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第一話 三千年の眠り

第一話


 深い、深い、闇の底にいた。

意識は、凍てつく液体窒素の海に沈んでいたはずだった。

 

『満了。設定時間を超過しました。生命維持装置全機能を覚醒モードへ移行』


 無機質な機械音声が、数万年の静寂を切り裂く。

 プシュッ、という空気の抜ける音と共に、体を覆っていた不透明な液体が排出されていく。


「……っ、げほっ、ごほっ……!」


 肺が無理やり空気を取り込み、全身の神経が火を噴いたような痛みを訴える。

 俺――ヴァルガリス帝国第十二皇子、ゼノン・ヴァルガリスは、這い出すようにしてハッチを抜けた。


 (……三千年か……意外と短かったな)

 

 震える腕で床を支えようとするが、感覚がひどく遠い。

 まずは指先。次に手首。一つひとつの関節に「動け」と命令を送るが、返ってくるのは数秒遅れの鈍い反応だ。まるで水深一万メートルの海底で自分の体を操っているような、凄まじい違和感。


 脳からの命令が末端に届くまで、致命的なまでのタイムラグがある。俺の神経系は、三千年という永すぎる眠りの間に、完全にストライキを起こしてしまったらしい。


 俺は這うようにして、ポッドの縁を掴み、どうにか立ち上がった。

 

 かつて、この地下要塞『アヴァロン・クレイドル』の心臓部は、常に数千人のエリートたちが慌ただしく行き交う、帝国の英知が結集した場所だった。

 魔導端末の稼働音、将軍たちの怒号、訓練される兵士たちの足音。

 それが今や自分の荒い呼吸と、古びた換気システムが立てる微かな異音以外、何も聞こえない。

 

(……静かすぎるな、せめて父上か、誰か一人くらい出迎えの自動メッセージでも残しておいてくれよ)


 声が上手く出せないので心の中で俺は愚痴る。


 そして俺はふとある事を思い出し辺りを見渡した。

 視界には等間隔に置かれた大小様々な大きさのコールドスリープ用のポッドが見える。

 そう、この広い非常生存室にはかつての俺の高位配下16人が俺と同じコールドスリープをしている。


 この事を確認して俺は生存室の横にある司令室へと千鳥足で足を踏み入れる。

 裸だった俺は脇に置いてあった真空クローゼットから司令官用の軍服を取り出し、それを着て巨大なデスクへと座った。

 

 デスクの上に投影されたホログラムには三千年前、俺が最後に見た『ヴァルガリス帝国』の地図が残っていた。


 大陸の六割を支配下に置いた、栄光ある鋼鉄の帝国。空には巨大な浮遊島が浮かび、地表は魔導鉄道が網の目のように走り、魔力は電気のように家庭にまで供給されていた。

 

 俺は、そんな巨大帝国皇帝の十二番目の息子。つまり、どう転んでも帝位には届かない「予備の予備」だった。


 だが三千年前、我が国と、軍事同盟を結んだその他大勢の国との戦争であるブリュテン戦争により、優秀な兄貴たちは皆、前線で死んだ。聡明な姉貴たちも、帝都の崩壊と共に散った。


 そして最後に残ったのが、魔力適性だけはやたら高いが、これといった野心もない俺だったのは、歴史の皮肉としか言いようがない。


 『ゼノン、お前は我々の血を未来へ繋ぐ唯一の希望だ』

 父上の最後の言葉を思い出す。そう言って父上は、俺と俺に仕えていた配下をコールドスリープさせたのだが、要は「負け確定だから、相手が全員死に絶えるまで寝てろ」という究極の先送りでしかなかった。


「コールドスリープから目覚めた訳だが、これからどうしようか……」


 ため息が出る。

 世界を征服してやるという願望も、全てを手に入れてやるという強欲も俺は持ち合わせていない。

 俺だけが生き残れたのだからここから血を繋いでもう一度ヴァルガリス帝国の発展をさせていくべきなのだろうか。


 ……あぁ、働かずに静かに暮らしたい、というか三千年前もほぼニートだったし。


 三千年越しの起床そうそう悩んでいると不意に、要塞を揺らすような鈍い衝撃が走った。

 

 ――ドォォォン……!

 

 天井から、見たこともないほど微細な塵が舞い落ちる。

 おかしい……かつての魔法障壁なら、山が一つ飛んでくるくらいの衝撃でも無効化できたはずだ。それが、これほど響くということは。

 

「システム……現状を報告しろ」

 

『……警告。外部装甲の劣化率、80パーセントを超過。……隔壁区画E-04、外部からの物理的な損壊を確認。……生物反応接近中』


 俺は司令室から出ながら現状を確認する。

 どうやら三千年という時間は、帝国の誇る最強の要塞を、ただの古びた空き缶同然に変えてしまったらしい。

 

 通路の奥から、ガリ、ガリ……と金属を削るような音が聞こえてくる。帝国の機械が立てる規則的な音じゃない。もっと生々しく、飢えに満ちた、湿った音だ。


――魔物だ


 俺という「上質な魔力」が目覚めた今、外の世界の魔物が放っておくはずがない。


 もし、今ここで俺が戦闘をすれば命令系統のバグで出力を誤ってしまいこの要塞ごと自爆しかねない。

 俺は未だ震える手で、手の甲に刻まれた『王家の紋章』を端末にかざした。

 

「非常プロトコル承認。……『銀狼』フェンリス、『四腕』ガルーダ。強制覚醒。」


 先程配下の覚醒が二人までなら可能という事を知ったので、俺の三千年前の近衛兵を二人選び指名した。


 俺の声に応じるように、背後のカプセルが内側から爆発した。強化合金の破片が降り注ぎ、冷却用の窒素が真っ白な霧となって視界を遮る。

 

