第3話
タキーの街はリオが思っている街とは違う印象を受けた。
空気が冷たいということはない。
雰囲気だろうか…。いつも見てきている街ではない。そもそも街の雰囲気が異常だ。
何か貧民街とは違って、死臭が立ち込めているか。
しかし、このところの騒ぎのせいなのか。そのためか人通りも少ない。
何かが俺を不安にさせている。いったい何だろうか。
「リオ王、あなたが来るようなところではないようだ。少し、血の匂いがする。だが、貧民街のことも考慮しないといけないか。幼少期の話はあまり聞いてはいませんな。いずれはお話を伺いたいものです。」
「リオなら慣れている。貧民街でもこのくらいの臭いはしていたさ。だが、こういった環境に慣れているわけではない。あと将軍、無駄な詮索はしないほうがいい。すべてにおいて美談になることはない。それはすべて後付のことが多い。歴史を紐解いてみればすぐにわかることだ。いま、このことがどう描かれるかはわからないぞ。」
レオンとテミール将軍は何か喋っている。
雰囲気が少しギクシャクしているようだ。本当はこの話に参加をしなくてはならないはずだが、気が少し違うほうへ向かっている。
だが、この異様な雰囲気はどうしてだ。今までにこのような力を扱うような奴はいなかった。術の行使はされていないが、人の気配がする。その思いが完全に払しょくされない。
俺はあたりを見回していた。
「リオ、どうした。ここ2日、何かに見張られているのか。俺は気配すら感じないぞ。少し警戒しすぎではないか。確かにタキーでは事件が多発しているが…。将軍も少し気になっているぞ。将軍でさえ、殺気を感じることはないと言っていただろう。」
そういう感じでなく、明らかに洗練された殺気を感じている。それが今でも感じているのだ。状況を把握しようにも現在、俺が狙われる理由がある。だが、わざわざ暗殺者を派遣してまで殺す必要はないだろう。殺すのであれば堂々と殺してしまえばいいことだ。確かに革命という響きはいいかもしれないが、言い方を変えればクーデターだ。そのリーダーを殺してしまえば、確実に次期の王に就くことは間違いがない。だが、ここまで隠すとなれば何かあるのか…。
「リオ王、少なくとも私たちがいます。多少なりとも時間を稼ぐことはできましょう。心配にはおよびませんよ。」
将軍は俺の気持ちを慮ってかそう言う発言をした。彼は幼少期から訓練に明け暮れていたため、若干仕事以外の面ではコミュニケーションが苦手だ。その彼が無理をして話しかけてきているのであれば、かなり心配してくれているのだろう。
その言葉を聞いても、俺は心配を拭い去ることができない。
彼ら2人の術をもってしても探査に引っかかることがなく、俺たちを尾行することが出来ているというのが怖い。確実に殺されると思うのも自然だ。
周りに気を取られすぎており、目の前のことがおろそかになっていた。
気が付いた時には目の前から3人がこちらに歩いてきている。タキーの人間だろう。
「さて、どんな人物か拝見したいところだが、誰か来たな。」
レオンが言った。レオンはすぐに気が付いたに違いない。体に力を込めていたのがわかる。
正面の彼には護衛がついているようだ。年齢は50いかないぐらいだろうか。その後ろに男と女が1人ずつ。女のほうはかなりの術の使い手のようだ。男は俺と同い年くらいだろう。赤い眼をしているのが少し気にかかる。それにしても、この治安が悪いとされているこの街で護衛を務めているのはたいしたものではないかと思う。
ここはタキーの正面玄関にあたるようだ。リオが正面に立った時、何か壁を感じた。すぐに能力で相殺したが。その力はかなりのものだったのかもしれない。俺はいろいろな人から術の練習のための実験台及び自己鍛錬のために術の相殺に努力をしている。この1年間で大抵の術には対応できるようになった。
年長の男がしゃべるのかと思ったが、若い女がすぐに話しかけてきた。
「こちらは村長のタキーです。私は護衛のソフィーと隣がクレオールになります。このたびはこの辺境の地にはるばるお越しいただきありがとうございます。しかしながら、今回の来訪は事前に連絡をされていましたか。さすがに急な敵襲かと思い、少し強い防御結界を張らせていただきました。何か、相殺できるような術をできる人がいたとは思えないのですが…、リオ王に置かれましては何か特別な力を持っているとのうわさが絶えません。わがギルドでもその力を試してもらいたく…。」
