赤眼のレリク 第95話
~5日後~
しかし、俺の予想に反して、彼女は術を放つことができなかった。
「できるはずだがな…。」
「できない。」
俺も彼女も頭を抱えてしまった。どうしたらいいのか、さっぱりわからない。それとも彼女の記憶の中が何か邪魔をしているのか…。
「う~む…。」
「何かいい方法ある?」
「すまない。今、考えている。黙っていてくれないか?」
そういうと彼女は頬を膨らまして黙ってしまった。どうやら、かまってほしいらしいが、自分の状況を理解できているとは到底思えない。それよりも、彼女をどうやって…。
あの時、彼女は身の危険を感じたのか?
だから、モンスターに対して術を放った。
自分の身を守るために…。そうだとしたら、俺がやることはこれしかない。これでだめだったら、もう本当に研究所に送るしかない。
「少し距離をあけてくれ。」
「うん。いいけど…。」
そういって彼女は距離をあけて立っている。
俺は彼女に術を放った。
~?視点~
「炎玉」
彼はそういって、私に対して術を放ってきた…。
距離が徐々に詰まってくる。彼は本気らしい。
そのとき、私の中で何かが弾けた。
バリィィィィィン
周りが一瞬にして凍りついた。
私はその場に座ってしまった。
これは私が?
~レリク視点~
バリィィィィィン
彼女の周りが一瞬にして凍ってしまった。
俺も防がなくてはいけない。
「炎上網」
俺の火と彼女の氷が相殺される。
その先には彼女が座り込んでいた。今回は意識を失わなかったらしい。
「どうやら、成功だな。」
俺は彼女の傍に行った。
「これが術だ。」
「これが?」
「ああ、そうだ。何か体の中で弾けたような感触はなかったか?」
「うん。何かが殻を破ったみたいだった…。」
「それを誰もはじめに感触としてつかむ。君の場合は知っているはずだったが、気絶しているためにそれを感じることのないまま、殻が破ったこともわかっていなかった。だから、新たに殻を作ってしまった。」
「そうだったの…。じゃあ、今のうちに…。」
そういって、彼女は立ち上がった。しかし、彼女はそのまま倒れそうになった。
俺は支えて言った。
「無理はするな。もう感触をつかんでいる。これなら、船に乗るまでには何とかなる。」
「でも、2日後には船に…。」
俺は笑顔を浮かべた。
「それは勘違いだ。」
「えっ?でも、そういったよ。」
「言ったな。二日後に町に着くって。」
「もしかして、私をだましたの?」
「別に君が勝手に騙されただけだ。船が出るまで1週間はある。その間には何とかなる。」
「もう、いいかげんにしてよ。」
「こうでもしないと君が本気にならないと思ってな。だから、今日は無理をするな。」
「わかった。」
そういって、彼女は体の力を抜いた。
~8日後~
「うん。制御はできるようなったようだ。」
「細かいコントロールはまだできないけど…。」
「それは訓練しだいだ。よくここまで頑張った。俺も先生の真似事は初めてだが、うまくいってほっとしている。後は記憶のほうだが…。何か覚えていることはないのか?」
彼女は少し考えたが…、頭を左右に振った。
「ごめん。思い出せない。私が何をしていたのか、名前も…。」
「傭兵をやっていたら、俺の名前ぐらいは聞いていても不思議ではないはずだが…。」
「う~ん…。」
「まあ、無理なら仕方ない。お前を知っている人がここにいるかもしれない。根気よく探すことだ。」
「えっ?一緒に探してくれないの?」
彼女は心底、不思議そうに俺のほうを向いていった。どうやら、彼女は俺がすべて面倒を見てくれると思っていたらしい。
「すまないが、俺にも用事がある。君ばかりに付きっ切りというわけにはいかないさ。でも、君なら普通の職業もあることだろう。ここでお別れだ。元気でな。」
そういって、彼女から視線を離した。
~翌日~
俺は彼女のベッドの隣にお金とメモを置いた。
彼女は俺とついてくるべきではない。俺はそう思っていた。彼女にはこれからことがある。俺とは違って…。俺はそう思い、彼女のベッドを後にした。彼女はきっと、目を覚まさないだろう。出発の時間は彼女に伝えたのよりも4時間も早い。彼女は朝には弱い。
俺は彼女をよく抱かなかったと思い、不思議に思った。浮気したら、ナルミはおそらく、怒り狂うだろうな。俺は少し笑った。
ブウウウウウウウン
どういう動力を使うのかわからないが…、船は動いている。煙が出てないところから考えるに石炭や石油を使っていないことだけは確かだ。しかし、この大きな電力を使うのは無理があるだろう。
そう思いながら、俺は個室を出て、ラウンジに向かった。
ザワザワ
人がたくさん集まっている。
それはそうだ。メラル国に行く船はこれしかないのだ。そのため、多くのならず者もいるが、この船では暴れることはない。暴れても逃げ場がない上にこの船には多くの兵士も同乗している。少なくとも、この船を奪うためにはかなりの人数が必要となり、しかも国に喧嘩を売ることになる。さすがに馬鹿でもそこまではしない。
船は全部で個室が500はついている。帆船ではなく、きわめて現代的だ。これを作ったのがメラル国だというのだから、あの国の技術の高さが伺える。大部屋を含めると少なくとも10000人は運べる船だ。俺も初めてではないが、いつも驚かされる。こんなに人が集まるのは都市部くらいしかない。俺は酒を飲むために下に下りていこうとしたが誰かに止められた。
「レリクさん!」
「おっお前、どうしてここに?」
先ほどの子がここの船に乗っていた。
「ふふっ。私だって演技くらいできるよ。」
くそっ。どうやら、この娘に騙されたらしい。
「あそこってさ、人が少ないじゃない?」
確かにそうだった。いつも思うのだが、定期便は1ヶ月に1本しかないために人がかなり少ないのだ。普通の港はもう少し人が住んでいる。」
「まあ、それだったら、都市に行ったほうが私を知っている人も多いかもしれないし、確率的にはそっちのほうが確実じゃない?」
「そうだな。」
「それにあなたに教えてもらうの途中だったし…。それにあなたが何をしようとしているのか気になるし…。」
まさか、こいつ、俺についてくる気か?
「おい、さすがにそこまでは…。」
「へえ、じゃあ、記憶喪失の子をここで捨てていくわけ。」
「ぐっ…。」
反論ができない。
「しかし、ここからは…。」
「危険なんでしょ…。そもそもイクト山脈に連れて行った時点でだめだと思うけどな。私。」
「…。」
それはそのとおりだ。確かに俺じゃなかったら自殺行為だ。
「じゃあ、決定ね。じゃあ、下で一緒に飲もうか?」
「はあ、どうして、こうなる…。」
俺は頭を抱えた。
「そういえば、私、名前だけだけど思い出した。それにお前とか君とかおかしいでしょ。」
「まあ、俺がつけるわけにもいかなかったし…。」
「そっか。それもそうね。」
「それで君の名前は?」
「アクア。これからよろしくね。レリク。」