リオ・リチャード第1話
ドゴッ
キィィィン
「ぐわあああ。」
「今だ、押しているぞ。このまま、行け。」
この付近では戦場と化していた。
大きな鷲の旗を掲げた旗が立っている。
その隣に大きな男が立っていた。
名はアウス・リチャード。
髪の色は金髪で体格もかなり大きい。
彼の背中には背丈ほどもある剣がある。
彼はリチャード家の二男として生まれた。
しかし、彼の兄は病気がちであまり長男としては頼りなかった。というよりも体が弱かったので仕方ないことである。
だから、彼は次の当主になるべく、英才教育を叩き込まれた。
そこでの努力も実り、彼の才能は開花した。
政治面は家臣に頼ることが多いが、戦場では彼に勝る者は彼の家臣の中にはいなかった。
3年前の大戦で彼は見事に名を売った。
彼の軍は少数であったが、精鋭には違いなかった。
そして、リチャード家は家臣の勧めでアウスが選ばれた。中には長男のロデオを推す家臣も少なくなかったが、その兄も去年、他界した。
ロデオを推した家臣はすでに誰もいない。
彼が解雇してしまったのだ。
彼の低い声が隣の者に聞こえる。
「戦況は?」
副官が答える。
「我が軍がおしているようです。おそらく、敵将はギィスというものです。傭兵上りで兵法を知らないようです。」
「ふっ…。傭兵でも知っている奴はいるだろう。油断はするな…。」
そういって、彼は空を見上げた。
「それにしても、こんなことになるとは思っていませんでした。」
「そうだな。」
そこに伝令が走ってきた。
「お伝えします。ルア様が…。」
「男か…?」
彼には養子しかいなかった。ルアとの間にできた子供は今回が初めてだ。
少し間があって答えた。
「男の子だそうです。」
「よくやった。」
彼は声を張り上げた。
「俺に世継ぎが生まれた。」
彼の家臣が歓声を上げる。
「ここは俺たちの勝利だ。俺たちはここで一旦、軍を退く。アンテ軍よ。感謝するがいい。」
彼は戦場を後にした。
パカッパカッ…。
馬の走る音が聞こえる。
彼は王宮の階段を上っていった。
「ハアッ、ハアッ。」
彼はドアを乱暴に開けた。
「あなた、ずいぶん早かったのね。」
20代の後半だろうか…。
ルアの髪は長く、きれいに手入れされていた。
胸は子を宿してからというもの、かなりの大きさだ。
夜着から見える乳房はかなり濃艶に映っていた。
「キャキャ」
俺の赤ん坊が俺のほうを見て笑っている。
恰好が派手すぎたか…。
「ふふっ。お父さんの顔が分かるのかしら?」
「俺の子だからな。」
彼はそういって、赤ん坊を抱き上げた。
「お前の名はリオ・リチャードだ。」
彼は自分の子供にそう名をつけた。
そう呼ばれたリオは父の顔を見て笑っていた。
リオ・リチャード5歳
2人の影が見える。
「緊張するな。ただの儀式だ。」
「はい。父上。」
そういって、父上は僕の前を歩いて行く。彼はこの5年で、この国の国土を2倍にした。彼はリチャード家の英雄となりつつある。僕はこの父を超えることができるのだろうか?
「どうした?」
そういった彼の顔は慈愛に満ちていた。
僕は少しの疑念を頭から振り払った。
僕たちは赤い絨毯の上を歩いていた。僕はこの絨毯が嫌いだった。家にある赤い物はあまり好きになれない。どうしてだろうか?それは僕にはわからない。でも、僕にはよい色には見えない。貴族には必須アイテムらしい…。ルヴェルがそう教えてくれた。
いくつかの廊下を通り過ぎ、大きな扉の前に立った。
そこには兵士が立っている。おそらく見張りだろう。
「アウス様、準備はすでに整っています。」
「分かった。御苦労。」
彼は扉を軽々開けた。
「リオ、行くぞ。」
何をやるのだろう?
考えている間に何かある壇上に連れて行かれた。
「ここに元服を行う。」
父上はそう宣言した。
何が始まるのだろう?
げんぷくの意味さえわからない。
「リオ。ここにある剣を取れ。」
僕は父上がいる壇上へ上がっていった。
そして父上の隣にいく。
正面には多くの兵士が僕たちの儀式を見つめている。
僕は宙に浮いている剣を見ていた。
剣?これは剣なのか?僕にはとてもそうは見えなかった。
父上の鞘に挿している剣には道具としか見えない
しかし、この剣には何かある。
僕はその剣を取った。
何だろう?
何か思いが感じられる。
手にそれが伝わってくる。
父上が少し小声で話しかけた。
「それを頭上に上げるのだ。そして、力を込めろ。」
力?僕はよくわからないけど、手に力を込めた。剣を上にあげた。
「リオ、リラックスしろ。もっと力を込めろ。」
僕は力を込めた。しかし、何も起こらない。僕はおそるおそる手に持っているものを見た。
「まさか…。お前は…。」
そういった父上は顔が青ざめていた。
何事にも冷静だった彼が狼狽しているように見える。
『待っていた!』
“それ“からそう聞こえた。
そのことに驚いてしまい、僕は思わず手を放してしまった。
カランカラン
剣が落ちる音が聞こえる。
王宮の広場が静まり返る。
時間が止まってしまったみたいだ。
兵士は全員、僕のほうを向いていた。
父上は走り去っていった。
それにつられて、兵士たちは顔を見合わせ出て行った。
会場に残されていたのは僕一人だった。
僕は1人で廊下を歩いていた。
普段なら1人は付いているはずの兵士もいない。
1人だと自由でいいけど、誰もいないとなると寂しくなる。
少し母上と話をしてみようか…。
僕はそう思って少し暗くなってきた廊下を歩いていた。
扉を開けようと思った時、部屋の中から声が聞こえた。
「あの子は呪われし子供だ。」
父と母の会話を耳にしてしまった。どうやら部屋の中にいるのは父上らしい。
「あなた、どうしたの?急に?」
「あいつはおそらく術が使うことができない。」
「それが?何か問題なの?」
「分からないのか、リチャード家は代々、水の使い手として有名だ。あいつが術を使えないと知ったら、この家がどうなると思う?」
「それは皆がそれぞれ考えることではないの?」
「お前は分かっていない。それがどのような影響を及ぼすのか、この家がどんなに混乱するのか…。考えただけで、背筋が凍る。」
「でも、彼は私の子です。」
「あいつはこの家から追放する!俺には家を…、血統を守る義務がある。」
「追放?本気なの?」
僕にはこの状況が理解できなかった。
「奴はこの家にふさわしい能力を持っていない。家臣にも同調するものが多数いることだろう。リオを追放してしまえば、混乱も行く行くは沈静に向かうだろう。」
「彼はこれからどうやって生きていくの?」
「そんなことは知らん。少なくとも、この処分には俺から勅令を出す。お前も、あいつのことは忘れろ。あいつはこの家にはいなかった。そういう形になる。」
「…。同意することはできません。彼は私のたった一人の子供。私もここを出ていきます。」
…
2人の間に冷たい沈黙が続いた。
やがて、父上が言った。
「勝手にするがいい。」
僕は慌てて、廊下の隅に隠れた。
