第八話 自立型広域制圧兵器:タルタロス
第八話
アヴァロンの上に広がる原生林から北西二一五キロ。かつての帝国なら超音速旅客機で数分の距離だが、今の俺の足では一生かかっても辿り着けない程に絶望的な距離だ。
「よし。ガルーダ、フェンリス先に行っておいてくれ……俺は、この足で歩いて行くぞ」
だが、俺は精一杯の虚勢を張り、杖を力強く突いた。
ヴェルデのブースター剤のおかげでラグは大幅に軽減されているが、それでも一歩踏み出すたびに脳が「あ、今動かした?」と確認してくる感覚は残っている。何より、二一五キロを歩くなど、三千年前のほぼ王城ニート生活を差し引いても物理的に不可能だ。
魔法で飛んでいくという手もあるが、まだ威力を調整できる気がしない。昨日、小威力爆破魔法を森で使い右腕が千切れて、地面にはクレーターを生成してしまいガルーダにガチギレされたばかりなのだ。(右腕はヴェルデの料理を食べて寝たらくっつく)
「……若。そのお身体で二一五キロを走破されるおつもりですか? 目的地に到着する頃には、三千年後の人類が新たな暦を刻んでいるかと」
ガルーダが四本の腕を組み、冷徹な事実を突きつけてくる。
「分かっている! だが、ヴァルガリス帝国の王が配下におぶってもらうなど威厳がなさすぎる。まぁ、ガルーダにならまだいいが……」
「僭越ながら、私にはこの通り巨大な翼がございます。若を背負えば羽根が干渉し、お身体を傷つけてしまいかねません。……ゆえに、ここはフェンリスにおんぶされてくださ―」
「ダメだ!!!ダメッ!絶対!」
俺の声が、情けなく裏返った。
帝国の王。千年の眠りから覚めた仙人パトス。そんな男が、華奢な美少女におんぶされて戦場へ向かう? 冗談じゃない。
そして最大の理由として、こいつは加減という言葉を知らない。比喩とかじゃなくて本当に知らないんだ。
「主様ぁ! フェンリスの背中、あったかくて柔らかいよ!!早く乗って!」
フェンリスが既にやる気満々で、俺の前に背中を向けて屈んでいる。銀色の二本の尻尾が、楽しみでたまらないと言わんばかりに左右へ激しく揺れていた。
「断る! せめて、そう……ガルーダの腕に横抱きにされるとか……」
「若、時間の無駄です。今回覚醒を狙う五名の同胞の中には、若が最も信頼されていた事務官や聖騎士も含まれています。彼らを一刻も早く目覚めさせることこそが、真の威厳では?」
「……っ」
事務官と聖騎士。その響きに、俺の良心がわずかに疼いた。
結局、ガルーダの正論とフェンリスのキラキラした瞳に押し切られ、俺は渋々、彼女の小さな背中にしがみついた。
「……いいか、フェンリス。これは移動だ。安全な輸送手段だ。決して本気を出すなよ」
「わかってるよぉ! フェンリス、主様を安全に運ぶもん! ……じゃあ、行くよっ!」
横で見送りに来たヴェルデがにっこりと手を振っている。
……覚えておけよ
フェンリスのおんぶのヤバさを何も知らないこの吸血鬼に憎しみの情を感じた瞬間、
――ドォォォォン!!
空気が爆ぜた。
フェンリスが地面を蹴った瞬間、周囲の樹木が衝撃波でなぎ倒される。
景色が、線になる。
(……おっふ、ぅえ……っ!?)
