最終話
ヘッセの戦いには勝利したリオ軍。
しかし、もう一方の戦いには苦戦を強いられていた。
それもそのはず。アンテ軍は10000。
こちらは2000。
兵の数では敵うはずもない。
しかし、レオンは戦況を見極めていた。
「ここぞというときに奇襲は使う。それまでは伏兵を用いた戦いを主に使い、疲弊を狙う。そこに異論はないはずだ。」
レオンは言った。確かにこの作戦が長期戦になり、前線の範囲が広くなってしまわないように誘導する必要もある。しかも悪いことはアンテ軍の動きが慎重なことだろう。
「ええ。分かっている。でも、正直なところ相手は国境に近いし補給線は確保されている。奇襲をかけるとしたら補給部隊を攻撃する。」
ルヴェルが意見を言う。顔は険しいものだ。
「確かにその通り。しかし、アンテ軍は思っている以上に我々を警戒している節がある。その警戒を解くことが出来ない限り、奇襲をかけるのは不可能だ。ここはもともとアンテ軍の領地だったところ。相手は地形に関しても詳しいはず。奇襲のかけるところのルートは外すはず。」
レオンは腕組みをした。ここはスピノザ平野。特に何にもない平野だ。そのスピノザ平野での奇襲方法は限られてしまう。それは術を用いた大隊規模の視覚に支障をきたす術。もしくはうまく陽動をできるかどうかにかかってくる。
「報告」
斥候にいっていた兵が戻ってくる。
彼は片膝をついたまま、報告を行う。表情は険しいものであった。
「アンテ軍に援軍が到着した模様。数は10000。」
レオンは思わず腰を上げてしまった。
間諜からの報告では確かに間違いがないのだが、アンテ軍は総勢20000のはず。この遠征にすべての兵をこの遠征に割くのか疑問に思っていたのだ。
「レオン殿、これはあまりいい情報ではないようですな。」
タミルの表情にも陰りが見える。それもそのはず。こちらの兵の数と比較すると10倍にも匹敵する。
「しかし、どうかしなくてはならない。2000の兵とはいえ、まともぶつければ、こちらが負けてしまう。それだけは避けなくては。それよりも、リオのほうはどうなっている。もし、終わっているのであれば、援軍に来てほしいところだ。」
そうすれば兵の数でも勝つことが出来る。アンテ軍はかなり練度が低いことは確かだ。ここまで来るのに1週間もかかっている。
しかし、ここは国境の近く。すぐに援軍が編成することが出来るかどうかは分からない。
「何か策はない。」
「もちろん、ないわけではない。ここを見てくれ。」
地図に書いてあったのはスピノザ山脈。
「分かりやすいでしょ。」
「いいや、そうせざるを得ないように追い込む。それが狙いだ。だが、2000では難しい。100で迎え撃って、本当に潰走する。そこには我々3人がいることが絶対条件だ。そのために似顔絵を撒いている。」
タミルがそれに対して意見を言う。
「本当にそんなことでうまくいくのか。相手の練度が低いとはいえ、簡単に“餌”に食いつくとは思えない。」
ルヴェルも頷く。
「その“餌”がリオだったら別の話だけど。さすがに私たちでは“餌”にすらなれないかもしれない。」
レオンもこれに関しては渋い顔をしながら頭を縦に振る。
「そうだな。確かにそれでは難しいかもしれんな。だが、一つだけ方法がある。」
アンテ軍大将であるヒルティは自分の軍勢を眺めていた。
「すぐに大将に抜擢されたといってこの軍勢がうまく機能するものではないな。相手の軍勢が少ないとはいえ不安が残る。」
彼の副官はそれを聞き流す。
「さて、相手がどうでるかはわからないが、前に進むか。」
ヒルティは軍を前に進ませながらも山脈のほうに目を向けていた。
「報告。」
再び、伝令が来る。
「どうした。」
レオンはすぐに内容を聞きたかった。今のところこちらに有利な報告はない。何か一つでもよいものがほしい。そうでなくてはいくら士気が高いとはいえ、兵のやる気をそぎかねない。
「大将はヒルティ殿であることを確認。先ほど、ヘッセ草原にてリオ軍が快勝。現在、追撃は行わず、軍の再編成を行っている状況。こちらに援軍に来るには1週間はかかるとのこと。」
レオンは頭を抱えた。ヒルティと言えば、以前こちらから鞍替えしないかという使者を送っている。これはアンテ軍に限らず、こちらに靡いてくれそうな武将にはすべて使者を送っている。正直なところ、それぐらい人手が足りていないのだ。
