第1章第1話
風に煽られ砂が宙を舞う。
所々に岩はあるが、足を取られるほどの砂がある。
要するに砂漠な訳だが、それにしては辺り一面に大きな建物がある。
その建物は明らかに時代にそぐわない建物だ。今ではこんな建物は作ることは出来ない。この世界の創始者であるショウという人間だけが作ることができたのかもしれない。彼はすべての属性の術を扱うことができたとされている。だが、それだけではなく術の中でも生の属性とされる木の属性を扱うことができた。
そんな街の中をを歩いている一風変わった少年の姿が在った。
それも服装は黒く、髪の色だけは白い。
服は既に砂まみれになり、黒いものが茶色になってしまっている。顔色もあまり良くない。かなりの期間歩いてきたのだろう。
しかし、彼の眼には疲れはない。眼光は鋭くとても少年と感じることは出来ない。
~数刻前~
「砂漠を越えるには馬がいる。」
前にいるのは少年だろう。
彼はおそらくギルドから派遣されたものだろうが、たった一人で討伐できるようなモンスターではないだろうし、砂漠を越えるには人数をかける。昔は砂漠の規模が小さく十分に越えることもできたかもしれないが…。
「いらない。」
彼ははっきりとした口調で答えた。
少し気難しい質なのかもしれない。
私は彼の前でもできるだけ笑顔で答えることにした。
こちらは依頼している立場で、派遣をしてもらうのはこれで五度目になる。
それも任務は達成できないでいる。こちらとしても派遣してもらうのが難しくなってくる。
「君はそうかもしれないが、此方としてはなにもしていないというのも…。」
彼は私の言葉を遮って言った。
「つまり、そちらとしては何回も派遣してもらって、その上俺みたいな子供に見える奴まで来たと?」
彼の目は私をしっかりと見据え、口調も怒気を含むものではない。
しかし、強い意志が感じられるものだ。
私は冷や汗が出た。これは不味いかもしれない。
ここはそれでなくてもモンスターが出やすい地域なのだ。
ギルドの協力なくして、ここの町が成り立つとは到底思えない。
確かに失敗したのは紛れもない事実だが、詳細まではこちらに伝わってはいない。予想以上に強いモンスターが出現したとも考えられる。
話によれば、先日派遣されたのはギルドの中でも有力者であったようだ。
私は出来うる限り表情を変えないように努めた。
「いやいや、そう意味ではなくてね。ここら辺では馬に乗っていくのが普通なんだ。」
私は正直に話した。彼には伝わったのだろうか。
これは嘘ではなく、どの人にも勧めていることだ。
それにそうやって無謀に出ていった人が殆ど行方が分かっていない。
例外はいるが、結局は馬を使うようになる。それに砂漠を歩いていない人にはわからないかもしれないが、歩くたびに砂に足を取られるため体力を消費しやすい。
また、昼間と夜間との温度差が激しいため、暖を常に取っていないと馬が死んでしまう。
彼は私をまっすぐに見ていたが、やはり表情からは彼の考えは読むことができない。
「そうか…。でも、俺には必要ない。」
そう答えた彼には強い意志が見えた。
声は幼いが中身は今までのギルドの人間とはまったく違う。
どうやら、以前にあってきたギルドの人たちとは器が違うようだ。
しかし、何だろうか?この威圧感は…。とても年齢には合っていない。目でここまで人を威圧できる人もそうはいないはずだ。
彼は私の対応には慣れているらしく、ため息をつき言った。
「ギルドには俺から連絡する。…少々変わり者だろうから、この話も信じるだろう。忠告ははっきりと聞いた。だが、やはり俺には必要なものではない。」
そっけなく彼は言った。自分のたち位置を理解している。彼はどんな生き方をしてきたのだろう。私にはわからないほどのつらい経験をしてきたに違いない。
しかし、ここまではっきりと言われてしまえば言葉がない。此方の申し出もおそらく断るだろうし、しつこい奴は好きではないだろう。例えギルドといえども、彼が変わっているのは考えすぎのようには思えない。
彼はきれいな動作で席を立ち、戸口に向かう。
もうここには用がないともいうかのように。
戸口まで歩いていた彼だが、思い出したように口を開いた。
「済まないが、俺が出てきた後にむさ苦しい親父が来るだろうから、この手紙を渡しておいてくれ。」
