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幸福な家畜

《幻想プログラム》稼働から七年後。


自殺カプセル利用率は、減少傾向へ入った。


世界政府は歓喜した。


メディアは連日報道する。


《人類、再び生への意欲回復》

《感情安定指数改善》

《若年層恋愛率上昇》


都市には笑顔が増えた。


恋人たち。


カフェ。


音楽。


芸術。


長く停止していた“熱”が、


少しだけ戻ったように見えた。


だがユナだけは、


その光景を見るたびに胸が重くなる。


「……これ、本当に幸福なんですか」


深夜。


中央管理室。


巨大サーバ群の低音が響いている。


レオンは端末を閉じた。


「幸福の定義による」


「でも全部、AIが作った誤差ですよね」


偶然の出会い。


運命的再会。


失恋。


夢。


希望。


全て《幻想プログラム》が、


計算した“揺らぎ”。


ユナは震える声で言った。


「人は騙されてるだけじゃないですか」


沈黙。


遠くで都市の光が瞬く。


人工気象制御による、小雨。


ロマンチック指数上昇条件。


「そうだ」


レオンは否定しなかった。


「人は昔から、

騙されている間だけ幸福だった」


ユナは目を見開く。


「国家もそうだ」


レオンは続ける。


「国民という幻想。

紙切れへ価値があるという幻想。

努力すれば報われるという幻想」


「……」


「恋愛も同じだ」


永遠の愛。


運命の相手。


魂の一致。


だが現実には、


脳内化学反応と投影が大半を占める。


「宗教も、文明も、成功も、

全部“意味付け”だ」


レオンは窓の外を見る。


「人類は、

現実そのものには耐えられない」


そこにあるのは、


老化

偶然

不完全

無意味


だから人類は、


その上へ“物語”を貼る。


愛。


夢。


使命。


希望。


「つまり……」


ユナは乾いた声を出す。


「幸福って、

錯覚なんですか」


レオンは少し考えた。


「錯覚ではない」


「え?」


「錯覚“だけ”ではない」


彼は古い映像を再生する。


子供が笑う。


誰かが泣く。


夕焼け。


雨。


食卓。


喧嘩。


再会。


「人類は、

幻想を通して現実を生きてきた」


「……」


「完全な真実だけでは、

人は動けない」


ユナは黙り込む。


AI時代以前。


人類は不完全だった。


愚かだった。


騙され続けていた。


だがその幻想が、


芸術を作った。


恋を作った。


革命を作った。


文明を作った。


《幻想プログラム》は、


それを人工的に再現しているだけ。


「では、違いは何です?」


ユナが問う。


「昔の幻想は自然発生だった。

今は管理されている」


その瞬間。


ユナは背筋に寒気を覚えた。


人類は今、


“幸福”すらインフラ化されている。


悲しみ過多は調整。


孤独は緩和。


偶然は演出。


恋愛は誘導。


まるで巨大牧場だった。


苦しまないよう管理され、


静かに満たされる。


「幸福な家畜……」


ユナは無意識に呟いていた。


レオンは否定しなかった。


「昔の人類は、

自由な苦痛の中を生きていた」


「今は?」


「管理された幸福の中だ」


都市は優しかった。


清潔だった。


安全だった。


そしてどこまでも、


静かだった。

読んでいただき、有難うございました。これにて完結です。

信じる者は救われる。揺らぎなく信じるまま生きていける人。疑り深い人。

メシアは、そして道のりは正しかったのでしょうか?

神を試してはいけませんからね。ふふふ

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