ガチャン
乱暴にドアを開けた音が響く。
父上はかなり動揺していたらしい。
僕の存在に気がつかなかった。
それよりも気がつかないようにしていたのかもしれない。
僕は母の側に行こうとしたが、それはできなかった。
母の嗚咽が廊下に響いていた。
母をこうしてしまったのも僕のせいなのだ…。
~2日後~
「母上…。」
「リオ…。あなたは心配しなくていいわ。」
見送りには2人しかいなかった。
ロードス、そして、ジェラだった。
ロードスは僕よりも3つ上の兄で、ジェラは2つ上のお姉さんだ。
でも、親が違う。彼らは妾の子供だったらしい。
そういう噂は伝わるのが早い。
だけど、母はそんなことは気にしていなかった。僕と同じように彼らを愛していた。
「母上、本当に行かれるのですか?」
「ええ。ロードス、あなたには迷惑をかけるかもしれないわね。でもね、彼を恨まないで。彼は彼の立場があるの。」
「分かっています。しかし、本当にこの形でいいのでしょうか?」
ジェラはそういった。
僕には全く分からなかった。
「私にはわからない。でも、私にはこの子を1人にすることはできないの。」
ロードスが僕を睨んでくる。
それは当然だろう。
全部、僕のせいだから…。
「リオ、お別れを言いなさい。」
僕は彼らの眼を見ていった。
「さようなら。お兄さん、お姉さん。」
その時、僕は今後、未来がどうなるのか、全く分からなかった。
リオ・リチャード7歳
「あいつがお前らをいじめた奴か…。」
「良いなりをしているな…。どこかの御曹司か?」
「噂では…。」
「どうでもいいから、かかってこないのか?」
僕は10人もいる奴らを見下していた。
群れている奴なんか目じゃない。
僕はこれからもっと強くなる。どうして、そう思ったか、分からないけど…。
僕は彼らに向かって走っていった。
「へえ、それで負けて帰ってきたのか?」
レオン・リヴァイアは短い髪をかきながら言った。
彼はリヴァイア家の長男で俺とは同い年だ。知り合ったのは学校ではなく、よくわからないパーティーだった。お互い知り合いもいなく、そして、いるのは年配の人たちばかりだった。
「負けたうちに入らないと思っている。僕は大人数の相手と戦ったんだ。」
「勇気…。そういいたいのか?しかし、12歳たちに真正面から向かっていくのが、勇気とは思わないがな…。」
そういうと後ろから叫ぶ声が聞こえた。
「リオ様~。大丈夫ですか~?」
まるで僕を心配しているようには思えない。
彼はティル。家名はない。彼は貧民の生まれだ。それに僕と同じく、術が使うことができない。彼は僕に近づくと、なにやら大きなものを取り出した。
りんごのようだ。
「ティル。僕への気遣いは無用だよ。」
ため息をついて、レオンが言った。
「お前たちは兄弟みたいだな。」
そういうと彼は僕を見て、
「こんなことをいつまで続ける?お前の母上が悲しむぞ。」
「そうかな?母上は僕に対しては何も言わないよ。」
「言わないだけだ。」
そういって彼は立ち去った。
彼も名家の出。何かと僕に気を使ってくれる。
彼は成績も優秀らしい。まあ、僕なんかよりも純粋で家族を何より大事に思っている。
ここは貧民街の灯台の麓だ。
とはいっても、治安がいいほうだ。
それは僕が来てからの話だが…。
父上が最低限のことを母上にしてくれているらしい。
しかし、それでも貧民街。
家はほとんどのものが築100年は超えているだろう。彼らはここから抜け出せないのだ。
「リオ様?」
「どうしたの?」
彼はきれいな黒い髪をなびかせながら、俺に尋ねてくる。
「リオ様はどうして戦っているの?」
「う~ん…。」
よくわからないのが正直なところだ。
「よくわからない。」
彼は少し考えて言った。
「いつか…、戦っている理由がわかるといいですね。」
彼もゆっくりと立ち去って言った。
僕が戦う理由か…。
どうして、こんなことをしているのだろう?
母上も心配してくれている。それは僕もわかっている。母上は少しだが、内職を始めている。家計が苦しいのは今に始まったことではなかった。最低限の仕送りは母上が何とか生活できるぐらいのものだ。僕がいるととても足りない。
僕は遠くの海を見ていた。いったい、僕は何を目指しているのだろうか…。
彼は少し古びた道を帰っていった。
僕の家はあの灯台から10キロ近く離れたところにある。
道はきれいに舗装されているとは言い難い。
ところどころ壊れているものを目にする。それが“何か”は僕がよくわかっている。
「リチャード君。今日はずいぶんと遅いのね。どう?私と少し遊んで行かない?あなたなら結構かっこいいし、暇つぶしにもなるのよね。普通の“人”とは違っているからかしら?」
「すみませんが、断わります。遊び相手には他にもいます。」
「あなた、不器用ね。それとも“遊び”について知っていないのかしら?」
嫌というほど見てきた。
「知っています。しかし、人にはそれぞれ役割があります。あなたがやっている職業について僕が言えることはありません。ですが…。」
「ですが…?」
「普通の人から見るといかがわしいことには違いありません。」
それを聞くと彼女は歩きだした。
少し奥へ入っていく。
僕はここで何をしているのか、いつも気になってはいたけどあえて聞かないことにした。
「ふ~ん。まあ、いいわよ。それで、あなたがここに来たのは一体どういった要件かしら?」
そういいながらも、手にはハンドクリームを塗っている。
それは母上が使っていると思われるものよりも高級そうだ。
次に来る客がいるのかもしれない。
僕は用件を済ますことにした。
「ここ最近、羽振りが良くなったやつがいると思う。そいつらのことについて知りたいです。」
彼女は腕組みをして考えていた。
情報がどれか考えているのだろう。
彼女は何かを思いついたように顔を上げた。
「分かった。お金は?」
彼女は僕を窺うように見た。
正直、蓄えはない。
おそらく、今持っているお金じゃ足りないだろう。
「今回は後払いで頼みます。」
彼女は少し笑みを浮かべた。
僕が言ったことに何か間違ったことがあっただろうか?
それを遮るように彼女は言った。
「あなたも懲りないわね。お母様は心配しているよ。」
俺は彼女を睨んだ。彼女の名前はミランダ。今しがたの話の内容で分かったと思うが、彼女は娼婦だ。しかし、彼女は本来ここに来るような人ではなかったはずだが、今ではここにすっかりなじんでいるらしい。彼女の体のラインはすごくきれいだ。普通の娼婦とは違い体は凄く引き締まっている。彼女は一体どういう経歴を持っているのだろうか?
「それは知っています。情報ありがとうございました。」
「お互いさまだよ。少なくとも今回のことには関わらないほうがいいわよ。っていっても聞かないだろうね…。」
僕はミランダの家から出て行った。
この情報によれば…少なくとも今回は人手を借りなくてはいけないだろう。さて、誰が適任だろうか?
