第四話 古の隠者
第四話
ハッチの外には以前あった高度文明の面影すら残さない原生林が広がっていた。
(……まぁ三千年だ、当たり前だよな。)
俺は足元の土を杖で退けてみる。そこには、ひび割れた超硬質コンクリートの残骸が埋まっていた。かつて世界一の繁栄を誇った帝都のメインストリートの成れの果てだ。
(ビルも、鉄道も、何もかもが土の下か。三千年っていうのは、文明を『肥料』にするには十分な時間だったわけだ)
かつての帝国の「墓標」を横目に森を進むと、不意に、泥臭い怒号と金属音が耳に届いた。
「――#&/_w"g_p%"8\<<&%/!!」
言語は聞き取れないが、音からして何かが戦っているようだ。樹海の奥、開けた場所から響く喧騒は、俺が知る「軍隊の交戦音」とは程遠い、ひどく泥臭く、必死なものだった。
杖を支えに、茂みの隙間からその光景を覗き見る。
茂みの向こう、開けた場所で繰り広げられていたのは、目を疑うような「戦争」だった。
銀色に光る、やけに装飾過多で重そうな鎧を纏った一団。彼らが対峙しているのは、三メートルほどの巨躯を持つ不気味な化け物たちだ。岩のような皮膚に肥大した腕。帝国時代の図鑑には載っていない、無秩序な進化を遂げた害獣どもだろう。
だが、騎士たちの戦いはあまりに悲惨だった。
魔導士らしき男が放つ魔法は、発動までに十秒以上もかかり、放たれた火球は化け物の皮膚を少し焦がす程度の威力しかない。
(……嘘だろ。あれが今の時代の『魔法』なのか? 帝国の幼稚園児の火遊びの方がまだマシだぞ)
俺の網膜上に青いノイズが走り、内蔵支援AIロギオスが脳内に直接響いた。
『――警告。三千年間の経年変化に伴う、言語の極端な簡略化、および劣化を確認。言語解析を開始……完了。翻訳ブリッジを構築します』
わずか三秒。ロギオスが処理を終えた瞬間、男の叫びが意味のある言葉へと変換された。
「――っ、ひるむな! 我が騎士団の誇りにかけて、ここを死守せよ!」
「だ、団長! 魔法が……魔法が効きません!」
「ぎゃぁぁぁぁ」「うわぁぁぁぁ!」
化け物の豪腕が、魔導士を文字通り叩き潰した。
次々と肉塊に変わっていく騎士たち。俺の隣で、フェンリスがうずうずと尻尾を振る。
「主様ぁ、助けなくていいの? ぜんぶ死んじゃうよ?」
「……待て。情報は一人から聞ければ十分だ。一番強そうな奴……あの『団長』だけが残るまで待て。恩を売るなら、高貴な奴で、そいつが絶望のどん底にいる時が一番効率がいい」
俺の言葉に、フェンリスは「主様、悪い顔してる!大好き!」と嬉しそうに目を細めた。
戦況は無残だった。騎士たちは一人、また一人と化け物の餌食となり、ついに生き残ったのは、盾を粉砕され、膝をついた団長らしき男一人となった。
「……ここまで、か。我がセネガンドに……栄光あれ……!」
化け物がその巨大な拳を振り上げた、その瞬間。
「フェンリス。……やれ。コアは傷つけるなよ」
「はーい! 主様、見ててね!」
――ド、パァァァン!!
爆音。フェンリスが踏み込んだ衝撃で地面が陥没し、化け物の拳が届くより早く、そいつの首が「風圧」だけで弾け飛んだ。
空中を舞うフェンリスは二本の尻尾を鋼の刃へと変えて残りの化け物たちの心臓部を正確に、かつ暴力的に貫いた。
静寂。
血の雨の中で、死を覚悟したその騎士団長は、呆然と空を見上げていた。
「…………あ?」
俺は杖を突き、言う事を聞かない足を一歩、前へと踏み出した。
奇妙な衣装を着た少女と、漆黒の軍服を纏い、杖を突いたヨボヨボした青年。
霧の中から現れた俺たちは、男の目にはどう映っただろうか。
「……命拾いしたな。……と言っても、生き残ったのはお前一人だけのようだが」
俺は今駆けつけて助けたかの様に言う。
ロギオスを通した翻訳音声で語りかけると、男は恐怖で全身を震わせ、その場に平伏した。
「……あ、ああ……救世の……あるいは……神か……」
「……お前、名は何という。そして、なんと言う国の者だ?」
俺の問いに、男は絞り出すように答えた。
「……セ、セネガンド王国……サガラ騎士団団長……セドリック、と申します……」
(セネガンドに、サガラ……。聞いたこともない名だな。地方の蛮族の寄り合いか?)
ロギオスの検索でも該当なし。三万年経って、かつての帝国の名は塵も残っていないらしい。当たり前なことなのだが、俺は内心で落胆し、冷徹な「王」の仮面を被り直した。
「……セドリックよ、私は昨日1000年の長い封印から蘇った仙人パトスという」
咄嗟に口から出たのは、三千年前の帝国で流行った三流演劇の役名だった。だが、今のこの世界には「帝国」なんて影も形もない。だが、1000年という数字はこの中世のような非効率な身なりをした男には十分すぎる重みだったらしい。
「仙人……パトス様……! 1000年の封印……やはり、伝説に聞く『古の隠者』であられたか……!」
(……え〜信じるんかい……)
俺の無理がある嘘に、隣でフェンリスが「あぁ〜」と納得したように何度も頷いている。
彼女の純粋な瞳が「主様、次はどんな面白いこと言うの?」と輝いているのが、今の俺には一番のプレッシャーだ。
「そして、こいつが私の使い魔であるスウェルである」
「主様の使い魔だ! やったぁ! フェン……スウェル嬉しいな! スウェル、主様のためなら何でも食べちゃうぞー!」
フェンリス、もとい「スウェル」は、二本の尻尾をちぎれんばかりに振りながら、倒れたセドリックの周りをルンルンとスキップで回り始めた。
(こいつを連れてきたのは間違いだったかもしれない……)
俺は心の中で深くため息をつきながらも、杖を突き、威厳に満ちた(ように見える)動作でセドリックを見下ろした。
読んでくださりありがとうございます!!




