クレオール第1話
「しっかり、ナミネ。」
彼女は小さな赤ん坊を手にして叫んでいた。
「あなたの子供よ。ほら、早く抱いてあげなさい。」
そういって、彼女はナミネに赤ん坊を渡した。
「私の…子供…。」
ナミネは力がなく囁いた。
「この子の名前はクレオール。」
「クレオールね。分かった。」
そういって、頷いた隣にはソフィーがいる。
「ナミネ姉ちゃん、しっかり。」
彼女は首を横に振った。
「私はここまでみたい。」
彼女の声はなぜか力強かった。
「何いってるの?今からこの子を…。」
彼女は赤ん坊の眼を見た。
「この子、もしかして…。」
「ふふっ。彼も私が妊娠しているなんて気にもしなかった。彼はずっと一人で生きてきたし、彼にはアクアしか目に入っていなかったから…。それでもいいから彼の証がほしかった…。この事実が知られれば、この子はきっと、追われる身になるかもしれない。もしかしたら、政治的に利用させられるかもしれない…。ねえ、ソフィー…。」
「ナミネ、もうお願い、しゃべらないで。今、医者を呼んでいるから。」
マーサは目に涙を浮かべながら言った。
ナミネは彼女たちに感謝していた。
犯罪者の身内である私をかくまってくれた…。
この街のみんな。
そして、レリクの名前で守られていたとしても、私は邪魔な存在でしかない。
「何?」
ソフィーは目にも涙を浮かべていた。
「この子を守ってあげて…。」
そういって、ナミネは力尽きた。
~12年後~
「立ちなさい。」
ソフィーが言った。
「ふざけるなよ。年がそもそも離れているのに。」
「そんなの関係ない。さっさと立ちなさい。」
彼はレリクの影響を受けたのだろうか…。
髪が赤く、眼も赤い。しかし、得意の系統が違う。彼は木が得意だ。
私は水。彼の系統を得意とする人はあまり聞いたことがない。
彼はまだ、応用ができていない。
しかし、応用となると…、一体どうしたらよいのか…。
「くそ、まだ、術も完成していないのにあんたに対抗できるわけがないだろうに…。」
そう言いながらも、彼は立ちあがる。
なんて、強靭な体。普通ならもう倒れていてもおかしくはない。
彼は大きな槍を振りかざして、私に向かってきた。
~ソフィー家にて~
「もう少し手加減はできないの?」
「もう彼は十分強いのよ。もし、手を抜けば私が重傷を負うことになる。」
彼にはこれから過酷な試練が待っているかもしれないのだ。
もし、レリクの子供だと知られれば、大変な騒ぎになることだろう。
「それにしたってやりすぎだと思う。6歳も下なのよ。体格だって違うし…。」
「でも、お母さんはそんなことはなかったでしょ?」
お母さんはギルドでも有名な人だったらしい。
お父さんとは知り合って、駆け落ちし結婚したが運悪く、お母さんを恨んでいた人に殺されてしまったらしい。
「い…や、でもねえ…。」
体で教えるのは当然だが、防ぎ方を事前に教えずに自分で考えさせるやり方はお母さんから習ったものだ。
「じゃあ、お母さんが教えてみる?」
ちょっと、意地悪して聞いてみた。
「まあ、ほどほどにしなさい。体は大切。この状況では彼は明日は修行できないでしょう。とにかく、ナミネに彼のことを頼まれているのだから、あまり変なことしないでよ。」
「わかったわ。」
でも、それは私だって同じ。
彼はいずれ…レリクと同じ道を歩むかもしれない。彼は強かったが、彼のまわりに人が集まることはなかった。それは彼の出生にあるのかもしれないが、そんな人生はクレオールには歩んでほしくないと思う。
「心配性だね。」
そう言って、クレオールが起き上がる。
「起きていたの?」
「少し前からだけどね。でも、君のお母さんは気が付いていたみたいだけどね。」
クレオールは遺伝的なものか、人に対する観察力や洞察力が優れている。
「でも、俺は誰の子か聞けなかった。それが少し残念だ。」
お母さんが何か術を掛けたのだろう。
