティーを作る必要もない。
「それには私が答えよう。」
エムスが声を出す。雰囲気からしてテディーのほうが年上のようだが、ギルドマスターになったのはエムスのほうが早いと聞いている。母親が言うには国に顔が効くからだといっていた。
「今回のクレオール君は置いておいて、過去に暴走がしたケースがあった。その時にはパーティーが5人でギルドマスターが1人。引率も兼ねて、その人が監視をしていたのだ。それにパーティー全員がこのことを知り、暴走を止めるためにも彼らが前に出て戦っていた。だが、不幸にも暴走が起きてしまった。その際には1人が死亡。もちろん、暴走の本人は除いてだが。1人に後遺症が残ってしまうくらいの重傷を負った。どうしてだと思う?」
エムスはクレオールのほうを向いて言った。
クレオールは腕組みをしながら聞いていたので少し腹が立ったのかもしれない。2人はギルドマスターなのだから話ぐらいは真面目に聞かないとだめだろう。
「もしかして護衛の対象が増えたから?」
クレオールは普通のトーンで答える。これはクレオールの問題なのに。
「その通りだ。暴走というと少し勘違いしてしまいがちだが、暴走というものは術エネルギーを行使し続けることだからな。結局のところ、物ではなく人に向かいやすい性質を持っている。あまり詳しくは研究されていないのだが、単純に動くものに人間が興味を惹かれるという本能的なものらしいがな。」
ソフィーがその考え方に疑問を抱く。もし、動くものに向かうであれば動かなければいいはず。
エムスがソフィーを見ていた。
「ソフィーが考えていることは分かる。でも、完全に人間が停止することは不可能だ。術で気配が消せたと仮定しても、術を使っている訳だから痕跡はしっかりと残っている。それをたどってくるのだよ。」
クレオールが違う意見を言う。
「それならば、本人の自覚を戻すような術を使えば?そうすれば、暴走が起きていたとしてもある程度、操作が可能なはず。」
エムスとテディーが頷く。代表してテディーが答える。
「確かに可能だ。理論上はな。ただ、これにはかなり高度な術が要求されているのは分かるはずだ。少なくとも相手の精神の中に入るのであれば、その間は一定期間体が無防備になる。その中でもまた高度な術もあるわけだが、一世代前の術師はこの能力を使っているとも聞いたが、今では使えるものはいない。確認できたのは、レリクとアクア。この2人のみだ。彼らは術エネルギーそのものが普通の人間よりもはるかに多かった。それが作用しているのではないかと研究されているが、真実は分かっていない。いずれにせよ、新人を守りながらという点で不可能な話だな。」
テディーが答えるが、エムスは難しい顔を崩さない。
結局のところ、彼らはクレオールを監視下に置きたいのだとソフィーは感じた。危険視している上、レリクと同等の実力まで身に着けることが出来るかもしれないとなれば、ギルドが本腰を入れるのもよくわかる。
ただ、それにクレオールが納得するかどうかは微妙なところだと私は思う。今でこそ人の話を聞けるぐらいにはなったが、昔は一つのことに集中すると他のことには目が向かないことも多かった。頑固なところはレリクに本当によく似ていると思う。
エムスがふとクレオールの顔を見た。
「クレオール君、目の色は赤色かね?」
クレオールはエムスを訝しむように見る。クレオールからすればあまり生まれた時から赤色だし、特に気にしたこともないかもしれない。
「ええ。それが何か?」
エムスは少し思案顔なったが、すぐにクレオールに声をかけた。
「いや、すまないね。あまり見ない目の“色”をしているから知り合いに似た人がいてね。その人の親族かと思ったのだが…。こういう見方はよくないね。いらぬ差別を生むことになる。」
エムスはそう言って、ソフィーの顔を見る。彼の栗色の目を見つめていると何か心が投資されそうで怖い。
テディーが付け足すように言う
「今回は君たち2人に意見にも少しは傾けようと思う。前例があの“レリク”だからあまり、こういった場合の対処方法はあまりないのだが。一応今日はかえっていい。とりあえず、ギルド総帥のエムスと話をしてみて、実際に具体案がどういったものになるか吟味する時間がほしい。2日後にまた来てもらえるか。その時までには正式なパーティーを組むことが出来るだろう。」
クレオールは何か言いたそうな顔をしていたが、私が目線で止めた。すると彼はすぐにうつむく。
「では、今日は失礼いたします。」
そう言って、私はエムスの部屋から出ようとしたが、
「ソフィーさん、話が少し…。時間は大丈夫かな?」
「ええ。じゃあ、クレオールは外で待っていて。」
「分かった。」
クレオールはその部屋から出ていく。
それと同時にエムスが背筋を伸ばす。重要な話なのだろう。ゆっくりと諭すようにエムスは話し始めた。
「今のやり取りをみていると、君がクレオール君をある程度、抑制することが出来るようだね。正直なところ、あの訓練室にあった物体とでもいうのか、彼の術について研究に出してみた。もちろん、クレオール君の名前は伏せてある。それがその紙だ。見てほしい。」