「分かった。下がっていい。」
伝令の男は首を傾げながらも頷き外へ出ていく。
「レオン、顔色がよくないわよ。ある程度のことは知っているけど、今は置いておきなさい。でも、これで陽動が難しくなるわね。」
ルヴェルも険しい顔をしている。ヒルティは勇将としてアンテ軍では知られていたが、レオンが目を通したところ、そうではなかった。状況によって兵の扱い方を考え、兵の損害を最小限に食い止めるように戦っていた。それは自分の部隊ではなく、自軍全体なので必然的にヒルティの部隊が先陣を切るようになったに違いない。
タミルも二人の表情を見て、少し考えていた。
「そうですな。下手に陽動などかけたとしても各個撃破されたならばこちらの負けは濃厚になるでしょうな。ですが、これはあくまで殲滅作戦の場合のはず。軍を引かせるのであれば、話は別でありませんか。」
タミルは2人の表情が驚いたものに変わったのを見て、作戦を変更することを提案した。
一方、アンテ軍の士気は上がらないままだった。こちらの偵察部隊を出そうにも相手の練度が高いらしく、帰っては来ていない。一人も帰ってこないのを確認するとヒルティはすぐに中止を決断した。これでは兵の無駄使いになる。リオ軍の動きがわからないのは問題かもしれないが、今の状況で無理することはない。
「ふむ、あれは確かに軍勢だな。」
ヒルティは100前後の軍勢を確認した。しかし、他の軍勢をどこにかくしているのか気になるところだ。その軍勢がスピノザ山脈にあるなら、ここの軍勢をすぐに倒して陽動には乗りたくないところだ。
だが、その軍勢には3つの顔があった。
「大将、あの3人は幹部の3人です。すぐにも捕らえる必要があります。それにルヴェルは豪商の娘。捕らえればかなりの額を交渉で引き出せます。」
ヒルティは副官が言うことには一切耳を貸さなかった。こちらの話を聞かないのに自分の話を聞けというところには無理があるだろう。
しかし、あれは餌だろう。それは間違いない。あの軍勢に何の意味があるのか。すぐに潰されるのは覚悟の上か。それとも…。
ヒルティは少し前に使者と話したことを思い出していた。
「ヒルティ殿、失礼ながら申し上げます。」
もうすでにここに来てくれる事自体が迷惑なのだが。
アンテ国が他の国よりも国力が劣っているとはいえ、間諜の存在にも気が付かないほどではない。ここはアンテ国の都市「ウルマン」。大将に任命されてからここに異動を命じられた。人質のつもりだろうな。そうヒルティは思っていた。
そんなこちらの思いは全く気にせず使者は話を続ける。その者はどこか見たことがある。
「今の状況でヒルティ殿の能力が存分に発揮することは出来ないでしょう。ヒルティ殿は勇将として有名みたいですが、実際には智将であることは分かっています。あなたなら、軍を退いたとしても文官として後方支援を行うことが出来るでしょう。出来れば、私どもアリスト国に来てもらいたい。」
彼の言うことは的を射ているが、俺がアリストに行くことに意味があるのか。アリストも結局は自警団の初期メンバーが軍を仕切っている話だ。あちらに行っても変わりはないだろう。
「5年です。」
「?」
使者が言っている意味が分からない。
「5年でこのアンテ国をアリストは滅ぼす。」
思わず何も口に出すことが出来なかった。
「信じられないようですね。しかし、リオ王の力があれば一人でも滅ぼすことが出来ます。」
それはないだろう。確かにアウス王の全盛期よりもはるかに強いとは言われているが、それはあくまで噂でしかない。
「あなたが言うのが本当だとしても、一人で国をつぶすことなどは出来ないだろう。それに5年後に滅ぼすといっても具体的な戦略もないはずですな。」
「確かに。あなたがここにいることがそれを速めてしまうということはありますな。」
まさか、この使者は俺の秘密を知っているのか。
「まあ、驚くのも無理はない。我々もあなたがここにいることは知りませんでした。あの事件については覚えがあるようでよかった。ここに国が関与していることを知ったからこそ残っている。そうでなければ、昔、意味不明な説明で捜索が中止させられて監禁をされた国に忠誠を誓うわけがない。」
