第一話 開始直後に死ぬ予定だった
目を覚ました瞬間、俺は強烈な違和感に包まれた。
視界に入ったのは、白ではなく灰色の天井だった。
無機質なコンクリートでも、木目のある和室でもない。
不規則に積まれた石材が天井を形作り、ところどころに黒ずんだ染みが広がっている。
鼻をつくのは、湿気と鉄が混ざったような匂い。
血の匂い、と言い切るには弱いが、生活感とも違う。
人が傷つき、治療され、また出ていく――そんな場所特有の空気だ。
(……病院じゃない)
身体を起こすと、寝台がぎしりと音を立てた。
敷かれている毛布は厚みがなく、繊維が荒い。
無意識に自分の手を見下ろし、俺は息を呑んだ。
細い。
骨ばっていて、明らかに若い。
(子ども……いや、十代前半か)
その瞬間、胸の奥に沈んでいた確信が、はっきりと形を取った。
(やっぱり、そうだ)
混乱よりも先に、理解が来る。
ここは俺の知らない場所ではない。
俺が知りすぎている場所だ。
学生時代から社会人になるまで、何百時間も費やしたRPG。
周回プレイを重ね、全エンディングを見て、裏設定まで把握しているゲームの世界。
頭の中に、自然と情報が浮かび上がる。
この建物が「冒険者予備宿舎」であること。
ここが王都から少し外れた訓練区画であること。
そして――この時点が、物語開始直後であること。
(最悪のタイミングだ)
喉の奥が、ひくりと引きつった。
この場所は、主人公にとっては安全地帯だ。
仲間を集め、準備を整えるための拠点。
だが、俺にとっては違う。
(……俺が死ぬ場所だ)
胸の奥が、ぞくりと冷えた。
正確に言えば、
「この身体の元の持ち主」が、確実に死ぬ。
名前もろくに覚えられないモブキャラ。
顔グラフィックは汎用。
台詞すら一言二言しか与えられていない存在。
役割はただ一つ。
主人公たちの覚醒イベントを盛り上げるために、
無惨に死ぬこと。
選択肢はない。
分岐もない。
三日後、特定の条件が揃った瞬間にイベントが強制発生。
戦闘に巻き込まれ、戦力差は歴然。
逃げ場もなく、そのまま死亡。
プレイヤー側から見れば、
「どうしようもない犠牲キャラ」だ。
(ふざけるなよ……)
思わず、奥歯を噛み締める。
転生したと思ったら、即ゲームオーバー。
そんな理不尽を、受け入れられるはずがない。
だが――俺はパニックにはならなかった。
なぜなら、俺はこのゲームを、
攻略し尽くしている。
死亡フラグが立つ正確な条件。
なぜ多くのプレイヤーが「回避不能」だと判断したのか。
そして、唯一存在する“例外”。
(誰も試さなかっただけだ)
この死亡フラグは、確かに悪質だ。
普通に遊んでいれば、絶対に折れない。
理由は単純。
回避条件が、あまりにも非常識だからだ。
経験値効率を完全に捨てる必要がある。
安全な行動を一切選ばない。
報酬ゼロ、失敗即死の選択肢を、最速で踏み続ける。
常識的なプレイヤーなら、まず選ばない。
だから攻略サイトにも載らなかった。
だから誰も「折れる」と気づかなかった。
だが俺は知っている。
この世界では、
死亡フラグは「立ったら終わり」じゃない。
(折れる)
正確な順番で、
正確な行動を、
正確なタイミングで重ねれば――
たとえ確定イベントであっても、結果は変えられる。
俺は寝台から降り、床に足をつけた。
冷たい石の感触が、現実を突きつけてくる。
身体は軽い。
筋力は低い。
魔力も、一般人以下。
装備は布切れ同然。
スキルは初期状態。
だが、問題はない。
準備期間は三日。
猶予としては短いが、足りる。
(やることは、もう決まってる)
まず、イベントの引き金になる行動を潰す。
次に、発生条件そのものを破壊する。
最後に――生存ルートを確定させる。
才能も、祝福も、特別な力もない。
あるのは、この世界の“答え”を知っているという一点だけ。
(最速で行く)
俺は、もう用意された死に従う気はなかった。
これは、ゲーム世界に転生した俺が、
死亡フラグを最速で折っていく物語だ。