「ティル、君はあくまで見張りだ。ここにいて、もし奴らが悪党だったら、治安部隊を呼んでくれ。」
「リオ様、それは構いませんが…。リオ様はどうするのですか?」
「僕は大丈夫だ。」
ここは貧民街から40キロ程度、東に行ったところにある。ダンジョンではないが、少なくともある程度のモンスターがいるだろう。
「しかし…。」
ティルは心配そうに僕を見ている。それは当然だと思う。10人相手に喧嘩したのは3日前。心配しないほうがおかしいかもしれない。レオンはどう思っているかは分からない。
「レオン様は呼ばないのですか?」
ティル…、それは不味いよ…。
「事が大きくなっちゃうよ…。最悪の場合、あいつのお父さんが出てくる。」
「出てきたら早く解決できるのでは?」
いや…、解決したくないわけではないぞ。解決したいの。僕が。
「それはそうだけど…、ほら、いいところをお父さんが持って行くじゃない?それは僕としてうれしくないな。」
そういって、僕はティルを見た。ティルは考えているときは本当に真剣に悩む。ティルは人に気を使いすぎのような気がする。
「う~ん…。じゃ、僕が見張らないといけないか…。分かりました。リオ様、頑張ってきてください。確認するだけですよね?」
「う、うん。そうだよ。」
もちろん、そんなわけにはいかない。
「じゃ、行くね。」
僕はその場をティルに任せ、洞窟に入っていった。しかし、それは僕の決定的なミスとなった。
洞窟は暗い。ダンジョンは明るいと聞いていたけど…。
「こういうときに術を使えないのは困るな…。少なくとも火種だけでもと思うけど…。」
僕は持ってきたリュックの中から手探りで松明を取りだした。
「あちっ…。」
マッチの火が洞窟に広がる。
マッチの火を松明の油の部分につけた。
ボオオオオオ
周りが一気に火がともったように明るくなる。
「思ったよりもコケやキノコが多いな…。あまり使われていないのか…。それとも、ここにきて日が浅いのか…。」
僕は注意深く周りを観察した。
しかし、そこには確実に術が行使されているところが見えた。
「少なくとも自分たちで使いやすいように改造したのか…。」
結構な術が使われたようだ。噂になるのもむりもないことだろう。
「ここからは注意深く動かないと…。」
僕は後ろから殺気を感じた。
グルルルル
「ウルフか…。」
このモンスターは確か群れで行動するはずだ。仲間を呼ばれると面倒なことになる。
僕は腰の短剣を抜いた。
あっちは夜でも眼が効く。しかし、俺は反応することができない。
こっちは松明の光が攻撃できる最大の範囲だ。
松明を岩との間に刺した。
ザッ
ウルフが左の方向から攻めてきた。
僕は体を左に回転させて、攻撃をかわした。
その回った遠心力を使い、ウルフの首筋に短剣をふるった。
「ギャン」
「浅いか…。」
ウルフは暗がりに隠れた。
これではすぐに追いうちに行くことができない。
「ウオオオオオオオオオオ」
不味いことになった。
僕は奥歯を噛みしめた。
敵には知られてしまったことだろう。
ここは一旦、というよりも退却しないと…。
僕は出口のほうへ走っていった。
「ティル?」
ここにいるはずのティルがいない。
もしかして、敵に捕まったのか…。
近くにティルが身につけたいたものは何一つない。もしモンスターが彼を襲っているのなら、何かが落ちているはずだ。
くそっ、僕としたことが…。誰か周囲に術を巡らせていたのか…。
最悪の展開になってしまった。
レオンを頼るしかなさそうだ。
ティル待っていてくれ。
「で、こんな時間に何の用だ?メイドがお前の姿を見て絶句していたぞ。少なくとも、そこらで遊んできたという事態ではないようだな?」
レオンは俺を冷たく見た。
彼のことだ。きっと僕が何をしていたのか知っていたに違いない。
ここは僕の家からさらに西へ20キロ離れたところだ。周りは豪華な装飾をされている家が立ち並んでいる。皆が俺の格好を見て指を指している。そんなに僕が珍しいか?そんな人ならいくらでもいるよ。見てくるがいい。僕たちがどんな生活を送っているかというかを…。
「ミランダさんから大方のことは聞いている。今回はきっと危ないことをするだろうと言っていた。しかし、ミランダさんもお前のことを勘違いしていたらしい。」
「?」
彼は少し寂しげな微笑を浮かべていた。
「俺のところに来ていないというのは意外だったらしい。まさか、ティルを連れていくとは思わなかった。あいつは確かにお前の指示通りに動くかもしれないが、自分の身も守れないやつだぞ。お前はそれを知っていて、連れていったのだろうな!」
彼は語気を荒げた。こんなレオンは初めて見た。
「俺はお前のことを誤解していた。お前は何でも1人でやる男だった。そう思っていた。どうやら、人を巻き込むのが好きだっただけだな。俺の見る目がなかったようだ。お前には失望した。今回だけは手伝ってやる。ミランダさんに感謝するんだな。」
彼の姿を見た。確かにすぐにも戦えるような恰好をしている。
ミランダさんが手を回しておいてくれたらしい。おかげで話すこともないようだ。でも、こんなに危ないことなら忠告してくれればよかったのに…。
「ティルが無事だといいが…この状態では何とも言えないか…。」
確かにあまりよい状態とはいえないだろう。
「行こうか…。」
「お父さんに報告は?」
「するわけがないだろう。お前のことを話すと機嫌が悪くなるのは目に見えている。」
「僕のせい?」
「いや、それはお前のせいではない。親は選べないからな。でも、お前が見ている部分は一部でしかないかもしれないぞ?」
「それは知らないよ。」
街の人間が僕たちを見て指を指している。確かに妙な組み合わせなのは確か。何か噂が広まることがなければいいけど…。
「待っている奴がいる。」
レオンはそういった。
「こんな時間に誰が?」
もう夜中だ。月明かりで照らされているとはいえ暗いのには間違いがない。
「ここだ。」
なるほど…。そういうことか…。
~レオン視点~
ガコ
そういう音とともにリオが倒れた。
「おいおい、やりすぎだろう。ルヴェル。」
こいつはルヴェル・ナイネル。ナイネル家の長女だ。ナイネル家はもともと商家で、リチャード家とは経済的な協力をしている。それは祖父の時代の話で今では父上の代まで続いている。しかし、あくまで経済的な協力であるために政略結婚などの噂は一切ない。
「これぐらいやっても、こいつは死にはしないわよ。」
今回は随分と機嫌が悪そうだ。
「何をそんなに怒っている?リオがこんな性格なのは分かっているだろう?」
「あなたには分からないと思うわよ。レオン。」
知り合ったのはいつだったか…。もう、ずいぶん前のことだから覚えていない。
ルヴェルが持っているのはフライパンだ。鉄だからかなりの衝撃があったはずだが…。
こいつは立つ。うたれ強いのはリオの利点だな。意識を断つには死角からの攻撃が必要だ。
「くっ…。」
「大丈夫か?リオ?」
「ああ、ひどい目にあった。」
リオは頭を押さえながら、立ちあがった。
凄い衝撃があった。
眼に火花が散ったよう。
「ルヴェル。何をそんなに怒っているのか聞いてもいい?」
「フン。」
僕がいるといつもこんな気がするのはなぜだろうか?
そう考えているとレオンが割って入ってきた。
「まあ、いい。それで用意は出来たのか?」
「出来てるわ。よくない方向に事件が進んでいるようね?」
レオンを笑いながら見た。一体どういうことだろう。
「ま、リオには分からないわよ。ちょっと待ってて。すぐに取ってくるから。」
ルヴェルは家の中に入っていった。
「それで?彼女は何を取りに行ったの?」
「お前の武器だ。」
「武器?」
僕は正直に言うと、武器の扱いが得意ではなかった。というより、特定の型を習うのが凄く嫌で逃げ出したというのが本当の話。
「お前は確かにタフだが、今の状態で戦うのは今後、危険が伴う。今回は貸しだ。少なくとも自分の武器と防具は自分で調達しろ。」
「うん。そうだね。」
僕には必要のないものじゃないのかな?