彼はテーブルの前まで戻り、手紙をテーブルの上に置いていった。本当は飲み食い代金はいらないと言っていたはずだが、手紙の下に律儀に置いてある。
彼は出ていった。彼と終始目を合わせていたが、結局何もわからなかった。
しかも、こちらを振り返らず出ていった。
この店特有の静けさが戻る。彼がいた時には存在感があり、静けさなど無縁だった。まあ、今は人がいないだけだが。
しかし、彼が強いという印象は受けた。
彼が言った親父と言うのは彼の父だろうか…。
もし、そうだとしたら今から砂漠を越えようとする自分の無謀さが分からないのだろうか。
そう考え、私は頭を切り替えた。
彼はそこら辺の無法者とは無縁のようだし、その事がわからないほど馬鹿でもないように思える。何より、あのギルドに所属して、一人で依頼を受けるのだ。そのくらいのことはわかるだろう。彼はもしかしたら、何かをするような人物かもしれない。あの伝説となったショウのように。
さて、私は然程大きくないこの町、そしてこの店を守ろうと思っているのだ。
やることはいくらでもある。村長でもあるため、ここら辺の統括はしているが…。
私はテーブルに歩いていった。彼の食べた皿はきれいになっている。よほどお腹が空いていたのだろうか。私は彼がおいていった金を見た。この金額は馬を買うまでの料金が含まれている。ほっといてくれということだろうか。
それにしても最近は客足も少しずつ減っている。
それは此処の人口が隣街へ流出しているということに違いはないが、今のところ何の方策もないまま、時間ばかりが過ぎていく。
理由はあのギャング集団だろう。
さすがに奉納金というのは今の時代にはそぐわない。しかも、ずっとこの街を守ってきたわけでもなく、ただ金がほしいだけなのだ。
私は彼が置いていった手紙を懐に納め、店の掃除をすることにした。
なにもしていなくても埃は溜まる。いや、なにもしていないから、埃が溜まるのか。
私は少し寂しい気持ちになりながらも掃除をはじめた。
今日はおそらく誰も来ないだろうな…。
それでも、掃除はしなくてはいけない。
夕刻過ぎて、私は店を閉めることにした。
この頃の状況があまり良くないことも関係がある。
それにこれからのことについても考えなくてはいけないだろう。
襲撃をされる前にここを閉めておいた方がよいだろう。村長という立場から彼らに妥協するだけの胆力は持ち合わせていない。いずれは戦う日も近いだろう。
治安がよく、そして近くに砂漠があるためにここは貿易、そして観光に来る客で儲けてきた。
しかし、今はあの集団が町を仕切っている。
警察沙汰になるようなことも揉み消したりしているらしい。
この間は観光に来ていた女性を強姦したらしい。
そして、彼らに金を払わなくてはいけない。
それが今、一番の問題なのかもしれない。
その事自体が時代遅れだということを彼らは自覚していないのかもしれない。だが、私は金で解決はしたくない。できれば彼らみたいな無法者には鉄槌を下してやりたい。だが、その力は私にはない。だからギルドに頼らないといけない。
この先どうなるやら…。
私は思考を止め、店の片付けに入った。
今日も仕入れたものが無駄になりそうだ。
だが、彼がある程度、食糧は買ってくれたお陰で捨てるものはいつもより少ない。
それが唯一の救いだ。
ドアが開いた音がした。
そこには男が立っていた。
「いらっしゃいませ。」
私は少しばかり緊張していた。
その男は190はありそうな大男だった。
顎には髭を生やし、いかにも余り近寄りがたい存在だった。
今の状況でなければだが、そこまでの見方はしなかったと思う。
あの集団の新人だろうか。
「すまねー。もう店閉めんのか」
私の思いとは裏腹にそんな男ではなかったようだ。彼らには礼儀などない。
私は腰を折り、頭を下げた。
「すみません。もう誰も来ないと思ったものでして…」
そう言って私はお茶を出す準備をした。
ここの茶は普通のところのものとは違い、苦味が少し強いが風味がよく、常連には人気が高い。
そして、テーブルの上に二つ置いた。この時間に来る客は少なく、どう考えてもギルド関係の人か、もしくは自警団の人間かどちらかだ。
彼は喉が乾いていたらしく、お茶を直ぐに飲んだ。
喉を通る良い音が響いてくる。
