07:私の友達
話したいことがある。
思い詰めたような表情の由香ちゃんからそう言われて、私は放課後、学校近くの喫茶店『レインボウ』にいた。
「ごめんね、悠理ちゃん。体育の授業の後のこと。私、悠理ちゃんが吉住さんたちに責められてるのをただ黙って見てるだけで、何もできなくて。こんなんじゃ友達失格だよね」
外が雨ということも手伝ってか、満員御礼状態の店内の一角。
髪を紺色のゴムでお下げにした由香ちゃんは、雨粒が流れる大きな窓を背に、悄然とした様子で真摯に頭を下げた。
「いやいや、なんで由香ちゃんが謝るの。吉住さんたちの剣幕は私でも怖かったもん、何もできなくて当然だよ。あそこで出てきたら、何も悪いことしてない由香ちゃんまで攻撃されてたよ。由香ちゃんの対応は間違ってなんかないよ、謝る必要なんてないない」
私はコーヒーの入ったカップを前に、台詞に合わせて二度手を振った。
由香ちゃんは小柄で、ウサギみたいに可憐な子だ。
温和でおとなしい彼女が気の強い吉住さんたちグループに歯向かうなんてできるわけがない。
吉住さんに睨まれただけで泣いてしまいかねない。
「本当に気にしないで、ね? 私のことを心配してくれただけで十分嬉しいよ、ありがとう。だから顔を上げて、お願い」
「……でも、私、悔しい。友達が困ってるのに、助けられなかった自分が情けない」
由香ちゃんは俯いたまま、きゅっと唇を噛んだ。
「由香ちゃん……」
私がどれだけ言葉を重ねても、由香ちゃんは決して納得しないだろう。
彼女を責め苛んでいるのは彼女自身なのだから。
どうしたものか悩んでいると、由香ちゃんが不意に顔を上げた。
「……もし次に同じようなことがあれば、今度はちゃんと勇気を出すよ。友達の力になれるような、強い自分になってみせる」
一大決心を告げるように、由香ちゃんは大真面目な顔で言った。
「……ありがとう。心強いよ」
由香ちゃんの想いが伝わってきて、胸の中が温かくなる。
蝋燭の火を灯したような、ほっとする温かさ。
「まあでも、次なんてないほうがいいけどね」
私はおどけたように笑った。
「うん、確かに。黒瀬くん、痛そうだったし」
「う……」
何気なく発したのであろう由香ちゃんの言葉は的確に私の心臓を抉った。
気絶したときの拓馬の姿が脳裏に浮かび、罪悪感が胸を締めあげる。
「あ、ごめん! そういうつもりじゃなくて、あの、ええと」
失言を悟ったらしく、由香ちゃんは青くなっておろおろした。
「ううん、由香ちゃんは事実を言っただけなんだから謝ることないよ……本当に黒瀬くんには悪いことしちゃった。もしこの後アパートで顔を合わせることがあれば、しつこいと怒られること覚悟で、もう一度謝っておくよ……」
「え、ええと、でもさ。黒瀬くん、凄かったよね!」
由香ちゃんは酷く焦りながら、早口で言った。
「吉住さんを正論で打ち負かして、皆の前で堂々と悠理ちゃんを庇った姿、本当に格好良かった。黒瀬くんのファンは多いから、これから悠理ちゃんがその子たちに虐められるんじゃないかって心配したけど、その心配は黒瀬くん自身が解消してくれた。私、見てて感動しちゃったよ。悠理ちゃん、黒瀬くんのこと好きになったんじゃない?」
「へっ?」
私が目を丸くすると、由香ちゃんは微笑んだ。
「だって、恋人にするみたいに肩を掴んで抱き寄せられたんだよ? 誰だって惚れちゃうよ、あんなことされたら」
「いやいや、そんなことないよ。びっくりしたし、思い返す度に心臓が爆発しそうだけど、惚れてはない! 誓って惚れてなんかないから!」
「でも、思い返す度に心臓が爆発しそうになってる時点で――」
「ないから! 違うから! 私はモブだから! 彼の運命の相手は別にいるから!」
私はテーブルに手をついて身を乗り出し、熱弁した。
「え? 何言ってるの、悠理ちゃん」
由香ちゃんは面食らったように目を瞬いた。
「あ……いや、その。ええと」
私は浮かせていた腰を椅子に落とし、視線を泳がせた。
由香ちゃんにとってこの世界は紛れもない現実だ。
別世界から転生してきた私にとっては乙女ゲームの世界だなんて言っても到底理解できないだろう。
由香ちゃんなら決して馬鹿にしたりせず、理解する努力はしてくれそうだけれど、彼女を混乱させるのは私の望みじゃない。
「どういうことなの? 黒瀬くんの運命の相手が別にいるって」
由香ちゃんは不思議そうに首を傾げている。
「いや、気にしないで。ただの戯言だと思って忘れて。疲れてるのかなー、私、あはは……あっそうだ、せっかくだし課題のプリント一緒にやろうよ!」




