第16話
森からは火の手が上がっていた。それは発火していたものではない。あえて、ロードス軍が放ったものだ。土地勘のないものにとって暗闇は不安要素でしかない。今回の遠征ではこの森の暗やみの攻撃が彼らをどんなに苦しめたことか。エラムスは士気の低下を下げるため、灯りをともして兵の不安を払拭しようとしたが…。
「千騎隊長マクシムが敵の猛攻を受けている模様。現在、何とか持ちこたえてはいますが状況的には絶望的だと。」
副官のキャロルは汗を拭いながら伝達兵の話を聞いていた。
森が燃えている熱気がこちらまで伝染したのだろうか。
「そうか。だが、左翼は退路が断たれているはず。どうやって、救い出すか。本陣から幾らかの兵は割けるはず。」
「いや、特攻の指示をくれということでした…。」
キャロルはすぐに事情を把握した。
本当であればすぐに彼を救いたい。彼は私がロードス軍に加わって初めての上司だった。それから私は副官に取り立てられ、彼のもとで懸命に働き彼の上司になった。マクシムは短気だが部下思いだった。その彼が特攻を選ぶとはそれほどまでに追いつめられているのか。
「事情は聴いた。」
エラムスが横にいた。
彼は私の肩に手を置いた。エラムスは昔、部下だったと誇らしげに語っていた。そのことを聴いて3人で昔話をしながら飲んだこともあった。
「認める。我々はその間に撤退の準備を行う。早いかもしれないが、情報の中には兵糧の話もある。早急に手筈を進めろ。この状況では最悪、ロードス王も討たれるかもしれん。それは避けなくてはならん。」
色々なところから悲鳴や剣の交わる音が聞こえる。
悲鳴が聞こえるのは奇襲を受けているに他ならない。
最初の奇襲は今まで通り、少ない単発的なものかと思ったが規模の大きさや範囲、兵の数で本当の奇襲であることがすぐにわかっていたが、兵たちは油断していた。それまでも緊張してうまく動くことが出来なかったのだ。
無理もないことだ。彼らは補給線を断つように縦長に軍を進めてきた。普通の奇襲であれば、本陣の横から狙ってくると思っていたが、彼らはこちらの状況も正確に把握している。これが罠であることをすぐに見破ったのだろう。その点、エラムスは本陣に隙があるように見せるためにも縦に陣を張っていたのだが、それはあくまで森からの脱出をする際に本陣が退路を断たれないようにするためのものだった。そこに乗ってくれればこちらにもまだ分があったのだが、それすらダメだったらしい。いや、元々の計画自体に無理があったのかもしれない。その上、エラムスが総大将ではないが、指揮しているのはエラムスだった。ロードス王ではない以上、エラムスに従うものと従わないものに別れてしまった。
それも相まって情報の伝達がうまくいかないばかりか、地方の貴族はこぞって妨害をしようと考えていたのである。そこをつかれてしまい、見事に伝達兵が妨害されるようになっていた。これでは軍を指揮するどころではない。本来なら各個撃破で行けるかと思うが、軍は貴族の権限で動いているためこちらが思うようには動いてくれない。そのために伝達兵がロードス軍には必要だ。意思疎通が図れるものがこれしかないのだから。それは軍では無駄になる。今では術でのやり取りによって意思疎通ができるようになっているのだから。もちろん、ロードス軍には術師の兵隊が少ないことも原因としてあげることもできる。たまたま、仕えてくれる人物が少なかったのだ。しょうがないが打つ手は確実にあったとエラムスは考えていた。
「撤退はすぐに行うな。集団になって吸収していくのだ。そうしなければ貴族の兵は簡単に瓦解してしまう。貴族である彼らの命も危ないが、こちらに残っているのは2000人。その数を補うためにもできるだけ味方を助けろ。その上で」
「もちろん、俺の命を守った上でな。」
ロードスが言う。
エラムスは思わず心の中で「馬鹿が。」と思ってしまった。
この状況で保身に走る馬鹿がどこにいる。内心で毒を吐かずにはいられなかった。
まったくもって王としての資質に欠ける一言である。
これでは本国に帰っても意味がない。あるとすれば、国王の暗殺だろうか。もう先がないといっても過言ではない。
そう思っていたが、遠くの草原から火がともるのが分かった。その方角はロードス軍が岐路する方角で間違いない。彼らはわれらを見逃すということはないようだ。あのリオ王が率いる軍を突破できるとは思わないが、何とか戦いを避けたいところではある。
前線ではキャロルが何とか持ちこたえ、徐々に貴族たちを救っているのが分かる。
「報告いたします。マクシム千騎隊長は深手を負っているものの仲間によって救出されましたが、他に従軍していた貴族はガットストン伯爵のみと確認が取れています。ほかの貴族はどうなったか不明です。」
エラムスは伯爵が生きていたことにホッとしていた。伯爵家ともなれば権限が強いので兵の指揮がしやすいという利点はある。
「よし。では、反転し退路の確保に移る。前線は切り上げろ。殿はキャロルに任せるしかない。」
その数は同じく2000人。だが、旗がある。あれはいったい何を示したものだろうか。
しかし、こちらも4000人ほどはいるだろう。何とか突破できない数ではない。
「くそ、本隊が控えていたか。あれを何とか突破しなくては。」
エラムスはそう思っていたが、何か飛んでくるのを感じた。よけなくてはならない。しかし、あまりに早くて体が硬直してしまう。
俺は目の前に副官が立っているのがわかった。
その副官の体には槍が刺さっている。槍は体を貫通し、血まみれになっている。
「キャロル、お前…。」
副官を支えるが、その体には力が入っておらず非常に重い。
この重さをロードスにも感じてもらいたいと思った。
「エラムス隊長、あ、とは頼みます。」
エラムスはこの時に白旗を揚げるように指示した。これで最悪、王は死ぬことはない。
俺が死ぬのであれば、問題はないはず。それにその間に逃げ出すこともできる。
エラムスはすぐに騎馬を走らせた。
更新ペースが落ちました。
何とか頑張りますので、読んで頂けばと思います。