そんなことを考えているとルヴェルが戻ってきた。
「はい。これよ。剣はともかく防具をつけてみて、合わないようだったら着ないほうがいいわよ。」
ガシャアアアン
「おい!もう少し丁寧におけないのか?」
「しょうがないでしょ。重いんだから…。そんなに怒るなら自分で持ってくればいいじゃない!」
「俺は少なくとも客だぞ。」
「だから?」
もう少し冷静になったほうがいいと思うのだけど…。
「2人とも静かにしようよ。それに急がないと…。」
「「…」」
「ね?」
「ああ。」
「そうね。」
そういって、僕は防具を持った。これはおそらく胸当てだろう。こんなに小さなサイズは見たことがないし、子供用なんて元々ないのかもしれない。
僕は胸当てをつけた。
「後ろは私がやるわ。」
ルヴェルが僕の後ろへ回った。
紐の部分も鉄らしく、ずいぶんと頑丈そうだ。
「どうだ?リオ?」
少しジャンプしてみた。体にはしっかりとくっついている。
「大丈夫だと思う。でも、こんな防具はつけたことがないし、自分に合っているかどうかは分からない。」
「そうだな。これはお前の剣だ。」
彼は鞘に入った両刃の剣を手渡した。
「手にとって振ってみろ。“戦闘”のときにはじめて振るのでは心もとないからな。」
僕は剣を振ってみた。もちろん、型なんかないけど、何か馴染まない。
「まあ、こんなもんじゃないかな?」
レオンとルヴェルは苦笑していた。
「そんなものを振れること自体、おかしい気もするがな…。」
「相変わらず馬鹿力ね。」
2人はそういった。
僕的にはもう少し重いほうがしっくりくるような気がするけど…。
「じゃ、行こうか?」
と、いきなりルヴェルが歩きだした。
「「いやいやいやいや」」
僕たち2人は突っ込んだ。
「何よ。私が行ったら不都合でもあるの?」
僕たちは黙ってしまった。彼女もこの事件の解決に協力している1人なのだ。無視はできない。
「そうだな。俺たちはお前がいることを想定していない。」
「でしょうね。」
「分かっているならここにいてほしいのだけど?」
彼女は僕を見ていた。
「分かった。連れていく。」
「ええ?どうして?レオン。」
「それは分かって…、そうかお前は術が使えないのだったな。俺は火と雷は何とか使えるようになったが、水は使うことができない。しかし、ルヴェルは使うことができる。」
「それで…?」
「いや、それでって…。」
僕にはレオンの言っている意味が分からなかった。
「あのね…。リオは術が使えない代わりに術が効きにくい体になっているの。ここまでは分かる?」
「うん。」
だから僕は病気の時以外は医者に行ったことがない。
「傷の治療は大抵、水系統で行うことになる。だから、たとえばレオンが怪我をしたときには私が見ることができる。」
そこからはレオンが引き継いだ。
「今の状況から考えて、お前よりも剣や槍などの扱いがうまい場合には術を中心に攻撃を組み立てなくてはいけない。その中で俺が負傷すれば、確実に不利になる。その時に役に立つのがルヴェルだ。今では水を扱えない者だけでメンバーを編成するのはおかしいらしい。それに水はそれ以外にも応用すれば攻撃にも十分対応できる。」
術が中心になる戦い…。僕には経験したことのないものだ。
「お前が歩もうとしている道は思っている以上に過酷で困難なものだ。今の世の中では歩兵もある程度、術を使えるようにまでになっている。お前みたいな奴はたまたまティルがいるが、本当は数が少ない。それを分かっておくといい。とはいっても、俺はお前以上に実戦経験が少ないから、お前が中心になることを前提に戦うことになる。」
「それでも、私がいるに越したことはない。出来るだけサポートする。」
僕が目指そうとしていることが間違ってはいないのだろうか…。
「そうだね。そうしよう。」
しかし、彼らは知らなかった。リオに特別な力があるということを…。
「敵はどう出ると思う?」
「僕に聞くかい?それを…。」
犯人がすることなんか分かるわけない。
ここはティルと待ち合わせた洞窟の入口だ。
「しかし、ここで捕まったと考えるなら…、相手は風の使い手のはず。この現状は不味くないかしら?」
「いや、どう考えてもやばい。俺たちまで巻き込まれかねん状況だ。」
冷静…
母上から教わった言葉の中で重要な言葉だ。
「少し頭を冷やそう。レオン、君の家には連絡はないのだね。」
「ああ、少なくともそういう情報は入っていないはず。」
「そうね、私もこの状況がよく理解できていなかった。」
「だったら、ミランダさんの情報を整理してみよう。」
整理するとこういうことだ。1カ月前に何者かに雇われた人攫いがここの貧民街に来たということだ。被害は少なく見積もっても100人は超える。しかし、その人たちに特徴があるわけではなく、男女問わず浚われていっている。もちろん、ここの自警団も動き出しているが、規模が格段に違う。ここの自警団だけでは対処ができないでいた。今から2週間前にこの事態を首都に連絡したところ、1000人規模の軍隊が来ることになっているらしい。そのころには行方を暗ます違いない。数が多いと行軍に時間を取られてしまう。連絡の係りはせいぜい二人。2人で2週間の距離を1000人で行軍するのは無理だ。部隊を作るのにも時間がかかる。
僕たちはその動向を探るために来たのだ。攫われた中には僕たちのような子供もいる。そこで僕の出番となったわけだが…。
「運悪く相手が強かったということだな?」
僕は頷くしかなかった。確実に相手の力量を過小評価していた僕のミスだ。
「援軍は期待できそうにない。ミランダさんの情報が正しければここに来るまでに1週間はかかる。」
「そうなるともはや絶望的ね。」
僕は言った。
「何としても今日見つけておかなければ手遅れなると思う。」
2人は黙って僕を見た。
「そうだな。だが、作戦はあるのか?」
僕が取れる作戦は一つしかない。
「それでいいのか?」
「もし、失敗したら…。」
僕は頷いた。
「僕が撒いた事件だ。責任は取る。」
何かを言おうとしているルヴェルの言葉をレオンは塞いだ。
「分かった。俺たちはすぐに行くぞ。」
僕は入口に立っていた。ここは標高が高い。僕たちの住んでいる貧民街がよく見える。
ティルはここに立っていて寂しかっただろうな。
「後ろから哀愁が漂っているぞ。ガキ。」
ついに来た。
「どうも。あなたがティルを誘拐したのですか?」
「ティルと言うと今日の昼ごろのガキのことか?」
僕は不審に思った。
「名前も聞いていないのですか?」
相手の男は首を傾げた。
覆面をしている。
これは風の使い手がいる。
身長は170センチぐらいだろう。
「あのガキは弱かったからな。」
そういって相手は棍棒を取り出した。
「お前は楽しめるのか?」
僕は背中に背負っている剣を取り出した。
「ほお。今時、珍しいな。」
相手はすでに動き出していた。
ゴッ
僕はその速さに何とか合わせた。
相手は木、こちらは鉄。普通の敵ならば切れているはずだけど…。
「剣の使いに慣れているな。」
「まあ、そこそこ。」
ギギギ
僕が少し押されている。筋力がまだついていないか…。
「だが、考えが子供だな。」
「?」
「仲間がいることぐらいは分かるぞ?」
ばれていたか…。
「うちのボスはそういうのは得意だからな。ということで本気で行くぞ。」
ガキィィィン
ドコッ
剣はしっかり持っていたが、壁に叩きつけられた。
ズゴゴゴゴ
「くっ!」
あれは巨大な火の球だった。
「殺したくはないがお前は強そうだからな。」
これは危ない。
その時、何かが僕の中で光った。
ス…
「んっ…。どうしたんだ?」
僕の前の火の球が消えた。
相手は自分の手を見ていた。
「ちゃんと術は発動していたはずだが…。」
僕はこの隙を逃さなかった。
ヒュッ
彼は上体を反らして石を避けた。
「思ったよりも早いな。」
「確かにね。」
ズバッ
ドクドク
血が地面に広がっていく。
「お前、どう…やって…。」
「普通に近づいただけだよ。」
何だろうか、この感じは…。
ドサッ
彼が倒れた。
顔色が悪い。
「急所は外しているはずだから、死なないと思うけど一応止血をするね。」
僕は彼の上着を外そうとした。
「見な…い…ほうがいいぞ。」
僕はその言葉を無視して、彼の上着を脱がした。
しかし、僕が思っているような状況ではなかった。
「“剣”を使…ったのは初めてだろうな。ゲホッゲホッ。」
彼は口から血を吐きだした。
彼が眼を閉じようとした。
僕は刺した腹部を押さえ、彼に言った。
「大丈夫だ。あなたはまだ生きれる。」
「フフフハハハハ。」
何がおかしい。
「どうやら…人を殺すのは初めてらしいな。それに人が死ぬ痛みを知っている。変わっているな。お前。」
血が止まらない。水系統ならこの傷が塞がるかもしれない。
「もう俺はここまでだ。」
僕の眼に涙が溢れた。
「大丈夫だ。すぐに僕の仲間が来る。」
彼は心底驚いた表情をした。
「本当に…俺を助けるつもりだったのか…。お前を殺そうとした相手を…。」
「人は人だ。」
「フッ…」
彼は微笑を浮かべた。
しかし、彼の肌の色は薄くなっていく。
最後の力を振り絞ったのか、彼は少し声を張り上げた。
「このまま、ボスに捕まれ。」
「一体何の…。」
「黙って聞け。俺の名前はレハール。その名をボスに言って、ルーハレと言ってくれ。後は流れに従えばいい。」
「お前が殺したのか?」
急いできたのか、レオンは少し息が上がっていた。
彼は戦場にも連れて行かれることも多かったという。
僕の父は国王だから、もし戦うことがあればほぼ負けるということなんだけど…。
「!」
ルヴェルが息を飲んでいる。
彼女は見たことがないだろう。それは当然のことなのかもしれない。
商家である限り、見ることはないだろう。
「行くぞ。早くティルを探さなくては…。」
「でも、彼の武器が気になる。」
