わかりました、捨てます。……あなたを。
アーデルハイトの膝の上には、黒い塊がいた。
ずっしりとしていて小さく呼吸をするように動いていて、たまにペロンと舌がのぞく。
太すぎる毛糸みたいな体毛が複雑に四方八方に伸びていてアーデルハイトのドレスに散らばっている。
そんな彼の頭を撫でた。
犬にしては少し硬いその感触だが、彼の肌の温かみを感じる気がして、アーデルハイトはずっとそうしていたいと思う。
しかしイラついた様子で対面にいた婚約者はその犬……名前はモコというのだが、を指さして言った。
「捨ててこい」
「……」
「今すぐ捨ててこい」
命令口調で言う彼に、アーデルハイトは手を止めずに視線だけを彼に向けた。
「俺はな、お前のそういうところ。なんでもかんでも面倒を見ていつだって忙しそうなところも、女のくせに魔法使いを目指しているところも、獣クサいのだって我慢してやってる」
目を吊り上げて彼は文句を言う。
語気が強くアーデルハイトの上でリラックスしていたモコは上半身を起き上がらせて、モジャリとしている前髪の隙間から婚約者のバルトルトのことを見やった。
「でも今回ばかりは我慢できないぞっ! なんだそのごみの塊みたいな生き物は、まるでぼろ雑巾じゃないか! 羊の方がまだかわいい、汚い毛玉にもほどがある!」
バルトルトは若干、ヒステリックに声を荒らげる。それでもアーデルハイトはモコの頭をなでるのをやめない。
モコはへっへっへっと口をあけながら短く呼吸をしている。
「黒くて毛まみれで顔も見えない醜い存在なんてもはや悪魔の使者だろう。気色悪い!」
「そうかしら」
「当たり前だろ、十人いたら十人が気持ち悪いと言って避けて通る、よくそこまででかくなったものだ、小さなうちに処分しておくべきだ!!」
「……」
言われて、アーデルハイトはモコの脇に両手を差し込んで少し持ち上げてみる。
高い位置に持ってくると顔の毛の隙間からとてもつぶらな瞳が見えた。
赤くてキラリとしていて、アーデルハイトを信頼しきっているその瞳、とても美しいだろう。
小さなうちに殺しておくべきだなんて、バルトルトはなんてことを言うのだろう。こんなに愛らしいというのに。
「そもそも、魔法使いになるのはいいとしても、なんで魔獣を扱うんだよ!! 魔獣なんていつ人を食い殺すかわからない化け物なんだぞ! 全部始末するべきだ!!」
「……」
「ワフ」
「それに、そいつらのことを飼う前はもっと俺に尽くしてくれていたじゃないか、お前の水の魔法石だってこまめに送ってくれていたし、言えばすぐに飛んできたし、家族を病気で失った時だって昼夜問わずに慰めてくれたのに!!」
アーデルハイトが見つめると、モコは小さく鳴いた。
その控えめな声がまた可愛い。とりあえずなんとなく鳴いているのも可愛い。
彼を膝の上に戻して、アーデルハイトは彼を同級の友人に協力してもらってまでこの子を飼うことにしてよかったと思う。
「手紙の返信だって遅くなった! 俺に会いに来てくれる日数も減った! スキンシップも取ってくれなくなった!!」
バルトルトはアーデルハイトに自分の言葉がまったく響いていないことなど気にせずに、あれこれと変わってしまったアーデルハイトのことをなじる。
しかし、手紙だって二日に一度、アーデルハイトは返しているし、長期休暇のたびに会いに来ているし、スキンシップが減ったのは彼が香水の匂いが強いからだ。
それらのことについて散々アーデルハイトは話をした。
けれども彼は、自分の考えを曲げず、アーデルハイトの献身を当たり前の権利かのように主張する。
「そうして婚約者をないがしろにして、ほかの物にうつつを抜かしていいのか? お前と結婚するのは俺なのに、どうして俺のことを思って行動してくれない! いくら俺が婿入りだとしても、こんなにないがしろにしていいと本気で思っているわけじゃないだろ!!」
バルトルトはまるで被害者のようだった。
ないがしろにされた女性のように、当たり前の権利を主張しているようだったが、一応彼も大事にしてはいる。
一般的な範疇で、思いやっている。
それに魔法使いになるのを許してやったと彼は言っているが、自分の結婚相手としては爵位継承者というだけでは不安だ、具体的な技能を身に着けてほしいと言ったのは彼である。
事務官としての実務を求めたのだろうが、生憎アーデルハイトは魔法の方が得意である。