ヴェルデの劇薬で強化された俺の動体視力ですら、流れる景色を捉えきれない。時速にして五〇〇キロは出ている。音を置き去りにしているのがわかる。フェンリスは笑いながら、崖を垂直に駆け上がり、巨木を足場に空中を跳んだ。
「あは―は! 主―すご よ! 風 気持 ね!」
彼女の銀髪が俺の顔をくすぐる。
背中から伝わってくるのは、少女の細い体躯からは想像もできないほどの、強靭な魔力の鼓動と温もりだ。
ふと、視界の下方に、街道を移動するキャラバンが一瞬見えた。彼らからすれば、銀色の光が山々を飛び越えていく様は、神話の獣が天を駆けているように見えただろう。まさかその背中に、白目を剥きながら必死に威厳を保とうとしている王がしがみついているとは思うまい。
「……フェン―ス、少――速―を…っ」
「もっ―速く!? わ――たぁ!」
「違―! 落とす 言って……っ、ぐ―ぁぁ!」
――二一五キロの道のりは、フェンリスの超常的な脚力により、わずか三十分足らずで踏破された。
「4回死んだ……」
俺は息も絶え絶えでフェンリスの背中から離れた。
「若、しっかりしてください。敵地ですぞ」
遅れて着地したガルーダが、事もなげに言う。彼は巨大な翼を広げ、周囲の地磁気と魔力を冷静にスキャンしていた。
目の前に広がるのは、かつて帝国の兵士たちが汗を流した軍事演習場――の成れの果てだ。三万年の月日は地形を歪め、そこは巨大な火口を持つ火山と化していた。
「この地下に超弩級個体が眠っているはずなのですが、魔力を感じませんね……。もしかして我らの存在に気がついて気配を隠しているのかもしれません」
ガルーダが怪訝そうに呟く。
俺は杖を突き、吐き気を飲み込みながら、足元の不自然な岩肌を杖の先で叩いた。カツン、カツンと金属音が響く。
「これは……違うな。隠しているんじゃない。吸い込んでいるんだ。ガルーダ、ここは演習場であると同時に、兵器の自動充電施設でもあったはずだ」
「この魔力波で開くはず……」
俺が杖に魔力を込め、特定の周波数で地面を叩く。すると、岩肌の一部がスライドし、古びた、しかし強固なハッチが姿を現した。
その奥から溢れ出してきたのは、硫黄の臭いと、電子回路が焼けるような、そして生物の腐敗臭が混ざり合った、おぞましい匂いと魔力だった。
「行くぞ。……足元に気をつけろ。俺の尻はまだ四つに割れたままだからな」
垂直に続くシャフトを、俺たちはガルーダの重力制御魔法でゆっくりと降下していく。
地下数百メートル。
そこに広がっていたのは、かつての演習場のドーム施設を飲み込むようにして蠢く、巨大な「肉と鉄」の山だった。
「――っ、これは……!」
ガルーダが四本の腕すべてで武器を構える。
そこにいたのは、三千年前に帝国が誇った自律型広域制圧兵器:タルタロス……その残骸と、地底に棲まう大蛇型の魔獣が完全に融合した「異形」だった。
兵器の装甲板を鱗のように纏い、砲身を角のように突き出し、所々に剥き出しの肉を露出させたその怪物は、施設の動力源を直接その身に取り込み、三千年前に貯蔵された永遠に終わらないエネルギーを貪り続けていた。
「ギ、ギギ……ガアアアアアアアアッ!!」
怪物の咆哮と共に、施設内のモニターがノイズ混じりに点灯する。
『――警告。登録外の生体反応を確認。……迎撃シーケンス、フェーズ・マキシマムを開始します』
タルタロスだった兵器からロギオンの声がする。
「最悪だ。三千年経っても、こいつのOSは生きてやがる」
俺は杖を構え、ヴェルデの薬で無理やり繋がった神経を研ぎ澄ませた。
相手は帝国の殺人兵器と、三千年の魔力を吸った魔獣のハイブリッド。今のガルーダとフェンリス、そしてラグ持ちの俺だけで勝てる相手ではないかもしれない。
だが、あいつのコアには、五人の同胞を呼び戻すための輝きが詰まっている。
「フェンリス! 右から撹乱しろ! ガルーダ、お前は砲身を潰せ! ……俺は、あいつの停止コードを直接叩き込むポイントを探す!」
「了解だよ、主様! お腹空いてきたから、さっさとバラバラにしちゃうね!」
「御意……! 若、無茶はなさいませぬよう!」
銀色の閃光と、四腕の武人が巨大な異形へと突っ込む。
こうして帝国の再建を賭けた、地下深層の決戦が始まった。




