第13話
ロードス軍は北から南へと軍を進めていた。リオ軍の物見や間諜もおらず至って順調に軍を進めることが出来た。首都のアリストまではあと3日というところか。しかし、その間にはうわさに聞く傭兵の街のタキーがある。そこではリオは評判が高い。前の戦いも言われていたことだが、圧倒的な武力の持ち主だといわれているらしい。術を使えば、あのレリクに匹敵する強さだとか。
正直なところ、ロードスはその情報を鵜呑みにできないでいた。それは幼少期の思い出が強いからだろう。直系とはいえ、アウス王にただただ従っている彼の姿が印象に残っているからだ。
そんなことを考えていると総帥のエラムスが何やら話をしている。あいつの名前は何だったか。思い出すことが出来ない。最近になって、国政が安定してきたがそれにはかなりの荒治療をしたとロードスも考えていた。古い考えの人には隠居を進めたり、あまりに無能な貴族からは権力を奪い、平民に落としたりと…。この国も良くも悪くも国王制であったがために長い間の膿が表面化してきたので出しただけなのだが。それでも安定するまでには人材探しに苦労したが、今では俺の顔色ばかり気にしている奴が多くそれが気になっている。エラムスだけは例外だろう。
彼がこちらに駆けてくる。もちろん、馬でだが。
「ロードス王。この先は森になります。ここはヘッセの森と呼ばれ高い木とその木に蔓が巻き付いているのが特徴です。そのため、定期的に印をつけておかなくては行軍の際に行方不明者が出る可能性があります。」
なるほど、奇襲作戦ではここが使われる可能性が高いということか。
「分かった。ならば尚更警戒をしなくてはなるまい。前列には必ず盾を持たせ、そして術者には探索術を施しながら進むように指示をしろ。そうでなくては行軍が遅れてしまい、兵の疲労が溜まってしまう。」
エラムスは頭を下げた。
「その方向で指示をいたします。しかし、兵糧にも兵を配置したいと思います。士気を下げるには頭をつぶすか、兵糧を攻めるかそのどちらかの戦法で攻めるのが正攻法です。現在の情報ではあまりたくさんの情報がないため、正攻法で守りながら進むのが一番かと思います。」
エラムスが言うことは理解できた。
彼には率直に質問をした。
「ここで奇襲をされる可能性は高いのか。」
エラムスは答えた。
「はい。もし、私が相手の参謀ならここで最初に仕掛けるのが普通ではないかと思います。むしろ、ここ以外に仕掛けるとしたら地形的に無理なところも多いかもしれません。」
このヘッセ地域を抜ければすぐにアリストに続く道が開けてくる。最初に位置しているのがタキーの街で不安は残るが。
「うわああああ。」
軍の前列から悲鳴が聞こえる。
「もう奇襲が起こるようですね。それでは。」
彼は最低限の挨拶をし、戦場にかけていく。
俺は何をすべきかな。
周りを見てみると俺の支持を待っているようも見えた。
「俺の周りを囲め。出来る限り、奇襲を阻止せよ。各隊長には俺の身辺警護は大丈夫と伝えておけ。」
そう言うと伝達兵の二名が動き出した。
戦場というのはこういう雰囲気か。
ロードスは少し拍子抜けしたような考えを持っていた。
駆け付けたエラムスは何となく違和感を覚えていた。
「妙だな。」
普通であれば、もっとたくさんの兵が死んでいるはずだと不謹慎だと心の中では思うが、それが客観視した見方ではないだろうか。
見た限りでは死んだ兵は10人。しかも、物見をしていた兵が死んでいることもあり奇襲とは厳密には呼べない。むしろ、排斥といったほうがよいのか。それもヘッセの森に入る前というのが気になる。
現在は日が落ちかけており、この状態のまま軍を進めるのは愚行だろう。それに極度の緊張により脱走兵が出てくるのが怖い。そうなれば、士気が下がってしまい敗戦の確率が上がってしまう。それに地図なしに行軍を進めるのはよくない。だが、撤退するわけにはいかないだろう。もう少し時間あれば対策の練りようもある。
そう考えてもしょうがない。
「現状の報告を。」
すぐ近くにいた百人隊長に聞いた。
「はい。報告いたします。死傷者は20名ほど。内訳は死者が約10名、重傷者5名、軽傷者5名です。私が物見として20名ほどを派兵しました。理由はヘッセの森に伏兵がいる可能性があると判断したのと同時に行軍するにあたって、明確な地図がないためその先導役をしてもらう予定でした。」
エラムスは自分が見て思った状況と隊長が言う状況はあまり違わないと判断した。疑問点は多く残っているが。
「分かった。ご苦労。傷の手当てをすぐにしてもらうよう手配をする。」
「ご気遣いありがとうございます。」
そう言って彼は現場に戻っていった。
これから国王に話をつけねばなるまい。ロードス王は軍の指揮をしたことが1度もない。今回の遠征軍は1万人。指揮系統が機能していなければ負けてしまうが、正直なところ1000人以上兵隊を任せられるような人材がいない。それに皆、ロードス王の前で委縮しているだろうからな。そう自分に言い聞かせた。
「伝令を2人ほど頼む。」
横にいる副官に命じた。
彼はすぐに兵を呼び、姿勢を正させた。
「連れてまいりました。」