俺は黙っていた。リオ王が事件の解決を早めたのはギルドを通して知ったことだ。そうだとすれば、この事件のことをしていても不思議ではない。
「我々が望むのは兵力とヒルティ殿の寝返り。それがどのタイミングが良いか考えなされるがよい。」
思い出した。この男は…。
「わが名はバーナード。新しくアリストの軍師となった。あの国は夢がある。俺もこうして使者に出してもらえるぐらい自由にやっている。俺は口が上手ではないが、これだけは言える。」
俺は身構えた。
「リオ。彼こそが王になるべき相応しい人間だ。それでは失礼する。」
この男は全くこっちのほうに見向きもせずに帰ろうとした。
「待て。」
男は煩わしいように振り返る。
「何か。」
「こちらからの合図はどうすればよい。」
「それはあなたが考えることだ。こちらが分かるようにしてくれればよい。」
そう言って、男は去って行った。
「あの男、どうします。」
俺の後ろに傭兵が立っている。俺の背後を取るとは…。
相変わらず、強い人間だ。
「インガー、ほっておけ。それよりもこれからのお前の動きを伝える。」
俺はインガーにあることを頼んだ…。
俺は我に返った。
「大将どうしました。」
「いや、まずは様子見だ。あの軍勢で何かすることはないだろう。どこで奇襲をかける気か。インガー。」
黒い鉄の甲冑を身に纏ったインガーが近づく。
「はっ。」
「お前が先導し、戦うのだ。1000ほど兵を貸す。弓で様子を見ながら、突撃して追い詰めろ。」
「分かりました。」
すぐにインガーが動く。
それに合わせて副官が頬を赤くしながら抗議する。
「あまりに消極的ではありませんか。もし、あの娘を捕らえさすれば。」
「いや、この兵を割くということはロードス軍を倒すことを想定していることが考えられる。もし、ロードス軍を倒したら本隊がこっちに来る可能性がある。それを考えれば少し消極的かもしれないが、これ以上の兵は割くことが出来ないさ。」
副官は少し納得したが、
「このことは本国に報告させていただく。」
やはり、口出しはしたいようだ。普通はそんなことはしていないだろうに。
「どうぞ好きなように。」
俺はそんなことを言いながら、インガーが率いている軍勢を見ていた。100名の前後の兵ではどうしようもないだろう。初めは弓矢や術で遠距離の攻撃をしていたが、すぐに劣勢になり、潰走していた。
「無理もない。しかし、何かしら行動が…。」
潰走している部隊がスピノザ山脈に向かっている。これはどう考えてもそこに誘導をしたいに違いない。
見え透いた誘導だ。
すぐにヒルティは撤退の合図を行ったが、彼らは戻る気配がない。インガーは必死に声を出しているがそれは兵に届くことはない。彼らとて特別報酬が出る首を取りたいのであろう。しかし、そう簡単に取れる首でもないはずだが。
「やはりこうなったか。これでは兵が無駄死にしてしまう。不本意だが、我々も徐々に前進し圧力をかける。」
隣の副官に声をかけた。
「2000の兵を預ける。彼らの援護に向かってくれ。おそらく彼らが引いた先には伏兵がいるはずだ。これを殲滅すればここでの勝利は確実だ。」
副官は納得したように返事をせずに馬でかけていく。よほど前線に出たかったのだろう。ただ、伏兵の殲滅には時間がかかることは普通に分かることなのだが。それすら判断が出来ないほどに娘の身柄を拘束したいのだろう。
「さて、こちらもうまく運んだ。あとは相手次第か。」
レオンたちは必死な形相で逃げていた。それも当然。10倍の兵が追ってくるのだ。まとも戦っても勝ち目は少ない。ただ、あのヒルティがこの山脈に逃げ込むであろうことを想定してないのが不思議だった。
すぐに山脈に達し、レオンの命令によって一斉に弓矢がはなたれ、左右から火の手があがる。左右に火の手を上げるのはすぐに援軍を来させないようにするためだが、軍勢の様子から時間がかかることは分かっている。ただ、一斉射撃によって50人ほど兵を打ち取った所でアンテ軍に変化が見られた。反対に引き返すのである。何やら黒い甲冑を身に纏っている男が必死になだめているがそれも届くことはない。
彼らはその男を無視し、逃げ帰った。彼らは騎兵ではなかったので、混乱は少なく、こちらが打ち取ったのは250人ほど損害を与えるには少なすぎる。これではいったん引いて態勢を整える必要がある。