訓練バカかこの女は。その会話に少し不快な思いを感じたのか、レオンと将軍はそろって顔をしかめている。
その会話にさえぎる形で年長の男が会話に加わる。
若い男はどこか落ち着かないのか、周りを見ているようだ。
「少し黙れ。ソフィー。こちらはリオ王だ。改めてこの地を治める王にその口の訊き方はない。それが権力者に対する態度ではないはずだ。ギルドでもそのことは習っているはずだぞ…。」
年長の男が窘める。それに合わせて腰から頭を下げる。さすがに年長者だけはあるようだ。俺たちとは礼儀の作法が違う。
相変わらず若い男は周囲を見回していたが、遠くに視点を合わせた。
「すみませんでしたな。この2人は年が若いので少し警戒感があるようです。また、礼儀が行き渡っていないことをお詫びします。しかし、重複になりますが、現在この場にいるのは異常とも言えます。まず、アポイントを取っていないのは如何と思われる。少なくとも、私はこの街の村長を務めている。その立場を軽く見ているのであれば、今すぐにこの場、この街から立ち去りなさい。」
ゆっくりした口調だが、声が低く、声の通りがいいためかなり高圧的にも聞こえる。
レオンがその言葉にすぐさま返した。
「それは申し訳ないと思っている。しかし、今は13か国会談が行われている可能性がある。そのため、この街には来るという予定を立てたのは3日前なのだ。無礼なのは承知しているが、その点を理解していただきたい。」
レオンには珍しく焦っている。
相手が年長者だからか。それともこの街には能力の高い人が多いからなのか。
「その情報はギルドから聞いておる。しかし、もう少しゆっくりされてもよかったのではないかな。こちらにも問題も抱えておることもある。わざわざ王がそこまでの危険を冒してまで来るような街でもあるまい。ここは産業も発達できない土地柄。唯一恵まれているのは人材かな。あと2つの街に行かれたほうが…。」
村長が話している際に抜剣した。
底知れぬ殺気が身近に迫っていると感じ取ることができたからだ。
今回こそは姿を現させてやる。
それに合わせて、ソフィーという女が村長に防御結界を張り、クレオールという若い男が前に出る。右手には短剣が握られている。この若い男は見かけによらず、かなりできる男らしい。
「リオ、やめろ。」
レオンがリオの前に出てクレオールと対峙する。
今までの会話に何か不快な思いをしたと勘違いしているようだ。しかし、そんなことは今気にしていられない。
テミール将軍は静観をしているようだ。剣を抜く様子もない。
俺だけが感じた殺気なのか…。
村長が驚いた表情をして若い男を見ていた。
「クレオール、どうかしたのか。」
彼は少し間を置き、剣を収めた。
「いや、気のせいのようだ。すみません。リオ王に切りかかろうとしたわけではありません。何かこう殺気を感じたので…。それで剣を抜きました。このところ、この街だけではなく他の街でもこのような殺気が満ちています。私はこの殺気を何とか探ろうと思っているのですが、なかなか難しい。もしかしたら、これがこの街で起きている事件と何か関係しているのかもしれません。重ねて言いますが、申し訳ありません。僕はリオ王がアリストを発起したことには不快感は覚えてもいません。むしろ、冒険者には国境など関係ないのです。これで答えになっているのでしょうか。」
クレオールを見て、レオンは顔をしかめた。通常ではこのような行為が認められるわけではない。だが、現状では事件が多発していることもあり、危機管理が鋭いのは問題ないだろう。それに言い方もレオンには理解しがたいものだ。国にいる以上、一定のルールは守らなくてはならない。それはどの国にも言えることだ。それを冒険者ということを盾にしてまかり通るわけがない。
レオンは声を荒げて言った。
「済まされるわけがないだろう。わずか一年足らずとはいえ、王だぞ。このような無礼が認められるわけがない。たとえ、それが事件多発地域であったとしても。どちらにしても、もう少しちゃんとしてもらいたいものだな。村長。あなたはしっかりしておられるが、先ほど言われた通り、あまり良い教育をしていないように思えるな。」
テミール将軍が少し仲裁に入る。
「レオン殿。そのような言い方をするな。そのような態度ではこれから国を運営するにあたって障害がでる。高圧的に出るのも時には間違いはないが、身近の者に接することも覚えなくては。村長、あなたもこういう事態になりそうなら、この2人の人選を誤っている。能力は確かにあるかもしれないが、こういった場には向かないだろう。もう少し場馴れした冒険者や傭兵ぐらいはいるだろう。」