「まあ、そこら辺は心配いらないわ。それよりも、今度からは実践に入るわよ。」
「実践?」
私は言った。
「しかし、ギルドには一定の年齢制限があるというのを聞いたけど?」
「いや、それはレリクが来てから設けられたもの。」
「レリクと言えば、今では伝説になっているあの傭兵というのか、それとも冒険者とでもいうのか、そんな人であっているよね。」
「うん。」
彼はまさか、そのレリクがお父さんだとは思っていないだろう。
「じゃあ、どうしてそんなことになったの?彼は強かっただし、」
「それが問題になったの。」
彼は強すぎた。その分、ギルドは彼を重宝しいろいろな任務にあたらせていたが、それに反発するような人もおり、血なまぐさい任務も押しつけられ、挙句の果てには無理難題までも押しつけるようになっていった。彼はそれでも頑張り、すべての任務をこなしていった。ただ、その方法は客観的にみてもあまりよい教育とは言えず、ギルド自体の教育体制を抜本的に見直すことにした。まず、年齢の問題があげられ、精神がうまく発達していない子供に任務を与えるとしても簡易的なものや、人を殺すなどの残虐な行為をさせないことなどが盛り込まれた。しかし、それだけでは家庭によってはギルドで働くことができなくなることによって、家庭状況がひっ迫されるという問題が起こる可能性があるため、一部の例外を認めた。
「まあ、それが実地の試験と面接になったというわけだけどね。」
「しかし、どうして実地を受けるようにさせた?そもそも、簡易的な任務に限るのだろう。」
それがうまくはいかなかった。傭兵というのは主に20代前半が多くいるために16歳という規定にしてしまっては、後継者が育たなくなるのではないかと予想され、また、今の各国の状況がぎくしゃくしていることなどもあり、ある程度の能力を持ったものは少し危ない任務に参加できるようにした。それにも条項を設け、ギルド側からは押し付けないこととその任務の不参加による降格を認めないということにした。一定のランクまで行くと、ギルドからの強制的な任務を受けさせる権限をギルドは持っている。しかし、それはあまり行使されたことがないため、ある程度黙認されていたが、レリクのこともありそれも改正することになった。それは16歳までという意味だが…。
「説明はこんな感じよ。おそらくだけど、簡易的な任務重視の人もいる。数は少ないけどね。でも、クレオールにはもう一つの難しい試験を受けてもらう。」
「まあ、そうじゃないと今までの修行の意味がないな。」
気にしていることをすらっと言うやつである。
「う、うん。だけど、日にちはあまり決まってはいなくて、ギルドに申請してからという話になるけど、来週に受けることが決定しているわ。」
「…それは普通、本人の同意とかは必要ないのか?」
「いや、この試験は親からの推薦も可能よ。クレオールは養子になっているから、大丈夫。」
「分かった。じゃあ、上にあがって寝ることにする。」
そう言って彼は上にあがっていった。
「ああいう物の言い方はレリクに似ているのだけどね。」
後ろを振り返るとお母さんが立っていた。
私は驚いた。いかに彼としゃべっていたとはいえ、人の気配ぐらいは感じることができる。
「いつからそこにいたの?」
「いや、今来たのよ。それを感じた、クレオールが上にあがってくれたの。さすがに養子とはいえ赤の他人だからね。遠慮があるのかもしれない。」
「でも、クレオールとはもう長く…。」
「そういう問題じゃないの。ソフィー、あなたにもいずれ分かる時が来るでしょうけど、こういう問題は難しいのよ。今はそっとしてあげなさい。」
「でも、」
ソフィーの言葉を遮るようにマーサが言った。
「彼も心苦しいのかもしれないわね。それよりも目の前のことに集中しなさい。1週間なんてすぐに立つわよ。」
私は寝ることにした。