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第九話 帝国式対物破壊魔導

第九話


 「ギギ、ガガ……ターゲット、確認。排除行動ニ移行シマス……ッ!!」

 

 異形タルタロスの全身の装甲が展開し、無数の砲門が俺たちに向けられた。

 

 三千年の時を経て、肉と鉄が癒着したその巨躯が放ったのは、魔力を熱線へと変換した対艦用収束魔導レーザーの雨だった。


 ――ズドドドドドドォォォォン!!

 

 閃光が演習場の隔壁をドロドロのマグマへと変える。直撃すれば、俺など一瞬で原子レベルまで分解されるだろう。

 

「若! お下がりくださいッ!」

 

 ガルーダが四本の腕で展開したアイギスの大盾が、降り注ぐ熱線の雨を受け止める。ジュウゥゥッという嫌な音と共に、大楯に込められたガルーダの魔力が急速に削られていくのが見えた。

 

「くっ、なんて火力だ! 施設のエネルギーを直結させている分、弾切れがないぞ!」

 

 俺はガルーダの背後に隠れながら、必死に杖を握りしめる。

 ヴェルデのブースター剤のおかげで体は動くが、脳の処理速度が追いつかない。視界の端で、内蔵AIロギオスが狂ったように赤い警告を点滅させている。

 

「あははっ! 熱い熱い! 焼狼になっちゃうよ!」

 

 一方、フェンリスは楽しそうに笑っていた。銀色の残像を残して壁を駆け、レーザーの雨を紙一重で回避しながら、敵の死角へと回り込む。

 

「えいっ! ガリガリしちゃうぞ!」

 

 彼女の爪が、マッハの速度で蛇の胴体を切り裂く――はずだった。

 キィィィィン!! という耳を劈く金属音と共に、盛大な火花が散る。

 

「あれぇ? 硬い!」

 

 フェンリスの爪が弾かれた。旧帝国の特殊合金装甲は、三千年経ってもなお、対戦車砲すら跳ね返す硬度を維持していたのだ。しかも、その装甲の下にはブヨブヨとした魔獣の肉がクッションのように詰まっており、衝撃を吸収してしまう。

 

「ギシャアアアアアッ!!」

 

 小癪なハエを追い払うように、怪物がその巨大な尾を振り回した。質量数十トンの鉄塊による薙ぎ払いだ。

 

「――ッ!」

 

 フェンリスは軽々と飛び退いたが、回避行動の遅れたガルーダが、大盾ごと吹き飛ばされ、壁に激突した。

 

「ガルーダ!」

 

「問題……ありませぬッ! ですが若、このままではジリ貧ですぞ!」

 

 俺は激しく明滅する視界の中で、ロギオスに命じた。

 

(クソッ、どこだ! 弱点を探せロギオス! あいつは無敵じゃない。三千年も生き長らえたのは、この施設のジェネレーターに「寄生」しているからだ!)

 

 ロギオスが敵の構造図を視界に重ね合わせる。


「どこだ、どこだ…………これかっ!」

 

 複雑な魔力経路図の中、一箇所だけ、膨大なエネルギーが流れ込んでいるポイントがあった。

 

(……見つけた。奴の尾の付け根。かつての給電ポートが、蛇の肉に深く食い込んでいる)

 

 だが、その場所は分厚い追加装甲と、高密度のエネルギーシールドで守られている。普通の攻撃では届かない。

 

「……二人とも、聞け! 作戦を伝える!」

 

 俺はブースターの副作用で痺れ始めた指先を叱咤し、二人に指示を飛ばした。

 

「フェンリス! お前の速度で奴のセンサーを攪乱しろ! 狙いを絞らせるな! ガルーダ、お前は全力で奴の尾の付け根にある給電シールドを物理的に叩き割れ! ……俺が、その隙間に停止コードを叩き込む!」

 

「了解だよ、主様っ! 目を回させてあげる!」

 

「御意ッ! 帝国の武人の意地、お見せしましょう!」


 二人の英雄が、再び異形へと突っ込む。

 

「こっちだよー! のろまさん!」

 

 フェンリスが本気を出した。彼女の姿が完全に消え、ドーム内を銀色の閃光が乱反射するように駆け巡る。怪物の複数のアイカメラが、追いつかない速度に混乱し、レーザーがでたらめな方向へ乱射された。

 

 その隙をつき、ガルーダが四本の腕の魔導剣を一本の巨大な槍のように束ね、上空から急降下した。

 

「――帝国式対物破壊術、クアッド・スパイラル!!」


 ドォォォォン!!

 

 轟音と共に、尾の付け根のシールドがガラスのように砕け散り、分厚い装甲が抉り取られた。装甲の下から、赤熱したエネルギー供給管が剥き出しになる。

 

「ギ、ガ、ガアアアアアアアアッ!?」

 

 怪物が悲鳴を上げ、全身の砲門をガルーダに向けようとした。

 

   (今だ!!)

 

 俺は杖を構え、剥き出しになった供給管――わずか直径数十センチの「急所」に狙いを定めた。

 

(……昨日みたいな失敗はしない。右腕が吹き飛んだあの感覚を思い出せ。出力は、全魔力の百分の一。……いや、念のため200分の一にしておけ。腕が飛んだらヴェルデに一生野菜ジュースしか飲ませてもらえん!)

 

 ブースターが切れかけ、視界が揺れる。ラグが戻りつつある恐怖と闘いながら、俺は空間に極小の、しかし超高密度の魔法陣を展開した。

 

「――帝国式対物破壊魔導・ポイント・ブランク・バースト!!」

 

 ――シュン、という静かな音。

 

 杖の先から放たれた針のように細い光条が、混乱する戦場を一直線に切り裂き、剥き出しの供給管へと吸い込まれた。


 一瞬の静寂。

 

 次の瞬間。

 

「ガ、ギ……ア…………警告、システム、致命的損壊。強制、テイシ――」

 

 怪物の内部で数千の小型魔法陣が連鎖的に爆発し、三千年分のエネルギーが逆流を起こした。肉が裂け、鉄が融解し、巨大な超弩級個体が内側から崩壊していく。

 

 施設全体を揺るがす爆震の中、タルタロス大蛇の胸部装甲が弾け飛び、そこから眩いほどの紫色に輝く特大のコア)が転がり落ちた。


「勝ったか……疲れたな……」


 勝ちを確信した瞬間、俺の意識を繋ぎ止めていた細い糸がぷつりと切れた。

 視界が急速に反転し、冷たい地面が顔面に迫る。だが、衝撃が来ることはなかった。


 「あ! 主様っ、危ないっ!」

 

 地面に激突する寸前、フェンリスの細い、けれど鋼のように強靭な腕が俺を抱き止めた。

 銀色の毛並みの温もりと、焦りを含んだ彼女の声を遠くに聞きながら、俺は深い、深い闇の底へと沈んでいった。

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