そういうわけで魔法使いの称号を取りにこうして国を出て学園にかよって努力をしている。
「自分の好きなことばかりを優先して、俺は一人孤独に生きろって事かよ! そんな役にも立たないごみクズにお前はすべてを注ぎ込んで! そんなことで家族を作ることを本気で考えているのか?」
「……考えていますよ」
「なら、もっとほかにやるべきことがあるだろ! なにも全部捨てろと言ってるわけじゃない、見目がいい奴なら残してやってもいい」
続ける彼にアーデルハイトはやっぱりモコの頭を撫でてやる。
彼がべらべら大きな声でしゃべるので怖がらせてしまった。
……大丈夫ですよ。あなたはとってもいい子ですからね。
そう念じながらアーデルハイトは彼の頭に魔力を込めてじわじわと与える。
「ヴァフ」
とても嬉しそうにモコは控えめに鳴いた。
「聞いてるのかアーデルハイト!」
バルトルトはアーデルハイトが無関心なことにやっと気がついて、まるで教師のように叱責した。
しかし彼の言葉は教師のように正しくはない。
彼らは役に立つ。お金を稼げもしないことにすべてをつぎ込んでいるわけではない。彼らを通じて魔獣を討伐することによって魔法使いとしても収益を得る。
それはとても効率のいいことであり彼が望んだ技能になる。
そう何度も説明した。
しかしわかってくれない、分かりたくもない。
バルトルトはいつだってそうだった。
「……聞いていますよ」
「なら、わかったな。その生き物をとにかく捨ててこい! それにこれ以上、ペットを増やすのは許さないからな!! わかったな!」
「ええ」
モコたちはペットではない、正式な使い魔である。
それも彼はわからない。
「良し! ならさっさと捨ててきてくれ、森にでも返せばいいだろ」
「そうですね。捨てます」
「ああ……良かった。先ほどは声を荒らげたが、やっとわかってくれたのか。なぁ、アーデルハイト俺だってな、お前が憎くてこんなことを━━━━」
自分の言うことを聞いたと思えば、彼は途端に態度を軟化させる。しかしそんな彼の言葉にかぶせるようにしてアーデルハイトは言った。
「捨てます。……あなたを」
「……は?」
怪訝そうな声を出す彼に、アーデルハイトはきちんと言い直した。
「ですから、捨てます。あなたがどうしてもこの子を受け入れられないし捨てろと言うのならば、捨てるのはあなたです。いりません、あなたなんて」
「……」
彼は自分が言われたことをまったく理解できていない様子で、少し首を傾げた。
その様子にアーデルハイトは追い打ちをかけるように言った。
「私は以前からずっと、あなたをとても大切にしてきました。それはもうこれでもかというほど大切に、それはもちろんあなたの喜ぶ顔が見たかったから」
そしてやっと、モコを撫でる手を止めて、とても真剣な顔をした。
「でもあなたは喜ぶどころかそれを当たり前に思ってどんどんと私へ供給を増やしていきました。あれもこれもそれも全部、配慮を求めてそれが自分の権利だと思って」
「……そ、そんなことは……」
「ないと言い切れますか。よく思い出してみてください。私はたしかにこの子たちの面倒を甲斐甲斐しく見ているかもしれません。けれどそれは自分のことを自分でできたうえで、人との交流もないがしろにしない範疇でです」
今までのことを思いだして口にする。
違うとは言えないだろう。
これまで、モコを否定する言葉を吐いてきた理由の大半はそれなのだから。
モコの見目が悪く、良い顔をする人ばかりではないこともその一端ではあると思う。実際に、そう言った理由で彼は人に友好的でありながら酷い飼い方をされていて、最後には捨てられた。
そういう経歴のある子だ。
けれどもどう考えてもそれだけではない。彼はアーデルハイトが魔獣たちの面倒を見ることによって、自分に割かれる時間が少なくなることを不満に思っている。
「それでもあなたは私に多大な配慮と時間のかかる献身を求めてくる、両立はできませんし、それをすることはやめました。何故だと思いますか?」
「わかるわけないだろっ、そんなこと」
「あなたは一人の人間だからですよ。私ばかりがあなたを支えて、あなたは私になにを与えてくれましたか、優しさも愛情もなくただ、自分をケアさせる存在としてほかの物に割く時間を与えない」
「……」
「私のやりたいことをやるための時間も、行動も、好きなものも否定されて、これからもそうして生きていけとあなたは言っている」