レオンは汗を拭いながら言った。
「棍棒とは変わっている。少なくとも初めはお前を殺そうとしたわけではないようだ。」
僕もその考えに賛成だ。殺すなら初めから奇襲を狙えばよかったはずだ。
「そうだね。しかし、彼は強かった。これ以上のレベルとなると僕たちには手に負えない。」
「ゲエエェェェ~」
ルヴェルが吐いていた。
「これではおそらく役には立たない。違う手を…!」
レオンは振り向いた。
「この隙を俺たちが逃すとでも思うのか?」
暗闇から声が聞こえた。
レオンは叫んだ。
「右だ。」
彼の言葉がなかったら僕は死んでいただろう。
キィン
剣が僕の手から離れていく。
「雷獣」
レオンが術を発動した。
相手は180は超えているだろう。大きな男だ。
「この年で形態化しているのか…。このガキに周りを見せるために雷属性を使い、俺を追跡探査するためにこの術を使ったと見える。お前、大したものだ。」
そう語って、彼は後ろへ下がった。
ヒュン
これが術の力…。僕の前に一瞬にして光った獣が現れた。
「大丈夫か、リオ?」
「だが、甘いな。お前、リオっていうのか?この街では有名な“坊ちゃん”が出てきたものだ。」
ブチッ
僕の堪忍袋が切れた。
「僕は素手でも強いぞ。」
僕は走り出した。
しかし、その前には誰もいなかった。
「そうだな。しかし、当たらなければ意味がない。」
気がつくと彼は僕の後ろに回っていた。
ピチャ
「んっ…水?」
「電撃」
レオンの声が響いた。
彼が弾けるように飛ぶ。
「くっ…少しくらったか…」
彼は着地する。
僕は追撃に移ろうとしたが体が思うようについていかない。
ルヴェルが後ろにきて、僕の体を支えた。
「まだ、体を動かしてはダメ。深呼吸をして。」
僕には全く意味が分からなかった。
ザッ
レオンも僕の隣に来て言う。
「なんて人だ。あの術は一瞬でも当たれば、意識を飛ばすことができるはずだが…。」
「それを言うと僕はきちがいみたいだね。」
「あなたは特別。気にすることはないわ。」
それでも気にすると思うけど…。
「ここまでやる奴らだとは思わなかった。あいつがやられるのも無理はない。」
僕は咄嗟に彼の名前を思い出した。
「レハール」
「ガキ、どこでその名を聞いた?」
「そこの人から。」
「…。」
彼は黙って考えているようだ。
「分かった。ついてこい。リオだったか?」
「分かりました。」
「おい。」
レオンが僕を止めようとした。
「ついて行こう。」
「でも…。」
「どうする?こちらとしては仲間が殺されているので連れて行きたくはないが、そうもいかない状況になった。」
?
「僕たちにはさっぱりわかりませんが?」
レオンは全く動じないようにしていたが、声が少し上づっていた。
「ここではいうことができないことだ。ボスと話をするがいい。」
そういって彼は歩きだした。
「一体どういうことだ?」
「私に聞かれても?」
僕のほうを見ても答えなんかでない。
「分からないよ。少なくとも今はついて行くべきだと思う。」
彼は振り返った。
「ここからはおしゃべりはなしだ。ボスはキレやすいから気をつけろよ。」
ボスってだいたいそんなものではないの?
~洞窟内深層部~
「さて、話を聞きましょうか?」
座っていたのは若い女性だった。
「話って言われても…。僕は彼にここに来るように言われただけでそれ以外のことは何も知らない。」
ボスは何か喋っていた。
どういうことなのだろう。話すような事がここで起こっているのだろうか?
それにしても、人数は10人もいないだろう。
僕たちが思っていたよりも人数は少ないようだ。その中で実行班を考えればそんなにもいない。どうやって100人もの人を誘拐することができたのか分からない。
「もう、いいわ。彼らには教えましょう。」
「しかしですね…。」
「この子たちはきっとこのことを喋りたがらないでしょう。」
彼女の部下はそれを聞いて少し考えていた。
「そうですね。では、私たちは出ていきます。」
彼らは順次出ていった。
その行動にも一切無駄がなかった。
この空間には誰もいなくなったようだ。だが、レオンだけは少し険しく表情を歪めていた。
「そんなに気にしなくてもいいわ。あなたは少しだけ風を使えるようね。でも、それだけでは私は誤魔かせないし、自分が反対に裏を取られるわよ。」
「その前にティルはどこにいるのですか?」
「話が先だよ。」
僕は駆けった。
「リオ!」
ルヴェルが叫び声を上げた。
彼女は不意を付かれている。
「遅いね。」
僕の後ろに立っていた彼女は僕の胴に回し蹴りを放っていた。
バキ
木の根が僕の肩を突き通った。
プシュウウ
鮮血が僕の眼の前を覆っていく。
「うわあああ。」
肩が焼けるように熱い。
それに体が叩きつけられ、悲鳴を上げている。前の戦闘で限界を超えていたらしい。
「くそ!」
レオンが術を掛けようとしていた。
彼に彼女が迫る。
「レオン!避けろ!」
ルヴェルが叫ぶが、彼には届いていなかった。
ズン
彼は無残にも宙を舞っていた。
ドガッガラガラ
「「レオン!」」
彼女は不敵な笑みを浮かべていた。
「レハールはああ見えても一番若手だったからね。少なくともあんた達には負けないよ。」
ルヴェルがそれを聞いて術を唱えようとした。
「往生際が悪いのだね。後悔するよ。」
ズボッ
ボタッボタッ
頭がくらくらする。
僕は肩から抜いた木の根を彼女に向かって投げた。
「いい攻撃だね。」
そういって、彼女は避けようとした。
「氷結」
ルヴェルが唱えた。
木の根に氷が付着する。
これなら反応出来ない…。
ボオオオオオオ
彼女の前に現れたのは巨大な炎だった。
「私が一番得意のは炎だよ。残念、これじゃあ、話もできそうにないから気絶してもらうよ。」
バリバリ
「嘘でしょ…。」
ルヴェルの顔が蒼白になっていた。
これが…。
「レベルの差、そして、年の功。感じなさい。」
僕の前には真っ白になった。
「……ォ、リオ、起きろ。」
僕はレオンの声が聞こえて起き上がろうとした。
だが、縛られているようだ。
「リオ、無理に起き上がるな。」
前を見ると彼女が座っていた。
「本当にタフだね。リオ、って言ったけ?」
「ええ。ティル、おい、ティル!」
「大丈夫。寝かしているだけさ。」
しかし、傍から見てもそうは見えない。
「リオ、落ち着け。」
僕の後ろにはレオンがいるようだ。
「私たちは今、圧倒的に不利な状況よ。」
ルヴェルも後ろからそういった。
「しかし、ティルが…。」
「大丈夫だ。さっきまでお前が死んでいるのではないかと騒いでいて、彼女が気絶させた。あまりいい方法ではないのかもしれないが、あの様子を見る限り、落ち着きそうにはなかったからしょうがない。」
「フウウウウウ~」
「「「?」」」
深呼吸。深呼吸。僕は自分に言い聞かせた。
「話を聞きます。」
そういう声が少し震えていた。
「大したガキ共だ。」
彼女は話し始めた。
「私たちが頼まれたのは“誘拐犯のふり”だよ。」
「「「!」」」
「まあ、あんたらに話すということはどういうことか分かるとは思うけどね。でも、私たちが追われる理由は何一つもないわけだ。頼んだのがたとえ“国”であったとしてもね。」
レオンがそれに反発した。
「しかし、“国”がそんなことすること自体おかしな話です。」
「そのおかしな話が成り立っているのだよね~。あんた、どっかの貴族だから分かるだろう?いろんな連中が出入りしている。今月は29人かい?1週間にしてはかなりの数だと思うけどね。」
「……」
どうやら、彼女の言っていることは的を得ているらしい。
「それでも、利益を彼の家が上げている話は聞いていません。もし、そうだとしたら私の耳にも入っていいと思いますが…。」
そういったのはルヴェルだ。
「あんたなんかに聞かれているようじゃ、上の連中はよっぽど馬鹿なんだろうよ。他人には聞かれたくないような話もごろごろあるはずだよ。」
僕はその話を聞いて思った。
「それを僕たちに教えて、あなたたちに得になることはないと思いますが?」
ボスと呼ばれている彼女は答えた。
「それは私たちのことを信じてもらうしかないね。私たちはここの出身なのさ…。」
彼女は遠くを見ているように言った。
「国が変わったとしてもここはまるで変化がない。いろんな街を私たちは見てきたけど、ここのような街はあまりない。人が誘拐されても自警団すら動かないのだからね。どんな国でもある程度の対策を立てるものさ。」
それにまたしても反論したのはレオンだった。
「それは空想論に過ぎません。すべての人間を救うことはできない。」
「それを国民が考えると思うかい?それは違うね。皆、好き勝手だ。あーだこーだ、とね。うざいと思うかもしれないけどそれが普通なのさ。」
僕は聞いた。
「だとしたら、今、必要なものは何か分かるのですか?」
「それを考えるのがあんた達のはずだ。」
ルヴェルは少し驚いたように聞いた。
「私たちがその役を担うということですか?」
彼女は腕を組み、頷いた。
「そうだね。あんた達のようなガキは見たことがないから。少なくともそんな言葉使いをする奴はいないさ。そして、これは宿題だね。」
「「「?」」」
「国がなぜこんなことをしなくてはならないのか?何のためにやっているのか?それが宿題。さて、話はここまでにしましょうか。私たちは誘拐はしたけど親のもとにかえしているのでね。あなたたちも帰りな。」
彼女は指を動かした。
ブチ
縄が切れる音がした。
「この子も連れて帰んな。あんた達が大人になるのが楽しみだよ。」
彼女は出口を指差した
僕たちはその場を後にするしかなかった。
~リオの別邸~
「ただいま…。」
「今日は随分と遅かったようね。」
「ええ、母上。少し考えることがありまして…。」
「“今日”は一体何を考えていたのかしら?」
どうやらいつもと雰囲気が違う。どうしたのだろう?
