赤眼のレリク外伝終章
「おかしい。」
レリクは1人でつぶやく。この戦いはもうすでに3日も続いている。確かに、大昔のように騎兵や兵隊のみでの戦いにおいてのみは時間がかかることが多かったと文献には書いている。
しかし、いつしか術が生まれ、そこからの戦いは短期で終わることが多くなった。
要因は度重なる戦いで人口が世界中で減少したこと、そして術師による大量な破壊術が可能になったことが大きい。
確かに歩兵がいらないわけではなく、術までの時間稼ぎというのが主な目的となってしまっている。これが術師と術が使うできない者との確執を生んでしまっている。
だが、もう3日も経つ。両軍、術が完成していてもおかしくはないのだ。
「通信も駄目か…。本部で一体何が…。」
実際のところこちらの負傷人数は1000を超え、死者はそのうち500人。数としては少ないかもしれないが、負傷した人の回復は小休止をしているような今ぐらいにしかすることができない。よって、こちらの軍勢は数で負けているため、術師は常にフル稼働していなければなくなる。
それに加え、相手の騎士の軍勢は5000人以上の負傷者を出しながらも数は多くなってきている。その理由は簡単で増援が来ているからに他ならないのだが、それにしても数が多すぎる。初めは10000人ぐらいだったはずだが、今では30000を超える軍勢だ。少なくとも、俺たちギルドの前線を下げさせるにしては多いすぎる軍勢には違いない。
「レリク。」
「なんだ、シーリー。」
彼女から話しかけてくるのは珍しい。
かのギルドの一件があって以来、俺たちが勝手に意地を張っていたのだ。
彼女からすれば戦争になる前に俺たちから情報を聞きたかったはず。
「うん。私のほうでも本部に連絡を取ってみた。もちろん、テディーも…。」
「そうか…。」
後は聞かなくても分かる。
「少し提案があるのだけど…。」
「分かっているさ。このままでは戦線を維持するどころか、本部が壊滅している可能性もある。だからこそ、我々の士気は下がっていくだけで、ここにとどまる意味がない、そういうことだろう?」
「そうね。でも、彼らには機動力がある。すぐにおいそれとは逃げることが出来ないと思うの。」
実際のところ、術師、もしくはギルドの奴らは危機察知に関しては引けを取ることはないだろう。しかし、このように体力が低下していれば、普通の判断でさえミスをする可能性もある。
「そうだな。一旦は皆を集める必要もある。それに騎士団は夜襲をすることが出来ない。」
馬に乗っているからではなく、モンスターが出現する可能性もあるため、彼らの要でもある馬の手入れや保護は欠かせない。
「一旦、皆に連絡を取れ。」
「さて、これからどうするかだな。」
テディーが言った。ラリア、そして若手のロスという少年、シーリーという5人だ。
「まず分けるにしても、殿を務める必要があるこの場合は俺が適当だな。」
「ふむ。そうしかないか…。」
テディーは俺に目線を配る。
おそらく心配しているのだろう。
親父とはもう3日も戦い続けている。
正直、体力はあまり残っていない。
「しかし、レリクだけでは兵の統率がおろそかになる可能性がある。」
「そうですね。しかし、ここから退却と言ってもそれもまた統率が難しい。しかも負傷者の保護があります。だとすれば、退却にはテディーさん、伝達役の僕と回復術が得意なシーリーさんも連れて行かなくてはなりません。」
ロスは冷静に述べた。俺たちの立てられる策はもうほとんどない。
「俺はそれで賛成だが、ラリアは必然的に俺と殿を務めることになる。いいのか。」
「仕方ない。私もギルドマスターに候補として上がっているから。」
最後はテディーなのだが…。俺とラリアは彼の教え子でもある。
「5分ほど待ってくれないか。少し頭を冷やしたい。」
皆が頷く。
「どうして、こうなるのかね。」
レリクが追っているアクアもまた彼の教え子だった。彼は確かに個人の武勇はラリアには及ばないかもしれないが、彼の持ち味は指導がうまいところにある。
ギルドは確かに金の入りは多いが、命を失うリスクは高い。誰しもが自分は死なないと思うが…。