 だが、その霧を切り裂いて、予想外にも天井から降ってきた魔物が俺の喉笛へと躍りかかった。


 (……ああ、死んだな……)

 

 俺が心の中でそう呟いた瞬間、世界が静止した。

 

 跳躍したはずの魔獣の体が、空中で不自然に「制止」し――次の瞬間、音もなく粉微塵に弾けた。

 無数の銀色の閃光がそいつを細切れにし、直後に四つの衝撃波が、残った肉塊を分子レベルまで叩き潰したのだ。


(やっぱり無惨に死んでいったな……)

 

 飛び散ったのは、もはや肉ですらなく赤い霧というほうが合っている。

 立ち込める白い窒素と、魔獣だった赤い霧が混ざり合い、室内は毒々しくも美しいピンク色のモヤに包まれる。


 すると霧の中から、二つの人影が歩み寄ってきた。


 「主様ぁ! 主様、主様、主様ぁッ!」

 

 霧を割って飛び出してきたのは、三千年前と変わらぬ、いや、記憶よりもさらに「凶悪」に感じる銀狼の化身だった。

 

 フェンリス。

 そのしなやかな肢体は、売れっ子モデルを凌駕するほど完璧な曲線を分厚く描き出している。特に、激しい動きに合わせて揺れる、主張の激しすぎるニつのお山は、返り血を浴びて艶かしく光り、踊っているように見える。

 

 しかし、その抜群のプロポーションとは裏腹に、彼女は全裸であることも気にせず、大型犬のような勢いで俺に抱きついてきた。

 

「んふぅ、主様の匂い!三千年ぶりだぁぁぁ!!」

 

 ぐりぐりと、血塗れの顔を俺の腹に擦り付けてくる。

 豊かな胸の感触がダイレクトに伝わり、俺の理性が悲鳴を上げるが、彼女の瞳はひどく無邪気で、純粋な喜びに満ちていた。

 

「……フェ、フェンリス。落ち着け。お前、血まみれだぞ」

 

「えへへ、これ? 主様をいじめようとした悪い子、フェンリスが『めっ』てしたの!」

 

 無邪気に笑う彼女の背後で、もう一人の影が静かに跪く。

 

 ガルーダ。

 二メートルを超える巨躯、折り畳まれた大きな羽と四つの眼、鷲の頭を持ち、鋼の筋肉を持つ腕が四つ生えている。

 彼もまた一物も纏わぬ姿だが、その全身に浴びた返り血が、まるで戦装束のような威厳を放っている。

 

「若。……不甲斐なき臣下ガルーダ、此度の再臨、次こそは魂の最期までお供いたします」

 

 地に響くような低音。だが、その視線はフェンリスに向けられ、少しだけ困ったように細められた。

 

「フェンリスよ。若はまだお目覚めになったばかりだ。あまり密着しては、若の御体がもたんぞ」

 

「やだぁ! フェンリス、三千年分甘えるもん!」

 

(……助けてくれ。ガルーダ、お前の言う通りだ。俺の理性がもたないし、そもそもこいつの馬鹿力が強すぎて、俺のまだ馴染んでない肋骨が折れそうなんだよ!)

 

 俺は必死にポーカーフェイスを維持し、現状の「王」としての威厳を絞り出した。

 

「いい。二人とも、見事な働きだった。……だが、まずはその血を拭え。そして何より、服を着ろ。今すぐだ」

 

「えー、お洋服やだぁ、邪魔くさいもんー!」と頬を膨らませる巨乳美女と、「はっ、直ちに最適な軍装を整えます!」と四つの手でテキパキと準備を始める四腕の武人。


 少しして服を着ながら、期待と喜びを含んだ目で俺を見ながらフェンリスが言う。


「そういえば、主様はこの世界を征服するんだよね!!王様がその為に主様を眠らせたって言ってたんだよ!!」

「三千年前の戦争では主様の護衛で戦場に行けなかったけどこれからは戦争できるんだ!!」


 ――ギクッ

 どうするか、と放置していた問題(しめい)を突かれた。先ほども言ったように俺に正直帝国を大きくしようとかいう意思はない。それは変わらない。

 

 臣下の願いを聞き入れられないのは少し申し訳ないが俺はを2人に本音を伝える。


「あぁ……それなんだがなやはり俺は――」

「もちろんそう仰られると思っておりました!!」


 ――え?

 ガルーダは食い気味に、そして興奮気味に息を荒くして割り込んだ。


「やはりグリド王の意思を継ぐ神聖なる御方であられる!」

「世界征服を視野に入れておられましたか!!」


 フェンリスも目を輝かせ、興奮している。

「おぉーさすが主様だ!目指すは世界征服だ~!」


「え、いや……」

「それでは早速軍議の方を始めましょう!これからどうしていくのか、戦争の目処も立てましょう。三千年も経ちました、どんな強国が私たちを待っているのでしょうか!」


 俺は忘れていたのだ、俺の国が世界一の帝国である所以(ゆえん)を、俺の国の奴らが俺を除いて、全員、漏れなく、例外なく、戦争大好き戦闘狂であったことを……


「お、おう……父上の意思を注いで俺はこの世界を今度こそ手中に収めて、やる、ぞ…………」


 かくして俺の夢だった隠居、ニート生活は始まる前に臣下の熱い眼差しの前に焼けこげた。

 


読んでくださりありがとうございます!!

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