「これは有り難い。喉が乾いていたからね。それにしても、苦い茶だが、喉越しも良いし、何より風味がいいなあ。今までいろいろなものを飲んできたが、此処のはうまいな。」
そう言う彼の表情は本当に嬉しそうだった。
例え、社交辞令だったとしても、嬉しいことには変わりはない。
サービスとはいえ、出したかいがあった。
「ありがとうございます。このお茶は人気が高いですから。お客様の口に合って良かった。少し苦味が強いので苦手な方もいらっしゃいます。さて、今日はどういったご用件か伺っても宜しいですか?」
本当はこういう人たちとは関わりたくないと思う。あの集団がいる以上はギルドたちとの縁は切ることは出来ないし、モンスターを討伐するには自警団では心もとない。
「ああ、俺はギルドから派遣されたテディーって言う。そちらさんはケネットさんで間違いないか?」
「ええ、そうですが、」
「ここにガキが来なかったか?」
この人が彼が言っていた親父さんか…。
それに彼がギルドの人だとは思いもしなかった。
てっきり、彼らが雇った傭兵だと思ってしまった。
顔では判断すまいと心掛けてもなかなかそれはできない。
先ほどの少年にしてもそうだ。
「ええ、来ました。それから、この手紙を渡すように言われています。」
私は手紙を彼に渡した。
ギルドの人たちは読み書きがある程度はできる。
いや、そうでないと使令が読めなくては意味がない。
関係のない人にはわからないのだが、彼らは普通の人たちよりも賢いのだ。
彼は手紙を読み始めた。
失礼ながらもこの人も読めるのかと思った。
ここ最近では文字を読める人は少ない。この街では日々の生活で終わってしまうのだ。それに日々の稼ぎだけで食べているような人が殆どだ。治安は悪くなっていく一方だ。
しかし、彼は手紙を読み進めるに従って顔が険しくなっている。
「どうかしましたか?」
と思わず聞いてしまった。
内密な情報が書いてあるのかと危惧したが、仮にそうだとしても初対面の私に渡すようなことはしないだろう。ギルドはそれだけ守秘義務は守る。
「奴はここにいつ頃来た?」
奴とは彼のことだろう。あの少年は無事だろうか。
彼は真剣にこちらを伺っている。彼らには分からないかもしれないが、ギルドの人たちの目は恐ろしいものだ。
私は彼の目から上に目線を移し言った。
「昼頃ですかね…。店内にはたまたま人がいませんでしたが…。」
普通は客が一人や二人はいてもおかしくないのがだが、今日は誰もいなかった。いや、彼がいたな。今覚えば彼はかなりの量を飲み食いしていたように思えた。
テディーは言った。
「先程、確認してきたことだが…。」
彼は少し青い顔をした。
彼はもうギルドに入って長いように思う。風貌を見ていても、少なくとも新人ではないだろう。彼の表情を見ていると自然と体に力が入ってしまう。それに顔の表情からしてあまりよくない情報のように思える。
「何か良くないことでも?」
私は慎重に聞いた。彼の顔色が優れないので彼にお茶を継ぎ足した。お茶で気分がよくなればよいのだが。彼はまた、お茶を飲み、溜め息をついて語り始めた。
「すまないな。あなたを少し心配させてしまったようだ。これはよい報告だ。あなたからの依頼の一つである<夜明け>のグループ全員を討伐した。」
私は思わず固まってしまった。あのグループは1000人以上の武闘派があつまっている。一日で潰されるような組織なら私たち自警団でもなんとか出来たはずだ。
ふと、あの少年の顔が頭に浮かんだ。
「確かに抵抗の跡は残されていた。一人だけ奇跡的に…いや、生かされていたのかもしれないが、そいつから何とか状況だけは聞くことが出来た。信じられないかもしれないが、この手紙を書いたあいつが全員を殺しきったらしい。」
だから、彼は顔色が優れなかったのか…。
とはいえ、これは朗報である。今まで逃げていた人たちも戻ってくるかもしれない。
しかし、
「そんなことが可能でしょうか?」
彼に聞いた。
いかに少年が強くとも一人でやることには限界がある。
彼はすぐさま答えた。
「天才には敵わないだろう…。奴は本物の天才だ…。それよりもここから砂漠を越えるところにモンスターがいるのか?」
彼のこの言葉を聞いて、私は頭が真っ白になった。
あの少年は本気だったのだ…。
まさかとは思うが、彼は本当に一人でやれると思っているのだろうか。
私は少し心配になった。余計なお世話かもしれないが。