アーデルハイトの静かな怒りをモコは敏感に察知して、「クーン」と小さな声をあげた。
モコに怒っているわけではないので、背中をゆっくりと摩ってモコには笑みを見せる。
しかしバルトルトには鋭い視線を向けた。
「そ、そんなこと言ってないだろ……俺はただ……ただ! 人間よりも畜生を大事にしてうつつを抜かすなんておかしいって話をだな!」
「どうしておかしいんですか。私に喜びを与えてくれるものをなにより優先してなにがいけないんですか。それにこの子たちは私を守ってくれますし、お金も稼いで実績をもたらします。優先する理由もある」
「屁理屈だろ! そんなものだけあったって人間は人間同士でしか幸せになんてなれないだろ、俺がいなかったら結婚だってできない」
「結婚ぐらいできますよ。私は爵位継承者ですから誰とだってできるんです」
「でも愛がないだろ! 俺はお前のことを心配して、たくさん愛してやっている!」
自分と犬とではそんな大きな差があるのだと彼は示すが、そんな言葉はまったくアーデルハイトに響かない。
なんせもうここ何年も彼から大切に思われているなんて感じたことなんてない。
ましてや愛情を感じたことなんてない。あるのはただ単に、自分の物だという歪んだ所有欲と依存心だけだ。
「……なにを言っているんですか。あなた私を愛してないんていないでしょう」
「なっ」
「自分の要望をきかせて、自分が愛されていると思うために使っているだけでしょう。それを愛なんていいませんよ」
アーデルハイトの声はとても冷たく、バルトルトは段々と顔を青くさせて取り乱していく。
「そんなふうに思ってたのかよっ」
「思っていましたよ。自分の行動を思い返してみてください。構ってもらう時間がすくなくなったら、使い魔のせいだと駄々をこね。自分が連絡するよりも短い時間で連絡を返せと言い、私の魔法を婚約者だからと強請って」
「だから、そんなつもりじゃ……」
「ではどんなつもりですか、あなたは私の子供にでもなったつもりですか? まるで幼い子に無限で無償の愛情を求められているみたいな気持ちでしたよ。それでいて成長するわけでもない」
アーデルハイトはとても乾いた声で少し笑って、自嘲するような苦い笑みを浮かべる。
「そんな人と一生この関係を続けろなんて私の方こそ可笑しいです。まったくもってお話にならない、私を愛しているわけでもなく、改善する余地もなく自分の非も認めずに、使い魔に対抗心を燃やして」
「ば、ばかにしやがって」
「馬鹿にもしますよ。捨てろ捨てろと言うあなたの言葉は全部自分のため。私の魔獣たちですら、自分が構ってもらえる時間や魔力が減っても、新しい使い魔と折り合いをつけて仲良くなる努力をします。あなたにはその配慮の一遍も見当たらない」
「いい加減に……しろよ」
彼への思いを吐き出していくと彼はまるで脅しのように拳を握って、ぶるぶると震わせる。
しかしそんなことなどまったく気にせずにアーデルハイトはつづけた。
「あなたは私に害しかもたらさない、だから捨てるならあなたです。あなたが一番いりません。私の人生に必要ないのはあなたたった一人ですよ」
モコをぎゅっと抱きしめて彼に強く言った。
モコも警戒するように彼の方を向いて注意を払っている。
「……」
「……」
「お前は…………そんなことが許されると思うのかよ!!」
感情を抑えきれなくなったバルトルトはついに爆発し、立ち上がって、モコに対して手を振り上げた。
モコさえいなければと思った末の結果だったのかもしれない。
モコはその振り下ろされた拳に、まったくもって怯えたりはしなかった。キラリとした魔力の光を放ってぶんと顔を振る。
同時にいくつかの小石が形成されて彼の元へと飛んでいく。
アーデルハイトの持つ水の魔法は、戦闘に不向きだ。しかしこうしてモコがいてくれることによって、代わりに戦闘に向いている魔法を使ってもらえる。
「ヴァヴヴッ!!」
大きな声で威嚇してモコは歯茎をむき出しにした。
「ぎゃあっ!!」
しかしその甲斐なく小石を体に受けたバルトルトはその場に崩れ落ちて、胸を抑えて震えている。
たいした外傷も追っていないようなので、これなら下手な訴えを起こされることもないだろう。
「よし、いい子ですね。モコ。いい塩梅です」
「ワフッ」
「あなたは本当に賢い子です」
頭を撫でて褒めると、途端にモコはいつもの朗らかな様子に戻って舌をだして手をなめる。