「1人は国王に行って伝えることがある。今すぐ話があるからそちらに向かってよいか伺ってくれ。」
俺がそういうとすぐに1人の伝令が走って行った。
「君は今すぐに救護を前線に派遣してもらうようにしてくれ。守りのほうは彼らがやってくるだろうから心配はいらない。そう言ってくれ。」
すぐに伝令が後ろに向かう。
副官が首を傾げた。
「しかし、どうして国王にお伺いを立てるのですか。あまり意味がないような気がいたしますが。」
意味がないわけがないだろう。そもそもお前たちがあまりにも仕事をしないせいで俺が救護の段取りまでをしなくてはならないのだから。
「まあ、色々とな。あとは任せたぞ。俺は国王のところに行くことになるからな。」
すぐに伝令が戻ってくる。
「救護班は了承いたしました。」
「分かった。」
「国王はすぐに来るようにとの仰せです。」
「2人ともご苦労。持ち場に戻ってくれ。」
彼らは戻っていった。
俺は彼らを見送ってから副官に言った。
「行ってくる。ここは任せた。」
「は!」
俺は少し胃に痛みを感じた。
ロードス王は馬に乗っていた。国主なのだから当然かもしれないが、ロードスにとっては有難迷惑だった。乗馬の経験はたしなみ程度だったのだ。それにここまで行軍というものが疲れるものだとは思わなかった。
そんな不埒なことを考えていると前から何やら兵隊が走ってくる。
「国王陛下にエラムス総帥から伝言があります。今すぐに国王陛下に進言したいとのこと。」
「分かった。今すぐに聞こう。」
そう言うと伝令は言葉を伝えるべくすぐに走っていく。
これが戦場か。状況判断はエラムスに任せたほうがよいだろうな。俺が下手に口出しをしたら余計に混乱を招くことになる。
奇襲をされたせいで前線の兵は少々浮き足立っていた。
「エラムス、来たか。」
ロードスは彼をテントの中で迎え入れた。
今はヘッセの森の前で野営をしている。本来なら危険極まりない行為だが、現状ではそれが最善の行為だったのではないかとエラムスは考えていた。森を前にすることで奇襲をされる可能性は高まるが、森が反対に障害になって敵兵が少なく被害が少なくなると考えていた。彼らの持ち味は兵数。それが鍵なのだ。
「はっ。明日の予定を説明したく思います。」
ロードスは彼の表情を見ていた。その様子からは焦りではなく、疲れが見えた。行軍を始めてまだ1週間。アリストに着くまで後1週間。行軍としては短くはないだろうが、疲れが濃すぎる。これではほかの兵はもっと疲れているはず。
「そう固くなるな。今は2人しかいない。俺が何かすることもない。」
エラムスは足を崩した。
「分かりました。正直に言いましょう。一旦、ここで1日ほど休息をすべきと考えます。」
エラムスは汗を拭いながら答えた。よほど、俺が怖いのか。
「すまんが、理由がいるな。今回は他国の目もある。あまりもたついてしまっては他国に軍事力の弱さを示すだけにもなろう。それにアンテ軍との連携もある上、その連絡もついている。」
アンテ軍は同じく明日、アリスト国内に踏み入れるとの連絡をしてきた。アンテ軍はアウス王国に負けた経緯があるため、2万の大軍で出兵をしている。
「恐れながら、兵はいつもよりも疲れているように見えます。今までに経験した戦いはせいぜい1000人規模の戦ばかり。このような大きな戦いを前にして少々尻込みしているものもいます。その上、地図が完成していない森の前での奇襲も相まって休息が思うように取れていないように思えます。そのため、士気が下がる前に少し休息を挟んでは如何かと。」
ロードスは渋い顔をした。直ぐ様、顔色が赤くなる。
彼は口を出されるが好きではない。
「その程度では理由にできない。我々は政治を放り投げてきているのだ。しかも今回は討伐軍なのだ。彼らは逆賊であるために討伐軍を送っている。」
エラムスはこの言葉を聴いてまずいと感じた。このままでは士気が下がる可能性がある。しかし、ロードス王が言っていることも間違っていない。援軍がアリストに侵入する可能性があるというのを広めれば、この戦争の正当性がこちらにあると認識させることが出来るからだ。しかし、そんな大義名分も負けてしまえば意味がない。
「エラムス、分かっているな。今回の戦いには13か国が見ているとの話をお前にはしたな。それがどういう影響を及ぼすかお前は分かっているはずだ。もし、それが失敗したとなれば、13か国の士気も落ちかねないし、リオ王は捕まることはなくなり、彼の国民は13か国連合に牙を剥けることになる。そうなれば、我が国もただことではすまん。」
それが分かっているから今回の戦いには反対だった。もちろん、いずれは滅ぼさなくてはならない国ではある。しかし、今は軍備を拡大させることが先決だった。軍の練度は悪くない。だが、数が足りていないのだ。それさえ、準備できればこちらの勝ちは確実だった。
「ぎゃあああ。」
また、テントの前方から声が聞こえた。
これでは、兵は休む間がないだろう。もしかしたら、それを狙っているのか。だが、それはあくまで行軍を遅らせるための方策のはず。では真の目的はどこに。
彼は王に軽くお辞儀してからすぐに現場に向かう。
その彼を見つめる。集団があった。