タキーはため息をついた。おそらく、場馴れした傭兵だとすると金銭的な部分など面倒なこともあるのかもしれない。
「無礼をいたしました。今回は事件があるということで許してはもらいたい。また、双方に問題があったということにしてもらえないだろうか。それにこの2人はギルドの中でも冒険者として注目されていましてな。あなたがたにこのような態度もできる。普通の傭兵であればここまで緊張せずに…と言うわけにはいかないでしょう。できれば穏便に済ませたいところです。ギルドとの関係を良好に保ちたいので。それはあなた方も同じはず。ところで、どうしたのです。リオ王。」
レオンは若い2人の情報を整理していた。
この2人は最近、未開のダンジョンへもぐったメンバーの2人だろう。ほかの2人は流れの冒険者であるとも聞いた。しかし、本当にこの情報が正しいのか吟味をしていた。この情報はミランダ、そしてシーリーからも同じ情報を受けている。2人の意見が間違っているとはとても思えない。その中でもクレオールは注目を浴びている。それは彼の術が特殊である。木の属性はこの世界の創始者が使ったとされるショウが使っていた属性であるといわれている。術の中でも生を生むことができる特殊なものだ。だからこそ彼は術者の中でも賢者といわれるほどに崇められている。現在でもそういった町はあるらしい。
少なくとも女は置いたとしてもクレオールだけは何とか仲間に加えたいものだが…。
情報では彼を迎えるのは難しいだろう。何せ、昔のレリクに似ているとまで言われては。
「クレオールと言ったな。」
テミール将軍は言葉を発した。
「君は何か殺気を感じたといった。ここにいるリオ王はこの2日間尾行されているとも言っている。知り合いにそういった技術を知っている人間はいるかどうか知らないか。ギルドにも出入りしているのであれば情報は速いはず。こちらにも情報が入っては来るが、どうしても付き合いが短いため、なかなか情報が回ってこないのだ。」
そのような会話をしている中で、リオは常に気を配っていた。
あの殺気が消えるわけではない。今も感じている。複数の人間がこのような術を行使しているとは思えない。実際には俺みたいに術が使えないものであるならば、気配を消すことは難しくはない。その場合でも風と土などの属性の探査を振り切るためには術の行使の瞬間を見極めなければならない。それができるようになるためには練度が高い術師と訓練を繰り返さなければならない。そのようなことができる人間もそう多くはいない。それに俺みたいに術が使えないやつが珍しいのだ。
リオはクレオールに言った。
「君は殺気と言ったが、どのような殺気だ。俺はこの2日間それが感じられている。確かに目視をしていたわけではないし、明確に術の行使を見たわけではない。だが、それだけではないような気がしてならない。クレオール以外のみんなは何かを感じているわけでないのか。俺は今も殺気を感じているのだが…。」
俺は言葉を切って、剣を収めた。
「分からないですね。今はもう感じなくなりました。リオ王に何か特殊なものがあるのであればその感覚に狂いはなく、むしろ信じたほうがよいと思います。村長、何か対策はないものでしょうか。」
クレオールははっきりと言った。
とはいいつも難しいことである。普通の探知にも掴まらず、術の行使もみられない。可能性としては結界だろうが、殺気が感じられる間となれば熟練の術師となる。それが可能なものはいるのだろうか。
渋い顔をしながらタキーは言う。
「現状では難しい。傭兵たちもこの各国の情勢を見て動き出しているものいれば、多発している事件に関して怯え逃げる者もおる。どちらにせよ、住民の出入りが激しい中では大量の自警団の人数となる中で、王を守るものとなれば信頼できるものがいるかどうか。失礼でしたな。今はそういった状況なのです。」
タキーは再びお辞儀をした。今の世界ではあまり風習がないが、タキーではこの風習が一種のあいさつになっている。是非ともこの姿勢を学びたいものだ。
そう考えながら、リオは言った。
「それは構わない。何しろ急な訪問だし。ただ、ここに来たのはわけがある。」
タキーは体を上げた。
少し狼狽したように言う。何かあったのだろうか。
「それはいったい…。」
声も少し上ずっている。
レオンはそれを無視し言った。
「シャンという男に会いに来たのだ。」