褒めながら魔力を与えるアーデルハイトを体毛越しに見つめた。
キラキラと輝く赤い瞳はいつ見ても美しい。
そうしてコミュニケーションを取っていたモコとアーデルハイトだったが、バルトルトは振るえる体を何とか起こして、机を支えにしてアーデルハイトのことを睨みつける。
「こんなことがっ……こんなことが許されると思うのか! ……お前が俺を捨てるなんてそんなことっ慰謝料だ! 一方的犬を理由に婚約解消なんて簡単にできるわけないだろ!」
「……」
「慰謝料の金額は俺がこれから結婚して得られるはずだった分だ! いやもっと!! 傷ついた!! 俺はこんな目に合って傷ついたんだ。俺を振った分も割り増しだ!! 絶対に請求してやる!!」
狂ったように慰謝料と叫びだす彼は汗だくで髪も崩れて酷いさまだった。アーデルハイトは一つため息をついてから、小さく首を振った。
そもそも、婚約解消の慰謝料に結婚して得られる分だったはずの金額など含まれていないし払う必要がない。
それに傷ついたからと言ってそれを証明できなければ意味がない。
もちろん殴られそうになった使い魔が反撃したということでは慰謝料の割増なんかできようもないのだ。
それに、アーデルハイトがそんなに考え無しだと思ってもらっては困る。
「お好きにどうぞ、私はあなたを捨てる準備なんてとうの昔に済ませていますよ」
「つ、強がりやがって痛い目を見るのはお前だ!!」
彼の頭には心当たりはないらしく、アーデルハイトは更に呆れるような気持ちになる。
彼がどうしようもなさ過ぎて半笑いで言った。
「そうですか、あなたが二日間手紙の返信を返さなかったことに猛烈に怒り、脅しのような文言を大量に送り付けた手紙はきちんと残っていますからね。その証拠も持って私はきちんとあなたと裁判で戦いますよ」
「……」
「楽しみですね!」
そう言うと彼はやっと合点がいったのかぶるぶると震え出す。思い出したのだろう。
そんな彼をおいてアーデルハイトはモコと二人で屋敷に帰ったのだった。
長期休暇を終えてアーデルハイトが学園の寮に戻ると友人のヨルクが訪ねてきて話をすることになった。
ワクワクとした調子の彼とグラウンドへと向かって芝生の上をモコが太すぎる毛糸のような体毛をもしゃもしゃと揺らしながら走っている。
昼の太陽がさんさんとしている日だったが、彼の体は光を吸収するくらい真っ黒で不思議な生物に訓練にやってきた学生たちはぎょっとして視線をよこす。
しかしアーデルハイトもヨルクもきちんといるので、学生たちはすぐに興味を失って去っていく。
「それで、婚約解消することはできたんだよね? 慰謝料の話とかはどうなったの?」
彼とは休暇中も手紙のやり取りをしていたので、ある程度のことは知っているが結末までは知らない。
ワクワクとした様子で問いかけてくる姿は割と楽しげだった。
「もちろん、バルトルトの主張はとんでもないことばかりでまったく通りませんでしたし、彼のご両親も彼がとんでもないことを言っていると気がついて謝罪をさせに来てくれました」
「おお、それで?」
「さらに、逆に私が慰謝料をもらうことになりましたよ。手紙の中には脅しや罵倒も含まれていましたからね。それでも納得いかずバルトルトは社交界で友人たちに話し、今では遠巻きにされるようになったそうです」
「おお~! やったねすごいよ、アーデルハイト!」
興奮してアーデルハイトをほめたたえる彼に、アーデルハイト自身も少し自慢げだった。
きちんとやり遂げられたこと、アーデルハイトの大切な子たちを守ることができたこと、自分の道を進む決意をできたこと。
そのすべてがとても誇らしく、使い魔たちにも責任を持ってこれからもこの道を歩んでいける。
それがとても嬉しかった。
「ありがとうございます。……あなたには話を聞いてもらって、助言もいただいて、モコの時も手を貸してもらいました。いつもいい友人に恵まれて嬉しいと思っています」
「そんなことないよ~。俺だってアーデルハイトに助けてもらってる!」
そう言いながらもアーデルハイトは、彼に恩を返せているのか少し不安だった。
ヨルクはこのように軽い雰囲気の人懐こい男性であるが、これでいて学年トップの成績を持っている。
モコがうまくなつかなくて授業よりも優先したいときには、気前よく内容を教えてくれたし、バルトルトからの要望が多く疲れ切っていた時には心配してくれた。