だからと言っても難しいのは事実だ。この戦いだけでなく、指揮官はリスクを減らす努力をしなくてはならない。もちろん、それは誰でも言えることだが。
「どう思う、レリク。」
シーリーが聞いてくる。俺には分かっている。
「あいつはいつも出来るだけ多くの人を救えるように考える節がある。今回もそっちに従うはず。それに殿であって特攻ではない。そこが大きく違う。」
ラリアも頷くのみ。それなりの経験を経てきたのだろう。
「しかし、今回はそう時間もないでしょう。早くても今日立たなくてはこのままだと相手の奇襲に遭う可能性もある。」
俺も危惧していたところはそこだ。今回の戦いでは数が圧倒的に違うのと経験値の差がある。相手は何度も対戦を重ねてきている。しかし、こちらは初めてなものが多い。ギルドでは前にあったドラゴンの討伐のように大人数でパーティーを組むこともあるが、ここまでとなってくると少ない。
それに人を殺すと言う体感をしていないやつも同じく多い。
ただ、ここまでの人数をかけてまで…
「なんだ、この人数は…。」
朝の時点では30000を超す軍勢が5000まで減少している。
「何か相手側の本部、もしくは他の作戦がしくじったか。そ…」
俺の中で電気が走ったようなきがする。
これはもちろん、術ではなく…
「アクア、ここでお前が来るか。」
俺は口の中に鉄の味がするのを感じた。
一方、アンガスは騎士団の応援にほっとしていたが、続々と増えていく応援にどこか違和感を覚えた。
応援に来たものはこちらから話しかけても、あまり話に加わることはない。昔、いざこざがあったやつもいるし、立場上、話すことができないものもいるが、今は戦時中であって情報の共有はどんな時でも行うようになっている。
だからこそ、今の状況が分からないのだ。
こちらは馬があるためにモンスターから守るため、一定の兵を守りにあてねばならないために奇襲はすることができない。
相手はそれが可能ではあるが、それは人数が少し多いときだけだ。
こちらに夜の奇襲に備えるための兵を増やすことを目的とした、始めの奇襲以外はきていない。
というよりも、あちらも負傷者の対応で終われている可能性も十分にある。
「アンガス様、ここで一度、皆を集める必要があります。」
俺は副官に話を進めるように目で合図した。
こういった話は見回りの時には向いていないだろう。
だが、どうせ隠しきれるものでもない。
「今、こちらでも物見を出していますが、報告によりますと相手は負傷者を搬送しているとのこと。これは推測ですが、幹部が動きを活発にし、なおかつテディーやレリクといった主要メンバーがいない。そのこと考えますと…」
そこまでいけば大体は予測が出来る。
「相手は撤退を考えている。そういうことだな。」
副官も頷く。
だが、表情が冴えないのが気になる。
「今頃になって、本部から通達がきたらしく」
それは困惑するだろう。今までこちらから通信をしても返事もなく、今頃になって、通達とは…。あまりにも一方的すぎる。
顔に出ていたのだろう。
「アンガス様、」
「大丈夫だ。続けてくれ。」
副官の顔にどこかほっとした表情が見える。
「アクアを応援として送る。そして、25000の兵を本部へ派遣しろと言うことでした。」
俺は何か嫌な感じがした。
「応援にきたやつとは話ができたか?」
「いえ、それが全く。何か呆けていて麻薬か何かを吸っているのではないかと部下も報告が上がりました。」
彼の予感は的中することになる。
翌朝
両軍共に少ないことには気がつく。
思惑は各々にあり、それが今回の結果になる。
しかし、両軍は動くことができなかった。
「モンスターの大群によって本部が襲撃されている模様。」
それが両軍に通達されてきたからだ。
両軍の大将は本部へ全部隊を派遣。
そして、歩み寄る。
どの戦いにおいても停戦場合はそれなりの身分のものが然るべき条件をつけて、停戦の要求をするのが慣例となっている。
ここではアンガス・レリク間で密約が結ばれる。
「お前と停戦協定を結ぶとは、」
「それは俺も同じだ、親父。しかし、お互いが兵を引くとはあまりないことだ。」
