第10話
ティルは正直、焦っていた。2万の大軍をアリストが追い返すこともできるはずもないが、状況的にはこれを撃破することで国内動静を安定させて内政に早くかじ取りを切りたい。しかし、それは難しい問題だ。
「おまけにルヴェルまでがリオに報告させたのはよくなかったかなあ。」
口調は落ち着いている。ただ、能天気なのかもしれないが。
だが、その口調とは裏腹に椅子の周りをせわしくつついている。
「ティル殿、そんなに焦っても仕方あるまい。こちらからルヴェル殿を送ったのが3日前、もうすでに到着している。軍備は十分に間に合うはず。」
タミル。テミール将軍の副官である。常に冷静な将軍とは違って、感情に動かされやすいらしい。あくまで噂でしかないが。前の戦いではそんな感情は見せていなかった。
「タミル殿の言う通り。我々は粛々と準備するのみ。」
短く答えたのはバーナード。彼はレミール将軍の副官である。バーナードは反対に冷静で軍師も兼ねていたという。人は印象ではわからないものだ。当時は彼らを将軍付き副官に任命するのには多数の反対があった。タミルはともかく、バーナードは敗軍の将である。しかし、リオが反対派を止めたのだ。軍の兵数も少なかったが、それよりも大軍を率いるには大役を担う人材が育っていなかったことが原因だ。経験は少ないうえに、実力も彼らには劣っている。その状態ではリオの意見を覆すことは出来なかった。だが、信頼の面からも彼らは追及を余儀なくされた。それがこの国を整えるためにずいぶんと時間がかかってしまった理由だ。
建前では、最高責任者は王であるリオになっているが、体裁は民主主義だ。ほかの閣僚たちは極力、会議を通じて決めるというのがこの国の法令とされた。もちろん、王の罷免権も備わっている。これで軍と政治を切り離し、できるだけどちらの権力も集中しないようにしている。しかし、将来的には対立が起きてしまいそうだが。会議で決められる議員は国民による選挙で選ばれる。だが、この3年間は国政を安定させないといけないので据え置かれている。国民には告知をしてあり、特に問題は起きていないようだ。
「そうは言ってもねぇ~。2人ともよく落ち着いていられるね。状況的には兵を分散させる必要があるから、こちらが不利かねぇ~。」
バーナードが神妙な顔で考えていた。
「バーナード、お前なら十分よい策を立てることが出来るだろうな。俺はこれから兵の収集と兵糧を手配するように各部署に働きかける。では、失礼します。」
軍の指揮権で言えば、ティルがリオの次になる。彼は先の戦いでは活躍ぶりは聞いているし、リオ王からの信頼も厚い。彼自身は決断力に乏しいと思っているようだが、王を思う気持ちはただならぬところがある。それは王と一緒に殿を務めたところでも証明できる。
「バーナード~、何か方法はあるの。」
バーナードはこの言い方が気に食わなかったが、彼にはこれから世話になるだろう。自分自身、コミュニケーションに乏しいのは理解している。しかし、自分の話を分からないような人とは話をしたくないのだ。時間を無駄にしたくないからだが、それは周囲に伝わっていないだろう。ティル殿は部下からの信頼も厚いと聞いている。もしかしたら、前のようにはならないかもしれない。
「私が考えているのは…。」
リオはトガスと向き合っていた。
病院ではここはムンクと呼ばれているそうだ。一見、普通そうに見えるこのテラスだが、様々なところにメモ書きがあるのが分かる。壁にはすべて赤い文字で書かれている。部屋自体はカフェのように落ち着いた作りになっているが赤い文字のせいでそれがかえって不気味に思える。
トガスは文字を見たことに気が付いたようだ。
彼は寂しげな顔で言った。
「ここには最後の言葉が記されています。」
リオには意味が分からなかった。もし、それが本当であれば遺族に言葉で伝えるべきだと思った。
「ことばで伝えることは出来ないのか。」
トガスは頷いた。
「もちろんできます。しかし、言えないこともあるのです。家族には隠しておいたこと、伏せておきたいこと、これからを案じる言葉、将来に向かう子供への言葉。いろいろあります。ですが、難しいのですよ。隠しておいたことはともかくとして、未来へ進む者にとっては足かせになるかもしれない。そうでしょう。リオ。あなたも迷っているはずです。」
「………。」
彼はガラス越し見える景色を見ながら言った。