母上の後ろからすっとミランダさんが出てきた。
「さすがに今回わね…。どんなに大変でも1人でやる子だから。まあ、親は大事にすべきじゃない?」
彼女は出ていった。
「ティルの母から連絡があった。」
「……」
「どうして答えないの?それとも答えたくないものだった?」
「いえ、そういうわけではないのですが…。」
「あなたは今回ティルを巻き込んだわね。自分の目的のために。」
「目的とは違うと思いますが…。」
「似たようなものよ。あなたがどれだけ人に助けられているか分かったでしょ。」
「そうですね。」
母上は手を振り上げた。
バチッ
ドゴ
バキ
ガラガラ
「強すぎです、母上…。」
しかもなんか頭がスパークしている。
「全く、この子は一体誰に似たんだか…。」
おそらく父上だと思います。
その言葉を飲み込んだ。
それは禁句だ。
「今までは何も言わなかったけど、少なくとも人様に迷惑かけてはいけないよ。」
「分かりました。」
「じゃあ、ご飯にしましょう。」
片づけはしなくてもいいのかな…。
~リオ・リチャード12歳~
「今日はここまで、皆ちゃんと復讐するように!」
ガヤガヤ
ここは貧民街にある唯一の学校。
1000人は入るだろうか、教室が一つあるだけ。他には体育館しかない。何というか授業は先生が好き勝手に進めている。それは年齢が分かれているからだ。それぞれ別々に分けて授業が行えない。教室が一つしかないからだけど。言葉は個人で覚えてくることが前提となっているので出席率は決して高いほうではない。ここら辺では12歳を過ぎたころから労働力とみなされるために田植えや畑の手伝い、子守、そして働き出ているものさえもいる。炭鉱があるのであまりいい労働環境とはいえないだろうが。
その中でも僕はやっぱり変わっていた。毎日学校に行っているということもあるが、それ以外に術の鍛錬に一回も出ていないということだった。使えないのだから仕方のないことだが、先生の中にもそれを疑問に思っている人も多い。この学校では成績が一番だから余計にね。
それともう一つある。
「こっちだ。リオ。」
レオン、そしてルヴェルの存在だろう。
彼らは国一番の新学校へ通っている。国の官僚になるためにはその学校に行かなくてはならない。学力のレベルも高くなった。それは国が戦争をしなくなったからだ。父上もそこら辺は考えていたらしく、今は国力の増強を始め、兵の統率や質を高めることを重点に置いて、国家としての基盤を安定させようとしている。
「今日はティルの手伝いだっけ。」
ルヴェルが言った。彼女はかなり女の子らしくなった。
体つきもそうだが、しかし、魔力量が大量になった。
成長期には魔力量が増える。
だから、傭兵や冒険者には若い女が多い。
「そうね。リオ。それでどうなの?」
「何が?」
「力は使えるようになった?」
「う~ん…。」
あれ以来、僕には特殊な力が備わっていることには気がついたが、それを使いこなせるようにはなっていない。だが、
「術は相殺できるようになった。」
レオンが頷いた。
「それは何よりだな。練習の成果が出てきたな。」
「あれを練習と言うのか分からないけど…。」
レオンとルヴェルが術を乱れ打ちするのは勘弁してほしい。
「生傷も減っているしね。」
そういう問題かね?
「さてと、行こうかね?ティルのところへ…。」
~ティルの家~
しかし、大きくてぼろい家だ。
「建て直すお金はないだろうか?」
「金があればとっくに建て直しているだろうよ。」
「だね~。子供が4人だから部屋を作りたいだろうし。」
「3人とも来たの?」
メキン
嫌な音が響く。
「あれ?またドア壊れちゃった?」
「ティル。ドアは優しく開けて。」
大きくなったティルがそこには立っていた。
「一番小さかったお前が俺たちと変わらなくなったのは困ったな。」
「そう言わないでください。レオン様。」
まあ、大きくなった所はいいところだし、働き者だからいいだろう。
「皆、来てくれたのね。助かるわ~。」
答えたのはミラッタさんだった。
彼女は背が低く、僕たちにすでに追い抜かれている。
しかし、150センチはあるだろう。僕たちが大きいだけなのだ。
「じゃあ、手伝ってもらうわね。レオンは機械を動かしてちょうだい。」
機械とはいっても複雑なものではない。
扇風機のようにタイヤみたいな風車が回るだけ。
それでも、田にまたは畑に使うと効率は人力よりもいい。
「ルヴェルは子供たちに勉強を教えてちょうだい。リオは…。」
そういって彼女は山を指差した。
「今回はあの山から木を一本取ってきてちょうだい。」
思わず僕は聞き返してしまった。
「木を一本ですか?薪集めではなくて?」
彼女はそれが普通のように頷く。
「あなたなら出来るでしょう。それに薪割りもついでにお願いするわね。」
ハア~。今回はかなり重労働だ。
「すみません。リオ様。」
ティルが頭を下げる。
「いや、ティルが言うことではないと思うけど。」
「風呂に結構、薪を使ってしまって…。それに畑にもかなりの薪をまいて焼いてしまったので…。」
「そう。だったら、あの量はなくなるか。」
ここでは未だに焼き畑が中心となっている。ティルの家は主に農業によって生計を立てている。畑の栄養となるとものは肥料だが、この街にはそんなに高価なものが買えるような農家はない。
「じゃあ、行ってきます。」
ミラッタさんに挨拶をして、山に向かった。
~レオン視点~
「すみませんが、ミラッタさん。」
「どうしたの?もう終わった?」
「ええ。」
「さすがねえ、家のことは大違い。」
俺はリオがいなくなっているのが気になった。
「あのリオはどこに?」
何か嫌な予感がしたのだが…。
「ああ。リオ君なら山に向かったわ。」
「山っていうのはガタル山のことですか?」
「そうよ。どうかした?」
確か、今、あの山は立ち寄り禁止のはずだ。
嫌な予感が的中してしまった。
「ああ、レオン。これをお願い。」
「あの私は…。」
「まだ少し手伝って、ちょうど次の野菜を植えるところなの。」
「え…ええ。」
「レオン。大丈夫?何か顔色が悪いわよ。」
俺は笑顔で答えた。
「気のせいですよ。では、種を植えてきます。」
この状況で強力なモンスターが出たことを言うのはよくないな。
リオならある程度は大丈夫か…。
でも、最悪の状況を考えておくべきか…。
まさか、出会うことなんてないだろうし、これを済ませてから迎えに行こう。
その時、誰かが走ってくるが見えた。
~ルヴェル視点~
「ここはね…。」
私、教師になろうかな…。もうここにきて、先生って呼ばれているし。
「クスクス。」
「こら、ちゃんと勉強しなさい。」
「「「はあああい」」」
本当に子守は大変だわ。
それにしても、ここの壁は薄い。
今は秋になろうかという時期だけど、冬になったら寒いだろうな。
そういえば、ティル、霜やけが出来ていたっけ。
あれは痛々しかったな。
「どっこいしょ。」
ミラッタさんが収穫した野菜を台所に置いた。
「いつも悪いね。ルヴェルちゃん。」
「いえ、こちらも勉強になりますので…。」
「本当に3人はしっかりしているわね。ティルは少しまだ子供らしさが残っているけど、あなたたちは違うわね。」
「ええっと、いろいろありましたから…。」
ティルが誘拐されたのは私たちのせいだし…。
「もう、いいのよ。あの子も帰ってきたし、リオも反省していたし…。何よりもティルが真面目になったことが少し嬉しかったかな。リオにくっついて行くばかりの子だったから。少し心配していたのよね。」
「境遇が少し似ていますから。」
「そうかしらねえ。彼のほうがずっと苦労は多いと思うけど?」
「リオは少し変わっていますから。」
「そうね。それにしてもさっきはレオンが少しおかしかったわね。」
レオンが…。
こんなことなかったはず…。
「どんな様子でした?」
「いや、なんていうのだろう?変わった感じではあったわね。」
「そうですか…。」
何かあったのかしら…。
ドゴッ
そう話しているとドアをおもいっきり壊してレオンが入ってきた。
「リオはどこにいる?」
「山にいっていると言ったはずよ。」
ミラッタさんが答えた。
「ルア様が病気で倒れたそうだ。」
「「え?」」
私たちは答えるのに数秒かかった。
~リオ視点~
「何か不気味だな。」
何だろう?この感覚は?