「ああ、俺もそう思っているさ。偶然とはいえ、恐ろしいな。」
二人とも緊張は少しなくなっている。
最初はちゃんとした戦であったが、今ではもう戦どころではない状態までモンスターがいることらしい。
お互い含むものはない。
「ただ、モンスターは集団で群れることはないと聞いたが」
「ああ、親父の言う通りだ。何か嫌な予感がするよ。」
「アクアがここに来ると本部に通達があった。だから、ここで待機しているのだが…。」
レリクはその言葉に驚いた。
おそらく、アクアが犯罪者であることもアンガスは知らないだろうし、もちろん俺よりも実力が上であり、また、モンスターを使役することができるのもしらないだろう。
「親父、さっさとここを離れろ。」
レリクの表情が強張る。
それに反応したのかアンガスが言う。
「何を言っている?実力ではお前の方が上だと部下から聞いた。大丈夫だろう。」
レリクはあの兵の大軍の意味を知った。
使役の応用では人間にまで操ることができることもあると文献から見ていたからだ。
「それは嘘だ!あいつは俺なんかよりも遥かに強い。そんなことより早く離れろ。出来るだけ遠くへ逃げるんだ。」
その間にも凄まじいスピードで此方に向かってくるアクアの気配を感じている。
アンガスはそれを感じたらしい。
「今更ではないか。もう逃げ切れん。」
「だが、少しでも遠くへ…。」
レリクの目にはバハムートに乗ったアクアが見えた。
レリクは山の麓に立っているはずだが、すでにそんなことは忘れている。
アクアには例え木があろうと、もしくはそこが森林であったとしても焼き払うことは簡単に出来ることだ。
速いスピードで近づいてくるアクアは召喚獣に乗っている。
それも文献で見たことがある程度で実際には存在していないとまで言われていたのだ。
俺も召喚術は取得しているが、幻獣を召喚するにはあることをしなくてはならないことをしていない。
ということは、アクアは既に俺を超す力をつけている。
そう考えている間にも彼女は近づいてくる。
バサッバサッ
伝説とも言われる聖獣が空を浮遊している。俄かに信じがたい光景だ。体長は30メートルもあるだろうか…。全身には竜族モンスターの鱗が紫色に光る。その頭にアクアは乗っていた。
「どうも、お二人様。お元気みたいね。二人とも強くなりました。」
これではさすがに…
「模範的な教育者みたいだな。アクア。善からぬ噂も聞いたが、それは本当か?ナミネが随分と心配していたぞ。」
親父は知らないだろうが、俺はアクアの裏に住む“彼女”の存在を知っていた。
「さてね、ともかくあなたたち2人には死んでもらう。特にレリクにはね。」
「話を聞いてもらおうとしても無駄だろうな。アクア、いや、レイさんかな?」
彼女の眉間に皺が出来たのが分かった。
「あなた、“過去”をご存じのようね。」
アクアではなく違う人の声がした。
親父はなんとなく理解できたようだった。
「ふむ、あの宝石に人格が宿っていたと考えるのが普通か。しかし、元々そんな技術があったのか?過去にもそういった事例はない。」
バハムートは話している間にも術を溜めているようだった。
俺も術を溜めていたが…。辺りを見渡しても山の麓に林があるだけだ。
「レリク、分かっているな。」
「ああ。」
バハムートの口が開いた瞬間、紫色に光るものが見えた。
俺たちは同時に術を放つ。
しかし、術は跳ね返され、俺たちは吹き飛ばされた。
“彼女”は下を見た。
山の麓には林などはなくなり、代わりに一本の大きな溝が数キロ先まで出来ていた。レリクの軍勢には掠りもしなかったが、それは仕方のないことだろう。先ほど打ち消された術によってわずかながら軌道が逸れたのだ。彼らも“彼女”の敵ではないとはいえ、“今”の時代では最高峰の術師には違いない。
「しかし、リンクして間もないとはいえ上々ね。後はこの体がうまく使えればいいのだけど、そう簡単にはいかないか…。」
“彼女”は彼らを見た。軌道がずれたおかげで奇跡的にも生きている。
“レイ”という人は奴らが言っていたよりもはるかに力をつけているのが分かった。