「皆、あなたみたいに強いとは限りません。誰しも弱いところはあります。あなたの心もいずれ解放される時が来るといいですね。」
トガスは本心から言っているようだ。
俺はこの言葉が心に沁みていくのを感じたが、現状の確認を先にすべきだった。
「話は変わるが、シャンはいつごろ退院できそうだ。昨日、連絡が入った。早速だが、この国は戦場に変わるかもしれない。優秀な副官がいるが、正直言って厳しい状況だ。トガス、あなたにもできれば軍に加わってもらいたい。衛生兵として。今は人材が不足している。」
トガスは表情を変えなかった。
少し間をおいて答えた。
「リオ君。君の言っていることは理解できる。しかし、軍に入る以上戦いからは避けて通れないかもしれない。その時に僕は使い物になるのだろうか。」
これは質問なのか独り言なのかわからなかったが、答えることにした。彼がいるのといないのでは軍の負傷者の数が違うはずだ。
「そのことに関して確かに否定はしない。だが、今レオンがギルドと交渉を行っている。ここには運よく二人のギルドマスターがいるからな。2人とも信頼できるが、ギルド全体として判断するのか、彼らはどうするかわからない。もし、うまくいったらトガスにも参戦してもらうということでいいか。」
彼は頷いた。
「それなら大丈夫かもしれない。何しろ、アリスト軍ではうまく衛生兵が機能するかわからない。」
「確かにな。兵力は限りがあるし、その中でも策を練らないと勝てない相手だ。ロードスは俺には甘くない。」
彼は俺の言葉を聞き、黙った。
関係は知っているに違いない。
これで第一段階はクリアしただろうな。問題はここからか。
レオンはギルドに新設されているアリストという文字を目にしていた。
ギルドの建物の正面にはアリスト支部と大きく書かれている。
ギルドマスターのシーリーと知り合いになったということもあってか、うまく事が進み支部を立てることが決まったようだ。
それにしても、この建物は木造だが、木は継ぎ目もなくきれいに加工されている。今では、煉瓦造りの家が大半であるのに。
そんなことを考えていると後ろから声がかかった。
「何してるんだい。レオン。さっさと中に入ったらどうだ。」
口は悪いが、ギルドマスターの中でも一番話しやすく、そして革命の助力をしてくれたシーリーだ。あれから幾分、年を重ねているようだが実力は健在だろう。
「申し訳ない。この支部が出来たことに少し感動していました。ですが、そんな話もこの2週間の間にはできなくなるかもしれません。」
シーリーはこっちを見、そして、ロードス王国のほうへ視線を向けた。
「そうだね。あの国にもきな臭い話が飛び交っていたが、こんな事態になるとは思わなかったよ。何でも、あそこの国はリオ、王だけを生け捕りにすればいいという話を耳にしたけどね。」
レオンは王という間に空白があったことが気になったが、今はそんなことを気にしている場合でもないだろう。情報はギルドのほうが早いが、リオの生い立ちから考えてロードスがそういった指示を出すことはそんなに不思議ではなかった。
「情報が早いですね。今回は正規の任務として依頼に参りました。2日後には返答をいただきたい。私たちにはもう時間があまりありません。」
バーナードは地図を見ていた。
この地形であれば、昔用いた戦術が有効なはず。しかし、その戦術には費用と大量の軍馬がいる。
「なるほど。」
タミルには事前に説明をしていた。彼はレミール将軍に従軍するようになり、その中でテミール将軍とタミルを知った。動機ということもあり、何かと話をしていたのだ。
「だが、この作戦は情報の伝達と双方の信頼関係が大きく作用してくる。今回の作戦ではそこがあまりにも不明確ではないか。」
その言葉は予想をしていたものだ。しかし、その不安は消えることはない。
「だからこそ、初戦が圧勝という形で終われば問題はない。それにリオ王であれば、何とかまとめてくれるはず。」
タミルは顔色を悪くした。
「バーナード、分かっているとは思うが軍師は冷静に物事を判断しなくてはならない分、それ相応の責任がある。今回は5000人の部下を率いることになるかもしれない状況でお前を悪く思う奴は多い。指示に従うかどうかも分からん。少なくともレオン殿にはこちらで指揮を執ってもらいたいが…、ロードス国王の判断次第ではそれも難しいかもしれん。」
これも想定内。だが、今回は希望的観測の元、動かなくてはならない。
「そうだな。」