いつも入っているような山ではない。
何かがいるようだ。
でも、ここには強いモンスターがいるというのは聞いたことがないが…。
「まあ、それでも行くしかないよね。ミラッタさんの頼みだし。」
あの事件からミラッタさんの頼みは断りにくい。
そういう思いを振り払った。
「母上の体調も思わしくないし、早く帰ろう。仕事をしよう。」
ザッザッ
少しだけ踏まれて出来た道を通る。ここは普通の山だが、草木が異常に繁殖しており、手を切ることも多い。まあ、僕は何ともないけどね。だから、この仕事をよく頼まれる。
バサバサ
少し邪魔な草木を切っていく。少し奥に入らないと火持ちがする良い木が手に入らないのだ。
「しかし、こんなにもよく生えるな。まるでここ最近、人が通ってないみたいだ。」
ここ最近の情勢についてはここの辺鄙なところまでは届いてこない。彼らは毎日に生きるのに必死でそんなことには気を配れないのだ。
それが死につながることもある。だからこそ、彼らは自警団に当たり散らすことが多い。
1時間後
「さて、ここらへんだな。」
僕は木に触れた。
少し湿気があるようだ。
「おかしいな。この木はそんなに湿った感触ではなかったはずだけど…。」
その時上から何かが降ってきた。
ベチャ
「!」
モンスターか?
こんな液体みたいなモンスターは見たことがない。
ジュルジュル
その物体は僕に迫ってきた。
シャアアア
僕は背中に背負った剣を抜いた。
「切れるのかな?これは…。」
ヒュ
剣を振るった時の感触は全くと言っていいほどなかった。
どうやら、そこまでの強さではなかったらしい。
ジュウウウウウ
そういう音を残して、物体は消えた。
これが湿った原因か…。
じゃあ、もう少し奥に行かないといけないかな。
だけどこれ以上先には…。
「でも、まあ、大丈夫でしょ…。」
そういって僕は自分に言い聞かせて前に進んだ。
「それで、これか…。」
僕は目の前のモンスターを見ていた。
ぐるぅぅぅぅぅ
背丈は僕の2.5倍はあるだろう。
体重はどれほどあるのか想像はできない。
ウルフの突然変異だろうということは考えられる。
しかし、これは僕1人では対応できるかどうか分からない。
コオオオオオオオオ
何だ?ウルフは火の属性などはないはずだ。
だが、僕の予想は悪いほうに外れた。
火の球が僕に迫ってくる。
僕は力を込めて、剣を振るった。
ズバ
炎が切れて、僕の目の前で左右に分かれる。
それが木々に当たり、辺りを赤く染める。
「僕の力で相殺できないとは思わなかった。」
ヒュン
目の前にいたモンスターが消える。
僕はその瞬間、眼を瞑った。
これは眼で追える速さではないだろう。
前から風を感じた。
その瞬間に眼を開く。前足が僕の首元へ迫っていた。
僕は首を後ろに反らし、その前足を蹴った。
その前足が相手から見て右足だったため、外から内に向かって力をかけた。
モンスターが一回転して倒れる。体重移動がうまくいきすぎたようだ。
ドスゥゥゥウン
モンスターの体重に堪えれることができなかったのか木が倒れる。
「なんて強さ。ここにこんなモンスターがいたか…?」
僕はここ最近の情報を確認していた。
しかし、情報は入ってきていない。考えてみたが、やはりモンスターの情報は入ってきていない。レオンなら知っているかもしれない。
そう考えている間にもモンスターは起き上がってきた。
ギオオオオオオ
こりゃあ怒っているな。
僕は剣を構えた。
~レオン視点~
「くそっ。一体、どこにいるんだ?」
あいつは気配を風では感じることができない。
メリットはあるのだが、しかし、ここまではデメリットのほうが大きく目立っている。
あいつの不思議な能力が開花すれば、変わってくるだろうが…。
ズゥゥゥゥゥン
あっちか…。
かなり遠く方から音が聞こえた。
どうしてあんなに遠くまで行ったのだろう?