しかし、黒い甲冑の男はこちらの弓矢にもかからず、ずっと殿を務め、しまいにはその場に残ってしまう。
レオンが2人に目を向けても首を振るだけだった。
「さて、どうしたものか。案外、こいつは強そうなのだが。」
レオンはすぐに弓矢を止めさせた。こちらもそろそろ退却をしなくてはいけない。アンテ軍は本隊にまだ余力を残している。例え、こちらが引いたとしても前進を続けているだろう。
「あなたはよく戦ったな。だが、ここで頑張っても犬死にしかならない。私どもで丁重に扱うから捕虜になってくれないか。私どももすぐにここを脱出しなくてはいけないのでね。」
本来であれば、レオンがこの場に残ってこの男と話をつけてもよかったが、立場上そうもいかない。
兵はいまだ緊張状態にあり、今も彼を殺そうとする。
「あなたがレオンだな。」
レオンはいきなり自分の名前が呼ばれたので反応が少し遅れた。
「確かに私がレオンだが、それがどうしたのだ。」
「我が主、ヒルティより確認したいことがある。それによっては今回の遠征を取りやめるようにできるとのことだ。」
レオンはその話に驚いたが、相手も事情が分かっていないやつばかりではないのだろう。しかし、こちらから出せる情報にも限りがあるが。
「分かった。いいだろう。では、質問をお願いする。」
アンテ軍が少しずつ前進をしてまもなくのこと、スピノザ山脈から兵が湧いたように出てくる。やはり、思った通り伏兵がいたかと確信した。その最後尾から黒い甲冑のインガーが出てきた。甲冑はところどころ傷が入っており、それなりの戦闘したことは一目見て分かったが、ヒルティはそれが故意に作った傷であることが分かった。
すぐに兵を送らせ、相手からの追撃に備えたが相手は思ったよりも兵が少ないようだ。
ヒルティが馬を走らせ、インガーの無事を確認する。
「無事だったか…。」
一瞬、インガーの顔に面白がる顔が見えたがすぐにそれを隠した。
「お伝えします。私が聞いたところによるとロードス軍は敗北。現在、リオ軍が軍の編成を進めこちらに向かっているとのことでした。あくまで、聞いた内容によるとですが。」
ヒルティは上を見上げた。さすがにこのまま進軍して、本隊と決戦を挑むのは少し荷が重い。あくまで、ロードス軍と挟み撃ちにして両方から攻め込む手はずだったのだ。アンテ軍だけでは無理だろう。壊滅させられるに違いない。
「分かった。他に分かったことは。」
「はっ。バーナードも今回の出撃には反対されているようでした。」
ここまで聴いてヒルティは分かった。
「よくやってくれた。後ろに下がって休んでいろ。あとは私が何とかする。」
数刻経って、ヒルティが前に立つ。
兵は皆、これからの戦に緊張しているようだ。緊張することが悪いわけではない。むしろ良いこともあるが、今の表情を見ると少し気負いすぎている。これでは満足に力を発揮することはできないだろう。
ヒルティは全軍に聞こえるよう大きい声で話す。
「皆の者、わが軍はこれより撤退を始める。」
その言葉を聴き、周囲の兵が騒ぎ始める。
ヒルティはその言葉をさえぎるように話し続ける。
「考えるところはあるかもしれないが、とりあえず私の話を聴いてほしい。まず、こちらにリオ軍の本隊が迫っていることを耳にした。もし、これが本当の話であれば、私たちは伏兵に遭い撤退すらも危ういかもしれない。それ以上に危惧しなくてはならないのが、本国を狙う可能性についてである。アウス軍、ロードス軍ともに兵を出すことが出来ないことをいいことにそのまま攻め入る可能性がある。その場合には我々も防衛に参加しなくては負けてしまう可能性が高い。今回は不本意だが、確実に勝てる見込みがないために撤退をする。皆、準備に取り掛かれ。」
副官がまたも近づいてくる。
「この決定はよくありませんよ。これは確実に本国に伝わります。覚悟したほうがよろしい。」
ヒルティは頷いた。
「だが、これ以上は意味がない。負けてしまっては元も子もない。ここは私の指示に従ってください。」
こうして、第1次アリスト討伐の幕は閉じた。
この敗戦を13か国は重く受け止め、2か国に追加支援を行うことを決定。場合によっては、アウス帝国とも共闘することも視野に入れ動くことになる。
リオは名実ともにアリストの王として大陸に認められることとなった。