そして、使い魔の彼らも不安に思っていることに気がつかせてくれたのだ。
それ以外にも一緒にアーデルハイトの成功に喜んで、使い魔たちのこともとても理解してくれている。
「そうですかね。……私は正直あなたにもう少しお礼をしたいですよ」
「お礼なら、貰ってるし……今日ももらうよ!」
両手の拳を握って気合いを入れる彼に、アーデルハイトは苦笑して「そうですか、じゃあ頑張ってくださいね」と返す。
「うんっ……モ、モコちゃーん。久しぶり、あ、お、俺だよ。どうかな、覚えてっ」
そうして彼はモコに向かってパタパタと走っていって、ある程度近くによるとしゃがんで目線を合わせて、顔をニッコリさせて優しい声をかける。
モコは自分の名前を呼ぶ彼をちらりと見て、ポスポスと歩いてそばに寄るが、クンクンと匂いを嗅いで、「ヴヴヴッ」と唸り声をあげる。
「ひ、ひいっ! ……あ、ああ、なんでそんな。俺のこと忘れたの」
「ヴッー!」
「仲良くなれたと思ってたんだけどなぁ!」
笑みを浮かべながら悲しむ彼に、少し手を貸してやろうとアーデルハイトもそばによる。
彼は獣全般に大体嫌われるという面白い体質の人である。
けれども彼自身は嫌いではないので、寄っていく。そして噛みつかれて幼いころに怖いめに遇った。克服するためにアーデルハイトの助けが必要なのだった。
そういうわけで、アーデルハイトに友人として手を貸す代わりに、こうして魔獣たちとの交流という報酬を得ている。
そんな関係性なのだった。
しばらくして交流が終わると二人でベンチに座って休憩した。
モコはやっぱりアーデルハイトの膝の上で丸まってなんの生き物かわからないような状態になっていて、アーデルハイトは優しく頭を撫でてやる。
その様子を見ながらヨルクは言った。
「それにしても、その子を捨てろだなんて横暴だよね。君の婚約者はさ。自分が捨てられるだなんて思ってなかっただろうけど」
改めて言われてアーデルハイトも深く頷いた。
「そうですね。……私は割と……いえとても面倒見がいい方だとその身をもって知っていて責任を大切にしたいと思っているとわかっていながらも、そう言ったのですから彼には救いようがありません」
「そうだね。ところでやっぱりそれでも結婚相手っていうのは……いた方がいいと思うけどさ……」
同意しつつも次の相手についての話になり、アーデルハイトはまだそれについて深くは考えていなかった。
「どんな人がいいとかあるかな、アーデルハイトには」
「……どんな、ですか」
「うん」
ヨルクは酷く真剣にアーデルハイトの感情の機微の一つも見落とさないようにとじっと見つめてくる。
そんな彼の様子にアーデルハイトはその気持ちに気が付いて、考えつつも言う。
「そう、ですね。……魔獣に好かれる人で」
「……」
「剣術が得意で」
「っ……」
「体が筋骨隆々で……」
「ぅ……」
「私をリードしてくれる素敵な殿方……」
言うとヨルクは、一転して絶望したような顔をしていた。
その表情がものすごくわかりやすくて、アーデルハイトは、いつも魔獣たちにそうするように、隣にいるヨルクに手を伸ばして優しく頭を撫でた。
「という要素は全部いりません。私が求めるのはお互いに相手を思いやって自立した関係を結べる人です。あなたとの関係もとても好ましく思ています」
「え……あ、あの、俺の気持ちバレて……」
「バレてますね。流石に」
「あ、あぁ~、そっかぁ」
頭を撫でられて嬉しそうにしつつも彼は頬を染めて、苦しそうに目を細めた。
とても素直な反応にアーデルハイトも嬉しくなる。
「……あの、えっとさ。よければ、アーデルハイト」
「はい」
「俺とお付き合い、してほしいです」
「……はい」
彼の告白にアーデルハイトはきちんと返事をして、新しい関係を始めることになった。
男性との関係に不安がまったくないというわけではないけれども、バルトルトはバルトルト、彼は彼だ。
人を襲う凶悪な魔獣がいても、使い魔のように人に益を成す魔獣もいる。
それと同じで人それぞれ、向き合っていって心を通わせて関係を作っていくしかない。それに怖気づくアーデルハイトではないのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
下の☆☆☆☆☆で評価、またはブクマなどをしてくださると、とても励みになります!