エムスはこちらに来て、カラフルに彩られた紙を見せてくれる。
ソフィーはこの紙の見方を知らなかったが、値では正常な範囲のものが出ているようには思えない。これは健康診断じゃなく、術の健康診断みたいなものだろう。そう考えると、“木”という項目はなく、水と土を応用した術だというのが分かる。おそらく、土の属性で木の根幹となる種を探し、水で成長させる。それともう一つ、火の属性もわずかながら検出されている。これは太陽と考えるべきなのか。しかし、同時に3種類の術を扱うなど聞いたことがない。
ソフィーが真剣に紙を見ていたのが気になったのか、テディーはその紙を見ながら話し出す。
「その紙には術のエネルギーの割合・量、種類、そして時間、この3つが大きく分類されて調べられている。この結果については少し驚いたが、3つの術を同時に使用して起こる合成術とされるのが分かる。合成術は本来、教えて出来るものではなく遺伝によるものが大きいとされている。もちろん、本人の努力次第で使えるようになることもあるが、資質が大部分を占める。そこを踏まえて、質問をしたい。クレオールはどこか有名な術師の子孫、または子供なのか?そうでなくては12歳でこの結果が出るのは辻褄が合わない。」
ソフィーは少し俯く。これは避けて通れない道だと思うが、こんなにも早く“異常”な点が見つかるとは思わなかった。もう少し先の話になると心の中では願っていたソフィーだったが、ある意味事実を言う。
「クレオールは今では母の養子になっていますが、実際には母の友人の子供なのです。友人の方はクレオールの父親については一切語ることなく、息を引き取りました。」
「もう、なくなっているのだね。では、そこから情報を得るのは難しいか…。」
エムスは少し期待外れだったように思っているだろう。例え知っていたにしても、問題はまだある。“アクア”の甥と言われば、今度は別面から問題になる。おそらく、クレオールは一生追われる身になる違いない。そこからの情報が漏れないとも限らない。ただ、“一般の人”はそれほど知らないので、案外そのくらいかと思われて終わるかもしれない。ギルドは警戒するだろうけど。
テディーはそのことはどうでもよいといった感じを受ける。内心では何か引っかかるところがあるのかもしれないが、レリクの監督責任を問われると彼がギルドマスターの称号を剥奪される恐れもあるために遠慮している可能性もある。
「話はこれぐらいにしよう。いくら考えても父親の問題は解決しない。まあ、レリクはあまり女に興味を持っている暇がなかったからな。それよりもこの“槍”だ。」
テディーが片手で持ち、クレオールに渡す。槍の柄の部分は金属だろうか。今頃は金属の武器が少なくなっていると聞いたが、それは大量に使っているのが分かる。産出量が減った話は聞いているがこれはどこから手に入れたものだろうか。傷やさびがないところから最近作られたものだと分かる。ただ、槍先が少し緑色に光っているのが気になる。もちろん、槍の先も金属で作られている。
クレオールはその槍を“片手”で受け取った。テディーの持っている様子から軽いものだと判断したが、受け取ると同時に左手に尋常じゃないほどの重さを感じ、慌てて両手に持ち直す。それでも、かなりの重さを感じていた。
「俺たちも必死にレリクのことを探していた。今では悪く言う奴のほうが多いが、実際には感謝している人たちも結構な数がいる。あるところでは彼をヒーローみたいにしたところあるぐらいだ。だから、真実を突き止めたくて手あたり次第探していたのだが、最後の証言が取れたところにこの槍が落ちていた。レリクがこの槍を普通に使っていたから使えるものだと思っていたが、鉄と木の相性が難しいみたいでな。火の属性だったら柄の部分が熱くなりすぎる、水の属性だったらそもそも発動しないとか、いろいろあってこの槍は高価なものなのだが使い手がいない。クレオールなら扱えるかもしれないな。」
テディーはそういった。確かに彼の言う通りであるならば、元の所有者はレリクで間違いないだろう。そして、これはもともと木の属性の扱いが難しいために考案された武器と考えたほうがいい。父親でもある“レリク”が持っていた武器であるならば扱える可能性は十分にある。でも、レリクも木の属性を使うことが出来たというのは驚きだった。
「これはクレオールが死ぬまで返さなくてもいい。というよりも扱える者がいるかどうか甚だ疑問だ。あと、4人目の人選ついてもこちらで一応は検討しておく。そのほうが不自然に見えないからな。そこはまた、2日後に改めて伝えることにしよう。」
そう言って、今回の試験は終わったわけだが。
クレオールはふと口が滑った。
「なんか受かった気がしないのは俺だけなのか?」
「いや、私もよ。結局何も決まらなかったもの。しかも注意事項を延々と説明されただけだし。」
ソフィーもそう思っていた。もう少し実りのある話があっていいのじゃないかと。ただ、クレオールのことを不思議に思うのはごく自然なことではあるが何か心に不安が残ってしまう状態。
次こそはちゃんとした話になることを期待して帰路に着いた。