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第十一話 仙人パトス

第十一話


 「……待ってくれベアトリクス、シェラ、そんなに引っ張らないでくれ……」

 

 杖を突き、二人の美女に左右から支えられ(実質的には引きずられ)ながら、俺はアヴァロンの心臓部――動力区画へと辿り着いた。

 

「ガハハハ! 若、ようやく起きたか! 随分と寝坊したもんじゃな!」

 

 油と火花の匂いが立ち込める中、豪快な笑い声を上げたのは、全身の半分以上が機械化された老エンジニア、ドクター・ボルツだ。

 彼は巨大な魔導レンチを肩に担ぎ、俺のふらついた足を獲物を見るような目で見つめた。

 

「ボルツ、久しぶり……だな。拠点の調子はどうだ?」

 

「最高じゃよ! あの蛇から獲ったコアのおかげで、5人の覚醒を入れても動力炉は全盛期の3割まで回復したわい。……それより若、その足、いっそ切り落としてワシ特製の音速駆動義足に替えんか? 疲労を感じない足にすることもできるぞぉ」

 

「絶対に嫌だ! 今のままでいい!」

 

 危うく手術台に乗せられそうになった俺を、巨大な影が遮った。

 

 防衛の要、アイアン・ハルスだ。彼は五メートル近い巨躯を重厚な黒鉄の装甲で包み、一言も発さず俺の前に跪いた。その重圧だけで床が軋む。

 

「……ハルス、お前も起きてくれたか。助かる」

 

「…………(コクン)」

 

 彼は言葉を発さないが、このアヴァロンで最も慕われている配下の一人だろう。


――挨拶を済ませた俺は、ボルツが急造した浮遊玉座に座らされ、シェラ、ベアトリクス、フェンリス、ガルーダを引き連れてアヴァロンの正門へと向かった。

 

 視覚妨害魔法を解除したハッチがゆっくりと開くと、そこには眩い日光と、地面にひれ伏す数百人の人間たちの姿があった。

 

「……若、来ましたよ。カレンが誘導したセネガンド王国の特使たちです」

 

「……ッ!!」

 

 ハッチの向こう側にいたセドリックや王国の高官たちが、一斉に息を呑み、地面に膝をついた。彼らの目には、俺たちが「あまりに洗練された異世界の神々」に見えているのだろう。

 

 その時、俺の耳元で衣擦れの音がした。

 

「(……ゼノン様。首尾は完璧です)」

 

 カレンだ。彼女は俺の背後の影に潜り込み、王国側に聞こえないほどの極小の声で、しかしはっきりと俺の真の名を呼んだ。

 

「(彼らは本気であのゴミを一千年前の救世主が残した聖遺物だと思い込んでいます。……今日は和平交渉と同盟の提案に来たようです。……笑いを堪えるのが大変ですね)」

 

 目の前でセドリックが、宝箱を掲げて声を張り上げる。

 

「古の救世主、パトス様! 我らセネガンド王国は、貴方様との永遠の和平と、光の盟約を望んでおります! これは我が国に伝わる二つの至宝……聖天の魔核と久遠の円盤にございます! どうか友好の証としてお受け取りください!」

 

 豪華な絹に包まれて差し出されたのは、カレンが言った通り――「旧帝国の使用済み予備電池」と、「壊れた掃除ロボットのキャスター」だった。


 「…………」

 

(……嘘だろ。あんなに真剣な顔で、電池とタイヤを……。しかもあれ、電池の方は液漏れしかけてないか?)

 

 俺の沈黙を、王国側は「神の深遠なる思慮」と受け取ったらしい。セドリックはさらに深く頭を下げた。一方、俺の背後では配下たちの殺気が静かに、しかし確実に上昇していた。

 

「(……若。あの野蛮人共、我が帝国の産業廃棄物を若に押し付けることで同盟を組もうというのですか? 無礼にも程があります。……首、撥ねていいですか?)」

 

 ベアトリクスが小声で剣の柄を鳴らす。

 

「(医学的観点からも、あの液漏れした電池は存在が若の健康に有害です。……即刻、処刑処分にすべきかと)」


 ……別にそんなことないだろ……

 

 シェラの眼光がキラリと冷たく光る。


「お腹すいたぁぁぁ」

 

 ……こいつはもうどうでも良い。


「(愚民どもが!根絶やしにしてやろうか!!)」


 ガルーダには、特使達が萎縮しないように武器は持たせていないが殺気を4つの手に隠し持っていた。

 

「……待て。……落ち着け、お前たち」


 俺は震える手をゆっくりと挙げた。

 セドリックたちが期待と不安の入り混じった表情で俺を見上げる。

 

「……セドリックよ。その聖遺物……確かに、我らの記憶に深く刻まれた品だ。……其方たちの真意、しかと受け取った」

 

(……確かに俺の記憶にはある。倉庫の片隅で見た覚えが)

 

「おおお……! 慈悲深きかな、パトス様! これで、我ら人類と古の隣人の間に、千年の時を超えた絆が結ばれた……!」

 

 セドリックは感極まって涙を流し、高官たちは「奇跡だ」と口々に叫んで祈りを捧げ始めた。

 

 ゴミを押し付けられた配下たちの冷ややかな視線と、それを宝物だと信じて疑わない王国側の熱狂。


 このままだと、和平交渉の直後に王国が滅びかねない。俺は冷や汗を拭い、強引に話を転換した。

 

「……礼と言っては何だが、其方たちに施しを与えよう。シェラ、あれを持ってこい」

 

 俺の言葉に、シェラは一瞬不満げな顔をしたが、すぐに完璧な秘書の顔に戻り、奥から"ある物"を持ってきた。

 

「……それは、……まさか、伝説の魔導具にございますか!?」

 

 セドリックが目を見開く。

 シェラが差し出したのは、帝国時代の自動翻訳機能付き・高性能浄水ボトルだ。

 三千年前の展示会で配られていた、いわゆる「タダの景品」である。

「これは「アークの聖水の瓶」だ。……汚れた水を入れても、一瞬で清らかな水へと変え、さらに異国の言葉を理解する力を与える」

 

実際はただのフィルターと、安物の翻訳チップが入っているだけだ

 

「な、……なんと……! 汚水を聖水に変えるのみならず、叡智まで授ける神の器……! このような至宝を、我らにくださるとは!」

 

 特使たちは腰を抜かし、ボトルを神棚に祭るかのような手つきで受け取った。

 その後、セドリックはもう一度俺たちの方を向き直して、藁にもすがるような表情で口を開いた。

 

「……パトス様。実は、この盟約を機に、一つ折り入ってご相談したいことがございます」


 セドリックが表情を引き締めた。その瞳には、単なる魔獣への提示ではなく、一国の存亡をかけた切実な悲壮感が漂っていた。


「……我らセネガンド王国は今、北の隣国である聖騎士大国フェルナンドより苛烈な侵攻を受けております」

 


 

 

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