以前の俺では対応できなかったかもしれないが、左目もうまく使える。
そのおかげで軌道をそらすことができた。
しかし、親父はそうはいかなかったようだ。
体はうつ伏せに倒れ、肩で息をしている。さすが、騎士団長というべきだが相手が悪い。
「さて、邪魔者はいなくなったようね。レリク君。ドラゴンやショウにも会えたのかしら?」
「愚問だな。会ったとしても貴様には何一つ関係あるまい。だが、この近辺の地形が変わってしまう前になんとか決着したいものだな。」
俺は強がってはいるが、実際のところ術能力では敵わないのは分かっている。
「少なくとも、彼らからある程度の力はもらったようね。それが何か知らないけど、私に勝てるの?」
「…。」
「さて、そろそろ終わりにしましょうか。所詮はどの軍勢も烏合の衆となっているみたいね。何とか両軍の本部も粘ってはいるけど、イクト軍は数の差、アクト軍は経験の差で劣勢になっている。この両軍を完膚なきまでに叩けば、私の勝利は間違いないわ。ところで、レリク君に質問しましょう。」
「このまま私に二人とも殺されるか、もしくは私の部下になりこの星の覇者となるか。」
「…。」
俺は左目に力を込めているのを悟られないよう、体全体から炎を吹きだす。
「それが答え?もう少し考えたら。ドラゴンもショウもレリクのことを過大評価している。」
その間にも炎は赤から青へと変化していく。
「どちらにしてもアクアを使えたとしても問題があるぞ。」
俺は左目に力を込めた。
「ほかの人間をなめすぎている。」
「じゃあ、証明して」
彼女が言った瞬間、彼女の周りが光に包まれる。
「レリク、今のうちだ。」
「無理しやがって、親父。」
だが、その光は黒いものに打ち消される。
「流石、レリクの父親ね。光属性を使うことができるとは。だけど、もう遅い。」
彼女はレリクの元に向かう。
その瞬間、彼の体がぶれた。
メキ
その嫌な音とともに彼女は進んでいた方向と逆に飛んでいく。
左の頬の感覚がなくなっている。
「この私が遅れを」
「遅い!」
後方から声が聞こえる。
彼女は瞬時に闇を身に纏う。
だが、術の能力は打ち消すことは出来ても衝撃は吸収することができない。
彼女はまたしても宙を舞う。
その間に彼女は水を浮遊させた。
レリクは反対に彼女と距離を置いた。
それは迂闊に攻めていれば何かあると感じた。
それに水が邪魔で攻めにくくなった。
「すごいわね。」
彼女は素直に褒めているようだ。
「火属性の術とともに体の能力を活性化させるなんて。でも、それはおそらく、体脂肪もしくは細胞分裂を活性化させ、身体能力を爆発的にあげているというところかしら。」
俺は黙っていた。少なくとも彼女はもう一つの術には気が付いていない。
ただ、時間がないのも事実。
「ただ、分かっているのかしら。後ろにはバハムート。そして、私が前。」
それが俺の目的だ。
「だから、どうした。」
俺は怒声とともに左目にさらに力を込める。
左目に紋様が浮かぶ。
「もう遅いのよ。何もかも。その術は見たことはないけど当たらなければ意味がない。」
彼女は山と同じくらいの水を手を上にあげ持ち上げている。
「さようなら…。レ」
彼女の周りに光が舞う。
「アンガス!」
アクアが悪態をつく。
この瞬間を見逃さなかった。
レリクの左目からアクアに向かい光線が伸びる。
アクアはその光を受けた。
アンガスはこの状況が理解できていなかった。
レリクの放った光はきれいにアクアをとらえており、放すことはないだろう。
しかし、圧倒的な勝利をおさめかけていたアクアが動きを止めている理由が理解できない。
その間にも青い光は彼女を包んでいる。
そこから声が聞こえた。
「おじさん。助けて。」
それはかつてアクアが盗賊に襲われた時と同じ声のように聞こえた。
その瞬間、アンガスは理解した。
アクアはその光を振りほどき、青い光を消した。
レリクはその場に座り込んでいる。
アクアは頭を抱えていた。
アンガスは追い打ちをかけようとしたが、力が尽きているのに気付く。
「勝負は預ける。」
そういってアクアは姿を消した。