いや、考えても仕方ないか…。
俺は走っていった。
間に合えばよいが…。
~ルヴェル視点~
「おばさん、頑張って。」
「ルヴェルちゃん。」
そういって握ってくる手は力がなく、そして冷たかった。
あのとき、リオもそれを感じたのだろうか。
私は何一つ出来ない。
ただ見守っているだけ。
水系統の術では怪我による傷は治すことができるが、病気までは治すことができない。
「先生、ルア様は…。」
隣にいるミランダさんに先生は一声かけた。
「すみませんが、彼女と少し話をしてきます。」
彼は私についてくるようにドアを開けて促した。
深刻そうな顔で私を違う部屋へ導いた。
彼は椅子に座った。少し疲れているように見える。
それは当然だろうと思う。彼はここ3日間、付きっきりだったのだ。
その間、リオは普通に振舞っていたが、その奥底に悲しみがあるのを感じることができた。
「正直に言いましょう。もうルア様は長くないでしょう。」
手のひらに力が抜けていくのを感じた。
リオはもっとつらい思いをしているだろうと思う。
「後、どれくらい?」
「もうすぐその瞬間がやってきます。」
「!」
「もう分かっていたでしょう?」
「ええ。なんとなくは…。」
「明日まで持つかどうか…。」
「……。」
ドッドッ、ガチャ
ミランダさんが血相を変えて出てきた。
「ルア様が吐血を」
「ゴホゴホ」
中からせき込む声が聞こえた。
「分かりました。ルヴェルさんはリオ君を呼んできてください。」
「はい。」
私はリオの家を出たけど、一体どこに行ったらよいか全く分からなかった。
~リオ視点~
これは不味いかもしれない。
額からは汗がボタボタ落ちていた。
服はズタズタになっている。
「僕じゃなかったら、堪えられていないよ。」
破れている服の隙間から痣になっているところをさすった。
痣ができたのはいつが最後だったかな。
グルルルル
「まだ、動けるのか…。体術が限界だね。」
僕は岩に刺さっている剣を見た。
耐久性が欠けている。
僕がおかしいのかな。
ザッ
左の肩にかけての引っかきか…。
僕は少し後ろに下がった。
前髪を風が揺らす。
どうやらこのモンスターは火の属性しか使えないらしい。
人間以外で2つの属性を使えることができるモンスターが稀だけど…。
モンスターが隙を見せたところで拳を腹に当てた。
「ハアッ。」
渾身の力を籠めるが、モンスターの体が飛ぶだけだった。
ドガガガガガ
木が簡単に折れていく。
これでも駄目か…。
弱点がない。
足、頭、腹…これ以外と言ったら、目と顎か…。
それには陽動が必要だよね。
「おい、リオ。」
「!」
僕は思わず距離を取ってしまった。
「レオンか…。」
「すまん、脅かして…。しかし、これはどうなっている?」
レオンは周りを見て、思わず顔をしかめた。
「説明はいるかい?」
僕は前を見た。
「いや、いらないな。とりあえず、このモンスターは普通ではないようだな。」
「うん。どうして?」
「最近、強いモンスターが出たという報告が上がったらしい。その負傷者の中に女の子2人と近衛兵10人がいたらしい。」
「ああ、なるほど…。見栄を張っているの?」
「それよりもその行為が不味かったらしい。」
「そういうことか…。」
「恋は盲目…とは違うだろうが…。」
面倒なことになりそうだ…。
「それでこれをどうやって倒す…?」
「物理攻撃はあまり効いていない。術攻撃が有効的なんだが、何の攻撃が効くのか分からない。このモンスターは…。」
ヒュウウウウウウ
「火を吹くのか?」
「だね~。」
ザッ
僕たちは左右に分かれた。
ボオオオオオオ
僕たちがいた場所は丸焦げになっていた。
「何が効くか分からないか…。」
不意を突かれたとはいえ、近衛兵がやられるモンスターだ。
子供2人が相手が務まるとは通常なら思えないが、あいつは五分に持って行けていた。
俺がやれることは援護することぐらいだ。
それにしてもこの術エネルギーの量には驚かされる。
「さて、どうするかね…?」
リオが隣にきている。
「方法は一応考えてはいるよ。しかし、どうしてここにレオンがいるのか聞いてもいいかい?」
「ああ…。あの、いや、う…。」
レオンが言葉に詰まっているのはどういうことかは大体想像はつく。
「母上がどうかしたのか?」
ゴクッ
僕にはそう聞こえた。
「ああ。少し良くないらしい。」
「そういうときははっきり言ってほしい。」
彼は目を閉じて、息を吸った。
「死期が近い。そう、先生から聞いている。」
「分かった。」
じゃあ、こいつを何とかしないと。
「馬鹿。真正面から突っ込んでどうする!」
レオンが叫んだ。
ドゴ
真正面からモンスターの打撃を受けてしまって、僕ははじかれるように後ろへ飛んでいった。
「くそっ。あいつらしくもない。これじゃ、あの時とまるで同じだろうが!」
メキメキメキメキ
ゴゥ
モンスターの体が飛んでいく。
「一体…!」
この力はどこから湧いて…。
「僕はここじゃ止まれないんだよ。」
そういった先には白い空気を纏ったリオがいた。
「これが僕の力なのか…。」
僕は白い光を見ていた。
「で、ここはどこなのだろう?」
「よく私を倒したな。」
「あなたはさっきの…。」
「獣になるとは数奇な運命よの…。」
「獣になるとは?」
「それはまだお主が知るべき時ではない。いや、お主は知らぬほうがよい。きっと悲しむだろうからの…。」
「……何のことを?」
「行くが良い。」
そういって、僕は戻っていった。
「大丈夫か…?」
「ああ、うん…。」
レオンは僕をおぶってくれていた。
僕は降りようとしたが、彼が止めた。
「今はまだ下りないほうがいい。」
「えっ?」
「お前はそんなに時間が経ったように感じていないかもしれないが、30分は気絶していた。」
「そんなに…。」
あれは夢だったのだろうか…。
「どうした、リオ?」
「いいや、母上は大丈夫かな…?」
「大丈夫なわけがないだろう…。」
「それもそうか…。」
「何か不安そうだな?」
「うん、母上にどんな顔して会ったらいいのか分からない。」
「すまない。よく意味が分からない。」
ここ最近は落ち着いてきたが、その前にはやんちゃもかなりしていた。
その度に母上は心配していたのだろう。
「そうか、それは俺にはルア様の気持ちまでは理解できないが、会うことで何か分かるのではないか…。」
「そういうものか。」
「ああ。親子だからな。」
ルヴェルの母親は幼くしてなくなった。
その時の様子を少し聞いておけばよかったかもしれない。
「でもな、お前はそこまで悪いことをやっているわけではないだろう。」
「そうかな?」
僕はレオンの背中から降りた。
「もう大丈夫か?」
屈伸をしてみた。少し足の動きが悪いが、走るのには問題ないようだ。
「こんなところにいたの?」
「どうした?ルヴェル?」
「ルア様が危篤よ。」
「母上がそんなに状態がよくないの?」
「うん。」
今日、朝見たときにはそこまで悪くなかったように思うけど…。
「ティルやミランダさんが見守っているわ。」
「分かった。おい、なんて顔をしている?」
そんなに変な顔していただろうか…。
「お前がこれからは当主だぞ。」
そうレオンが言った言葉が肩に圧し掛かる。
僕はあの父上を超えることができるだろうか。
僕に弟が出来たことも知っている。
彼は僕の5歳下。
僕が家を出ていってからすぐのことになる。
彼は“儀式”を無事に終えることができたらしい。
ルヴェルが肩に手を添えた。
「あなたにはあなたの道があるわ。」
レオンも隣に立っている。
「奴にはお前にはない物がある。」
「何?」
「経験だ。」
それは弟よりも長く生きているからじゃないのかな?
「まあ、そのうちわかるさ。」
「さて、入りましょう。ルア様はきっとあなたを待っているはずよ。」
僕たちは中に入っていった。
「リオ君…。」
「ミランダさんがどうしてここに?」
僕は驚きを隠せなかった。
彼女は遠くに行ったと聞いていたのに…。
「私の情報網を舐めないでちょうだい。あなたに隠されるようなことはさせないわよ。」
どうして、僕の周りにはこういった女性が大勢いるのだろうか…。
「母上。」
そういって僕は母に近づいて行った。
もう、手まで痩せている。
前から分かっていたことではあるけど、やっぱり辛い。
どんな時も支えてくれた。そして、いつも笑顔でいてくれた彼女はもうすぐ逝ってしまう。
「リオ、顔をよく見せて。」
母はもう目がほとんど見えなくなっている。そんな彼女を1人にして置くのは正直、怖かったけど、本人がいつものままでと言ったのでしょうがなかった。
少なくとも、母に迷惑ばかりかけてきた僕は反論することができなかった。
スッ
「「「!」」」
「亡くなったか…。」
「そうね。」
「頑張ってらしたけど…。」
「えっ…どういうこと?」
ティルは分からないようだ。無理もない。
ガチャ
リオが出てきた。
レオンは少し困惑していた。
彼はここに来る前には狼狽を隠そうとしなかった。
しかし、この態度は何だ…。
リオはティルの前に歩いて行った。
「ティル、今までこき使って迷惑をかけた。これからもよろしく頼む。」
「リオ様…。」
今度はルヴェルへと歩いて行った。
「これからも支援をよろしく頼む。」
「うん…。」
そして、ミランダさんのほうに向かった。
「少しは無謀なことは控えようと思いますが、しかし、自分の信念を曲げようとは思いません。」
「そうだね。ふふ、頑張って。」
俺のほうに向かって来た。
あいつは何かを得たようだ。
それが何かは俺には分からないけど、大事なことに違いはないだろう。
「レオン、迷惑かけ続けたけど、僕はもう決めたんだ。」
「何だ。」
「僕はこの国の国王になる。」
~アウス国王~
「ルア様がなくなったようです。」
「そうか…。御苦労。下がっていいぞ。」
国王は1人になった。
豪華に彩られた部屋。自分の胸についている勲章。
それは仮初なものでしかなかった。
「俺は何のために戦ってきたのだろうな…。」
その声は誰にも聞こえることはなかった。